――古城に戻った後。
「ガウ、世話になったな!」
そう言ってくれるのは、今回助け出した団長のライアンさん。
未だに重傷中で、痛々しく包帯が巻かれている。
「無理をしないでください。傷は浅くありませんよ」
回復魔法を掛けてはいたが、不衛生な檻に長く入れ続けられたのもあって、傷の治り具合は悪い。
助け出した他の9名の団員達も、概ね同じような状態だった。
「傭兵団は必ず再興して見せる……」
絞り出すように、ライアンさんは呟いた。
☆★☆★☆
――三日後。
「では、たのんだよ!」
「はっ!」
領都から借りてきた馬車3台に、傷ついた団員たちが分乗する。
我々をケンタウロスの集落に案内してくれた団員を先導役に、王都にある傭兵団の隠れ家を目指すのだ。
古城にいるより、そちらの方がゆっくり養生できるだろうとのことだったのだ。
「ガウ、またな!」
「はい、お元気で!」
今や副団長のアーデルハイトさんに挨拶する。
彼女の包帯もあちこち血がにじんでいた。
「出発!」
馬車が古城を離れ、王都を目指す。
武勇に優れたアーデルハイトさんでさえ、背後から不意をうたれれば、あのような姿になるのだ。
やはり、味方の裏切りほど怖いものはない。
……深くそう思った、木漏れ日が漏れる昼下がりだった。
☆★☆★☆
「……で、どうする?」
執務室にて、捕えていたケンタウロスの族長の息子、アルデバランJrに尋ねる。
「我々が降伏したら、処遇はどうなる?」
私は席に座ったまま、スコットさんの方を見た。
「……こちらが、その条件になります」
死霊がケンタウロスに、処遇の条件の書かれた羊皮紙を差し出す。
……書面には、ルカニのところのゴブリン達と同じように、労働力の供出など、ありきたりの条件が並ぶ。
「……はっ、これよりベルンシュタイン伯に忠誠を誓います」
もう面倒くさいので、魔物相手にはベルンシュタイン伯を名乗ることにしている。
アルデバランJrが指に傷をつけ、羊皮紙に血糊でサインを施すと、青白い光の魔法印が浮かび上がる。
……魔族の主従の契約の完了であった。
☆★☆★☆
ケンタウロス征伐の知らせは、周囲の魔物たちに伝播した。
そのことにより、領都北西の湿地帯に棲む、小型下級龍族であるリザードマンの族長、ルドルフがやってきた。
「ご機嫌麗しく存じます!」
「……ああ、遠い所ご苦労!」
別に麗しくもなんともないが、『偉そうにしておけ』と、スコットさんに言われているのだ。
前世の会社の社長を思い出し、できるだけ偉そうに椅子に腰かける。
「よろしければ、こちらをどうぞ!」
「なんですかな?」
……げぇ。
彼等が持ってきたのお土産は、大量のカエルの干物だった。
出来れば、魚とかのほうが嬉しいんだけどね……。
「大好きぽこ~♪」
……あ、リザードマンと価値観を共有するのはポココだった。
どうやら、湿地帯の貴重な珍味らしい。
「……では我等も」
「よろしく頼む!」
こうして、リザードマンの族長ルドルフも、血糊の主従の契約書にサインすることになった。
このことにより、我々の勢力圏は湿地帯にも拡大。
リザードマンが持っていた、河や湿地での漁業の技術も、順次手に入れることが出来たのだった。
☆★☆★☆
――ある日の晩。
古城の裏庭にて……。
「旦那様、いきますぞ!」
「大丈夫かな?」
火の精霊サラマンダーに続いて、契約する予定の新しい精霊を呼び出す。
スコットさんが地面に描かいた魔法陣が青白く光り、漆黒の霧が噴出する。
実際、それは精霊と呼べるものでは無かったかもしれないが……。
「我ヲ呼ビ出シタノハ、貴様カ?」
「いかにも!」
喋る漆黒の霧に応じる。
この霧の正体は、暗黒精霊デスサイズ。
闇魔法を司る上級精霊だった。
「……用ハナンダ!?」
「我に、其方の力を全て与え給え!」
「……ヨウ言ウタ! 貴様ノ臓物、生キナガラ全テ、引キズリ出シテヤル!」
精霊の力を手に入れるためには、力でねじ伏せなければならない。
相手は霧状なので、剣などの物理的な攻撃は効かない。
魔法の打ち合いだけが、お互いの攻撃手段となった……。
「出でよ、灼熱の火竜サラマンダー! 黒き霧を焼き払え!」
「ファイアストーム!」
……死闘のはじまりだった。
――魔法。
この世界の魔法は、聖・火・土・風・水・闇の6つの属性から成る。
これを司る精霊が各々存在し、ある一定以上の力を得るためには、精霊を召喚した後に打ち負かす必要があった。
力関係は、火が土に強く、土が風に強く、風が水に強く、水が火に強いという4すくみの構図だった。
さらに言えば、二種類以上の属性魔法を得るのは、体にかなりの負担がかかる。
特に、聖と闇の魔法の共存は難しく、過去においても聖と闇の魔法を同時に使いこなすものは、神話の世界にもいなかったのだ。
私はスコットさんの勧めにより、火属性の魔法の次は、闇属性魔法に目を付けた。
なにしろ闇属性は、スコットさんの最も得意とする魔法分野だったのだ。
「……ククク、貴様。珍妙ナ盾ヲ使ウナ!」
精霊を屈服させるためには、一人で戦わなければならない。
しかし、火を噴いたり、喋る盾を使ってはいけない法はなかったのだ。
デルモンドの加勢は大きかった。
――朝日が昇るころ。
死闘に決着がつく。
遂に暗黒精霊デスサイズを屈服させることに成功した。
「見事ダ、我ガチカラヲモッテシテ、全テノ生キ物ノ血ヲ、凍ラセルガ良イ!」
黒い霧が私の体に吸収されるのを感じた。
「お見事!」
スコットさんの声が遠く聞こえる。
……が、眠い。
私は意識を手放してしまう。
一晩中戦ったので、疲れてその場で眠りこけてしまったのだった。