「地獄の業火よ! 堅牢なる壁となり、塔を育み城と成れ! ファイアウォ―ル!」
周囲に撒いたスクロールから一斉に炎の柱が上がる。
それを順次繋げて、炎の防壁とした。
――グルォォォオオオ!
炎の壁を前にして、フレッシュゴーレムは、腹の底に響くような、気味の悪い低い声を発する。
しかし、此方に近づく気配がない。
「出でよ、紅蓮の炎! ファイアボール!」
マリーやスコットさんが生み出す魔法でできた炎の塊が、フレッシュゴーレムを次々に襲う。
腐った肉が焼け、熱で表皮が弾ける。
……が、こちらへ反撃する気配はない。
「旦那様、奴は目が見えてないのでは?」
「全然近づいてこないポコ」
ただただ、焼かれるだけのフレッシュゴーレム。
高度な魔法で作られた巨体の為、焼き尽くすことは出来ないが、かといって、こちらが負ける要素は見当たらなかった。
……しかし、
「怪しい儀式を行う邪教徒め! 武器を捨て、おとなしく降伏せよ!」
「え!?」
後ろから突如、武装した神官たちがなだれ込んでくる。
――ビシッ
神官が放つ矢が、私の左腕に二本刺さる。
「もたらされた情報の通りだ、怪しい魔法使いと、巨人どもを射殺してしまえ!」
「……いや、待ってくれ!」
「うるさい邪教徒どもめ! 死ね!」
弁明しようとするも、聞き入れてくれる気配がない。
ひょっとして、私達がこの巨大なフレッシュゴーレムを召喚したように見えているのだろうか?
「マリー様、旦那様! これはおかしゅうございますぞ!」
「我々は誰かに嵌められたのでは?」
「……え?」
……嵌められたかは分からないが、確かに骸骨剣士に死霊が仲間では、神官たちに異教徒ではないと信じてもらうのも難しそうだった。
「よし! みんな、逃げるよ!」
「はい!」
「神速を紡ぐ風の聖霊よ、我々を過去の地へ連れ戻し給え!」
瞬間移動を施した、魔法羊皮紙のスクロールを発動。
我々はその場から瞬時に消え去った。
……その後、巨大なフレッシュゴーレムがどうなったかが、気になりはしたが。
☆★☆★☆
「……ふう、助かった!」
スクロールに記憶させていたマーズ村近くの森の木陰に、我々は揃って瞬間移動していた。
「グルゥゥゥ」
ドラゴが瞬間移動の魔法酔いした以外に、損害はなさそうだった。
……しかし皆、モンスターの返り血や汗などで、真っ黒に汚れていた。
「なんだか、疲れたポコ!」
「本当よ、なんだか腹立たしいわ!」
大魔法使いのマリー様と使い魔のポココ様は、大変にご立腹の模様だ。
確かに、要人救出の任務は失敗だ。
成功報酬である金貨500枚が水の泡である。
費用だけが掛かってしまった形となった。
……手柄はきっと、あの武装した神官たちのものになるだろう。
「いやいやマリー様、すべての任務に成功するのは不可能ですぞ! たまにはこういうこともあるでしょう!」
「うるさいわね、この死霊モドキ!」
「そうだ、そうだ、うるさい死霊ポコ!」
……なんだか、スコットさんが悪者扱い。
しかし、悪いが見殺しにさせてもらう、うん。
「……だ、旦那様! 助けてくださいよ!」
「……」
不機嫌なマリーとポココに詰められるスコットさん。
君子危うきに近寄らず。
私は聞こえないふりをして、今晩寝るためのテントを立てる作業をしていた。
……その晩、皆で仲良く干し肉を食べ、明日の為に早く休んだのだった。
☆★☆★☆
「領都についたポコ!」
「……全く、くたびれ損よ!」
領都に戻った我々。
大魔法使いマリー様の機嫌は未だ悪い。
「傭兵団のアジトに報告してくるから、みんな宿屋に戻っていて!」
「はーい!」
「早く帰って来るポコよ!」
皆と別れ、領都の外れにある傭兵団のアジトに向かう。
そして、アジトの近くの路地まで来たところ。
カバンの中のスコットさんが呟く。
「旦那様、何か妙な気配ですぞ!」
「……ああ、それは私も感じた」
密かに小声で透視の魔法を唱えると、領都の兵士たちによって、アジトが占領されている情景が映った。
……これは不味い展開だぞ。
「これは我々も、早くここを離れた方が良いですな!」
「……そうだね、急いでマリーたちの所に戻ろう!」
すぐに踵を返し、マリーたちが待つ宿に急いで戻る。
裏手に繋いでいたドラゴの手綱も引く。
「マリー! すぐに古城へ向かうよ、急いで!」
「ええー!」
「宿屋のご飯が食べたかったポコ!」
ぶうぶういう二人を、嫌々連れ出す。
そして、古城に向かう途中に事情を話した。
「ええ? みんないなかったの?」
「……うん、アジトは領都の兵隊たちに占拠されていたよ」
傭兵団自体がアウトローな存在で、領都の支配層に歓迎されていなかった可能性は高い。
メンバーには前科者も多かったので、きっと何か、もめごとでもあったのだろう。
「誰だ!」
新しく作った古城の集落外周の門で、門番のオークに呼び止められる。
「大魔法使いのマリー様よ!」
「ぽこ~!」
「……え? マリー様で?」
我々は任務先の洞窟から直帰で、ドラゴンの返り血やらなんやらでボロボロになっていたのだ。
バルガスの部下に、誰だか怪しまれたらしかった。
……まぁ、そんな笑い話もあったが、とりあえず我々は、安全なところまで帰ることに成功したのだった。