王都の宿屋の一室で準備をする。
相手は魔物。
人間相手にしないだけ、若干気が楽だったかもしれない。
「マリー様、その調子ですぞ!」
スコットさんに教示を受けながら、マリーが魔法の羊皮紙に呪文を書き込んでいた。
この羊皮紙に魔力をこめて決められた書式で書くと、後日魔力なしで誰でも魔法が発動できるといったものだったのだ。
「これを使えば、ポココでも魔法が使えるの?」
「もちろんです! ちゃんと読めば発動しますぞ!」
「ぽこ~♪ 使いたいポコ!」
それを聞いてポココはご機嫌だが、書いているマリーは大変そうだった。
……しかし、魔力が無くなったときに使えるのは大きい。
しっかり準備をして魔物の住む洞窟に行くことは大切だったのだ。
「旦那様、洞窟なので、松明なども要りますぞ!」
「そうだね、今から買ってくるよ」
その日は、買い出し等に行き、翌日の出発に備え、早く寝たのだった。
☆★☆★☆
――翌日。
依頼をこなすために、王都を出発する。
北西方向に二日ほど歩くと、三日目にはうっそうと茂る森に入った。
――ギャーギャー
怪鳥らしき鳴き声が響く。
「凄い森ポコね」
ポココが言うように、陽が遮られるほどの深い森だったのだ。
人の気配がないので、今の私は巨人の姿である。
「ガウ、この道で間違いないのよね?」
「……うん、多分」
王都の騎士団で貰った地図を見る限り、この道であっていた。
半ば、けもの道といった感じで、人間のマリーには歩きにくそうだった。
――バシーン
「痛い!」
私は何かに足を挟まれた。
よく見ると、金属製の刃にくるぶしを挟まれている。
皮が裂け、肉に刃がめり込んでいる。
……草むらに隠された、かなり狡猾な罠だった。
「ガウ、大丈夫?」
「……多分大丈夫だけど、結構痛いよ」
力づくで罠を壊し、マリーに回復魔法をかけてもらう。
人間のマリーの足だったら大怪我だっただろう。
「マリーは危ないから、ドラゴの背中に乗ってて!」
「わかったわ! ガウも気を付けてね!」
これは明らかに侵入者を警戒している。
よって以後、すすむ速度を落としつつ、慎重に歩くことにした。
「旦那様、ワシが前をいきますぞ!」
カバンからスコットさんが出てくる。
深い森が日光を遮る為、彼は活動ができたのだ。
「サーチ・トラップ!」
スコットさんが罠を警戒する魔法を使う。
……というか、そんなものがあるなら、さっさと使って欲しいよ、まったく。
「ここが危ないポコ!」
ポココも匂いで罠を検知してくれる。
その後も落とし穴等、沢山の罠に出くわす。
……しかし、ゆっくりと進めば、意外と罠をやり過ごすことが出来た。
魔物以外に、こういう罠があるとは聞いていなかった。
ポココやスコットさんのお陰で何とかなっているが、確かに普通の人間だけのパーティーだと厳しそうだった。
……なるほど、この仕事が傭兵に回ってくるわけである。
☆★☆★☆
――陽が沈むころ。
「人の匂いがするポコ!」
一層警戒して進むと、確かに人影が二つ見える。
その人影の後ろの岩肌には、目的地らしき洞窟の入り口があった。
「ガウ、どうするの?」
「多分彼らは見張りだろう。こっそりと片付ける!」
私は愛用の強弓に矢をつがえ、見張りの首筋めがけて矢を放つ。
この矢じりには、強い痺れ薬が塗ってあった。
「旦那様、お見事!」
音もなく、二人の見張りが倒れる。
倒れた見張りに近づいてみると、彼らは見たことのない模様をしたフードを被っていた。
「スコットさん、この模様を知ってる?」
「知っていますとも。これは古に滅んだ国の文字ですぞ!」
……スコットさんによると、千数百年前に滅んだ国の文字らしい。
その古の国は、現在より高度な魔法で発展していたらしいのだ。
森の中に仕掛けられた罠といい、この洞窟の見張りといい、相手はかなりしっかりした組織の様であった。
「ガウ、取りあえず、洞窟にはいってみる?」
「うん、慎重にね」
我々はポココとスコットさんを先頭に、洞窟に入ることにしたのだった。
☆★☆★☆
松明をかかげ、洞窟を慎重にすすむこと1時間。
「これ怖いね」
「確かに趣味が悪いなぁ」
洞窟の中には、邪神と思われる像や、魔物を形作った像があちこちに置かれていた。
なにかの宗教施設なのだろうか。
……しかし、幸いなことに、先ほどの森の中みたいには罠は仕掛けては無かった。
「扉があるポコね」
通路をすすんだ行き止まりに、大きく立派な扉があった。
鍵穴からそっと中を見る。
「……げ、なんか大きなのがいるね」
「早く入って、やっつけるポコ!」
悩んでいても仕方がないので、扉を蹴破って中に入った。
中は石造りの大きな部屋であり、そこにいたのは、全長10mはありそうなドラゴンだった。
「やっぱり、逃げるポコ?」
「……え? 今更?」
ドラゴンは緑色の立派な鱗で覆われ、大きく避けた口からは炎が漏れている。
――ガオォォォオオオ!
耳を劈くばかりのドラゴンの咆哮が、空気を振動させる。
どうやら、我々は敵と認識されたようだった。
「みんな、後ろに隠れて!」
私はあわててドラゴの背中から、準備してきた大きな盾を取り出す。
この盾には、表面に硬い鉄板が張られていたのだ。
その盾を構えた私たちに、ドラゴンは挨拶代わりに灼熱の炎を浴びせかけてきたのだった。