「おう、ガウ元気か?」
「はい、お陰様で」
傭兵団のアジトで、団長代行のアーデルハイトさんに部屋に呼ばれる私。
お茶を頂きながら用件を聞く。
用件は驚愕の内容だった。
「え? あの恐ろしいワイバーンの巣へ行けと?」
「ああ、誰も行きたがらなくてな……」
以前、ガルダ山へ攻撃の要請があった件。
未だに解決していないようだった。
ワイバーンが住むガルダ山を、領主さまの軍隊が遠巻きに包囲しているという状況らしい。
「……で、ガルダ山にのぼって何をしたらいいんです?」
「この手紙を渡して欲しい」
「はぁ、わかりました」
気のない返事をする私。
領主さまはワイバーンと交渉を持ちたいらしかった。
全然やりたくない仕事だが、お世話になっているアーデルハイトさんの頼みで断れなかった。
☆★☆★☆
――翌日。
古城に戻る。
「あんな危険なところに、お行きなさるので?」
オークの戦士長であるバルガスが心配してくれる。
マリーだけでなく、ルカニまでが心配な顔をしてくれた。
「危険ですが、警戒されるので、少数で行った方が良いでしょうな……」
死霊のスコットさんの助言だ。
確かに、大勢で行っても危険度は減らないような相手ではあった。
結局、私は道案内にポココを選ぶ。
そして、カバンの中に食料と、参謀役のスコットさんを詰め込んでいくことにした。
「ええ? 旦那様、私は行きたくないのですが……」
「一緒に行くポコ!」
嫌がるスコットさんを、ポココが道中宥めていた。
というか、私も行きたくないんだ。
我慢してくれ……。
☆★☆★☆
領都で借りたロバの背に揺られ、領主さまの陣地に出向く。
高貴な方用と思われる幕舎に通されると、部下の方から書簡を渡された。
「ガウとやら、頼みましたぞ!」
「はい、最善をつくします!」
恭しく一礼し、退室。
一路ガルダ山へと向かう。
途中に領主さまの軍の兵士たちが目に入るが、皆一様に疲れた様子だった。
……兵士たちも疲れたから、休戦交渉といったところだろうか?
しかし、領主さまも、ただ負けて帰るわけにはいかないのだろうと思った。
「げ!?」
ガルダ山の麓に着いてビックリする。
山道くらいあると思ったのだが、完全なる崖だった。
斜度60度くらいはあるだろうか。
「エンチャント・ストレングス!」
人気が無いのを確認して、巨人の体になり、身体強化の魔法を掛けて崖をよじ登った。
「このまま、真っすぐポコ!」
ポココが勇ましく鼻をクンクンさせて、ワイバーンの匂いを探る。
「旦那様、早く帰りましょうね……」
翻って、死霊のスコットさんは逃げ腰だ。
怯える死霊って一体何なのだろう。
――しばらく登ると、巨大な影が近づいてきた。
崖を見張っていた飛竜だった。
「貴様何しに来た?」
飛竜であるワイバーンが、空中をホバリングしながら問いかけて来る。
私の肩に乗っているポココが怯えている。
……ただの登山と言い訳したいところだが、
「実は人間に用事を頼まれてきた。通行を許可して欲しい」
「……わかった」
少しワイバーンは考えた様だったが、こちらも魔物ということで、登ることを許可してくれた。
……その後、巨人の体ということもあって、意外と早く2時間で頂上に着いた。
崖を登りきると、そこには一面飛竜たちがわんさか居た。
むき出しの岩肌に、ギャアギャアと飛竜の子供の喧しい声が耳を劈く。
ここは飛竜たちの大集落だったのだ。
「……は、早く帰りましょう、旦那様!」
「わ、わかってるよ、私も早く帰りたいんだからね」
ワイバーンを始めとした飛竜は、おもに肉食である。
子供でも鋭い爪と、残忍なまでの牙を持ち合わせている。
人間どころか、巨大な熊も平気で食い殺す連中だった。
「こ、怖いポコ」
一歩間違えれば、私達は食い殺されかねない。
怯える私達はびくびくしながら、飛竜たちの集落をそろそろと通り抜けた。
集落の外れに、目指すべき大きな洞窟があった。
多分、ココが飛竜たちの族長の住まいなのだろうと思い、中に入った。
「貴様何者だ!?」
落雷かと思うような、低い声が洞窟内に響く。
中には、ひと際大きいワイバーンがいて、私を睨んできた。
翼を畳み、座った状態でも、高さ6mはありそうな赤い鱗を持つ巨竜だった。
「……あの、これをお届けに参りました」
怯えながら、領主さまから預かった書簡を渡す。
飛竜の族長であろうと思われる赤いワイバーンは、爪先で器用に受けとると、その場で開いて読み始めた。
「……あ、では、失礼します」
「まぁ、待て!」
返事を受けとるのは仕事ではないので、逃げ帰ろうとしたら呼び止められた。
……嗚呼、帰りたい。
なんだか、不良に絡まれて困る前世の記憶がよみがえる。
「……ふむぅ、お前はこの書簡の中身を知っているか?」
「ぜ、全然知りません」
ポココが怖さで、隣でおしっこしてしまった。
私も漏らしそうだ。
「返事を書いてやってもいい。但し、条件がある」
「え? 条件とは?」
恐る恐る尋ねる。
正直、返書などいらないのだが……。
「人間どもとの戦争が長引いていてな、子供たちの食べ物が少ないのだ!」
「……でだな、ワシらの好物は魚の干物なのだよ、わかるな?」
「魚の干物を持って来いと?」
「その通りだ! 出来るだけ沢山な!」
話では人間との戦争で、しばらく食料採取がまともに行えてないとの事。
書簡の中身は分からないが、とりあえず飛竜の好物を持ってこいとのことだった。
「わかりました、お伝えいたします」
「おう!」
飛竜の族長の洞窟を逃げるように退出し、大急ぎでガルダ山を降りた。
もうこんな命の縮むような仕事はこりごりだった。
麓に戻ったところで人間の姿に戻り、領主さまの陣営に無事に報告する。
結果として、結構な額の報奨金を貰えたのが、せめてもの救いだった。