「いらっしゃい!」
宿に入ると威勢のいい声が聞こえる。
宿屋の一階は酒場兼食堂だった。
よく見ると、カウンターに欲しいものが売っている。
「あ、ううう……」
……あ、しゃべれないんだった。
必死に売っている袋を指さす。
「ガウ? この塩が欲しいの?」
「ガウ!」
マリーに代わりに買って貰う。
他にも羊の内臓でできた水筒も買って貰った。
ここでの塩は、1kg入りで銀貨一枚。
この世界の購買力を考えると1000円位だ。
多分安い方だと思う。
私の前世の昔話で、海から遠いと、白米より遥かに高いと聞いたことがあるくらいだ。
かといって、塩と水だけはケチるわけにはいかなかった。
宿屋に荷物を預けると、早速、村長さんの家に向かう。
――ガラガラ
舗装されていない道を、後ろが檻になった馬車が通る。
奴隷が運ばれているのだ。
プライスカードには銀貨50枚とある。
……人類に奴隷がいなかった時代など、ほぼない。
奴隷はいないことにしているだけで、他文明と戦えば必ず生じる戦利品だ。
前世の人道で有名な騎士道も、庶民には全く適用されないことも、一般には全くと言っていいほど語られない。
たぶん、政治的なことなんだろうけど……。
「いらっしゃいませ!」
宿屋から貰った紹介状を渡すと、村長さんはニコニコ顔で応じてくれた。
「貸家でございますね。村の外れの丸太小屋でよろしければ、すぐにご案内できます!」
「ありがとうございます」
マリーは即決した。
「あと、これが入村規約になります」
村長さんがニコニコ顔で羊皮紙を差し出す。
家賃と税金と労役の契約だ。
村民は貴族など支配者の労働力であり、貴重な税収源である。
当然、村人が増えれば中間管理職の村長の実入りも増えた。
「ありがとうございます! 早速ご案内しましょう」
サインをし、手付金を払うと、村はずれの丸太小屋に案内された。
「こちらでございます!」
「素敵~♪」
「あうう……」
意外と奇麗で、マリーも喜んだ。
今日から我々は、ここマーズ村の村民となった。
☆★☆★☆
(――翌日)
村での仕事を探す。
以前のように狩猟を軸に生活する予定だが、他の仕事もしてみたかったのだ。
「ガウはなにがしたい?」
「……あう、う」
「羊毛刈り?」
「あう!」
私達は羊毛刈の仕事を得た。
羊さんの毛を刈るのだ。
「じゃあ頼むよ!」
先方へ行くと、老婆が雇用主で、老婆の羊の毛を、教えてもらいながら毛を刈った。
一日中やって、一人日当は銀貨一枚。
少し渋い金額だが、仕事も覚え、知己も増える。
幸い、山賊から巻き上げた銀貨が23枚と金貨が2枚あったのでしばらくは大丈夫だろう。
ちなみに銀貨100枚で金貨1枚のレートらしい。
☆★☆★☆
「じゃあ頼むよ!」
翌日は、村にある橋の修理の仕事だった。
木材を運び、石を組み上げる重労働だった。
「小僧はしゃべれないけど、びっくりするほど力があるんだな!?」
……それはそうでしょうとも、幻惑の魔法が掛かっているためで、中身は力自慢の魔物である。
力仕事は、人間から見れば驚愕なほど出来た。
ちなみに、マリーとポココは羊の毛刈りに行っていた。
もちろんポココはなにも出来ないけれども……。
「ガウ! お昼よぉ~!」
マリーがお弁当を持ってきてくれる。
「小僧は隅に置けないな!」
同じ力仕事をする方々に、温かく笑われた。
今日のご飯はパンとソーセージ。
このマーズ村の特産は小麦で、パンは比較的手に入り易かった。
これに屋内の夕飯だと、野菜スープが付く感じだ。
意外とこの世界での食生活は悪くなかった。
☆★☆★☆
(――暴風雨のある日)
――カンカンカン
村の鐘が鳴る。
「橋が流されるぞ~!」
「若い衆を集めろ!」
造りかけの橋に、大水が襲い掛かる。
壊されては、今までの苦労が水の泡だった。
「あうあ……」
私は村の若い衆と共に、増水した川に入って、一晩中橋を守った。
幻術魔法が掛かった体だと、力が二割程度しか発揮されないが、それでも十分役に立ったのが大きかった。
「小僧は力だけじゃなくて、勇気もあるな!」
「うちの婿に欲しいくらいだ!」
翌日は晴れで、雨は引いた。
――それから3か月。
私達は村人に溶け込み、幸せな生活を送っていた。
☆★☆★☆
――カンカンカン
ある晩、再び村の鐘が鳴る。
「ガウ、気を付けてね!」
「……ああ、頑張る」
私はカタコトながら、少し話せるようになっていた。
マリーに雨具を用意してもらって、村長さんの家に出向いた。
そこには村の若い衆が集まっていた。
しかし、今までとは緊迫感が違う……。
「皆の衆! ご領主様からのお達しだ!」
……何だろうと、聞き入る。
「この度、隣の村を治める領主が、他の王の側に裏切った。そのため、我がご領主さまは、王様から討伐の任が与えられたのだ!」
「……おおう」
「皆の衆! 戦いに勝てば恩賞は思いのままぞ!」
「「「おお!」」」
……戦争だった。
しかも、相手は隣村の様だった。
隣村を治める領主が、他の王に付き、反乱を起こしたようだった。
場所柄的に、このマーズ村は最前線。
動員は必至だったのだ……。