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第31話 《理外の理を知らしめる者達(オーヴァー)》

やがて魔力の放出が終息し、夜空に月と星々の煌めきが戻ってくる。


 静寂を取り戻した世界。ホワイト・ペイジ――白山純貴との戦闘を経て、魔法国家ヴァルプールの栄光の象徴とも言えたデンバル王宮は、辛うじて建物と判別はつくが、もはやどんな姿をしていたのかもわからないほどに崩れてしまっている。

 華やかな庭園だったはずの敷地もいまや瓦礫にまみれ、荒れ果てた採掘場か、あるいは爆撃を受けた戦場のような有り様だ。


 じゃりじゃりと鳴る地面を踏みしめながら、俺は月明かりに照らされた夜を進む。


 そして……目的のものを見つけると、俺はさっとそれを拾い上げた。


「……よし」


 俺の手中に収まる二冊のノート。《雷遊の魔導書》と羞恥爆発自作小説である。

 ようやく安堵のため息がこぼれる。


 いやもうほんと、もしかして白山純貴がこっちの世界に転移してきてる? って推測が頭をよぎったときにはどうなることかと肝を冷やしたものだった。魔導書もだが、なによりこの暗黒小説を無事に取り戻すことができて一安心だ。ていうか本当に異世界に持ち込んでるとか正気かあの野郎は。


 なにはともあれ、とりあえずこの小説だけは愛依寿たちには絶対見つからないようにしないとな。見つかったら最後、七魔導代理のメンバーにも隅々まで貪り読まれるのは必至だ。そんでもって目の前で感想会なんて開かれたあかつきには、恥ずかしすぎてお婿に行けなくなっちゃう……!


 なんてことを考えつつ――俺は、暗闇の向こうからこちらを覗くそいつを睨みつけた。


「何者だ、貴様」


 視線の先、夜闇に佇む影。月光に照らされているおかげで、それが人間であると判別できる。フードつきのローブに身を包み、顔には仮面をつけているため、容姿はおろか男か女かもわからない。


 ただ、完全に抑え込むことができないのか、全身からわずかに漏れ出す魔力が只者ではないことを物語っている。おそらく、それなりに強い。


 そしてその正体不明の何者かが脇に抱えているのは……力なくくの字に折れる白山純貴だった。真っ白だった衣装は襤褸雑巾のように汚く破れており、本人も傷だらけではあるが、どうやら息はあるようだ。


 つまり、黒紙の終章に完全に呑まれる寸前、目の前のこいつが白山を助けたということらしい。


 数秒の沈黙を経て、ついに謎の人物が声を発した。


「――我らは『理外の理を知らしめる者達オーヴァー』」


 声が高い男か、あるいは声が低い女か、若々しく中性的な響き。


 オーヴァー……。いやなんかすごくダークでミステリアスでヤバい雰囲気漂わせてるけど、めちゃくちゃ厨二じゃねえか。


「その男をどうするつもりだ」


「この男にはまだ利用価値がある。手放すには惜しい。ゆえに回収していく」


「利用価値?」


「この男は魔導七典を理解している」


 魔導七典を理解していることが利用価値? それってつまり俺の黒歴史ノートがこいつたちの企みに利用されようとしているってことか……?


「そうはさせない、と言ったらどうする」


「これは決定事項だ」


「――『千を貫く欣喜孔雀の雷光サウザンドスパイク』」


 俺が魔導名を宣言するのと同時、サーベルのごとき鋭利な漆黒雷光が幾千の刺突となって眼前の何者かに殺到する。


 飛散する光の欠片と巻き上がる砂塵。


 次第に晴れていった視界の先には、既に敵の姿はなかった。そして白山純貴の姿も。

 不意打ちをしかけたのだったが、逃げられてしまったらしい。それだけでもやはり、まったくの雑魚ではないことが窺えた。


 しばし思考を巡らせながら虚空を睨み続けていた俺だったが、不意にもうひとつやるべきことがあったのを思い出し、崩壊した王宮へと視線を向ける。


 地面を蹴って崩れかけの王宮会議室へと飛び乗り、壁にもたれて気を失っている銀髪の少女――フィルフィリア・デンバルのもとに歩み寄る。

 片膝をつき、俺は右手を彼女にかざした。


「――『傷を癒やす黒き慈愛ドロツプオブブラツド』」


 漆黒の雫が少女の傷を癒やしていく。やがて完全な美しさを取り戻したフィルフィリアは、薄らと瞳を開けた。

 俺を見つめる灰色の双眸は、まだどこかまどろんでいる。


「……ブラック・ペイジ、さま」


「危機は去った。じきに意識もはっきりするだろう。対価としてこれは返してもらうぞ」


 俺はフィルフィリアの手から氷嘲の魔導書を取り上げる。抵抗はなかった。


 立ち上がった俺をフィルフィリアが見上げる。

 依然としておぼろげなその瞳には、しかしどことなく熱っぽさが宿っているようにも見えた。


「助けていただき、本当にありがとうございます……。もしよろしければ、本当のお名前を……」


「え、いや、本当の名前はちょっと……」


「――フィルフィリア様から離れろ‼」


 響き渡る怒声。

 声がした方に目を向けると、そこに立っていたのは怒りの形相をたたえる青年騎士だった。栗色の短髪をした男……昼間フィルフィリアに付き従っていた男だ。名前は確かドニトクスとか言ってたっけ。


「お前は何者だ! これはお前がやったのか!」


 これ、というのは王宮を破壊したことを言っているのだろう。いやまあ……俺がやったといえばそうなんだけど。


「我が名は『黒歴史の魔導師ブラック・ペイジ』。ああ、デンバル王宮は我が魔導によって崩壊した」


「ブラック・ペイジ……? ホワイト・ペイジではなくブラック・ペイジなのか!」


「そのような下賤な名前と聞き違えるな」


「ホワイトだろうとブラックだろうとどっちでもいい! 貴様がバルフ様を殺したんだな!」


「いや、バルフは別に……」


「そしてセイベルト騎士団長を殺したのも貴様なんだろう!」


 それは確かに俺だ。だってあいつ悪者だったし、焔激の魔導書を渡す気なんてさらさらなさそうだったしな。


「セイベルト……あの下賤な欲望に塗れた駑馬のことか。ああ、我が殺した。あのような下等人種が我が焔激の魔導書に触れるなど寸刻たりとも堪え難かったのでな」


 すると憎悪に染まるドニトクスの顔。


「やはり貴様が……貴様がセイベルト騎士団長をおおおおおおおおおおおッ‼」


 続けざまに詠唱が紡がれ、抜き放たれた剣から風魔法の刃が飛ぶ。

 けれど俺にとってそれは、攻撃と呼べるものでさえない。


「ふん、まるで児戯にも等しい魔法だな」


 焔激の魔導でドニトクスの魔法を掻き消し、さらに小爆発を起こして相手の視界を阻害する。


 目的はすべて果たしたし、いま目の前でブチ切れているドニトクスとかいう男の相手をするのもなんか面倒くさいのでここらで離脱させてもらうとしよう。

 そして俺は爆風と砂塵に紛れてその場を離れた――。




 ――爆風の後、ドニトクスが再び目を開けたときにはもう、目の前にブラック・ペイジの姿はなかった。


「くそっ! 逃げられた……っ!」


 込み上げる悔しさに奥歯を噛みしめる。しかしすぐに優先すべきことを思い出し、ドニトクスは急いでフィルフィリアのもとへと駆け寄った。


「フィルフィリア様! ご無事ですか!」


「ドニトクス……。ええ、わたくしは大丈夫です」


「よかった……!」


 第一王女の無事にほっと胸を撫で下ろしつつ、ドニトクスはまたいつしか怨嗟のこもった眼差しを夜に浮かぶ月へと向けていた。


「ブラック・ペイジ……お前は必ずこの私が殺す」


 殺意に満ちた呟きが、砂礫に交じって風に消える――。




 ――デンバル王宮を脱した俺は、なんとなく王都で最も背の高い時計台の頂上に立って月を見つめている。なんかめっちゃ厨二っぽいけど、目一杯ジャンプして離脱した先にちょうどこの時計台があったので着地したのだ。


 少し冷たい夜風に吹かれながら、俺は改めて一連の出来事を思い起こす。


 ――この僕がそんな陳腐な野望を抱くわけがないじゃないか。僕らの理想はもっと高みにある。

 ――我らは『理外の理を知らしめる者達』。

 ――この男にはまだ利用価値がある。手放すには惜しい。ゆえに回収していく。

 ――この男は魔導七典を理解している。


 白山純貴、そして謎の人物の台詞が脳内を巡る。


「……『理外の理を知らしめる者達オーヴァー』。一体どんな奴らなんだ。それにそいつらの企みに、俺の魔導七典がどう関係するっていうんだ……」


 考えても答えはわからない。わからないけれど、なんとなく俺は、言いようもない焦燥を覚えずにはいられなかった――。

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