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第30話 《遍く全てを黒く塗り潰す魔導(クロカミ)》

「……白紙の魔導書」


「ああそうさ! ありとあらゆる物質、事象を白紙に戻す還元の魔導。それが白紙の魔導だよ! この僕が創出した究極の魔導は君の七つの魔導すべてに勝るからねえ! たとえ君がどんな魔導を放とうとも、もろともに皆無へと塗り替えてあげよう!」


 自信と自尊に満ちた宣言とともに跳躍し、白山はほぼ全壊した王宮のさらに上方の虚空にぴたりと停止する。まるで見えない足場に足を着いたかのように。

 さながら世界を抱くかのように、白山の両手が大きく左右に開かれた。


「君は確かに強い黒澤くん! そんな君に敬意を払って出し惜しみなしといこう! さあ見るといい! この世で最も美しく、そして最も常理から遠く彼方の果てへとたどり着いた潔白至高の結末というものを‼」


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 刹那、夜を忘れるほどの輝きを伴って幾重もの巨大な純白魔法陣が空に広がる。それは止まることを知らず拡大し――やがては王都の上空全域を覆い尽くした。


 地上からは全貌を捉えることすら敵わない大円環。そこから放たれるのは、形なき無の概念を現実のものとする白き大魔導。


 絶望さえも超え、もはや神秘性すら感じさせる輝きに照らされた白山純貴の顔が、しかしそれでも隠しきれない邪悪な笑みに染まっていく。


「君に僕が生み出した究極の魔導を打ち破ることなんてできやしない! やっぱり自分は一生負け犬だったんだって思い知りながら、惨めに泣き顔を晒して死んでいくといいよ!」


 急激に輝度を増す巨大純白魔法陣。ついに魔導が放たれる。


「理越の理を識れ! 白紙の魔導、終章――『遍く全てを白く染め上げる魔導ハクザン』‼」


 発動する白紙の終章。

 王都全域に、数百万の命に、巨大な円環から放出された皆無の白光が降り注ぐ――。





 ――王都上空を覆い尽くす巨大な純白魔法陣を、アンデッドの掃討を終えた七魔導代理の四人は茫然とした顔で見上げた。


「まさか、これはホワイト・ペイジの魔導……⁉ こんなことがあり得るの……?」レイホークのこめかみを汗が伝う。


「はは、これはちょっと遊びじゃすまないよね……? こんな馬鹿げた魔導、ボクらじゃどうしようもないよ……」乾いた笑いを漏らすタヴァル。


「こんなにおっきな魔導なんて見たことない、です……。むりです、王都ごとウトたちもけしとばされて、し、死んじゃいますぅ……」絶望するウト。


「これはタマナにもたべきれないや~まいったまいったあ」完全に諦めるタマナ。


 しかしそのなかにあって、まったく動じない少女の姿があった。


「狼狽える必要などありません」


 四人の視線が声の方に向く。

 宵空を照らし上げる魔法陣を見つめる愛依寿の双眸には、いまなお絶対の信頼と確信が灯っていた。

 そしてその口許に浮かぶ、恍惚すら感じる微笑み。


「あの御方にとってはすべてが理内であり、ゆえにすべてが些事。この程度の薄汚い白などでは、あの御方の崇高なる漆黒を染めることは決してできません」


 いつしか陶然とした眼差しを空に向け、崇めるかのように愛依寿は言った。


「何故ならあの御方は、我らがマスターは、私のお兄様こそは、理外の理の極致へと到達した唯一無二にして至高の存在――始祖にして漆黒たる最強の魔導師なのですから」





 ――発動する純白の大魔導をなおも冷徹に見上げる俺。


「存在ごと消滅してしまえ黒澤舛太――――――――――――――――――ッ‼」


 己の勝利を確信して哄笑とともに絶叫する白山純貴。

 放たれるのは白光の巨雨。触れたものすべてを白紙へと還元する終焉の輝き。


 しかし、だというのに俺は。


「……フッ」


 気づけば、小さく笑みをこぼしてしまっていたのだ。それはきっと、自分自身に対して呆れてしまったからだった。


 だって白山純貴の魔導を目の当たりにして、俺はつい思ってしまったのだ。


 ――白山純貴はわかっていない、と。こんなものよりも俺の考える魔導の方がもっとカッコいい、と。こんなものよりも俺の考える最強が最強だ、と。


「甘いね白山くん」


 懐に右手を差し込みながら俺は言う。


「所詮君は偽物の真似者だ。そんなんじゃあ最強の魔導は生み出せない。そんなんじゃあ最高のカッコいいは生み出せない。だって本当の厨二病ってやつが憧れるのは白じゃなくてさ――闇すら塗り潰す深淵のごとき漆黒って決まってるんだから」


 指先に触れたそれを取り出して掲げる。

 あの日、俺はそれまでの自分と決別したはずだった。過去を棄て、過去を恥じる自分へと変わったはずだった。


「なんだいそれはあ?」嘲笑を浮かべつつ目を凝らす白山。「ひょっとして学生手帳かい?」


 でもやっぱり、人間そう簡単には変われないものだ。

 だって、妹にもバレないようこっそり隠れて、こんなものを書いてしまっていたのだから。そしていつも学生服の胸ポケットに忍ばせてしまっていたのだから。


「違う」


 白紙の終章が迫るなか、俺は真っ直ぐに白山純貴を見据えて言った。


「これこそが魔導七典をも超越せし理外の到達点。我が八冊目の魔導書――『黒紙の魔導書』だ」


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 刹那、幾重もの漆黒魔法陣が頭上に出現して白紙の終章を遮った。さらに輪を増やして拡大し続けた黒き円環はやがて王都全体を覆い尽くし、ついには周囲の大森林すら巻き込むほどの超広範囲魔力展開として結実した。


 自らが放った最高位の魔導――遍く全てを白く染め上げるはずの力をもってしても一切染まらない漆黒を眼下に、白山純貴は驚愕と困惑の表情を浮かべて眼を剥いた。


「な、なんだよその魔導は⁉ どうして僕の白紙の魔導が防げるんだ! そんなのおかしいだろう! 滅茶苦茶だろう! あっていいはずがないだろおおおおおっ‼」


 咆哮のごとき白山の叫びに呼応して激しさを増す白紙の魔導。しかしそれでも漆黒の魔法陣は微塵も揺らがない。


「天才は僕だ! 最強は僕だ! 僕よりも優れた存在なんているはずがない! 僕の白紙の魔導よりも優れた力なんてあるはずがない! なのに! どうして! どうして僕の魔導は君の魔導を貫けないんだ! あり得ない……っ! 所詮君は僕に劣る存在で! 利用される存在で! 馬鹿にされる存在で! 無様に死んでいくだけの存在のはずなのにいいい……っ!」


 どれだけ魔力を全解放したところで、白光の束はそれ以上前には進めない。白山の顎を汗が伝い、屈辱に顔が歪む。しかしそれでもなお抗おうとする意志が、やがて憤怒の絶叫となって吐出する。


「くそ……くそくそくそくそくそくそおおおおおおおっ‼ 認めない! 僕は認めないぞ! 僕こそが至上で! 僕こそが至高で! 僕こそが……僕こそが唯一の存在だ! だから僕は負けない! 負けるわけがない! だから頼む、頼むよ、頼むから……頼むからちゃんと僕に負けて死んでくれよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」


 泣きじゃくったようなみっともない顔。

 寸刻前までの余裕など微塵もない、もはや哀れですらあるその醜態に、しかし俺は冷徹な一瞥を返して。


「断る」


 無慈悲なひと言。頭上で喚いていた男の表情が絶望と諦観に染まる。


 さあ、勝負はここに決した。

 王都を巻き込んだ大混乱の夜に、これで決着をつけよう。


 そして……それまでの自分を棄てることになった、あの日の出来事にも。


「思い上がるなよ贋物がんぶつが。貴様のその薄汚れた白き魔導、我が魔導の真髄をもって純黒に塗り潰してくれる」


 俺は低く静かに、けれど力を込めて告げた。


「真なる理外の理を識れ。黒紙の魔導、終章――『遍く全てを黒く塗り潰す魔導クロカミ』」


 放たれる真に究極の漆黒大魔導。


 魔法陣から吐き出された超極大波動が、白紙の終章を一瞬にして闇よりも深き黒へと塗り潰し、さらには白山純貴をも喰らって遙か天空の果てまで貫いていく――。

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