俺の眼光をものともせず、『
「ああそうさ。僕だ。僕がホワイト・ペイジだよ黒澤舛太くん。どうやら君の方もホワイト・ペイジの正体が僕だって気づいていたようだね」
気づくもなにも、それ以外に正体の選択肢などなかった。
「原典を所有せずして自在に七魔導を行使し、さらには我が名を模倣した名を語る。これらの事実が指し示すのは、すなわちそいつは魔導七典すべてを読んだことがあり、さらに言えばその内容を理解し得るだけの高度な思考力を有し、加えて我がブラック・ペイジの名をも知り得ることができた者であるという条件にほかならない。そしてその条件に該当する人間は白山純貴、貴様以外には考えられなかった」
かつての中学生時代。教室で俺から黒歴史ノートを奪い、クラスメイトたちの前に晒しては無数の嘲笑を浴びせた男。その圧倒的な知性とカリスマをもってカーストの頂点に君臨していた絶対の強者。彼以外に、ホワイト・ペイジたり得る者はいなかった。
「いやあ僕のことを随分と高く評価してくれているようで嬉しいよ黒澤くん」
白山純貴は微塵の謙遜もなく堂々と笑った。
「君の言うとおり僕は天才でね。君から魔導書たちを拝借したあのとき、僕はちゃあんと全部にひととおり目を通したんだよ。そして過去未来異世界どの地点においてだろうとほかの何者にも優る天才である僕にとっては、その内容を理解するにはその一読であまりにも十分すぎたのさ。たとえそれがイタくて恥ずかしい妄想の羅列だろうとね」
あの日となんら変わらない嘲りの微笑がこちらに向けられる。
「おかげで助かったよ黒澤くん。大地震で発生した地割れに呑まれていつの間にかこの世界に飛ばされていたときには流石の僕もどうしたものかと困ったけれど、君が書いたあの落書き帳――魔導七典に書いてあった七魔導が自分にも扱えるとわかった瞬間、僕はやっぱり自分が神に愛されているんだって再認識できたよ。このときのために神様は、あの日僕に君の妄想を読むよう運命づけてくれていたんだってね」
「貴様は、我が魔導が貴様のためにあると言いたいわけか」
「もちろん! 世界のすべては僕を中心に回っているに決まっているんだからね。君は僕にこの力を――魔導の力を献上するために魔導七典を書くように運命づけられていたんだよ黒澤くん」
おもむろに差し出された白山のてのひらに、見せつけるようにして黒焔が灯った。
「くくく、この力は本当に素晴らしいよ……。この魔導の力があればどんな相手も捻じ伏せることができる……前の世界でも僕は紛れもない勝者だった、でもそれはあくまで人間の子どもに許された範囲の、ごくごく小さな社会のなかでの話にすぎなかった。いわば僕は、大海を知らない井の中の蛙だったんだ。でもいまは違う。この力をもってすれば、僕は真の意味ですべてを掌握することができる!」
端正な造りのその顔には、いつしか揺るぎない自信とともにどこか陶然とした表情さえ滲み始めている。
「我が魔導を使ってこの世界の征服にでも乗り出すつもりか」
「まさか」白山はにこやかに首を横に振った。「この僕がそんな陳腐な野望を抱くわけがないじゃないか。僕らの理想はもっと高みにある」
「僕ら、だと?」
「おっと口が滑った」
けらけらと笑う白山を俺は睨み据える。僕ら? 白山は単独ではなく、なにかしら組織的に動いているのだろうか。だから既に七魔導を扱えるにもかかわらず原典を集めようとしている?
「魔導七典を一体なにに使うつもりだ」
「それは教えてあげられないねえ。僕はとっても口が堅いんだ」
わざとらしく意地の悪い笑みを浮かべる白山。
正直わけがわからない。俺の黒歴史ノートを集めてなんになる? 魔導の力を求めているのか? けれど白山いわくこの世界を支配する以上の崇高な理由があるという。それは一体なんだ?
思案するが答えにはたどり着かない。
……まあいいや。とりあえずいまは置いておこう。
「ふん、隠そうが隠すまいが同じことだ。いずれにしろ原典は我が手中に還る。貴様が持っている雷遊の魔導書もな」
「へえ、どうやって?」
「無論、力尽くでだ」
「おやまあしばらく見ないうちに強くなったものだねえ黒澤くん」
挑発的に笑う白山に、しかし俺はあえて冷めた眼差しをくれてやる。この男が常に相手を小馬鹿にするのは昔からのことだ。いまさら気にする必要なんてない。
それよりもだ。いまこのときこの瞬間、俺には確かめなくてはならないことがある。
そのためにわざわざ愛依寿たちに理由をつけて単身ここへ乗り込んできたのだ。
魔導七典を狙う目的とかなんだとか、そんなのマジでどうでもいいくらいに喫緊の脅威がこの男の懐に潜んでいるかもしれないのだ。
「場合によってはそれ以外にも返してもらう必要がある。白山純貴、貴様――まさかいまアレを持っていないだろうな?」
「アレ?」
怪訝な表情をかたどる白山。その表情に一瞬安堵しかける俺だったが、しかし目の前の男の顔は徐々に厭らしく嗜虐的な形へと変貌を遂げていく。
「……ああ、それってもしかしてこれのことかな?」
そして男の手が懐に差し込まれ、やがて一冊の古びたノートが現れる。
「――――‼」
眼前に掲げられたそれを目の当たりにして、俺はたちまち湧き上がった焦燥に目を見開いた。
回帰する記憶。
『えっと、あの、白山くん……そのノート、か、返してくれないかな……はは』
『全部読んだらこの魔導書たちは返してあげるよ。おっとこっちは呪文だらけの面白おかしい魔導書というわけではないようだ! どれどれ……おお! なんとこっちは物語じゃないか! つまり黒澤くんの脳味噌が生み出した純度百パーセントの妄想というわけだ!』
あのとき、結局手元に返ってきたのは魔導書だけだった。つまり魔導書でなかったそれは、ついぞ俺のもとに返還されることはなかったのだ。
きっと棄てたに違いないと思っていたのに。
否、誰かを貶め辱めるのに利用できる代物を、この男が棄てるわけがなかった。
そしてあろうことかこの男は、奇しくもそれをこの異世界にまで持ち込んでいやがったのである。
「白山純貴……!」
いやもうマジで最悪だ。
「返してもらうぞ……!」
ガチのマジで最悪だ。
「なにがなんでも返してもらうぞ……!」
こんなん愛依寿たちに見られたら絶対手放さないに決まってるもん。
「我が魔導のすべてをもってして、力尽くでその小説を奪い返させてもらうぞ白山純貴――――――――ッ‼」
白山純貴の手に握られているのは、紛れもなくあの日奪われた黒歴史小説だったのである。