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第27話 《白歴史の魔導師》の正体

 ──迂闊だった。

 巨大な門を潜って王宮敷地内へと足を進めた俺だったが、そこらじゅうをアンデッドがうようよしていて邪魔だったのでとりあえず王宮の屋根に跳び乗ったのだ。

 いまなおなされるがまま黒焔に貪られている王宮の上に立つと、戦闘によるものと思われる震動が断続的に屋根から足裏へと伝わってくる。


「こっちっぽいな」


 震動の発生源を目指して歩いていく。

 まったく、実にのんきな足取りだったと言わざるを得ない。

 焔すらも焦がす黒焔に喰い荒らされた王宮がひどく脆化してしまっていることを、当然俺は認識すべきだったのだ。

 結果として、どうなったか。


「うおっ⁉」


 俺の重みに耐えられなかった屋根が、抜けた。


 瓦礫にまみれながら重力に従って一直線に落下していく体。

 やがて衝撃とともに王宮内のどこぞの部屋に着地し砂塵が舞う。無事に着地できたのはよかったけれど、でもなんかやけに地面がぐにゃぐにゃしている気がする。天井や屋根と同じで床もまた脆くなってしまっているのだろうか。


 次第に視界が晴れていく。と同時に気づいた。やばい、これ地面じゃない。俺、人踏んじゃってるよ。しかもボロボロではあるけどなんか偉い人的な恰好してるし。てかひょっとして死んでない? これもしかして俺がやっちゃったやつ……?


 たちまち額に冷や汗が滲み出す。目の前の、もとい足の下の現実が受け止められず、俺は恐る恐る立ち上がって足を退かす。


 と、そこで俺は自らに注がれるふたつの視線を認識する。


 前と後ろにひとりずつ……誰かが俺を凝視している。

 たったいま、大きな罪を犯してしまったこの俺を――!


 跳ねる鼓動。止まる呼吸。噴き出す汗。焦りが募り、口の中は瞬く間にからからに渇ききる。


 どうする。どうやってこの状況を切り抜ける……⁉

 いや、もはや切り抜けるとかいうレベルではない。

 ならばもう強引に突っ切ってしまう以外に道はない……ッ!


 あくまで表情は平静を保ちつつ、あえて余裕たっぷりに視線を上げて、しかしその実めちゃくちゃ苦し紛れに俺は言った。


「――我が名は『黒歴史の魔導師ブラック・ペイジ』。今宵は我が不在の幾百年に生じた歪みを正しに来た」


 ……って、これで乗り切れるわけがないだろ俺! こんなん、ただの意味不明な供述を行う犯罪者じゃん。


 もはやテンパりすぎて思考が崩壊してしまっているらしい。

 よし、ここはとりあえず逃げるか――。


「おっと、まさかのヒーロー登場じゃないか」


 いまだかすかに漂う土埃の向こう、目の前に立つ人影が愉快げな声を寄越した。


 ヒーロー登場? どういう意味だ?

 内心で首を傾げつつ、俺は半身の姿勢になって後ろを見やる。


 そこにあったのは、満身創痍の姿で壁にもたれかかって座り込む第一王女フィルフィリア・デンバルの姿だった。

 銀髪少女の灰眼がおぼろげに俺を見つめた。


「あなたは……?」


 いまにも意識を失いそうなほど弱々しい声。俺はいまいちど足下に転がる死体を見る。なるほど、よく見てみればこれはアンデッドだ。どうやら彼女はこの屍人形と戦っていたらしい。そしてやられそうになったところを、偶然にも間一髪で俺が助ける形になったというわけか。


「我が名は『黒歴史の魔導師』。貴様は王女だな。まるで襤褸切れではないか。見る影もない。このアンデッドにやられたか」


 フィルフィリアの視線が下に向かう。


「……お父様」


 お父様⁉ え、これ国王⁉ いつの間にアンデッドになってたの⁉ ていうか俺、アンデッドとはいえ目の前でこの子のお父さん踏み潰しちゃってるじゃん……。


「……なんかごめん」


 思わず本音の謝罪が口を衝いて出たけれど、フィルフィリアから怒りは感じなかった。


「いえ……助けていただき、ありがとうございます……」


 というよりほぼ気を失っているに等しい状態で、怒りの感情なんて抱いている場合じゃないようだ。

 まあそれならそれで都合がいい。


「ふん、しばらくそこで眠っていろ。事が済んだら、貴様からは氷嘲の魔導書を貰い受ける」


 それだけ言って、「氷嘲の、魔導書を……?」と呟くフィルフィリアを無視して俺は再び正面に向き直る。


 同時に俺は警戒心と集中力を極限まで高めた。何故ならば、ここにフィルフィリアがいる事実によって、すなわち目の前に立つもうひとつの人影の正体が確定するからだ。


 わずかに漂っていた砂塵が完全に霧消し、前方の視界が澄み渡る。


 ……ついに、その姿が俺の視界に映った。


 目の前に佇む純白の男は、心の底から嬉しそうに白い歯を覗かせた。


「やあ、ブラック・ペイジ。くくく、やっぱり君だと思っていたよ。こうしてまた君に会えるなんて、僕はいま最高に最幸の気分だ」


 胸が悪くなるほど眩しい白をまとったその男を、俺は静かに睨み据える。


 やはり、俺の予想は当たっていた。

 この男以外にはあり得ないと思っていた。確信していた。


 蘇る過去を噛み潰し、口の中に滲む苦みを味わいながら、俺は言葉を紡ぐ。


「やはり貴様が『白歴史の魔導師ホワイト・ペイジ』だったのか。――白山純貴しろやまじゅんき

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