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第25話 そしてまた最強の魔導師を演じる

 ――アソンが口にしたその名前に、愛依寿はわずかに目を見開くとともに不愉快げな表情を浮かべた。


「ホワイト・ペイジですって……? 明らかにお兄様を、我らが至高たるマスターの御名を意識した自称です。それも黒に対して白とは、まるで自身が偉大なる《|始祖漆黒の魔導師《ブラック・ペイジ》》に比肩する存在であるかのような自惚れに満ちています。なんという驕り高ぶり……失敬千万甚だしく、傲岸不遜も度がすぎると言わざるを得ません」


 なんかもうすげー怒っている我が妹である。しかも気づけばキレているのは愛依寿だけじゃなかった。


「メイジュ様のおっしゃるとおりですわ。畏れ多くも我らがマスターの尊き御名に寄せた名前を語るなんて、不敬にもほどがあります。わたくし軽蔑せざるを得ませんわ。即刻断罪すべきでは。というか、ホワイト・ペイジなんて名前、なんかダサくありません?」


 いやレイホーク、俺のために怒ってくれるのはありがたいんだけどホワイト・ペイジがダサかったらブラック・ペイジも等しくダサいってことになっちゃうからね。


「いやもうほんとに! ボクたちのマスターは唯一無二の最強魔導師なんだから、並び立てる存在なんているはずがないもんね! それにレイちゃんの言うとおりそいつはそもそもマスターと違ってセンスがないよ! ホワイト・ペイジなんてカッコわるい名前、マスターだったら絶対に考えないからさ!」


 やめて追い打ちをかけないでタヴァル。黒と白の違いにセンスの違いなんてないでしょうよ。盲目すぎて逆に崇拝する主君にクリティカル入っちゃってますから。


「ウトも、ウトもその人のことゆるせない、です……。マスターをぶじょくしてるって、そうかんじます……。しかもホワイト・ペイジなんて、ウト、じぶんのマスターがそんなはずかしいなまえの人だったらいますぐ死にたいっておもいます、ですぅ……」


 もう許してえ……。ていうかウトちゃんや、むしろ俺の方が恥ずかしすぎていますぐにでも死んでしまいたいよ。


「あれれー、やっとみんなのこと見つけたとおもったらなんの話してるの~?」


 そこへひょっこりと現れるタマナ。なんかすごく満足げな表情だ。たぶん店の食べ物ぜんぶ食べ尽くしてきたんだろうな。

 幸せそうな幼女の笑顔を見ると、どんなにつらい目に遭ったって俺も幸せな気持ちに――。


「え、ホワイト・ペイジ? あはは、変ななまえ~」


 なれないね、うん。幼女の無邪気なひと言に致命傷を負いました。もう立ち直れません。


 それからもやんややんやとホワイト・ペイジをこき下ろし続ける少女たちの横で、俺はそのすべてに致死性のダメージを喰らいながらもはや途中から意識を失っていた。


 一体どれほど意識を失っていただろう、ようやく羞恥の水底から浮上してみると、既に空は黄昏に染まっている。


 それまで悪口大会に花を咲かせていた愛依寿が、不意に怪訝そうな表情を浮かべては唇に手を当てながらぽつりとこぼした。


「……でも待って。ホワイト・ペイジが七魔導を行使できる理由については現状まったく見当もつかない。でもそれ以上に不可解なのは、ホワイト・ペイジがお兄様のことを――すなわち《始祖漆黒の魔導師》の名を知っているということじゃないかしら」


 思案する愛依寿の顔つきがだんだんと真剣味を帯びていく。


「お兄様がこの世界に転移してまだほんの数日。偉大なる《始祖漆黒の魔導師》の御名を知る者なんているはずがないもの。だって、唯一お兄様の名を聞いたセイベルト・ロンドランスは既にこの世にいないのだから」


 厳密に言えば、ブラック・ペイジの名前を知っているのはほかにも四人だけいる。転移初日に俺のことを襲った盗賊たちだ。でもこれは考慮に入れないでいいだろう。森に潜んで旅人相手にちまちまと強奪行為を働くだけの奴らがホワイト・ペイジの正体なはずはないし、ましてや繋がっているはずもない。


「本当に、ホワイト・ペイジとは一体何者なのでしょうか……」


 考え込む愛依寿。


 一緒になって黙り込み、俺も正体について考察を行う……ふりをする。


 正直に言えば、俺は既にひとつの仮説を立てている。

 わかっている情報を整理し、またあり得べき可能性を検討し、あるいは記憶を抽出し、それらを順序正しく組み立てていくと――見えてくるのだ、ホワイト・ペイジたり得る人物の姿が。


 俺は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

 まずい。まずいぞ。本当にまずい。


 もし正体が推測どおりの人物だったとしたら、最悪の場合、この世にさらなる災厄がもたらされてしまう可能性がある……ッ!

 それだけは、なんとしてもそれだけは阻止しないと。


 そのときだ。耳をつんざくような炸裂音と眩い閃光。デンバル王宮の壁を突き破った強烈な雷光が、日暮れの空を照らし上げた。


「雷撃魔法……?」レイホークが訝しげに王宮を見やる。


「はえーずいぶんとド派手な一撃だったねー! これはただの喧嘩じゃなさそうですねえ」好奇心を掻き立てられたような表情のタヴァル。


「このタイミングで王宮に轟く雷撃魔法……もしや」愛依寿は通信魔法を通じてアソンに語りかける。「アソン、バルフの死体はまだ現場にあるのですか」


「確認します」


 しばらくののち、アソンからの報告。


「エズ、アラオルと一緒に確認しましたが……なくなっています、バルフの亡骸は既に現場にはありません」


「やっぱり……」


 そう呟き、愛依寿はアソンたち三人に帰還を命じた。


「どうやらホワイト・ペイジは、今度は王宮で悪趣味な人形劇を始めたようですね」


 愛依寿の言わんとすることはわかった。きっとホワイト・ペイジは、殺したバルフを死退の魔導で操り人形に変えて王宮に送り込んだのだ。


 確かにバルフであれば王宮への潜入は容易だろう。王宮内部の攪乱にはもってこいの作戦というわけだ。しかしホワイト・ペイジほどの実力者にとって、その手順は本当に必要なのか? 俺は、そこに単なる作戦以上の意図を感じずにはいられなかった。


 ますます確信が深まっていく。いやもうこの陰湿な感じ、絶対あいつで間違いない。


 やがて連続する雷撃に氷結魔法が交じり始める。誰かがバルフと戦っているようだ。魔法の種類からするに、ひょっとするとあの王女様だろうか。


「お兄様、いかがされますか。我々一同、突入の用意は整っておりますが」


 愛依寿が問うてくる。見ると、愛依寿だけじゃなくて《七魔導代理》の面々もいつの間にか臨戦の表情をたたえている。


 確かにいま、王宮は前代未聞の混乱状態だろう。いっそこの混乱に乗じて王宮に乗り込み事態を鎮圧、そのうえ上手いことあの王女様から《氷嘲の魔導書》を回収できれば万々歳の展開だ。


 だが俺には直感があった。

 きっといま、あそこにはホワイト・ペイジもいる。


 ……どうする俺。もしあそこにあいつがいるとしたら、しかも万が一アレを持っているなんてことがあれば、事態は想定よりも遙かに深刻さを増すことになるぞ。


 ダメだ。そんな場所に愛依寿たちを行かせるわけにはいかない、絶対に。


 逡巡するうち、膨大な魔力の解放と同時に王宮を漆黒の大氷塊が覆い尽くす。氷嘲の魔導、終章――《|氷片と化せ、愚鈍なる者共よ《トゥーゴユルナ》》。やはり間違いない。雷撃魔法の使い手――おそらくバルフ――との戦闘を繰り広げていたのは、あのフィルフィリアとかいう第一王女様だ。


「《|氷片と化せ、愚鈍なる者共よ《トゥーゴユルナ》》……。お兄様、いま王宮内には間違いなく《氷嘲の魔導書》があります。この機に二冊目の魔導七典を奪還しにまいりましょう」


 愛依寿が前のめりに進言してくる。

 ひとたび俺が首を縦に振れば迷わず王宮へ突入してしまいそうな勢いである。


 でもダメだ。行かせられない。なにがあっても愛依寿やレイホークたちを王宮に向かわせるわけにはいかない。


 今度は爆発音とともにデンバル王宮が苛烈な黒焔に包まれる。黒々とした大氷塊をたちまち無へと還元するそれは、紛れもなく焔激の魔導が生み出す漆黒の劫火。


「これは、焔激の魔導……!」


 燃え盛る王宮を瞠目した眼差しで見つめる愛依寿。

 しかし怒濤の連鎖はまだ終わらない。

 炎上する王宮から、無数の影が這い出してくる。

 それは命を失ってなお漆黒空虚の偽魂を宿して現世を彷徨う、死退の魔導によって生み出された形ある亡霊たち。


「死退の魔導まで……。ということは、いま王宮にはホワイト・ペイジが……!」


 確信し、そして大いなる野望を滾らせた愛依寿がさらにこちらへ身を乗り出した。


「お兄様、いますぐ《|理外の理を識る者達《アンネイブル》》総出で王宮に赴き、ホワイト・ペイジを叩きましょう。そうすれば《雷遊の魔導書》をも奪還することができます」


 王宮よりも燃える眼差しで訴えかけてくる愛依寿に、しかし俺は答えを返せない。


 やがてアンデッドたちが王宮の敷地を出て王都市街まで溢れ出してくると、あちこちで民衆が恐怖の悲鳴を上げ、我を失って逃げ惑い始めた。それはさながら阿鼻叫喚の地獄絵図のようだった。


 だがまだ俺は決めきれない。


 ……わかっている。黒歴史ノートは目と鼻の先にある。しかも王都じゅうが混乱しているいまが好機だ。みすみす逃す手などあろうはずもない。

 けれど、彼女たちを連れていくにはあまりにもリスクが大きすぎる。


「わたくしも王宮に乗り込みたく思いますわマスター。マスターの崇高なる七魔導をこのような悪事に利用するなど言語道断。ホワイト・ペイジなどという下賤な輩には、わたくしたちの正しき魔導をもって天誅を下さなくては!」


「そうですよマスター! ボク、このままホワイト・ペイジとかいう悪者が《雷遊の魔導書》を持ってるなんて我慢できないです! みんなで乗り込んでいってこてんぱんにしちゃいましょう!」


「ウトも、マスターをぶじょくするホワイト・ペイジはゆるせません……そんなひとからは、《雷遊の魔導書》をはやく取り返したい、です……」


「あーなんかお腹すいてきたなあ~。あのアンデッドたちっておいしいのかなますたー?」


 いまやレイホークたちですらこれ以上は抑えられそうもない。

 諦めて連れていくか? いや、けど愛依寿たちを連れていって、もしもアレが彼女たちの目に触れるようなことがあったあかつきには……!


「マスター!」


 ……………………ダメだ。


「マスター!」


 ………………ダメだ。


「マスター……!」


 …………ダメだ。


「ねえますたー」


 ……ダメだ。


「お兄様!」


 ダメだ!


 やっぱり彼女たちを王宮に連れていくのは絶対にダメだ! 危なすぎる!


 しかし彼女たちは既に突撃する気満々だ。ノーと言っても勝手に突っ走っていってしまいそうな勢いだ。そんな彼女たちを俺はどうやって阻止する?


 ……だったら従わせなければならない、俺の言葉に。


 そして最も効果的な方法は、やはりあの方法しかないだろう。


 もう仕方がない! やるしかないでしょうがよ! なりきるしかないでしょうがよ! 愛依寿やほかのみんなが忠誠を誓う憧れの存在とやらに! 原初にして至高たる始祖漆黒の魔導師とやらにさ!


 はたして、俺はこうして今回もまた羞恥を飲み下し、そして腹を括ったのである。


「ご決断を、お兄様――!」


 凛とした愛依寿の声音が地獄の真っ只中にもたらした静寂。さもそれを味わうかのように間を置いて、俺は悠然とした動作で立ち上がる。


「……白き世界か。黒き世界か。今宵、我が魔導をもって真理を示す」


 夜に染まった空を見上げながらそう呟く。俺のまとう雰囲気が変わったことを察した愛依寿たちは、みなが黙って俺を見つめている。

 俺は愛依寿たちに視線を向けた。


「お前たちは、我が示す唯一にして無二の解を見届けよ」


 俺の言わんとすることを愛依寿は理解したらしい。居住まいを正すと、彼女は真っ直ぐな眼差しで俺を見つめた。


「それはつまり、王宮へはお兄様おひとりで行かれるということですか?」


 察しのいい妹だ。


「ああ。我が名を愚弄する浅ましき贋物がんぶつには、この手で直接漆黒の裁きを下してやらねばならぬ。そして氷嘲と雷遊二冊の魔導書も手中に収める。少々派手な余興となりそうだ。しかし、ゆえにお前たちにとっても見応えのある見世物になるだろう」


 するとレイホークたちは戦力外通告でも受けたかのように、「そんなマスター、わたくしたちはマスターのお力になりたいのですわ……」「そうですよマスター、ボクだって……」「ウトも……」「もうたべちゃっていいかなー?」と全員(?)が意気消沈する。


 しかしそんな彼女たちを諭すように愛依寿が言った。


「お兄様はあなたたちを見限ったのではありません。聞いていなかったのですか。お兄様はいま、『少々派手な余興となる』とおっしゃったでしょう。それはつまり、それだけ激しい交戦が予想されるということ。すなわちお兄様は、私たちのように感情的になるのではなく冷静に、そして正確かつ的確にホワイト・ペイジの脅威度を見抜いておられるのです」


 ハッとするレイホークたち。愛依寿は続ける。


「だからお兄様はおひとりで向かわれるのです。私たちがいては却って邪魔になってお兄様は全力を出せませんから。……でも、それ以上にお兄様は、ホワイト・ペイジといういわば未知数の脅威から私たちを守るために、失わないために、なによりもまず私たちのことを想って、おひとりでホワイト・ペイジと戦うことをお決めになったのです」


 そう語る愛依寿の目尻にはいつしか薄く涙がにじんでいる。というかレイホークたちの目もいつの間にかウルウルしている。


 儚げに微笑み、小さく首を傾けて愛依寿は俺に言った。


「……ですよね、お兄様」


 いや全然違うけど……。


「……ああ」


 なんかもうとりあえず頷いておくことにする。


 すると感激にむせび泣くレイホークたち。なんてわたくしは幸せなんでしょうとか、やっぱりボクはマスターが大好きですとか、ウトはきょうまでしななくてよかったですとか、ますたーもうアンデッドがすぐそこだけどたべたい~とか。


 待ってたらいつまでも感涙してそうなので任せたいことを任せて俺は行くとしよう。


「愛依寿の言うとおり、我はお前たちを見限りなどせん。むしろお前たちこそ最も我が信頼を置ける者たちだ。ゆえにお前たちに任せたい。あのアンデッド共を掃討せよ。なんとも憫然たる姿だ。偽りの魔導によって醜く不死に縛られた哀しき者たちを、真なる魔導をもって安らかに眠らせてやれ」


 そして極めつけにひと言。


「お前たちの働きに期待しているぞ」


 すると俺の指示を受けた五人の双眸にたちまち燃えるような意気が宿る。


「「「「「――イエス、マイマスター!」」」」」


 そして瞬時に純黒衣装へと装いを変えたレイホークたち四人が散り、市街地に溢れたアンデッドたちの掃討が開始される。

 氷嘲の魔導が敵を凍らせ砕き、雷遊の魔導が敵を貫き焦がし、死退の魔導が敵を操り敵を屠り、そして死退の魔導が敵を貪り喰い尽くす。流石は《七魔導代理》というべきか、ていうかなんかすごくやる気に満ちているからか、もはやどっちが化物かわからないくらいの蹂躙ぶりだった。まあこれならアンデッドを取り逃がすこともないだろうし、王都民たちへの被害も最小限に抑えられるだろう。


 すさまじい勢いで屍人たちが葬られていくさなか、ひとり残った愛依寿が俺を見送る。


「どうかご無事で、お兄様」


「ああ」


 短く返し、俺は王宮へと足を向ける。


 さあ《氷嘲の魔導書》と《雷遊の魔導書》の二冊をこの手に取り戻すために、そしてなによりホワイト・ペイジの正体を確かめるために、これから炎上する王宮に乗り込んでいくとしよう。


 そして俺は一歩を踏み出し――。


「あ、待ってくださいお兄様」


 がくっ。


「な、なに?」


 若干恥ずかしい気持ちになりながら振り返ると、笑顔をたたえた愛依寿がそれを差し出していた。


「忘れ物ですよ。ちゃんと着替えないとですね」


「あ、うん……ありがと」


 あの夜着たのと同じ漆黒の専用衣装だった。

 その厨二全開のコスチューム、やっぱり着ていかないとダメなんですね……。

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