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第22話 フィルフィリアの決意

 ――刃のように鋭く閃いた雷光が、一瞬にして国王ハイエンベルグ・デンバルの、そして貴族たちの肉体を貫通した。


「な、バル、フ……」


 魂と一緒に漏れ出したような声。焼けた胴体から、一国の王の頭部がずれ落ちた。

 続けて諸侯たちの頭も同様に床へと落ちる。焦げた肉の臭いを漂わせながらばたばたと崩れていく首なし死体たちを、兄妹はただ茫然と見つめることしかできなかった。


「父上……っ! なんてことだ、父上が、魔法国家ヴァルプールの統治者たるハイエンベルグ国王陛下が……っ!」


 ルースフィリアが目を見開いて叫ぶ。


 悲しみすら享受する間もないほどに、ほんの数秒前まで予期し得なかった絶望が、確かな形を持って現実として目の前に広がっている。


 やがて正気を取り戻したルースフィリアの眼光が雷魔を射貫いた。


「なんてことをしてくれたんだバルフ……! いや、お前はバルフじゃないな……! お前は一体何者だ!」


 勢いよく立ち上がって剣を構えるルースフィリアだったが、しかしバルフは意思なきおぞましげな表情をたたえるばかりだった。


「わ、タシは、しこうなルおンかたの、ためニ、このミヲささゲるのみ……」


 無機質に紡がれるバルフの声に、ルースフィリアは、さながらすべてを悟ったかのごとく悲痛げな顔を浮かべた。


「バルフ……やはりあなたはもう……。魂のない木偶人形、死して何者かの傀儡と化してしまったのか……あなたほどの魔法師がこんな最期を迎えることになるなんて……!」


 ぐっと奥歯を噛み、ルースフィリアは剣を握る手に力を込める。ただならぬ気迫を感じ取り、フィルフィリアはようやくハッとした。


「ル、ルースお兄様、なにを……⁉」


「下がっているんだフィル! いま僕らの目の前に立っているのは偉大なる魔法師を冒涜し、さらにはヴァルプールの象徴たる国王陛下の命を奪った凶悪なアンデッド! ここで僕がこいつを倒す!」


 そしてバルフに向かって駆け出すルースフィリア。


「集え疾風よ、我が剣にさらなる刃を――『疾風剣ストルムレイド』‼』」


 剣が強烈な疾風をまとい、雷魔を乗っ取った死体人形を斬り伏せんと振り抜かれる。


 が、剣はバルフには届かなかった。

 火花のごとく散る無数の稲妻。雷の盾がいとも容易くそれを阻んだのだ。


「なに……っ!」


 苦々しく顔を歪めるルースフィリアを、醜く白濁した双眼がぎょろりと捉えた。


「わた、セ、ワタしにわたセ……」


 刹那、強烈な雷撃が放出される。爆発のごとき無差別攻撃が、王宮会議室の天井や壁をもろともに喰らいながら、ルースフィリアの体躯を弾き飛ばした。


「うぐわあああああああっ!」


「ルースお兄様あっ!」


 大きな窓を突き破り、そのままルースフィリアの姿が王宮の外へと消失する。

 はたして兄は無事なのか。しかしそれを確かめる間もなく、それどころか案じる間すらもなく、フィルフィリアは自らに注がれる眼差しを感じて思わず鳥肌を立てた。


 バルフ・ヘルケリウスが、フィルフィリアを見ている。


「バル、フ……」


 その名を呼んだところで無意味であることをわかっていながら、それでも勝手に唇が動いてしまう。

 そしてやはり、名前を呼んでも眼前の化物に理知は戻らない。

 死したバルフの唇が、硬直した肉を強引に解すかのように歪に動いた。


「ひょうチョうの、まどウしョを、わたセ……」


 フィルフィリアはわずかに目を見開いた。


「氷嘲の魔導書……やっぱり目的は魔導七典なのですね……!」


 兄の言葉を思い出す。彼は正しかった。バルフを殺害し、そしていま操っている何者かは、デンバル王家が所有する魔導七典を狙っていたのだ。


「わたセ、ワタせ、まどウショを、わたセ……」


 糸で操られた人形のごとく不自然な動きで徐々に近づいてくるバルフ。


「ひっ……!」


 途端に胃から恐怖がせり上がる。反射的に立ち上がり、フィルフィリアは転がった椅子に躓きそうになりながら後ずさった。


 目の前の男は――否、人の形をした人ならざる化物は、命を奪うことに躊躇がない。そもそも意思というものを持ち合わせていない。既に愛する父は殺され、有力貴族たちも殺され、兄もまた生死は定かでない。


 きっと自分も、殺されてしまう。


 逃げたい。逃げたい。逃げたい。逃げたい。逃げたい。


 恐れに支配された思考がひたすらに彼女を後退させ続ける。

 ……しかし、不意にその足が止まる。


「……わたくしが逃げては、いけない」


 そうだ。自分が逃げてどうする。もし自分がここから逃げたら、きっとバルフは追ってくる。それはすなわち、王宮の外に化物を放つのと同義だ。自ら進んで王都の民を危険に晒すことに相違ないのだ。


 それは許されない。あってはならない。

 何故なら自分は、デンバル王家の人間なのだ。第一王女なのだ。民を守る責務を負っているのだ。


 そしてなにより、自分はそのために父からこれを賜ったのではないのか。


「これは、氷嘲の魔導書は、渡しません」


 いまこそ自分は、自分の責務を果たすために目の前の異形に立ち向かわなくてはならないのだ。


 銀髪の少女は息を吸う。


 そうして恐怖に震える心を押さえつけて。震える体に力を込めて。フィルフィリア・デンバルは、氷嘲の魔導が書き記された魔導書を手に、決意を宿した灰色の双眸で雷魔のアンデッドを正面から見据えた。


「バルフ――あなたは、いまからここでわたくしが倒します」

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