――茜色に染まった空の下、馬を駆るドニトクス一行はついに襲撃現場に到着した。
「なんという有り様だ……!」
思わず絶句するドニトクスの眼前に広がるのは、およそ人の手によって生み出されたとは思えないほどに災害じみた光景だった。
ひしゃげ、断絶し、あらぬ方向に延びる線路。
溶け焦げ、原形をなくし、もはや意味なき鋼鉄のオブジェと化した鉄道列車。
周辺には無数の大穴が穿たれ、闇を塗ったような漆黒に染まっている。漆黒の落雷を受けたかのごとき焦げ痕、さらにはいまだ大地を苛み続ける黒き残り火、黒き氷結……魔法の領域を逸脱した力の痕跡。
そして転がる、死体、死体、死体……。
ドニトクスは確信した。
「魔導による戦闘の痕跡……魔導を要するほどの相手ということは、やはりバルフ様を襲ったのはセイベルト騎士団長を襲った奴らと同じだったに違いない。しかし、雷遊の魔導以外の魔導らしき痕跡があるのはどういうことだ……」
「ドニトクス副騎士団長!」
眉間にしわを寄せて思案するドニトクスのもとへと、状況の確認に奔走していた騎士団員のひとりが駆け寄ってくる。
「ケイネスか。どうだった」
「バルフ様と思しき死体ですが……見つかりませんでした」
「本当か? 確かにバルフ様のご遺体はここにはないのか」
「はい。一部、顔も判別できないようなものもありましたが、それらはすべてバルフ様とは体格が異なっておりました」
顎に手を当てて考え込むドニトクス。
「死体が見つからない……。バルフ様は生きておられるのか……?」
しかしそれならば何故、通信魔法に応答がなかったのか。状況を掴みきれず、ドニトクスの眉間にさらにしわが刻まれていく。
そんなドニトクスを前に、青年騎士ケイネスは報告を続ける。
「また、ごくわずかではありますが生存者を発見しました」
「なに、本当か!」
ドニトクスは一旦思考を破棄してケイネスに向き直った。
「これほどの惨状にもかかわらず、よく生存者がいたものだ……! ただ無傷ではあるまい。いますぐ治療をせねばならんだろう。確かマルクスが治癒魔法を得意としていたな? 早く向かわせなくては」
「いえドニトクス副騎士団長」青年騎士は自らも若干の戸惑いを浮かべながら言った。「見つかった生存者たちは皆、傷ひとつない状態でした」
「生き延びただけでなく無傷だと? しかしそんなことがあり得るのか……?」
「なんでも、見ず知らずの少女たちのひとりが傷を癒やしてくれたのだと……」
「見ず知らずの少女たち……!」
拉致被害者たちも語っていた謎の少女たちの存在。これで確実だ。やはりあの夜と同じ者たちがここに姿を現わしたのだ。バルフ・ヘルケリウスを襲撃し、《雷遊の魔導書》を奪取するために。
「だが、どうして巻き込んだ乗客たちの治療を……?」
ドニトクスは困惑した。魔導七典を手に入れるためならば殺しを厭わない者たちにもかかわらず、一方で拉致被害者の救出を行ったり(これは少女らが行ったかは定かでないが)、負傷者の治療を行ったり、やっていることがちぐはぐではないか。
一体なにが真実なのだ……。
「さらにもう一点、報告があるのですが」と言って、ケイネスは言葉を続けた。「正体不明の少女たちのほかに、もうひとり謎の男がいたとのことです」
「謎の男?」
「はい。どうやらバルフ様と直接交戦したのはその男らしく……乗客いわく、その男は自らをホワイト・ペイジと名乗っていたとのことです」
「ホワイト・ペイジ……」
我知らずその名を口にしつつ、ドニトクスは思考を巡らせる。
謎の男、ブラック・ペイジ。そいつが正体不明の少女たちを従える親玉だろうか。そしてバルフ様と交戦していたということは、そいつこそがセイベルト騎士団長とも相対した存在――。
そのとき、夕陽が沈んだ薄明の空に遠く閃光が煌めいた。
そして間もなく届くかすかな爆砕音。
ドニトクスは直感する。これは……おそらく雷撃魔法か。
咄嗟に音がした方へと顔を向けるドニトクス。すると視線の先に映ったのは……見間違えるはずもない、城塞に囲まれた王都デンバル。
嫌な胸騒ぎがした。
王都でなにかが起きている。
考えるよりも先に、ドニトクスは手綱を握る手に力を込めていた。
「ケイネス! ここはお前たちに任せるぞ! 私はいまから王都に戻る!」
「ド、ドニトクス副騎士団長⁉」
狼狽するケイネスに仔細を説明する余裕もなく、ただ脳内に鳴り響く警鐘に従って、ドニトクスは王都に向けて馬を走らせた――。