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第20話 王都を混乱へと陥れる雷

 王宮内に設けられた大会議室。

 その中央に据えられた豪奢な円卓を、険しい表情をたたえた者たちが囲んでいる。


 なかでもひときわ絢爛な装いとともに威圧感にも似た荘重たる雰囲気を身にまとう白髪の老人――魔法国家ヴァルプール国王、ハイエンベルグ・デンバルは、やがてゆっくりと口を開いた。


「さて、改めてこの状況をどう見る、ルースフィリア」


 王が問うたのは有力貴族の面々ではなく、息子であり第一王子たるルースフィリアだった。

 途端に諸侯らの視線が青年に集中する。普段は表向き媚びへつらうようなつくり笑いを寄越すだけだった者たちも、いまや試すような眼光を差し向けている。


 しかし当のルースフィリアは、それらを意に介さない堂々たる表情を持って真正面から王を見た。


「正直まだわかりかねます。が、個人的に今回のバルフ・ヘルケリウス襲撃と、先日王都外の遺跡付近で起きた大規模な爆発およびセイベルト・ロンドランスの失踪とは強い関連を持っている、と僕は考えています」


「というと?」ハイエンベルグ国王は目を眇める。


「遺跡付近での爆発については、その痕跡から焔激の魔導によるものと推測されます。すなわちセイベルトは何者かと交戦し、その際、焔激の魔導を行使しました。それも痕跡から察するに全力の魔導を、です。にもかかわらず、セイベルト自身の行方はいまだ杳として知れず、あまつさえ自身が監禁していた被害者たちには脱走を許し自らの悪行を暴かれる始末。これらの状況を鑑みるに、セイベルト・ロンドランスは既に亡き者となっている、という推論が妥当でしょう。彼はあの日の夜、焔激の魔導すらも凌ぐ力を持つ何者かの手によって葬られたのです」


「七魔導すらも凌ぐ力を持つ人間が存在しようとは……にわかには信じられんが」


「しかしそうとしか考えられませんよ陛下。そしてそう考えれば、いまこの状況もすんなりと理解ができます。こちらからの通信魔法による呼びかけにいまだ応答がないバルフ……おそらく、最悪の結末を迎えている可能性が高いでしょう。そしてセイベルト同様に魔導七典を所有する魔法師である彼が葬られたとするならば、それはすなわち彼を襲撃したのもまた、セイベルトを屠った何者かと同一人物であるに違いありません」


 誰も異論を唱える者はいない。国王たるハイエンベルグも、円卓に肘をつき口許で両手を組んでは納得したように小さく息をついた。


「ふむ……セイベルト、そしてバルフを襲う謎の輩。あえて狙っているのだとすれば、目的はやはり魔導七典か」


「おそらくは」とルースフィリアは小さく頷いた。


「取り急ぎ、宮廷魔法騎士団数名がバルフ襲撃の現場に向かったのだったな?」


「はい。副騎士団長ドニトクス・ハイボックを始めとする五名ほどが先刻、現場に向かって王都を発っています」


 ハイエンベルグはわずかばかり黙考し、唸りにも似た吐息を漏らす。


「いささか数が心許ないのではないか。もし本当にお前の言うとおりであれば、現場付近にはセイベルトとバルフという我が国最高峰の魔法師ふたりを屠った正体不明の凶悪な人間がいまなお潜んでいる可能性もあろう。追加で人員を向かわせた方がよいのではないか」


 ハイエンベルグの灰色の双眸には、騎士たちの身を案じる心が滲んでいる。

 彼の言葉を受けて、第一王女フィルフィリアもきゅっと結んでいた薄紅色の唇を慌てた様子で解いた。


「お父さ……国王陛下のおっしゃるとおりです。宮廷魔法騎士であろうと大前提、我が国の大切な民です。彼らの命が失われるような事態は極力避けなければなりません。一刻も早く応援部隊を追加で派遣いたしましょう!」


 胸の前できゅっと手を組み、いまにも立ち上がらんばかりの勢いで切実に訴える妹に慈しむような一瞥を投げたのち、ルースフィリアは恭しく頭を垂れた。


「承知いたしました。それでは至急、追加派兵の準備を――」


 そのときだった。


 がちゃり、と唐突に会議室の扉が開いた。

 全員の視線が一斉に扉の方に向く。


 瞬間、皆が言葉を失った。


 何故ならその場に姿を見せたのは。


 血と焦げ痕と土汚れとにまみれ襤褸と化した高級装束を身にまとった長身の男。白髪交じりの長い黒髪はひどく振り乱し、まさしく死地から還ったばかりといわんばかりの有り様を呈した初老の魔法師が、寒々しいほどの静寂を連れて王宮会議室に現れたのである。


 それは、紛うことなき雷魔バルフ・ヘルケリウスその人であった。


「おおバルフ! なんと、無事だったのか!」


 陰鬱げだった表情から一転、歓喜を浮かべてバルフのもとに駆け寄る国王ハイエンベルグ。続けて貴族たちも同様に傷だらけの魔法師へと駆け寄っていく。ルースフィリアとフィルフィリアの兄妹だけは、呆けた顔でその様子を眺めるばかりだった。


 心の底から嬉しそうな表情をたたえて、ハイエンベルグはバルフの両肩に自らの手を置く。


「随分と傷を負っているようだが大丈夫か? 列車が脱線したという話だったが、どうやってここまで来たのだ? いやしかし、やはりお前ほどの魔法師が簡単に敗北を喫するわけがなかったな。して、こうしてここにいるということは、もちろん襲撃者は打ち倒したのだろう。一体何者であった?」


 国王ハイエンベルグの問いに、しかしバルフは俯いたままなにも答えない。

 次第に怪訝な表情をかたどり、首を傾げるハイエンベルグ。


「バルフ? どうした」


 国王と一緒に貴族たちも眉根を寄せるなか、やがてバルフはゆっくりと頭をもたげていく。


 ぎ、ぎぎぎ、ぎぎぎぎ。と、さながら壊れた人形のごとく奇怪な動きを伴いながら。


 そうして顔を上げたバルフ。


 ……その双眸はあらぬ方向を向き。がくりと外れた顎からはぬらぬらと血に濡れた舌がだらりとはみ出して。それはもはや魂なき異形の容貌だった。


 全員が戦慄とともに悟った。

 目の前に立つバルフ・ヘルケリウスは、既にこの世の者ではない――。


 しかし、その場にいた誰が判断を下すよりも早く、死体人形がぎょろりと眼を剥いておぞましい笑みをたたえる。


「すベテは、ホわいト・ペゐジさマの、みココろのマまに……」


 虚ろなる声音とともに、バルフ・ヘルケリウスの体から目を焼くほど眩い魔力が迸り、耳をつんざくような炸裂音を伴って雷撃が放出される――!

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