――これは俺の生き方を変えた、言い方を変えるなら羞恥と忌避にまみれた過去の記憶回想だ。
中学も最終学年に進んだある日のことだった。
「なんだよ黒澤くん。君ってこういう趣味があったのかい」
同じ年齢の子どもとは思えないほどに完成された顔立ちをした美少年が、机にかじりついていた俺からいとも鮮やかにそれを奪い取った。
「ふむふむなるほど、これが焔激の魔導書でこれが氷嘲の魔導書、そしてこれが雷遊の魔導書か……あはは! いやはやこれはすごい! ページの端から端まで呪文みたいな文字の羅列がびっしりじゃないか!」
途端に、彼に同調するように教室内に嘲笑が充満する。当時の俺はおろおろと両手を虚空に彷徨わせることしかできなかった。
「えっと、あの、白山くん……そのノート、か、返してくれないかな……はは」
けれどそんな抵抗にもならない抵抗は、却って彼らの嗜虐心に燃料を注ぐ行為でしかなかった。
「全部読んだらこの魔導書たちは返してあげるよ。おっとこっちは呪文だらけの面白おかしい魔導書というわけではないようだ! どれどれ……おお! なんとこっちは物語じゃないか! つまり黒澤くんの脳味噌が生み出した純度百パーセントの妄想というわけだ!」
「それってつまり自作の小説ってことかよ純貴! なんて書いてあんのか俺らにも教えてくれよ~!」
取り巻きのひとりが自らに求められた役割を全うする。さながら街灯に集う蛾の群れのように、クラスメイトたちの視線が美少年――白山純貴に集中した。
浴びる注目に優越感丸出しの嬉々とした眼差しが、肩を縮こめる俺を見下げた。
「どうもこの魔導書とやらを実際に駆使して活躍する魔導師とかいう人物が活躍する作品のようだねえ。その主役の名前が、えっと……おお! 《|始祖漆黒の魔導師《ブラツク・ペイジ》》! いやあカッコいいねえ! この主人公には自分を投影しているのかな? だったら黒澤くん、君こそがブラック・ペイジだ!」
「ぎゃははははブラック・ペイジ! 面白え~! なあみんな! 今日から黒澤のことはブラック・ペイジ様って呼ぼうぜ!」
取り巻きたる男子生徒の煽動によって再び教室内に嘲笑が満ち満ちた。膨張しきったそれは室内に収まりきれず、やがて聞くに堪えない大合唱となって校舎中に響き渡ったような気さえした。
もはやそこは俺にとって地獄以外のなにものでもなかった。
悔しかった。でもそれ以上に、俺は自分自身を恥じた。どんなに酷い仕打ちを受けたところで、この地獄をつくりだした元凶はほかならない自分自身だと俺はそう結論づけたのだ。
中学三年の頃に起きた教室での一幕。
それきっかけに、俺はそれまでの自分と決別することを固く誓ったのだ――。