声は侍女ちゃんからだった。手は震えているし、顔は真っ青だし……大丈夫、と声をかけようとした私よりも先に侍女ちゃんが声を上げた。
「私も連れて行ってください!」
「「「「えっ(ええっ)?!」」」」
全員がその言葉に呆然とする。
「お待ちなさい、貴方は侯爵家の侍女でしょう? 武の心得があるのですか? 魔の森はいつどこで魔物が襲ってくるか分かりません。貴女にそれが耐えられますか?」
マルクス様は慌てて止めるが、彼女は頑として彼に同意する事はない。
「武の心得でしたら多少あります……! 私はお嬢様に付いていきたいと決めておりますので……!」
「ちょっと待ってもらえる? 私、外見はクリスティナちゃんだけれども、中身は得体の知れないおばあさんよ? クリスティナちゃんじゃないのだけれど、それで貴女は良いのかしら?」
遠回しに私も止める。若い彼女が危険な事をする必要はないと思うからだ。個人的にはコニーくんすら、このパーティへと入ることに抵抗はあるのだけれど……ハルちゃんが選んだのであれば、何らかの理由があるはず。そう思って声をかけるのだが、彼女の決意は固いらしい。
「先程の話で、お嬢様の中にいらっしゃるのは、違う方だと理解しました。ですが、それでも……! 私は
そう訴える彼女に全員が顔を見合わせる。そして私が一番に口を開いた。
「マルクス様、彼女も連れていきましょう」
「クリスティナ様……! ですが……」
まさかの私から同意の声が上がるとは思わなかったのだろう。マルクス様は少々戸惑っていた。でも、私にも考えがあるのだ。行き当たりばったりではないので安心して欲しいわ。
「魔族領の前にできたら訓練をしたいの。魔物と対峙するのも、先程のアルバードが初めてだし、ちょっと不安なのよね。訓練の間は一緒に戦闘へ加わってもらって、もしそこで無理だと思ったら諦めてもらう……で、どうかしら?」
その意見に理解を示してくれたのは、コニーくんだった。
「あ……それは良い案だと思います……。ここから、三日程の場所には、魔の森と接する街があります。最初は魔物との対戦に慣れるためにも、数日から一週間ほどは村を拠点にしつつ、魔物退治で訓練してはいかがでしょうか……? 魔族領までは歩いて十数日ほどかかると言われていますし……」
「それはいい考えね! コニーくん凄いわ!」
コニーくんの言葉に私は大賛成だ。魔法の研究もしておきたい。彼の言葉には
「それはいいな。あと個人的には、森に入るのであれば野宿の訓練もしておきたい」
「あ、僕は野宿をした事がないので……お願いしたいです」
ああそっか、と思う。森の中に宿があるわけではないものね。野宿の経験もしておかないといけないのね……一週間で慣れる事ができるかしら? 私、意外と図太いようだから大丈夫ね。
「勿論だ。訓練中の拠点は基本街にするが……夜は街の外で野宿をしてみよう。俺も森での野宿はした事がないからな」
「勇者様……! ありがとうございます!」
コニーくんは目を輝かせて、ヘンリクを見ている。コニーくんは孫、って感じで可愛いし、癒されるわねぇ。マルクス様は「ええ……まあ……それなら……」と言っている。渋々ではあるが、許可も得る事ができたわ。
良かった、良かった。と思いつつ、私は座った。チラリと彼女の方を一瞥すると、侍女ちゃんは何度も頭を縦に振ってお礼を告げている。クリスちゃんにどんな大恩があるのか、ちょっと気になるわ。まあ、聞くのも野暮というものね。
落ち着いた私たちに、マルクスは話しかけた。
「もうお気づきかと思いますが、こちらのヘンリク様は勇者、クリスティナ様は賢者、そして聖職者であるコニーです。皆様には大変申し訳ございませんが、魔の森を超えて、魔族領へと向かっていただく事となります。そして貴女……」
「私はマチルダ、と申します」
「マチルダ、貴女も皆様と共に向かって下さい……無理はしないように」
侍女ちゃんもとい、マチルダちゃんは首を縦に振る。彼女とマルクス様が頷き合う中、隣にいるユウくんは何かを考えているようだ。
「マチルダ嬢、ひとつ良いだろうか?」
「勇者様、何でしょう?」
「君は戦闘で何ができるのか、教えて欲しい。戦闘時の配置を考えなくてはならないからな。あと俺のことはヘンリクで良い」
ヘンリクはちゃんと考えているのねぇ、と感心した。確かにマチルダちゃんがどんな技を使えるのか、気になるわ。でも、そういう能力って普通は隠しておくものじゃないかしら……? 魔法少女も変身できるってバレないようにしている訳だし。
「マチルダちゃん、もし言いたくなかったら言ってね? 能力を隠したい事もあるでしょう?」
「ミ――クリス……おい……」
困惑しているヘンリクに私は告げた。
「私思ったの。魔法少女だって変身できる事を隠しているじゃない? それと同じでもしかしたらマチルダちゃんも能力を隠したいのかと思って」
「クリス……そりゃ普通は隠すわ! 敵に自分たちの弱点が知られる可能性があるんだからな。だけど俺たちは仲間になるんだ。仲間の能力を知らない魔法少女がいたか?」
色々思い出してみる。
「うーん、いない気がする。あれ、でも息子のゲーム? を見せてもらった時、技名が『???』だった事があるけれど……あれは仲間に隠しているんじゃないの?」
「あれは、まだ覚えていないだけだ……」
「そうなのね」
ゲームは奥深い、と感じながらうんうん、と頷く。するとその様子を見ていたマチルダちゃんが頭を下げてから話し始めた。
「お嬢様、問題ありませんわ。私の得意武器はこちらです」
彼女はメイド服のスカートに手を入れる。慌てて私はコニーくんの目を塞いだ。ちなみにヘンリクはそれを予想していたのか、すでに後ろを向いている。太ももあたりにベルトのような物がついており、そこに設置してあるみたいだ。なんか、仕事ができるメイドさん、みたいな感じで素敵ね!
彼女の手にはふたつの武器があった。
「これはクナイとメリケンサック、か……?」
「クナイ……メリケン……? それは存じ上げませんが、こちらは下の部分を握りしめて、相手を殴り飛ばして使う武器……ナックルダスターと呼ばれています。こちらはダガー、という武器です」
「これは……ダガーなのか? 俺の知っているダガーは、ナイフに似たような形をしていた気がするのだが」
「ああ、これは私に合わせて作っていただいたものなので、便宜上ダガーと呼んではいますが、ダガーではありませんね」
目の前で見せてもらう。ヘンリクの言う通り、確かに忍者が持っているようなクナイに似ている気がする。全体が真っ黒で、白黒のメイド服を着ているマチルダちゃんが持って戦ったら……。
「かっこいいわぁ……戦うメイドさん、素敵ねぇ……!」
思わず心の声が出てしまった私。その言葉を聞いて、マチルダちゃんは目をぱちくりとさせた後、大笑いした。先程の言動と違って豪快な笑い方に少しびっくりしたけれど、きっとこっちが素なのだろうな、と私は微笑ましく思う。
マチルダちゃんは笑いすぎて目に涙を溜めている。溜まった涙を拭うと彼女は言葉を紡いだ。
「お嬢様、本当に変わられましたね。いや、中身は完全に違う人なんですものね」
「ええ。見た目は美少女、中身はおばあちゃんよ!」
「それ、どこの名探偵……! それに自分で美少女って言うか? 普通!」
胸を張って堂々と言い放った私にヘンリクが突っ込んできた。でも、クリスちゃんの外見が美しいのは事実なのだから仕方ない。私は事実しか言っていないのよ!
わいわいと楽しく話していた私たちだったが、こほん、と咳払いが部屋に響いた。音の方向へ目を向けると、そこにはマルクス様。あ、マルクス様を仲間外れにしてしまって申し訳なかったわ。
「仲が良くなる事は良い事ですが、私の話も聞いていただけると助かります。話を進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
まるで叱られた子猫みたいに大人しくなった私たちは、静かに椅子へと座ったのだった。