「あ……」
声を漏らしたのは私だったのか、ユウくんだったのかは分からない。けれども、今の話を聞かれていた事だけは理解した。真っ青な顔の侍女ちゃんと怖じ怖じととこちらを見ている男の子に代わり、マルクス様が私たちに話しかけてきた。
「大変申し訳ございません。お二方のお話が聞こえてきてしまったのですが……クリスティナ嬢が亡くなっている、というのは本当の事でしょうか?」
私とユウくんは顔を見合わせた。……そんな話を人がいないとはいえ、周囲を確認しないまま話してしまった私の落ち度だ。私は頭を下げて謝罪をしてから話す。
「どこまでお聞きになっているかは分かりませんが、クリスちゃ……クリスティナちゃんが亡くなってしまったのは本当です……」
「お、お嬢様……!」
侍女ちゃんは膝から崩れ落ち、声を上げて泣いている。隣にいた男の子はオロオロとしながらも、彼女に寄り添うように両肩に手を置いた。しばらくして落ち着いたのか、侍女ちゃんは顔を上げて私を見た。その瞳には涙が溜まっている。
「あの……どうしてお亡くなりになったのか分かりますか?」
「流行病に罹ってしまったようです」
ハルちゃんが言っていた事を思い出し伝えると、彼女の目に溜まっていた涙がまたこぼれ落ち始めた。私も座って頭を撫でていると、普段よりも低い声が頭の中に響く。
『クリスティナちゃんは、侍女ちゃんが配置換えされた後、使用人が来なくなっちゃって……自分一人で生活する力はあったけど、やっぱり食事とかが足りなかったんだろうね。病気に罹りやすくなっていたみたい。最後まで侍女ちゃんに「いつも気にかけてくれてありがとう」って言ってたよ。侍女ちゃんの事は大好きだったみたいだけど……家族に虐げられる事が、疲れちゃったんだろうね』
そう聞いて、私は侍女ちゃんに話しかけた。
「……クリスティナちゃんは、貴女に感謝していたわ。そして私も、貴女にお礼を言いたかったの」
侍女ちゃんが顔を上げる。
「感謝、ですか?」
「ええ。『私を気にかけてくれて、ありがとう』って。それにね、貴女がくれた本……」
馬車に乗っていた時、マルクス様が預かってくれていた魔法書。彼はその事に気づいたのか、私に本を渡してくれた。彼女の前に差し出すと、侍女ちゃんは私と本を交互に見る。
「クリス――ティナちゃんはこの本を見て、魔力を増やす事ができたの。それは今の私にも繋がってるわ。本当にありがとう」
「お嬢様……」
侍女ちゃんは私から手渡された本をぎゅっと抱きしめる。「お嬢様……」と呟く声だけでなく、マルクス様や隣にいた男の子がクリスティナちゃんの冥福を祈る声が聞こえる。私はその祈りに合わせて、彼女が幸せになるようにと祈った。
侍女ちゃんが落ち着いた頃、私たちは礼拝堂を通り教会の奥にある関係者のみが使用できる一室へと案内された。そこは他の建物とは違い、装飾品が施されていないシンプルな部屋だ。
ユウくんの隣に私が、男の子の隣に侍女ちゃんが座った後、マルクス様は誕生日席に置かれていたソファーへと座る。そしてクリスちゃんの中にいる私が誰なのかを話した。マルクス様が真剣な表情で考え込んでいる。
「そうでしたか……女神様の手伝いとして……」
「はい。私、前世では八十年くらい生きたので、おばあちゃんなの。ちょっとのんびりしているかもしれないけど、許してくださいね」
「いや、ちょっとどころじゃないだろ……」
ジト目でこちらを見てくるユウくん。のんびりしているとは私も自覚しているけど、ユウくんにそんな目で見られるほどではないと思うのだけれど……。それは置いておいて、私は目の前にいる侍女ちゃんを見る。膝の上に置いてある握り拳が震えていた。やっぱりまだ受け入れにくいわよね。
静かに見守っていると、斜め前に座っていた男の子が「あ、あのぉ……」と声を上げた。
「話は変わるのですが、先程、魔法も使われていましたよね……あの詠唱は……?」
あ、サンシャインマジックアクション、の事かしら?
「あれは前世で使われていた
そう告げれば、男の子は「前世で……」と呟く。
「まあ、詠唱と言えば詠唱かもしれないが……あのポーズは何だ?」
「あら、決めゼリフと言ったらポーズじゃなくって?」
「えっ……決めせりふ? 詠唱じゃないのですか……?」
決めゼリフの意味が分からない男の子は、ちょこんと首をかしげている。
「ミヤ! お前、決めゼリフって言ってるじゃないか! そもそもの話……あんなに大袈裟にポーズを取っていたら、その間に魔物から攻撃されるわっ!」
「えっ! あれでも? セリフの前にあったくるくる回るのは敵から目を離しちゃうから危ないと思って止めたけど……その後のポーズも駄目だった?」
私が尋ねると、ユウくんは頭を抱え始めた。
「……確かに、サンシャインはくるくる回っていたな……ってそこまで考えたら分かるのに、何で投げるポーズはしたんだ?!」
意外とユウくんも美少女戦士サンシャインを知っているのね、と思いつつ私はあっけらかんに答える。
「え、あの決めゼリフを唱えるとどうしても身体が動いちゃうからよ〜?」
なにせ、何百回もやったポーズだもの。胸を張って言えば、「いや、胸を張って言う事じゃないから」とユウくんに突っ込まれた。あー、懐かしいわね。小学校の頃も、私とハルちゃんに突っ込むのはユウくんだったから。
のほほんとしていると、ユウくんが急に真面目な表情になった。
「あの時は一体だったから良かったものの……もし敵が複数いたり、見えなかったりしたらどうするんだ? この世界はゲームと違って生き返る事ができないんだからな? 隙を作らない方が良い」
そう真剣な表情を向けられて、衝撃が走った。
「あ……そうよね……そうね……」
どこか夢見心地で過ごしていた事を指摘されたような気がした。ハルちゃんと出会って、嬉しさから浮かれた気持ちのままここに辿り着いて。でも、ハルちゃんの話を思い出してみれば、厄災の封印が解けてしまえばこの世界に暮らしている人たちの生活が脅かされるのだ。私たちの背に彼らの生活がかかっている、と言うことを改めて気づかされて口をつぐむ。
アニメの夢の共演、って言っている場合じゃなかったわ。
ユウくん……いえ、これからはヘンリク様、と呼んだ方がいいでしょう。気づかせてくれた彼に敬意を。
「ヘンリク様、ありがとうございます」
そう告げて頭を下げたのだけれど、その瞬間、ヘンリク様は盛大に吹き出した。丁度喉を潤そうとしていたらしい。「――! ちょ、おま……」と何かを私に言おうとしているのだけれど気管に入ってしまったのか、激しく咳き込んでいる。
しばらく背中を優しくさすっていると、段々と落ち着いたらしくヘンリク様は再度飲み物を一口飲んだ。そして――。
「いや、いきなり『様』つけて呼ぶなよ!」
「あら、敬意を表してヘンリク様、と呼ばせていただいたのだけれど……駄目だったかしら?」
「……もうお前がミヤだと知ってるからな。調子が狂うから、呼び捨てにしてくれ」
そういうものなのね、と首を縦に振ると、前から怖じ怖じと手を挙げる男の子。孫みたいで可愛いわねぇ、と微笑んでいるとしどろもどろになりながらも話し始めた。
「あ、あのぁ……僕は、コニーと呼んでいただけませんか……?」
コニーくん、と言うのね。可愛らしい名前だわ。
「でしたら、私も『クリス』って呼んで欲しいわ」
ニコニコと彼に話しかければ、コニーくんは頬を染めて「はい」と言いながら下を向く。ユウくん……いえ、ヘンリクは自分の頭をガシガシと掻いた。そして――。
「分かったよ、クリス。よろしくな、コニー」
「あわわ、こ、こちらこそ……!」
「よろしくお願いします」
この二人とだったら、やっていけそう、そう思った私の耳に届いたのは「あの!」という声だった。