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第5話 おばあちゃん、魔法少女になる

 この世界を知らない私でも、何となくこれが異常事態を知らせる音だという事くらいは分かる。思わずマルクスさんを見ると、先程まで和かだった彼は口をあんぐりと開けて驚いているようだった。


「これは、魔物の襲撃の際に鳴らされる鐘の音です! 今まで王都への襲撃は無かったのに、何故……!」


 それを聞いて、私は駆け出した。私は賢者としてハルちゃんの手伝いをするのだ。これも私の仕事だ!


「どちらへ行かれるのですか?!」

「広場にまずは様子を見に行きますね!」

「ですが……いえ、私も着いていきます!」


 マルクスさんと共に来た道を戻る。

 先程教会へ降りる場所に、広場のような場所があった。あそこなら魔物の様子も見えるだろう。あわよくば、そこで迎え撃ちたいと思うけれど、そこまで上手くいくかしら?

 そう言えば、こういう敵の動きは神様であるハルちゃんなら把握しているのかな? とふと思う。ほら、神様って全てを見通す力がありそうじゃない? そう思ったら、即座にハルちゃんから返答が来る。


『今はミヤちゃんの守護霊みたいな感じだから、そういう助言はできないんだぁ……ごめんね』

「神様も大変なのね」

『神様、というよりは……会社の中間管理職みたい感じだからさぁ。融通が効かないんだよねぇ』

「中間管理職……そうよね、上と下の板挟みは大変よねぇ」


 納得だわぁ、なんて思いながら私は走り続ける。そして礼拝堂を抜けて広場にたどり着いた私が見たのは、空飛ぶ魔物だった。



 空飛ぶ魔物の最初の印象は、「どこかで見た事があるわ」だった。

 恐竜のプテラノドン……いえ、それよりも息子が一時期ハマっていたミニットモンスター……ミニモンを捕まえるゲームだったかしら? そのカードで見せてくれたプテランに似ている気がするわ。

 捕まえる事ができそうだけれど……あ、捕まえるにはボールがないわねぇ、なんて思っていると、後ろでマルクスさんが驚きの声を上げていた。


「あれは……! アルバードと名付けられている魔物です……! 古文書に記載がありました! 空中を自由自在に飛び回り、しかも素早いため非常に倒すのに苦労する魔物だと……空中の王者と呼ばれています!」

「確かに素早そうな感じよねぇ」


 一体のアルバードはこちらを挑発するかのように、飛び回っている。

 周囲を見回すと幸いここら辺にいた人々の避難は終わったのか、この場にいるのは私とマルクスさんだけだ。私の魔法がどれくらいのものなのか分からないので、教会の周りに何もなく、人もいないのはありがたい。


 そう思って魔法を使おうとするが、ふとそこで気づく。


 ――あら、魔法ってどうやって使うのかしら?


 首を傾げると同時に、アルバードがこちらに向かってくるのが見える。うーん、これ、ちょっとまずいわねぇ……と最初は思ったけれど、幸いな事にクリスちゃんの身体は軽い。回避できそうね、と思った私は左後ろに避けようとしたその時。


 ガキーン!


 刃物と刃物がぶつかったような音が、周囲に響き渡る。それと同時に怒声が上がった。


「何でここに人がいるんだよっ! 全員避難させたんじゃなかったのか?!」

「ゆ、勇者様、ご、ごめんなさい……!」

「いや! ごめん! 神官君には怒ってないから!」


 目の前にいたのは、アルバードの爪を剣で受け止めていた男性だった。彼の茶髪が風になびいている。その姿に一瞬見惚れてしまった私だったが、我に返ったのと同時にその彼から声がかかった。


「あと、後ろにいるえっと……君は下がっててくれ!」


 彼の言う通りに少し後ろへと下がると、後ろから現れたのはどこかオドオドしている雰囲気を持つ男の子が私よりも前に立つ。マルクスさんと似たような服を着ているので、きっと彼も聖職者様なのだろう。

 私は戦力にならなければと慌てて、ハルちゃんに確認する。


「ハルちゃん、私、どうやって魔法を使えるの?!」

『ごめん、伝えてなかったね〜! 詠唱して頭の中で魔法をイメージしたら使えるよ!』

「イメージ……何となく分かったわ。ただ、詠唱ってなあに?!」

『隣の彼が唱えてるあれ〜』


 隣? と思って男の子の方を見ると、何かぶつぶつと呟いているのが見える。なるほど、あれが詠唱……でも何と言っているのかが聞き取れない。


「詠唱って何を言えば良いのかしら?!」

『何でも良いよ! ミヤちゃんの言いやすいやつが良いよ!』


 そう言われて詠唱を必死に考える中、私は勇者と呼ばれていた彼の方を見る。幸い、彼がやってきたからか、アルバードは私たちを攻めあぐねているようだ。その間にも彼の剣とアルバードの爪が何度もぶつかる。


「詠唱……もしかして攻撃する時の決めゼリフの事かしら? ……あ!」


 無我夢中になって考えた末、私はひとつの詠唱決めゼリフを思い出した。そして交戦中のアルバードを睨みつける。空中の王者であるアルバード、それなら地面に落としてしまえば良いのよ!

 そう、思い出したのは……娘と一緒によくごっこ遊びをしたあの決めゼリフ……!


 幸い、アルバードは勇者様と睨み合っている。私の魔法が勇者様にぶつかる事はない……と信じたいのだけれど、当たったらごめんなさいね、と思いつつ。まずはアルバードの翼に火が点く姿を思い浮かべた。決めゼリフといえば、必殺技! 必殺技といえば、ポーズが付きもの!

 身体に染み付いていたのか、無意識に私は右手を左側へと動かし、魔法を投げるポーズを決める。


 そう! あのアニメの攻撃ポーズよ! 本当は決めゼリフの前にくるくる回るのだけど、戦闘中に敵から目を離したら危ないわよね、という事で回るのは自重して、アルバードから目は離さないわ。

 七十八歳のおばあちゃんの私が攻撃ポーズを取ってしまうなんて……ちょっと恥ずかしいけれど、きっとこの場に知っている人はいないはずだからきっと大丈夫。娘と何百回も真似したポーズだもの。無意識に出ちゃうのもしょうがないわよね!


「サンシャイン……マジック――アクション!」


 アニメでは魔法の玉が乗っているの。イメージは大事よ! そう思って私はアルバードに向かって知らないうちに現れていた魔法の玉を投げた。あ、そういえばアニメを見て思っていたけれど、魔法の玉が向かってきたら普通は避けそうよね。

 だったら魔法の玉が途中で消えたら、敵に気づかれにくいんじゃないかしら? そう思った私は玉が消えるようイメージする。


 私の決めゼリフとポーズにアルバードが反応したけれど、私のイメージ通りに魔法の球が途中で消えてしまう。まるで何が起こったのか分からないとでも言いたげなアルバードは「ギャオ?」と鳴いた。

 その瞬間、アルバードの両翼にボッと大きな音を立てて火がまとわりつく。どうやら初めて魔法を使う事に成功したらしい! 娘たち、ありがとう……と頭に思い浮かんだ二人の娘の笑顔に私はお礼を告げた。


 最初は火に抵抗していたアルバードも、炎となった火の勢いには敵わない。瞬く間に身体を包み込み、燃え盛る。そして一分も経たないうちに、両翼をもがれたアルバードは大きな音を立てて地に落ちた。


 チリチリと燃えている音が辺りに響く。私は初めて使えた魔法に大満足だった。想像さえできれば、きちんと発動するのならば、もしかしたら敵を拘束したり、魔法の球を実際に出して巨大化させたりする事もできるのかしら? それじゃあ、トランプキャプターウメちゃんみたいな事もできるんじゃなくって? ああ、夢は広がるわね!

 そんな事を考えている私に声をかけてきたのは、ハルちゃんだった。


『ねぇ、ミヤちゃん。今の詠唱って、美少女戦士サンシャインの主人公のやつだよね?』

「そうよ、ハルちゃん。詠唱……決めゼリフで思い出したのが、これだったの!」


 頭の中で響くハルちゃんの声。私は思わず上を向いて微笑んだ。


『見た目は魔法少女、頭脳はおばあちゃん……魔法少女おばあちゃんの爆誕……! しかもポーズも完璧だったよね〜?』

「勿論! 決めゼリフを唱えたら自然に身体が動くまで、何百回も美少女戦士ごっこをしたもの! しかもあのアニメは孫の時代にリメイクしていたでしょう? それも孫と見ていて、孫とも美少女戦士ごっこをしたから、私のポーズは筋金入りよ〜」

『確かに、あの動きは何度かやっただけでは身につかない動きだった……ごっこ遊び、恐るべし……』


 そんなハルちゃんの呟きに気づかず、私はどんな魔法を使おうかとウキウキと頭の中で記憶にあるアニメを引っ張り出していた。



 クリスティナがそんな事を考えていた間、その場にいた勇者とマルクス、そして男の子は呆然と口を開けて燃え尽きるアルバードを見ていた。そしていち早く我に返った勇者がアルバードに近づき、剣を振り下ろす。


「これで大丈夫だろう。もしかして彼女が賢者か……?」


 後ろを振り返った勇者――ヘンリクがその事を尋ねようと彼女に近づく。そして耳にした言葉は聞き覚えがある言葉だった。


「美少女戦士、サンシャイン……だと? まさか、彼女は転生者なのか?」

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