ふと目を開けると見覚えのない天井が目に入った。
あれ、確か私は病院に入院していたはずよねぇ……と思いつつ、起き上がろうとした私だったが、ふと体に違和感を感じる。
手が、きれい。そして細い。
あれ、私七十八歳だったはずよね……そう思って私が首をかしげていると、頭の中に誰かの声が響いてくる。それは先程まで聞いていた声だった。
『あ、ミヤちゃん。起きた〜?』
「ええ、起きましたよぉ〜……ハルちゃ……じゃなくて、神様と呼べば良いのかしら?」
『えー、私とミヤちゃんの仲じゃん? 特別に「ハルちゃん」って呼んで!』
「……神様がそんな軽くて良いのかしら……?」
『いーんだもーん!』
「まあ、本人がいいと言うなら良いかしらね」
ハルちゃんの第一声で思い出した。
ハルちゃんに「私の仕事手伝って!」って言われたから、「いいよー」と言ったのよね。もう目の前にハルちゃんがいない、というのなら……私は異世界ってところに飛ばされたのだろう。
『あ、でも今は違うね! 今はクリスティナちゃんだよ〜。問題なく転生できてるみたい。ほら、そこの鏡で自分の姿を見てみてよ!』
言われて部屋に置かれていた鏡を見ると、そこにはまるでフランス人形のような姿をした私の姿が。なるほど、この子の中に私が入ったのか、と理解した。顔は小さく、桜色の唇。そして髪色は茶色に金色が混じった……いわゆるダークブロンドという髪色。
自分でも見惚れるくらい……いや、完全に見惚れてしまった可愛らしい顔立ちに、私は思わず呟く。
「可愛いわねぇ……」
『やっぱりぃ〜? ミヤちゃん、好きだと思った!』
特に髪の色が好きだ。昔娘がテレビで見ていた「美少女戦士サンシャイン」の登場人物の一人が茶髪の格好良いキャラクターで、娘がその子の事を大好きだったのだ。私も娘と同じようにその子が好きで、娘達と一緒に美少女戦士ごっこをよくしたな、なんて事を思い出した。
「ねぇ、ハルちゃん。ちょっと気になったのだけどね……この子、クリスちゃんと言ったかしら?」
『違うよ! クリスティナちゃんだよ! クリスティナ・レーフクヴィスト侯爵令嬢だよ!』
「クリスティーナ・レーグフト侯爵令嬢?」
『ええー! ミヤちゃん! 流石にこれから呼ばれるようになる名前だから、覚えて欲しいな! クリスティナ・レーフクヴィスト侯爵令嬢だよ!』
「クリスティー・レーフクスト侯爵令嬢かしら? うーん、横文字は覚えられないわねぇ……」
きっとハルちゃんは苦笑いしているだろう。仕方ないじゃない……最近記憶力が衰えている気がするのだから。
「クリスちゃん、ずいぶん痩せているのねぇ。それに……」
周囲を見回して思う。
彼女は見たところ、十四歳くらいの女の子。この時期の女の子といえば、大抵可愛いものが大好きなイメージだ。まあ、全員がそうではないのは勿論私としても理解できるのだけれど……。
「流石に部屋が殺風景に思えるのよねぇ……」
家具は木製の鏡、ドレッサー、そして今私が寝ているベッドだけ。その調度品全てに飾りなどなく、しかも古ぼけている。ヴィンテージ物、と言えば聞こえは良いが……それにしては飾りっけもないし汚れている。
一番気になったのは、物が無い事だ。
ドレッサーを開けてみると、服が一着。しかもボロボロだ。
そして一冊の本が下に置かれていた。
「侯爵令嬢、と言うからには……クリスちゃんは貴族令嬢という事よね? 貴族令嬢ってこんなに物が無いものなのかしら?」
『うーん、クリスティナちゃんは実の親から虐げられていたからねぇ……だから、ミヤちゃんにお願いしたんだよ〜』
その言葉に私は驚きを隠せなかった。
一度死んで、他の世界に転生する。ハルちゃん曰く、これは異世界転生、と言うらしい。
だから日本での出来事は前世、になるらしいのだけど……日本では藤原
二十代で結婚し、娘二人と息子一人を育て上げた後は、私たちと長女の家族が同居して暮らしていた私。
夫は十年前に亡くなってしまって、子ども達と孫七人に囲まれながら、楽しくのんびりと暮らしていたけれど、流行病に罹ってしまい病院に入院して。入院中も子ども達や孫達が代わる代わるお見舞いに来てくれて……幸せな思いで目を瞑った後、目が覚めたら真っ黒な空間だった。
最初は夢かと思ったくらい。
そこにポツンと浮かび上がる白い扉。扉があったら、無性に開けたくなるのよね……。
とにかく、黒い空間にいても埒が明かないと思った私は、ドアノブに手をかけて開けたの。
そしたらまさかのまさか! 小学校の頃に大親友だった……ハルちゃんがいるじゃない!
「は、ハルちゃん……?」
『そうだよ! ミヤちゃん!』
呆然としていた私は、無意識にハルちゃんの名前を呟いていたのだけれど、まさか返事が来るとは思わなかったわ。私はハルちゃんと手を取り合って喜んで、小学校の頃の思い出を二人で懐かしんだの。
元々、ハルちゃんと仲良くなったのは小学一年生の頃。
ハルちゃんと私の家が隣同士でよく一緒に遊んでいた。ちなみに私の家の前には
けれども、ハルちゃんは小学校六年生の卒業と同時に、親の転勤で引っ越す事になってしまったの。その半年後にゆうくんも引っ越してしまい、寂しい思いをしたのも懐かしい。
それでも私が結婚する前までは、数年に一度の頻度ではあるが会って話もしていた。私が結婚してからは会えなくなってしまったけれど、亡くなる数年前まで文通は続いていたの。
ただ、引越し先が分からなかったので、いつもハルちゃんの手紙が届いてから送っていた。
「てっきり私、ハルちゃんの家は転勤族なんだろうなと思っていたの」
『あー、それなんだけどねぇ……』
ポツポツと話してくれた言葉が衝撃だった。
小学校六年間は神の業務を頑張ったご褒美としてもぎ取った休暇なのだとか。楽しそうに通う小学生を見て、ハルちゃんも一度通ってみたいと思ったようだ。それが叶ったのが、あの時だった。
そして小学校卒業と同時にハルちゃんは神界へ向かい、業務に戻ったのだとか。
「小学校の六年間が休暇だったの?」
『うん。本当に楽しかったよ! ちゃんと悠くんと暗くなるまでチョーク遊びだったり、かくれんぼしたり……二人に会えて良かったと思ってる!」
「休暇で小学生になるなんて……日本じゃ考えられないわねぇ……」
思わず呟いた私を見ながら、ハルちゃんはニコニコと笑っている。
私は昔から、ハルちゃんの笑顔が好きだ。亡くなる前の最後の心残りが「ハルちゃんともう一度会いたいな」だったのだけれど、まさか死後の世界で会うとは思わないわよねぇ。
だから思わず尋ねていたの。「何でここにいるのか、教えてくれるかしら?」って。
そしたらハルちゃんがこう言ったの。「私、神様なんだけど、ミヤちゃんに手伝って欲しい事があるから呼んだんだ!」って。まさか自分が亡くなった後にハルちゃんから何かを頼まれるなんて……驚いちゃうわよねぇ。
そこから話をよくよく聞いていると、ハルちゃんは日本も含めた複数の世界を管理している神様なのだとか。「お仕事大変じゃないの?」って聞いたら、『そうなの〜、実はね――』と体感数時間ほどの愚痴が出てきて、社会人と一緒で大変ねぇって思ったわ。
話を聞いていて、あまり聞いた事のない言葉もあったからよく分かってない部分もあるけれど、最後には私の膝の上でため息ついているハルちゃんの頭を撫でちゃうくらい、話を聞いていたら大変そうだった。
全部は覚えていないけど……。
『機械化が進んで、世界が滅びそうになって――』
「あらまぁ、それを食い止めたの? ハルちゃんすごいのねぇ」
『魔王がボイコットを起こして――』
「魔王様がボイコットって……魔王様も社会人だったの? 大変ねぇ」
『妖精達が――』
「妖精って、あれかしら? 孫が好きだった『二人はキラキュン』のもふもふしたのみたいな……? あら、今更だけど……私がそんな話を聞いても良いのかしら?」
ハルちゃんは一瞬きょとんとしていたけれど『まあ、大丈夫だよ〜』って言っていたから、「ハルちゃんが言うなら、まあいいかしら」と納得。
まあ、そんな大変そうなハルちゃんを助けたいな、と思ったから頼まれた時に二つ返事で引き受けたのだけれど……。
今思えば、雑談が盛り上がってしまって、頼まれた内容は『異世界に住んでいる女の子……クリスティナちゃんって言うご令嬢に転生して、世界を救って欲しい』としか聞いていなかった気がするわ。他の話で盛り上がっちゃう、悪い癖ね。
「クリスちゃんが虐げられていたってどういう事かしら?」