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6杯目『オールド・パル』

 異世界と言うものは様々な人種が住んでいる。それは、人間やエルフ、ドワーフなどの傍目には人間にしか見えない種族や、獣人種、鳥人種、竜人種、魚人種などなど多種多様な生物が暮らしている。

 中でもエルフや竜人種などは他の生物を圧倒的に凌ぐ長い寿命を持っている。


 今日はそんな長命種のお客様のお話。



    ◇



 亜竜人種の一種であるリザードマンのスパローにはカウンター席の椅子は少し小さいようであった。

 大きなトカゲのような見た目のリザードマンをはじめて見た時、さすがのバーテンダーも我が目を疑わざるを得なかった。しかし、人間とは慣れるもの。何度も接客をすればあまり人間と変わらない生き物だとすぐに理解した。

 そんなリザードマンのスパローはカウンターでウイスキーを飲んでいた。爬虫類のような容姿で人間と違い、顎が深く突き出しているのでグラスを傾けるのは難しく、ストローで器用にウイスキーを飲んでいた。


「ふぅ……。マスター同じものを」


 空になったグラスを前に突き出すと、スパローは追加の注文を要求した。


「スパローさん……。リザードマンがお酒に強いかは存じ上げませんが、いくらなんでも飲み過ぎです。それで七杯目です。今日はどうなされたのですか? いつもはこんなペースでお飲みになられることはなかったはずですが……」


 さすがの量にバーテンダーも心配そうにスパローを諫めた。


「実はな……先日、懇意にしていた友人が亡くなったのだ……」

「それは……無神経な事を伺いました。お悔やみを申し上げます」


 聞いてはいけない事を聞いてしまった。バーテンダーの表情にもそれは表れていた。


「いや、気にしないでくれ。天寿を全うしただけだ。長く生きていれば別れなど何度も訪れるものだ……」


 スパローの前に静かにおかわりのグラスが差し出される。


「お詫びといってはなんですが、これは私からのサービスです」

「ありがとう、マスター。少し、思い出話に付き合ってくれないか」


 そう言うとスパローは新しいグラスにストローを通し一口飲んでから語り始めた。


「あいつとは旅の中で出会ったんだ。最初はモンスターに間違われて切り付けられたよ。なんとか説明してわかってもらったが、それから一緒に旅をするようになったんだ」


 スパローは懐かしむように鋭いその目を伏せた。


「よく旅の途中であいつは星の話をしてくれたよ。星座の名前や物語など博識でいつも楽しそうに焚き火を囲んで話してくれた。いくつもの夜を共に明かしたな……懐かしい」


 バーテンダーはスパローの話す言葉を黙って静かに聞いていた。思い出を邪魔しないように……。


「衝突も何度もしたが不思議と気があってな。気付けば結局何年も共に旅をしていたよ。それが、この街に来た時に街娘に惚れてな……そのままあいつはこの街に居つくことになったんだよ」


 ああ、そうだったのかとバーテンダーは思った。


「あいつと別れてからも旅を続けていたが、数年毎にはあいつに会うためにこの街に寄っていたよ。何年も何年も……。だが、人間とは老いるのが早いな。遂にこの間逝っちまいやがった」


 グラスの中がいつの間にか空になっていた。


「そのようなことがあったのですね……。ご友人様は星がお好きだったのですね。これも何かの縁でしょう。当店の名前『Etoileエトワール』は、『星』を意味します。これも巡り合わせなのでしょうね。どうでしょうもう一杯だけ、私からサービスさせて頂けませんか?」


 空のグラスをスパローから受け取るとバーテンダーは指を一本立てて提案してきた。


「ふ……。さっきは飲み過ぎと言われたが? だが、折角だ頂こう」


 了承を得るとバーテンダーは後ろの酒棚バックバーから三本の酒瓶を取り出した。大きめなグラスミキシング・グラスを用意すると、氷を入れ三本の酒瓶から酒を均等に注いだ。長細いスプーンバー・スプーンを刺し入れかき混ぜるステア


シャカシャカシャカシャカ……


 静かな音が辺りに響き渡る。しばらくしてスプーンを取り出し、穴の開いた蓋ストレーナーをかぶせて、用意した逆三角のグラスカクテル・グラスへと注ぐ。ひとつ。そして、もうひとつ。


「お待たせ致しました。『オールド・パル』でございます」


 バーテンダーはスパローの前にグラスを置く。そして、隣の席にもグラスをもう一つ置いた。


「これは……?」

「こちらは、亡くなられたご友人様の分でございます。この『オールド・パル』の意味は『古い友人』『懐かしい友人』。是非、ご友人様としばしのご歓談をお楽しみください」


 そう言うとバーテンダーはスパローの前を離れ、後ろの酒棚バックバーの酒瓶を磨きはじめた。


「……そうか、すまない。ありがとう」


 スパローは静かにグラスを持つと、隣のグラスの縁に静かに合わせた。



    ◇



 バーの重い扉が開かれる。入ってきたのは冒険者のアレリオだった。


「こんなところに居たのかスパロー。探したぞ」


 ゆっくりとスパローが視線を向ける。物憂げで少し懐かしそうな眼をしていた。

 アレリオがスパローの横へと座る。先程バーテンダーがもう一つのグラスを置いた席だ。既にグラスがあることにアレリオもすぐに気付いた。


「あ、悪い。連れが居たか?」

「いや、気にするな。その酒はお前が飲むといいアレリオ」


 ラッキーと言わんばかりの顔をしてカクテルに手をつけるアレリオを微笑ましくスパローは見つめていた。


「そうだ、スパロー。また爺さんとの冒険の話、聞かせてくれよ」




 バーは静かに思い出に浸るのにぴったりの場所で御座います。故人を偲んで傾ける酒はきっと天国にも届くことでしょう。


 ここは異世界のバー『Etoileエトワール』。またのご来店をお待ち致しております。



    ◇



『オールド・パル』

ウイスキー 20ml

ドライ・ベルモット 20ml

カンパリ 20ml


ミキシング・グラスにすべての材料と氷を入れてステア、

これにストレーナーをかぶせ、カクテル・グラスに注ぐ


ナツメ社 「カクテル完全バイブル」より抜粋



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