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3杯目『プース・カフェ』

 裕福そうな身なりをした小太りの男、トネリーは街の大商人だ。

 見せつけるように身体中に貴金属や宝石を纏い、周囲からは羨望の眼差し……ではなく、冷ややかな軽蔑の眼差しで見られている。

 金を稼いでいる商人なのだからしかたがない。むしろ稼げないお前たちが悪いと言わんばかりに、贅沢の限りを尽くしていた。

 しかし、彼は別に悪徳商人なわけではなく、金にがめつかったり少々気難しい性格なのは商売がたきに出し抜かれないためのもの。

 そんな彼が最近よく利用している店がある。

 バー『Etoileエトワ-ル』。不思議で美味しい酒を出す酒場だ。

 今日も彼は足繁く通うのであった。



    ◇



「マスター。キミにはこの宝石の良さがわかるかね?」


 トネリーは席に着くなり、革袋からじゃらじゃらと大小様々な宝石をカウンターに広げていた。

 赤、青、黄、緑と様々な色の、様々な形の宝石がそこには並んでいた。


「申し訳ありませんトネリーさん。生憎宝石の価値はよくわかりません。お高いものなのですか?」

「まあ様々だな。大きくても傷がついてれば価値は下がるものだ」


 そう言うと彼は、赤い一つの宝石を手に取りあげ、覗き込むように見つめた。


「ワシは宝石が好きなのだよ。金貨も好きだがそれ以上に宝石が好きだ。価値があるからというわけじゃないぞ? このきらびやかに光り輝く光沢、覗き込む角度を変えればまた違った姿を見せてくれる。素晴らしいものだと思わないかい?」

「はい、そうですね。とても美しいものだと私も思います」


 彼はマスターの反応にとても上機嫌だった。そこで、少し彼に悪戯心が沸いて出た。


「そうだ、マスター。宝石のような酒を作ってくれ。煌びやかで美しい酒だ。もし、ワシの気に入るような酒ができたなら、ここにある宝石はくれてやろう」


 トネリーは心の中でまあ無理だろうと思っていた。何を出しても認めないと言うつもりはない。ただ、宝石の輝きに勝るような酒はないと本気で思っているのだ。


「宝石のようなお酒ですか……。元々カクテル自体が宝石のようなお酒と言われていますが、それでは納得頂けませんよね。そうですね……宝石と言う名前そのものの『ビジュー』でもよいのですが、ここはやはり見た目にも華やかなものがいいでしょうね」


 そう言うと彼は、後ろの棚から五本の酒瓶を取り出し、カウンターへと並べた。


「こんなに酒を使うのか?」

「はい、色々な混成酒リキュールを使用致します。作り方は至ってシンプルなのですが、とても技量を必要とするカクテルとなります」


 バーテンダーはそう言うと、この店では今までに見た事のない長細いグラスを取り出した。


 まずは、一本目。細長いスプーンバー・スプーンを取り出すと、くるっと裏返し、スプーンの背をグラスの内側へと向けた。慎重に静かに酒瓶からスプーンを伝って少しずつ、グラスの中へと酒が注がれていく。注がれた酒は深紅のような赤だった。


 二本目。同じようにスプーンの背を使い、慎重に静かに酒が注がれていく。とても鮮やかな緑色だ。驚くことに、慎重に注がれた酒は先程入れた赤い酒と混ざらずに、層を重ねるように注がれていた。これにはトネリーも度肝を抜いた。


 三本目。さらに慎重に酒が注がれていく。今度は純白な白。混ざってしまえば一番目立ちそうな白が、均等に先程の緑の層の上へと重なっていく。


 四本目。ここまでくるとトネリーも目が離せない。ハラハラ、ドキドキ子供のように見つめていた。次の色は黄色。これもまた鮮やかな色だ。白い層の上へと重なっていく。


 そして、最後の五本目。薄茶のようなオレンジのような酒が黄色の層の上へと鎮座していく。静かにスプーンを抜き去ると、バーテンダーはコースターの上へと出来上がった酒を乗せた。


「お待たせ致しました。『プース・カフェ』でございます。混ぜて飲んでも、口の中で混ぜて飲まれても構いません。こちらのストローでお好きな層から飲まれてもまた違った味を楽しめます。ですが、このカクテルはまず目で味わうのが最善かと思われます」


 トネリーはこの酒の虜になっていた。別々の色の液体が一切混ざらずに、綺麗な層を生み出している。下から赤、緑、白、黄、橙の鮮やかな色はまるで机に散りばめられた宝石にも見えた。まさに、目で味わうというのは過言ではなかった。


「とても美しいな……。しかし、これは一体どうなっているのかね? 何か魔法でも使ったのか?」


 首をかしげているトネリーに向かってバーテンダーは苦笑いのような笑みを浮かべた。


「いえ、私には魔法は使えません。酒はそれぞれに比重が……えと、重さですね。重さがそれぞれ違うので重い酒から順に慎重に注いでいけば混ざらないで上に載せることができるのです。見た目以上に神経を使うので、あまり私は得意ではないのですけれどもね」


 なるほどと、うなずきトネリーはグラスを手にし口をつけた。


「いかがでしょうか。お気に召しましたでしょうか?」

「うむ、確かに見た目はとても美しい。素晴らしくまるで宝石のようだった。しかし、なんというかこの味は……微妙だな。それぞれの酒はうまいのだろうが、口の中で中途半端に混ざり合ってる感じがいまいちだな。あとから別の酒が入ってきて色々な味を楽しめると言えばそうなのだが、うまく調和があってないというかぼやけているというか」


 またもバーテンダーは苦笑いを浮かべた。


「仰る通りです。完全に混ぜ合わせてしまうか、それぞれの層を順番に飲んでいく方が美味しく楽しめるかもしれませんね」

「うむ。と、いうことでだ。見た目は合格だが、味で失格ということでさっきの勝負はなしだな! 残念だったな! がははははははははは」


 トネリーの笑い声に、この日三度目となる苦笑いをバーテンダーは浮かべるのであった。




 酒は味も大切だが、その華やかな見た目を愛でる楽しみもある。花見酒、月見酒ならぬ酒見酒というのも乙なものなのかもしれません。


 ここは異世界のバー『Etoileエトワール』。またのご来店をお待ち致しております。



    ◇



『プース・カフェ』

グレナデン・シロップ 1/5glass

グリーン・ミント・リキュール 1/5glass

マラスキーノ 1/5glass

シャルトリューズ(イエロー) 1/5glass

ブランデー 1/5glass


グレナデン・シロップから順に、

バー・スプーンの背を使い、

グラスの内側を通して混ざり合わないように静かに注ぐ


ナツメ社 「カクテル完全バイブル」より抜粋



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