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異世界でカクテルはいかがですか?
異世界でカクテルはいかがですか?
ぴすぴす
異世界ファンタジースローライフ
2025年02月04日
公開日
4.6万字
連載中
カクテル……それは魔法のお酒。
色とりどりの美しさ、味わいを楽しませてくれる無限の可能性。
時には、元気のない人を励まして明日への糧となり。
時には、喧嘩の仲裁の口実にもなる。
それは魔法のお酒。
今宵も迷える人々がバーに募る。
それは異世界であっても同じこと。

バー『Etoile』開店でございます。

Would you like a cocktail in Another World?

※この物語に出てくるカクテルはすべて実在のものです。
 紹介しているカクテルレシピで実際に作ることが可能です。
 是非美味しいカクテルと共にお楽しみ頂ければ幸いです。

※未成年の飲酒は法律で禁止されています。
 お酒は二十歳になってから!

1杯目『マティーニ』

 アレリオは疲労困憊になりながら街を彷徨っていた。

 アレリオは駆け出しの冒険者だ。この日も依頼をこなそうと勇んでみたはものの、駆け出しの冒険者に任せてもらえるような依頼は既になく、しかたなく日払いの肉体労働でその日の食い扶持を稼いでいた。

 その日の仕事では夕食が出たので腹は空いてはいなかったが、無性に酒が飲みたかった。というより、日頃の鬱憤を酒で晴らしたかった。

 自分は冒険者なのだ。労働者ではない。狂暴凶悪なドラゴンと対峙したり、まだ見ぬダンジョンの奥深くでお宝を発見したり。そんな夢を追い求める冒険者なのだ。

 だが、現実問題飯は食わなければいけない。そのためには金が必要だ。そのためには嫌でも稼がなければいけない。そのためには冒険より労働を選ばなければいけない……。

 そんな鬱屈した思いを貯めこんでアレリオはくたくたの身体を引きずりながら、酒場を探していた。

 ふと。表通りを逸れた横道が彼の目に留まった。

 普段ならばあまり近付かないであろう道だが、その日は何かに呼ばれたかのようにふらりとアレリオは歩を進めた。

 少し進むと一軒の店があった。重厚な扉の上には看板が出ている。

 店名は……見た事のない文字で書かれている。しかし、その横には木製の飲料容器マグから酒のような泡が今にも零れ落ちそうに描かれている。

 おそらく酒場だろう。

 アレリオは今すぐにでも酒が飲みたかった。


(見た事のない文字だが……酒場だろうし入ってみよう。危なそうな店ならすぐ出ればいい)


 アレリオはその重厚な扉に手を掛けた。



    ◇



「いらっしゃいませ」


 中はとても狭い店だった。カウンターの周りに八席程の椅子が並んでおり、奥には四名用のボックスシートのあるだけの店。店内は薄暗く、給仕もいない。いるのは黒いベストを着た若い男が一人だけ。カウンターの内でグラスを拭いていた。


(はずれか……?)


 アレリオは内心入ったことを後悔していた。しかし、入ってしまったのはもうしかたない。一杯だけ安酒エールを飲んで別の店に行くことを決めると、その店の主人と思われる男の前の椅子にどかりと腰を降ろした。


「こちらをどうぞ」


 男からおしぼりを渡される。手に取ってみるとほかほかして温かい。


「ご注文はいかが致しましょうか?」


 おしぼりを何に使うのか戸惑っているアレリオに男は聞いてきた。


安酒エールをくれ。腹は空いてないからつまみはいらない」

「申し訳ございません。本日、発酵酒エールは切らしておりまして」


 安酒エールすら置いていない酒場があるかとアレリオは思った。そして、ここはわざとそう言って高い酒を飲ませる店なのではと思い至った。


(碌な店じゃないな……。さっさと出よう)

「なら、安くて強い酒を一杯。それを飲んだら出ていくよ」


 アレリオは不機嫌になりながらも男にそう告げた。しかし、男はにこりと笑うと「かしこまりました」と一言言うだけで嫌な顔ひとつしなかった。

 男が背後の棚から二本の酒瓶を取り並べはじめた。


「おい、一杯だけだぞ。二杯もいらないぞ」

「承知しております。これから一杯の酒を作るのです」


 酒を作る? アレリオには何を言っているのかわからなかった。

 男は慣れた所作で酒瓶から小さな鉛色の不思議なグラスメジャー・カップに少し酒を注いだ。それを大きめなグラスミキシング・グラスへと移した。大きめのグラスの中には透明な塊……おそらく、氷がぎっしりと詰まっていた。

 そして同じ動作をもう一方の酒瓶でも行う。大きめのグラスには二種類の酒が入っていることになる。


(まさか、酒を混ぜるのか? 何考えてんだこいつ?)


 大きめのグラスにこれまた長細いスプーンバー・スプーンが入れられる。そして、男は静かにかき混ぜ始めた。


シャカシャカシャカシャカ……


 静かにかき混ぜる音が響く。


かき混ぜるステアは簡単そうに見えて実は意外と難しいものなのです。ガシャガシャと氷がぶつかるように混ぜると、氷が砕けお酒が水っぽくなってしまいます。なので氷は回転させるだけ。触れないよう慎重に、静かに行う必要があります。これができるようになるまで、何年も掛かりましたよ」


 男はそう言うと、蓋をかぶせ、これまた別の小さな三角をしたグラスに中身を移した。


「お待たせいたしました。『マティーニ』でございます。普段ならオリーブを添えるのですが、お客様には不要かと思いましたので今回は添えておりません」


 アレリオの目の前に出された酒は無色透明だった。どう見ても水にしか見えない。さらには量が極端に少ない。一口で飲み干してしまえる量だ。

 これは騙されたとアレリオは後悔した。水を酒と偽り高い金を巻き上げる店なのだろう。文句をつければ奥から屈強な男たちが出てくるに違いない。しかたがない、今回は勉強料だと思って支払おう。衛兵に相談すれば何とかなるだろうか。

 そんなことを思いながら、アレリオは出されたグラスを手に取り飲み干した。

 が、口の中に入れた瞬間自分の考えていたことが杞憂であったことに驚愕した。

 まず感じたのは強いアルコールの味。今まで飲んだことのない程強い酒だ。そして苦味。だが、嫌な苦味ではない。口の中に爽やかに抜ける苦味。そして爽やかさが過ぎた後に感じる仄かな風味と微かな甘味。これは薬草か香草だろうか。薬のような独特な風味を感じるがすぐに霧散して爽快感を感じる。とても美味しい。人生の中で一番の酒と言っても過言ではない。


「美味い! こんな酒に出会ったのは初めてだ! 酒を混ぜるとこんなにも美味くなるのか」

「お気に召しましたでしょうか。ただ何でも混ぜればいいというものではありません。酒同士の相性もございます。特にこの『マティーニ』は『カクテルの王様』とも呼ばれております。シンプルな作り方故に、バーテンダーの腕が試される試金石のようなもの。かき混ぜステアが長すぎても水っぽくなり、短すぎてもぬるく感じたりする難しいお酒です。シンプルだからこそ奥の深いカクテルなのです」


 アレリオには男の話しは半分も理解はできなかったが、ただそこに美味い酒があるということだけでとてもいい気分になっていた。


「一度に飲み干してしまったのが惜しいな。もう一杯同じのを頼む」

「承知致しました。ですが、お気を付けください。『マティーニ』は強い酒で御座います。悪酔いなさらないようご注意ください」


 結局アレリオは合計五杯の『マティーニ』を飲み干して上機嫌だった。

 そこには鬱屈とした空気はもう既になく、ただにこやかに美味い酒を飲んで語らう姿があるだけだった。




 酒と言うのは時として人間を破滅へと導くものでもあるが、適度に付き合えばその日の嫌な事を晴らし、明日への糧へとなる不思議な魔法の飲み物。

 これは、何故か異世界に来てしまった若きバーテンダーと、様々な思いを胸に訪れる異世界のお客様との心温まるお話。


 バー『Etoileエトワール』開店でございます。



    ◇



『マティーニ』

ドライ・ジン 50ml

ドライ・ベルモット 10ml

スタッフド・オリーブ 1個


ミキシング・グラスに氷とジン、ベルモットを入れてステア

カクテル・グラスに注ぎ入れ、ピンに刺したオリーブを添える

お好みでレモン・ピールを振る場合もある


ナツメ社 「カクテル完全バイブル」より抜粋


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