頭では理解できいます。
現に私が在籍した数年で、三十代〜四十代の男性が三人入院しましたからね。メンタル面で。
産休・育休を明けて復帰すると、係の顔ぶれが最低半分は変わっていました。皆出て行きたくて必死だったらしいです。
まあ私も、その部署の仕事が楽しいとかやりがいがあるとは感じませんでしたが、そもそも職業に楽しさなんて求めていません。
それこそ人それぞれでしょうが。
私は当時は定時さえ守られれば他は些末事なので、それ以外の職務内容等には興味自体がありませんでした。「仕事だから完璧を目指してこなす」のは当たり前です。
最初の年の異動のヒアリングで、「異動希望はありますか? 残ってもらえますか?」と訊かれました。
私は謂わば出向者なので、少し特殊な立場だったのもあります。
つまり「元の職場に戻りたいですか?」ということですね。今までの(私の職種の)人たちは帰りたがるケースが多かったらしいので。
「(決まってもいませんが、もし産休・育休で)休んでもいいのなら残りますよ〜」
そう答えたら、何故か向こうが大喜びしていました。
「残っていただけるのなら、いくらでも休んでもらって結構です!」
それはそれでどうなんだ、とも感じましたが、それくらい人の入れ替わりが激しい証左なんです。
全員、ひとり残らず「すぐにでも出ていきたい(異動したい)」と訴えていたそうです。一応のルールとして年限があるので、一、二年では変われません。それこそ病んで無理やり出て行く人を除いては。
ヒアリングで「異動したい!」と訴えても残留になる、というのが現実でした。
なので形の上ではそういう人たちは皆『残留希望』にはなりますが、実質「残留する」と明言したのが私だけだった、と。
「出て行きたい」と一切匂わせることもなく、二つ返事で「残りますよ」という私はまさしく異質だったようです。
そして結局、数年後に出て行く頃にはすでに最古参でしたよ。
途中に二人目の重症妊娠悪阻(生命に関わる重いつわり)や切迫流産・早産で入院したときは、病院まで電話を掛けてきて仕事のことを訊かれるんです。
こちらも(悪阻はともかく流早産は)絶対安静ですし、いちいち看護師さんに「お電話です」と呼びに来させるのも心苦しかったため、「朝と午後一番にこちらから掛けるから、それまでに訊きたいことを纏めておいて」ということにしました。
正直なところ、(出向者である)私がどうしてここまで、とうんざりでしたが、入れ替わりが激しすぎてノウハウの蓄積がなかったんです。
中には「引き継ぎをしてもらえなかった」ので異動先に訊きに行ったら、「自分はもう〇〇課じゃないから」と冷たく追い払われたという実例さえありました。
それだけ忘れたい悪夢のような時間だったんでしょうが、引き継ぎくらいはしてくれないと、とある意味部外者の立場から俯瞰して見ていました。
残留はもちろん、来たがる人もいないので、残りたいならいつまでも(は大袈裟か。二十年はさすがに無理かもしれません)居られます。いや、長く離れると現場勘が鈍るため、そこまで居る気もなんですけどね。
あとで知りましたが、十年、もしかしたらそれ以上(正式な記録になければ不明なので)残留希望を出したのは私しか居なかったとか。
──どんな職場なんだ。いや、理解はできますが。