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第14話

「ああ、そう言えば、ずっと嫌な予感がしていたんです。ハンスさんの身に危険が迫っているうな。この日を予言していたのかもしれません」

「全部お前のせいじゃないか!!!!!」

「確かにっ」


 せめてもの贖罪にとリタは走りながら、何度もヒールを投げかけた。

 しかし全然効かない。

 それどころか。


「なんだかみずみずしくなっている?」


 土臭かったモンスターの体表が、つやつやと明るく光り始めた。


「あれ? 見て。ハンスさん。モンスターの前にさっきの狐が立ちはだかってますよ」

「え? あ、本当だ!」


 ハンスが復活させた狐が、両手を広げてモンスターの前に仁王立ちになっている。


「すごい……きっと私たちを助けてくれるつもりなんですよ。情けは人のためならず。良かったですね! ハンスさん」

「あ、ああ」


 二人は固唾を飲んでモンスター対狐のバトルを見守った。

 ドドドド!

 ところが……。


「普通に通り抜けていったんですけど!!!」


 ハンスが叫ぶ。

 モンスターの股の向こう側に呆然としている狐が見えた。


「……相手にされていませんでしたね。でもありがとう。狐さん……!」

「たそがれてる場合か! 俺らは完璧狙われてるんだぞ!」


 生温かい獣の息が吹き掛けられた。


「追いつかれる。もうだめだ!」


 ハンスが絶望の声を上げた時……。

 ずしゃあ、と何かが切れるような音がして、目の前に誰かの舞う姿が飛び込んできた。

 その影は大きな剣を持っていて素早くモンスターの横腹へ切りつける。


「ギャオオオオオッ」


 つんざくような雄叫びとともに、モンスターは前足を思いっきり上げて悶絶した。その姿は通常の倍ぐらいの大きさに拡大して見え、ハンスは恐怖の叫び声を上げる。


「うわああああん、怖いよーいやだよー死ぬぅぅぅぅ」


 しかしもう一度、すらりとした影が飛び、今度はモンスターを一刀両断した。

 どう、と巨体が地面に倒れ、人影がすたっと地面につく。

 そしてくるりとこちらを見て笑いかけてきた。


「もう大丈夫だよ。僕が来たから」


 モンスターを倒したばかりだというのに、息も髪も乱れていない、貴公子然とした爽やかな表情。


「あなたは……」


 リタはまぶたをパチパチと打ち合わせ、ハンスは両目を見開き叫ぶ。


「すっげーーーーー!!!」


 たった今二人を助けてくれたのは、破壊魔法クラスのアレックスだった。


「リタ君。ケガはない?」


 アレックスはそう言うと手を差し伸べてきた。


「あ、いいです。立てますから」

「可愛げがないなあ。このポンコツサイコパス女は……! 助けてもらったのにその態度かよ」


 ハンスが眉根を寄せた。


「……た、確かに……」


 リタはしぶしぶアレックスの手をとった。

 ひょい、と引き上げられ弾みで逞しい胸板に鼻先をぶつける。


「ごめんなさいっ」

「全然いいよ」


 アレックスはにこっと微笑みかけてきた。


「ありがとうございました」


 頬を赤らめながら頭を下げると、この上なく綺麗な笑顔が向けられる。リタが離れるとアレックスはハンスも助け起こす。


「ありがとう。近くで見るとめちゃくちゃかっこいいですね。もしかして転校生のアレックスさん? お噂はかねがね」


 ハンスが、揉み手ですり寄っていく。


「同い年なのに、敬語なんか使わなくていいよ」

「いやいやいや。あなた3大賢者シス様の孫でしょう。ため口など、とんでもない。っていうか、凄い腕ですね」


 アレックスは剣をさやにおさめると、ポツリと言う。


「いやいや、一撃にしたかったんだけどな。モンスターは手強いや」

「どこまでも謙虚……! さすがは賢者の孫でいらっしゃる……! あ、そうだ」


 ハンスは素早くポケットからメモ帳を取り出すと、アレックスの前に差し出した。


「あの、もし良かったら、サインなどいただけないでしょうか……」

「いいよ」


 アレックスはメモ帳を受け取り、さらさらと自分の名前を書きつける。


「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!」


 ハンスはサインを受け取ると満面の笑みでぴょんぴょん跳ね回った。


「君さ、それ転売するつもりだろ」

「え? なんでわかったんです?」

「破壊令嬢が執着してるのが小銭稼ぎのハンスだってことは、有名だからね。ちなみにサイン欲しさに媚びてたのにも気づいてたからね」

「ううう、じゃあ、もしかしてサインは没収……」

「別にいいよ。売っぱらっても。そのかわり、君のバディを僕にくれないか?」


 リタの目が大きく見開かれる。


「大変です。この人、ハンスさんと私の鉄壁の仲を裂くつもりですよ! どおりで最初から怪しいと思ってたんです。悪者です!」

「ったく、この恩知らずめ。こんな女がほしいなら、いくらでもノシつけて差し上げます。むしろ引き取っていただきたいくらいです」

「ハンスさん、ひどすぎますっ! 私をお祓い箱にしようだなんて!」

「むしろありがたい話じゃないか。もしかしてアレックスさんて救世主?」


リタはアレックスに向き直った。


「アレックスさん、ひどいです。助けてもらって言うのはなんですが、私は最初からうさんくさいと思ってました!」


 ハンスが突っ込む。


「うさんくささ100%のお前が言うか!?」


 アレックスはにっこりと微笑んだ。


「ああ、嫌がる態度を見ているとますます君がほしくなる。煽るのがうまいね。リタ」

「マジで無料で放出します。逆に恩としてカウントしますよ」


 うっとりとした表情のアレックスに、ハンスが言う。


(どうしよう。本当にお払い箱になりそうです)


 リタは拳を握りしめる。

 と、目の前に黒いゲートが現れ、意気揚々とした調子のローランドが姿を現した。


「君たち何やってんの。ゴール済みのアレックス君はともかく、ハンス&リタチームは今日中にゴールしないと失格になるよ」


 ローランドの指摘にハンスが目を丸くする。


「はっ。演習のことすっかり忘れてた!」


 アレックスは姿勢を正してローランドに一礼すると、


「それでは僕は失礼します。リタ君、話はまたね」


 最後はリタに手を振って、ローランドの作ったゲートをくぐり去っていく。


「お近づきになれてラッキーだった……サイン、継続的にもらえないだろうか」


 ハンスがつぶやく。


「副業計画立てちゃだめですっ。学生の本分は学業ですから」


 リタはハンスをたしなめる。

 ローランドは地面に横たわるモンスターをまじまじと見た。


「それにしても見事なもんだね。本人の前で言うと自惚れそうだから黙ってたけどさすがアレックス君だ」


 どうやらモンスターを見るのが目的だったらしい。

 ローランドは


「じゃあ、ゴールしたら狼煙を上げてね。回収に来るから」


 そう言ってゲートに向かい立ち去ろうとする。

 ハンスは慌ててローランドを呼び止めた。


「あのっ、一緒にいてくださいっ。またモンスターが出て来るかも」


 ローランドは言った。


「大丈夫。1日に2体もモンスターは出ないよ。笛でも吹かない限りはね」

「吹きそうな奴がすぐ目の前にいるんですがっ」

「魔笛は没収したから大丈夫」


 ローランドは銀色に光る小さな笛をくるくる回しながら、ゲートの向こう側へと消えていった。


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