そしてさらに1時間後。
二人はルートを大きく外れていた。
「ったく、しっかり迷子じゃねーか!」
プンプンしているハンスの後ろでリタは申し訳なさそうに首を含めている。
「忘れてました……私、ひどい方向音痴なんです……」
「それを早く言え! ったく、止まれと言ったのに無視しやがって」
「3メートル幅を取ることを優先しました」
「このバカ!」
「うううう……」
「あーあ……すっかり遅れをとっちまったよ」
ドーンと大きな音がして赤い狼煙が木々の間から見えた。
ゴールを知らせる狼煙である。さっきから、ひっきりなしだった。
ハンスは絶望的な表情を浮かべた。
「はああ、びりだな、こりゃ……くそっ」
ハンスは悔しげに肩を落とすと、大木にもたれかかった。
「ああああ、つまんねえ。ジャングルで演習って聞いたからモンスターでも出てくんのかと思ったら狐しかいねーし。校長、ゲートを自慢したかっただけだな。ありゃ」
リタの耳がピクリと動く。
「確かに狐さんなら、学校の近くにもいますよね」
「今のところ、ジャングルくんだりまで来た意味が全然ないよな」
どう、と熱い風が通り過ぎていく。
リタの脳裏に名案が浮かんだ。
「分かりました。私に任せてください!」
リタはポケットから笛を取り出した。
「ん?」
ハンスの顔が青ざめる。
「ちょ、ま、その笛はまさか……」
「はい。モンスターを呼ぶ魔笛です」
リタはにっこりと微笑んだ。
「さっきは私の言うことを聞いてもらったから、今度は私が聞く番です」
「や、やめろ、い、いらん、そんなもの……!」
「遠慮しないでください」
「お、お、おい、吹くなよ」
ハンスはゆっくりとリタに近寄った。
「ちょ、何で逃げるんだ!」
「3メートルの距離を空けてるんです」
「律儀に守るな! ていうか、吹くな。吹くなよ」
「あ、」
リタはハッとした顔でハンスを見た。
「そう。絶対に吹くな」
「わかりました」
リタはにっこり笑うと宣言した。
「リクエストにおこたえしますねー!」
ピーーーーーーー
リタは思いっきり笛を吹き鳴らした。
「ぎゃーやめろーーーーー!!!!」
笛と悲鳴が大地にひびきわたる。
ハンスはリタの口から笛を奪うと、襟首を掴んで揺さぶった。
「何で吹く? 吹くなって言ったよなあ? ぁあああん」
「フリ、かと……空気を読んでみました」
「お前はお笑い芸人か?!」
ど、ど、ど、と地面を震わすような音が聞こえてきた。
草木が激しく揺れ、そして遠くの大木がメリメリと割れて、そこから恐竜にも似た大型モンスターが出現した。
「ひえええええ」
モンスターの目が人間をとらえたらしく一瞬動きが止まる。
そして頸を大きく振ると牙が並んだ大きな口をあけて雄叫びを上げた。
「ひいいいい」
ハンスはリタの後ろに回り込む。
「ほら、いつものやれよ。あいつを砂にしろ!」
「は、はい!」
リタは迫りくるモンスターに右手を差し出した。
「ヒール!」
掛け声とともに治癒魔法を繰り出す。
白い光がリタの右手から伸び、巨体に当たった。
しかしモンスターは一瞬たじろいだあと、怒りに満ちた赤い目でリタたちに向かってきた。
「どうしよう。効きませんでした」
「この役立たず!」
「ダメ元で破壊魔法を。えいっ!」
覚えたての破壊魔法を繰り出したが、今度は何も起きない。
あたふたしているふたりに向かい、モンスターは容赦なく向かってくる。
「どうやらロックオンされたみたいですね」
「ば、ばか、お前のせいだぞ! どうするんだよ!!」
「解決方法は1つだけあります」
「なんだ?」
「逃げましょう!」
「うぎゃーーーー」