そして1時間後……。
ハンスとリタは2人1組で藪の中を進んでいた。
「……俺の半径3 メートル 以内に近づくな」
木ぎれで作った杖でヤブをかきわけながら、ハンスはリタに釘を刺した。
「くっついてた方が安全じゃないですか? ジャングルには危険生物がたくさんいそうです」
「お前が一番の危険生物なんだよ!」
ハンスは叫び、はああ、と大きなため息をつく。
「さっきから転んだり躓いたり。足引っ張られてばっかりだ。取ることないな。こいつはマジで」
「はい! 私は無能で無害です!」
「有害な無能だからヤバいんだろうが! っていうか、鎌は?」
「教室においてきました!」
「この役立たず!」
と、藪の奥でガサガサと音がした。
「ひゃああああ」
ハンスは悲鳴を上げて飛び上がる。
「あ、すみません、3メートル以内に近づきます」
律儀にそう断るとリタはハンスの傍らをすり抜け、音のする方に歩み出た。
目の高さほどある草をかき分けると、小さな狐が寝ているのが見えた。
「あ、狐さんですよ。可愛いです」
リタはにっこり笑って言った。
ふわふわした金色の毛並み、閉じられた目、ピンと伸びたひげ、どこもかしこもが愛らしい。眠っているようだが奇妙なほど息が荒い。
(はっ! この狐さんもしかして)
よく見るとお腹のあたり滲む赤い血が目に入った。
「大変です。怪我をしています」
リタはしゃがむとハンスを振り返る。
ハンスは胸をなでおろしながら
「ほっとけよ。早くゴールしないとポイントが減る。その後小金稼ぎもしたいんだ。こんなとこ滅多に来られない。何かお宝が落ちてるかもだろ」
「でも……」
リタは狐の心臓に手をやった。
「鼓動が弱くなっています。ヒール……」
「まてまてい! 殺す気か!!?」
「砂にしたら軽くなって持ち帰りやすいかと……」
「確信犯!? つか、もう、仕方ないなあ」
ハンスは渋々狐に手をかざした。
狐の白い毛で覆われた胸元がぽーっと光が灯ったように明るくなる。
しばらくすると呼吸が戻り、目が開いた。
そしてすごい勢いで起き上がると藪の中へ消えていく。
「よかったあ……」
リタは毛むくじゃらな背中を見送ると
「……ハンスさん、素晴らしいです!」
バディに感動を伝えた。
「……あんな初歩的な治癒魔法なんて誰だって使える」
「私にはできません!」
リタは静かにこう言った。
「治癒魔法が使える人は、優しい心の持ち主です。ハンスさんは優しさのコントロールができるから、命を救うことができる……本当に羨ましいです……」
キラキラした目で見つめられ、ハンスはぐっと息をのむ。
そして顔を赤くするとこう言った。
「ふんっ。まあ、ここまでは俺がポイントを稼いだから、こっからはお前がなんとかしろよ」
リタの顔がぱああっと明るくなる。
「私に頼ってくれるんですね! 嬉しいです。任せてください!」
威勢よく言うと、すっすと速足で歩いていく。
「こいつ、ポンコツだけど、やる気だけはあるんだよなあ……」
ハンスの声が背後から聞こえてくる。
(少しずつ私のことを認めてくれているようですね。ふふっ。バディっぽくなってきました!)
演習に参加してよかったと、心の底からリタは思った。