その日、リタは、昼休みの時間を利用してゴミ拾いに励んでいた。
「いっちにちいっちぜ~ん。いつか聖女になるために♪」
正直なところ、毎日この行為を繰り返しているために、校内は隅から隅までピカピカだ。
(ううう。願掛けがただのパフォーマンスになっている。新しい一日一善のタスクを考えねば)
そんなことを思いながら、膝をついて裏庭のベンチの下を覗き込んでいると
「ちょっと、君。治癒魔法クラスのリタ君だよね」
誰かの声が降ってきた。
体をよじって見上げると、貴公子みたいに綺麗な顔の少年が目に入る。
「ええ」
「話があるんだけど」
リタは立ち上がり少年と対峙した。
すらりと背が高く、色白で品のある顔立ち。細身の体からは白いオーラが立ち上がって見えた。
(一見して普通の人じゃない感満載です。学校のボス的な存在でしょうか? 絡まれると嫌だなあ。私は平和主義……トラブルはゴメンです)
リタは思わず眉根を寄せ、斜め下に視線を向けつつ呟いた。
「あの、何を聞いたかわかりませんが私は無害です。黒髪が呪いの象徴なんて迷信です。なので学園のボスに目をつけられる筋合いなんて何も……」
「学園のボス? 僕は無害な男で有名なのに、なぜそんなイメージを持たれたのか不思議だな」
アレックスは不思議そうな顔をしている。
「自分で自分を無害だなんて……逆にあやしさ全開です……!」
「ははっ。確かに。まあ、とりあえず自己紹介しようか。僕の名前はアレックス。全てにおいて最上級のスキルを持つオールランダーさ。他校に通っていたんだけど、君の噂を聞いて、王立魔法学校に編入したんだ。お見知りおきを」
アレックスはにっこりと笑った。
(真っ白な歯……絵に書いたような爽やかさ……)
恐らく好感度の高いルックスなのだろうが、リタは昔からこの手のタイプが大の苦手だ。陽の気、というのだろうか。
それにあてられてしまい、つい逃げ腰になってしまう。
「あの、何か私に御用でしょうか」
警戒心を解くことないままリタは尋ねる。
「あー、さっきの鼻歌だけど、一日一善は違うんじゃないかな? 君って毎日ゴミを何個も拾ってるらしいよね。正しくは一日百善くらいでは?」
「はっ! 確かに。今後はそうします。ありがとうございました。では!」
「待って、まだ話は終わってない」
教室に戻ろうとしていたリタは立ち止まる。
「僕は君をスカウトに来たんだ。破壊魔法クラスに転科して僕とバディにならないか?」
リタは一瞬聞き間違いかと思った。
「あの、バディとおっしゃいました? 私と?」
「そう。君と僕となら天下を取れる。破壊魔法の2トップだからね」
どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。
「ありがとうございます。結構です」
軽く頭を下げリタはその場を立ち去ろうとした。
その腕を取られ引き止められる。
「ちょっと待って。いい話だろ? 自分で言うのはなんだけど、僕のバディになりたい人はいくらでもいる。その場所を君にあけ渡そうと言うんだよ?」
「私、聖女なので破壊なんて無理です……ほら、そのワードを聞いただけで恐怖に震えるありさまですし」
リタは己の体を両手で抱きしめた。
「破壊魔法の天才なのに?」
アレックスの問いかけにリタは激しく首を横に振った。
「天才はローランド先生がつけたあだ名です。キャッチフレーズとしてふさわしいのは崖っぷちポンコツ聖女見習い、です」
「よくわからないけど、略せそうだねそのキャッチフレーズ」
「とにかく誰かのバディになんてなる暇はありません。クラスメイトのハンスさんを見張るという、大事な任務が私にはありますし」
「見張る? ハンスって砂になる少年の事だよね? 他校にまで噂は届いているよ」
「ハンスさんの顔色が日に日に悪化しているのです。何か危険が迫っているのでは……なので目が離せません!」
「危険……それがどんな危険なのか、新参者の僕ですら推測できるのは気のせいかな」
アレックスがそう言った瞬間、大きなくしゃみの音がした。
「ん?」
顔をあげ音のする方に視線を向けると、こちらに向かって歩いてくるハンスが目に入った。
「ハンスさん……!」
リタが声をかけると、ハンスは硬直しくるりと踵を返す。
そのまま反対方向へと駆け出した。
「紙みたいに真っ白な顔! 大変です! 待ってください……あ、すみません。失礼します」
アレックスにぺこりと頭を下げ、リタはハンスを追い去っていく。
「そっけないなあ……けど、僕に興味を持たない女の子って初めてかも」
アレックスは胸に手をあてた。
「ん? なんでだろう。胸がちくんとしたぞ。おかしいな」
不思議そうに首を振りながら、アレックスも教室へと帰っていく。
校長室の窓から、ローランドとギルがその一部始終を眺めていた。
「面白そうな子がやってきたね。これからどんな展開になるか楽しみだよ」
「リタ君はとも相手にしてませんけどね」
「そうなんだよねえ。うーん」
ローランドはしばらく考えていたが、ぽんと手を打ち鳴らし、ニヤリと笑った。
「じゃあ、波乱を演出しますか」
「余計なことをしないでくださいよ」
嬉しそうなローランドを前に、ギルは胃のあたりをそっと押さえた。