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第9話

「わああああんっ。ハンスさん」


 リタはかつてはハンスだった砂だまりに走り寄った。

 クラスメイトやギルもそれに続き、砂周りの床には人の円ができる。


「どうしよう。せっかくハンスさんが心を開いてくれていたのにっ! またやってしまいました!」


 嘆くリタ。

 しかし周りの反応は生あたたかいものだった。


「大丈夫だよ。ギル先生がなんとかしてくれるし」

「10分後には元通りだって」


(私の破壊が日常化している!)


「はあ。まったく。人事だと思って」


 最後のため息はギルのものだ。

 HPが削られているらしく、ギルのもともとシャープな頬にげっそりとした縦じわが浮かんでいた。

 蘇生魔法を短期間に何度も行なっているのだから当然である。


「では皆さん。木箱に砂を集めましょうか。手順はもう、おわかりですよね」


 ギルはパンパンと手をたたいた。

 しかし。

 リタはその前にすっくと仁王立ちになると、真剣な眼差しで訴えた。


「先生! 今日は私が蘇生します!」

「蘇生?」


 ギルは思いっきり嫌そうに顔をしかめた。


「君が? お昼のお弁当はソウセイジとかいうオチならやめてくださいよ」

「先生、私、真剣ですっ」

「いやいやいやいや」


 ギルはとんでもない、といった表情で首を激しく左右にふった。


「粗砂を細砂にしてどうするんです。それこそ無駄の極みです。余計なことはやめて、とっととハンス君を呼び戻しましょう」


 リタはゆっくりとこう続けた。


「私が蘇生したいのはハンスさんではありません。花です」

「花? フラワー?」


 ギルはきょとんとした表情を浮かべる。


「はい。花。フラワーです!」


 リタは拳を握りしめた。


「ハンスさんのポーションで復活した花は、とても大きくて美しかった。ハンスさんの愛がこめられているからです。花屋さんへの、純粋な愛が」


 誰かがボソッとつぶやいた。


「お金への愛、の間違いだと思う」


 しかし興奮しているリタの耳には届かない。


「私、ハンスさんには迷惑をかけっぱなしで、いつかお役にたちたいと思っていました。今がその時だと思うんです。花を蘇生させて、ハンスさんにプレゼントして、喜んでもらいたい。思いののった魔法は格別と教わったばかりですし。先生、お願いします。私に蘇生魔法の許可をください!」


 リタの瞳は真剣そのものだった。


(だって、どうしても諦められないんです! あんなに綺麗でしたもの!)


 リタは「器用貧乏」、つまり大成しないと自虐しているハンスの奥ゆかしさと、どんなに卑下しても隠しきれない類まれなるセンスに惚れこんでいた。


 しかし。


「んん、リタ君の気持ちは理解できますが、しょせんは萎れた花ですからねえ。それだけの労力を費やす価値があるかどうか」


 ギルは乗り気ではない様子。

 クラスメイトたちも、顔を見合わせている。


「それこそ無駄の極みだよね……」

「うん。ハンスの砂を集めるのさえ面倒なのに、花でしょ。モチベーションわかないよな」


(どうしましょう。このままではハンスさんの花がうち捨てられてしまう……!)


 その時……。

 華やかで甲高い声が鼓膜に響いた。


「ナイスアイデア。面白いじゃないの」


 窓から身を乗り出し教室の中を覗き込んでいるのは、校長のローランドだった。


「校長……煽らないでください……ただでさえ面倒……いいえ、大変なんですから」


 ギルが言う。


「君は昔からつまんない男だね。生徒に蘇生魔法を学ばせるチャンスじゃないの。生身の人間で試すわけにはいかないけど花なら、ありでしょ」


 ローランドが言う。


「応援ありがとうございます! ローランド先生!」


 校長が味方になってくれるなら百人力だ。

 リタは教壇に駆けあがり、ばん、と机に両手をたたきつけた。


「私、ハンスさんに、初めてのプレゼントを贈りたいんです。それが、ハンスさんの作った花……ハンスさんのセンスと愛がつまった、あの花を復活させてください! お願いします!!」


 クラスメイトたちが顔を見合わせている。


「……どうする?」

「校長が言うなら……まあ」

「ありがとうございます!!!!」


 リタの顔がぱーっと華やぐ。

 一瞬、つい見とれてしまうほど、その表情は明るく何よりうれしそうだった。

 1人の少年が言った。


「なんか、ワクワクしてきたな」

「なんでだろ。俺も」

「よし。今から力を合わせてハンスの花を復活だー!!!!!!」


 その気になったクラスメイトの様子にリタの瞳がうるみはじめる。


「……みなさん……ハンスさんが大好きなんですね」

「いや、多分それは違いますね」


 ギルは、鏡の蓋を押し上げつぶやく。


「まあ、やりましょうか。そう簡単ではありませんよ」

「そうそう。そうでなくっちゃ」


 ローランドはにやりと笑い


「わーい! ありがとうございます!!!!!!」


 リタは飛びあがって喜んだ。


「となれば早速、砂の分離にとりかかりましょうか」


 とギル。


「私に任せなさい」


 ローランドが教室に入ってきた。

 彼が右腕を一振りするとあっという間に2つの砂箱ができあがる。


「うおおおお」


 生徒たちと一緒にリタも歓声をあげる。


「言うまでもありませんが大量の砂が入っている方がハンス君で少ない方が花です。間違えないように」


 ギルはさっきまで渋っていたのが嘘のように、生き生きと指示を出し始めた。


「では、言い出しっぺのリタ君から、トライしてみましょうか。念のためできる限りのバリアは貼っておきますが、力は加減するように」

「はいっ!!!!!!」


 リタは砂箱に向き合った。


「んーと、邪魔だな」


 クラスメイトの一人がもう片方の砂箱を室内の隅っこへと押しやる。

 ぎい、と切ない物音を立てて、ハンスの入れられた箱は、窓際へと転がっていった。


 ◇ 


 7時間後……。


「わあああ。成功です~! ハンスさんの花が蘇りました~!」

「おおおお」


 悪戦苦闘の末、目的が果たされ、教室に勝利の雄叫びが響き渡る。

 リタは伸びた茎とレインボーに輝く花弁を眺め見た。

 本当に息を飲むほど美しい。

 しかし元々は枯れた花だったのだ。見事に前以上に美しく蘇らせたハンスの力量はすごいとリタは惚れ惚れしてしまう。

 窓の外はいつの間にか暗くなっていた。

 リタは再び教壇に駆け上がった。


「ご協力ありがとうございます! 皆さんのおかげです! ポンコツな私は何もできませんでした!」


 ペコリと頭を下げ顔を上げると、見つけたのは温かな視線だった。


「いやいや、上出来だよ。みんな生きてるし」

「学校も普通に建ってるし」

「うん。奇跡的な状況だね」


 リタはぐっと拳を握りしめた。


「ヒールをかけても破壊しない……短期目標が達成されされました」

「よく頑張ったね。サイコパス聖女」

「違いますっ。崖っぷち……ああ、でも疲れて反論できないのです」


 はははっ、と楽し気な笑い声が教室を満たす。

 ローランドがギルに話しかけた。


「いいねえ。私たちの青春を思い出すだろう? 若人の汗と涙はいつの時代も、大人の心を揺さぶるものなのだよ」

「校長のお陰で毎日大変でしたけどね」


 そう言いながらギルも満足そうである。


 リタは頬を紅潮させながら言った。


「みなさんっ! 円陣を組みましょう!」

「いいな。やろう。えいえいおー!!!」


 円陣からはいでてきたリタは改めて輝く花に目を細める。


「美しい……」


 と、張り詰めていた気持ちの糸が切れたのか、意識が遠のいていくのを感じた。


「先生……みなさん……本当に……ありがとう……」


 そう言って倒れこむ華奢な体をギルが抱きとめる。


「ああ、意識を失っている……長丁場、頑張っていましたからね。校長、今からリタ君を送り届けてきます」


 ギルが言う。


「そうだね。じゃあ、解散」


 ローランドの号令で、生徒たちは帰り支度を始めた。


「えっと、なにか忘れているような気がするんだけど」

「気のせいじゃないか?」


 最後の一人が教室を出る寸前、電気が消され、実験室は暗闇に包まれる。


 やがて月明かりが室内を照らし、隅っこに追いやられたハンスの砂を、青白く照らした。


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