お騒がせ聖女リタが転校してきて、しばらくたったある日の早朝。
雲一つない夏晴れの日に 全校生徒をあげての魔力測定会が開催された。
運動場のあちこちに設けられた簡易測定ブースには、体操服姿の生徒たちが長蛇の列を作っていた。
「うーん……環境が変わっても、数字の変化はありませんね。奇跡を期待していましたが残念です」
測定表を眺めながら、リタは小さな溜息をつく。
「のびるも何も、オール0じゃねーか! 治癒力、再生力、生成力全滅……お前、エリート特区で何してたの!?」
表を覗き込んだハンスが叫ぶ。
「鍛錬に継ぐ鍛錬に継ぐ鍛錬です! 私、素振りが大好きなんですっ!」
リタは空中で何度も手刀をきる。
「その割にちっとも結果に結びついてないよな」
「ええ……特区の7不思議と言われてました……」
悲し気に呟くリタ。
その結果、ふるさとを追放されかけたのだから、拾ってくれた王立魔法学校、特にローランド校長には頭があがらない。
「努力しても結果が出ない。それって才能がないってことじゃね?」
「ハンスさん! そんな考え方はよくないです! 私たちには無限の未来がひらかれているのに!」
リタは険しい顔の後、ふわりと笑った。
「とはいえ安心してください。私、何を言われても挫けませんから」
「いや、むしろ挫けろ。挫けてくれ……それが俺の切なる願いだ」
「そう言うハンスさんはどうなんですか?」
リタもハンスの成績表を覗き込む。
「35、65、45、50……めちゃくちゃ微妙な数字ですね」
ハンスは頬を赤くする。
「オール0が言える立場か! っていうか、なんでさっきから俺の後ろにいるんだよ。もっと離れろ! 別なところに行け!」
リタはぎくりと肩をすくめる。
「実はハンスさんの顔が悪すぎて、心配で……」
「はああああああ!? 俺をどうこう言える顔面かよ!?????」
「あ、顔じゃなくて顔色でした。何かストレスがあるのでは?」
ハンスは大きく息を吸い叫んだ。
「ありまくりだ!!」
ハンスは身震いしながら両手で自らの身体を抱きしめた。
「俺はな、お前に何度となく殺された。それがどれほどのストレスかわかるか!?」
「た、大変ですねっ……肩でもお揉みしましょうか」
「いらんわ! くっそーーーー! この元凶め。俺はな、お前を絶対に許さない!」
ツン、と顔を背けるハンス。
リタはしょんぼりと肩を落とす。
(ハンスさんは心を開いてくれません。私を聖女見習いどころか、死神だと思っていそうです……)
そして、すぐに拳を握る。
(しかし、それも想定内!!)
ハンスには大きな借りがある。
何度も砂にしてしまい、心にトラウマを植え付けてしまった。
人を救いたいリタにとって、痛恨の極みと行っていい出来事である。
なんとか、己の力でハンスを救わねば。
(克服には慣れてもらうのが一番です。いかにも聖女的穏当な作戦……! もしかしたら私、天才かもしれません)
満足げにほほ笑むリタの耳に、ひそひそ話が聞こえてきた。
「ほら、サイコパス聖女が、破壊魔法の列に並んでる」
「もしかして90越えが出るんじゃない?」
周囲を見まわすと何故か幾人もの人と目があう。
どれもこれも期待にキラキラと輝いていて、リタの背中に汗が流れた。
(買いかぶられている! そしてそれも想定内!)
「次の人」
測定係の教師がハンスに声をかけてきた。
ハンスが測定器に手を置くと35という数字が浮かびあがった。
「うわああああ、かわいらしい数字ですねー」
思わず本音を言ってしまったリタに、ハンスはいきり立つ。
「お前な。全ジャンル0衛門のくせに!」
「わわわ、おっしゃる通りですう」
「とっくと見てやるわ。お前の破壊力!」
「はい! 期待してください!」
リタはうなずく。
(この測定で真実が明らかになれば、『サイコパス聖女』なんて間違った看板を下ろすことができるはず!!)
全力で実力発揮(0)すればいい。
リタの破壊は深すぎる慈愛がなせるもの。破壊力があるわけではないからだ。
教師が声をかけてきた。
「リタ君。どうぞ」
「はい!」
リタは片手をピシリとあげた。
(あれ、私、今名前を呼ばれましたね)
ハンスの時までは「次の人」だった気がするのに。
そして気が付くと、リタはギャラリーに囲まれていた。
「サイコパス聖女が測定するぞ」
「数値はどれくらいだ?」
生徒と、それから先生もいる。
(ち、注目を浴びていますっ。私が崖っぷち聖女、つまり無害だという事を周知するには願ってもないチャンス!)
「行きます!」
大声で気合を入れ、 測定器に手を置く。測定器がぐぐぐっと動いた。
「破壊魔法レベル……100!!!!!!」
教師が声を張り上げる。
うおおおお、とギャラリーたちが一気にどよめく。
「え?」
リタも驚いている。
己の破壊力は行き過ぎた慈悲のせいと言われていたので、破壊魔法が使えているとは全然思っていなかった。
「こんな数値、初めて見た」
「ヤバい」
なんだか、想定していたのとは逆の結果が出てしまった。
あわあわと対応に苦慮していたら、
「ふふっ。さすがだね。破壊令嬢リタ君。やはり1000人に1人の天才だ」
みんなより頭一つ高い位置から、ローランドがそんな言葉を投げかけてくる。
「天才だって」
「すごいな」
「サインもらっとく?」
さざ波のように広がっていく称賛の言葉たち。
リタは真っ赤になってしまった。
(思念が伝播しましたかね。自分で自分を天才かもなどと持ち上げてしまいましたから!)
「くそおおおおお、死神のくせにいいいいい」
何故だかハンスが唇をかんでいる。
(おおおおおっ。ハンスさんまで、その単語にたどり着いてしまいました!!! 思念の伝播恐ろしい!)
リタはおろおろと周囲を見る。死神はともかくも、天才はダメだ。
己の現実を赤裸々に伝えるのが責務だとリタは思った。
「皆さん! 違いますっ!」
リタは叫んだ。
「私は破壊魔神でも天才でもありません。崖っぷち全方位ポンコツ聖女見習いです。だって、治癒魔法力をはじめとするほとんどの魔法は0測定。無能です。ただ、一つだけ言えるのは伸びしろのある無能。今後とも鍛錬に継ぐ鍛錬を繰り返し、立派な聖女になって見せます!!!!」
「リタ君はやる気満々だね。惚れ惚れするよ」
ローランドが言う。
「私が勇者の地位を捨て、『王立魔法学校学校』の校長になったのは、落ち目と言われているこの学校を再建したかったからだ。ドラマでよくあるだろう? 熱血教師が学校と生徒たちを変えていく。涙と汗と友情にまみれた青春を再び味わいたくってね」
「その結果は?」
「一週間で飽きちゃった。だってみんな覇気がないんだもん。つまらない……」
「教師の方がやる気をなくしてしまったんですね」
「だがしかし!」
キラキラと瞳をまたたかせ、ローランドはリタの肩を両手で挟み込む。
「君が来てくれて嬉しいよ。毎日何かしら事件が起きる。生徒たちもさぞかし刺激を受けていることだろう!」
「いや……」
ギルがすかさず口を挟む。
「ほとんどの生徒が他人事です。珍獣を面白がっているか、迷惑がっているか……遠巻きにしているのが現実で『やる気』に注目しているのは校長くらいかと」
ハンスは呟く。
「魔導士の未来なんて生まれ持った能力でほぼ決まってる。無駄な努力して失敗するよりそこそこやって、賢く生きた方がお得じゃん」
賛同の声が聞こえてきた。
「エネルギーの節約だよねえ」
「ほら。このような感じです」
ギルは続ける。
「今は被害がハンス君に集中していますから、ある意味脅威とも認識してない生徒がほとんど。リタ君はモニター越しにみているハリケーンみたいなものですよ」
「ただの迫力ある天災……か。まさしく平和ボケだねえ。よろしくない。若者は熱くたぎってなくちゃ。余裕なんて、年老いてから持てばいい」
ローランドは両手を口に当てて拡声モードで言った。
「生徒諸君! ちゅーもーく! 今から破壊魔法クラスの成績優秀者と破壊魔法レベル100のリタ君による、破壊魔法対決を開始するよ!」
各地に散った生徒たちが、一斉にローランドに向かう。
「また、思いつきで適当な事を……」
ギルが溜息をついたが、ローランドはウキウキした様子である。
「測定もそろそろ終わるころだしねえ。我ながらナイスアイデア」
「破壊魔法対決?! 無理です! 無理無理無理!」
リタは頬を赤らめつつ言った。
「お言葉ですが私は一応聖女見習いでして、癒しの能力をのばしたいのですっ! それ以外の鍛錬にかまけるわけにはいきません!」
「破壊魔法を極めれば、癒しの能力が身につくと言ったら?」
「勿論やらせていただきます!」
しゅた、と敬礼するリタ。
ギルは痛ましそうな目で彼女を見ながらローランドに耳打ちする。
「そんな話聞いたことがありません」
「仮説だよ、仮説。君も知りたくないかい? リタ君のパワーを」
「私はローランド校長の気まぐれで、リタ君のうちなる何かを目覚めさせてしまう方が心配です」
「君って生徒の伸び代を断ち切るタイプだね」
「彼女に必要なのはアクセルではなくブレーキですよ」
「いいや。彼女はもっとアクセルを踏むべきだ。自分がどこまで行けるのか……試さなきゃ」
ローランドがパチンと指を鳴らすと運動場の真ん中に、大きなサンドバッグが二体現れた。
「せいれーつ!」
よく通る掛け声と共に、そこにいたものたちが一斉に、サンドバッグを取り囲むように移動する。
「リタ君に続く第二位は80レベルのザネリ君だね」
「はい」
線の細い少年が一歩前に進みでる。
「今から君にリタ君と対決をしてもらうよ」
「ぼ、ぼ、僕がですか?」
ザネリは気弱そうに尋ねてきた。
「別にとって食われるわけじゃなし。何を怯えてるの」
「そりゃ、サイコパス聖女と聞いてますから」
「倒せば素晴らしい栄誉だよ」
「正直、そんなの欲しくないです。食べられるわけではありませんし」
「ったく。どうしてこんなに覇気のない生徒ばかりなんだ。もう、リタ君に全てを託そう」
ローランドは言った。
「あのサンドバッグには、私が特別な魔法をかけてある。どちらが速くダメージを与えられるか競争だよ!」
「質問があります!」
リタはぴたっと手を上げる。
「なんだい? リタ君」
「破壊魔法の鍛錬を頑張れば、本当に治癒魔法が使えるようになるのですか?」
「多分ね」
「頑張ります!!!」
リタの目の色が変わってきた。
さっきレベル100を出した時には困惑しかなかったが、目標に近づく手段と思えば喜べる。
鍛錬はとにかく好きなのだ。今まで何をやっても伸びなかった自分に破壊魔法という、一周回って新しい鍛錬が提示された。
心が湧き立つ。
「サイコパス聖女って、人を砂にするんだろ?」
「サンドバッグなんて、即破壊だろうね」
周囲のざわめきがリタの耳に届く。
相変わらず買いかぶられている。
(だがしかし! 今度は全力を出します! 立派な聖女になるために!)
ローランドが「かまえ! よーい、はじめ!」と合図をし、ザネリと並んだリタは、己の右手に全身の念をこめた。
ぶしゅ!!!! と小気味のいい音がする。
破壊魔法が一撃にサンドバッグを破壊した音だった。
「すごいね。やるじゃないか」
ローランドが両目を見開く。
「い、いやあ」
その視線の先で、ザネリが照れたように頭をかいていた。
リタはパチパチと両手を叩く。
「すごいです!!!! さすがは破壊魔法クラス一番のお方!!」
「あ、僕一番じゃないです。すごい奴、お休みしてるから……」
「えっ。これよりもすごい人が?? 破壊魔法クラスって末恐ろしいですね!」
ギルが現物メガネをくい、とあげる。
「そういうリタ君は……」
「破壊魔法の出し方すらわかりません……!」
何十回となく右手をサンドバッグへ向けて念をこめていた。
しかし、うんともすんとも言わない。
手からは何も出てこないし、当然サンドバッグはびくともしない。
「え、これ、どういうこと?」
「見掛け倒し?」
「サイコパス聖女の能力ってハンス限定?」
風向きが変わってきたのがリタにはわかる。
期待が失望へと変わったのだ。
(皆様をガッカリさせたのは忍びない……罪悪感で胸の奥がチクチクします。しかし、これも想定内!)
「やっぱり私に破壊魔法の能力などありませんでした! 測定間違いでしたね。申し訳ありません」
間違いは正しく訂正を。失敗はさっさとリカバリーを。
それがリタのポリシーだ。
(私が天才などではなく、正しく崖っぷちポンコツだと、遅れて知らしめることができました。結果オーライです!)
「そうだそうだ。このゴミ女が天才なんてありえないだろ。カゴ背負ってゴミ拾いしてりゃいいんだよ」
ハンスが満足そうに腕を組む。
ギルは言った。
「数値に間違いはありません。ただ使えない魔法は確かに0と同じですかねえ」
ローランドは残念そうだ。
「リタ君はやる気は凄まじくあるんだけど、達成への執念や負けん気は0みたいだね」
「いいじゃないですか。リタ君が勝ち気だったら余計に面倒なことになりますよ」
「いや、こんな結末はつまらない!」
ローランドはパチンと指を鳴らす。
と、サンドバッグが新しい的に変わった。
なんと、カカシである。顔の綿が足りないのか、くしゃっとした惨めな表情を浮かべており、着ている服もボロくて、悲壮感漂う佇まい。
「リタ君。次のターゲットはこれだよ」
「こんなの、さっきよりよっぽど簡単でしょう。ただのカカシですし、って、うおっ?!」
ギルはピン、と立ち上がったリタの髪の毛を見て愕然としている。
「せ、先生っ! 嫌ですっ! カカシさんを破壊するなんてっ!」
「ダメだ。やるんだ」
「無理ですっ! 無理無理無理!!!」
さっきと違ってリタは頑なに拒否している。
「リタ君。動揺する必要はありません。これはカカシです。ただの人形ですよ」
ギルは不思議そうに口添えをした。
「でもあの悲しそうな顔がっ! たえられません! むしろ綿を……詰めさせてください……!」
「ああ、リタ君の指先から炎のようなものが出ているね……!」
ローランドは満足そうである。
「どういうことでしょう?」
パニック寸前のリタを前に、ギルが首を傾げている。
ローランドは解説した。
「彼女の破壊力は慈愛から発動するんだよ。サンドバッグではピクリともしないその慈愛が、くたびれたカカシを、さらに自分が破壊すると考えた瞬間、発動したんだ。今彼女はカカシにヒールを出したい気持ちと必死に戦っている。カカシがサンドバッグだと理解しているから、その先に破壊があると気づいてるんだね」
「はあ……さっぱりわからないですね」
「つまり、スイッチが入ったって事」
ローランドはリタに声をかけた。
「リタ君、さあ、思い切り破壊魔法を発動するんだ!」
「嫌ですっ! カカシさんが可哀想!」
ハンスがムッとしている。
「何をためらう。俺には躊躇ないくせに」
ローランドがそれを聞いて頷いた。
「その通り。躊躇なくヒールをかけなさい。カカシ君を元気にするために!」
「校長先生の嘘つきー! 嫌ですったら!」
なんとか破壊させようとするローランドと全身で拒否するリタ。
ザネリがおずおずと言った。
「あの、僕、もう下がってもいいですか……」
「どうぞ」
ギルが頷く。
ざわめきが広がる。
「俺たちは何を見せられてるんだ……」
「わからない……」
「校舎に戻りたいよね」
「こっそりふけちゃう?」
ローランドが真顔になる。
「ただでさえ低い生徒諸君のテンションが最低レベルに……! これはいけない!」
そしてリタの手を握った。
「無理強いは嫌ですが! 仕方ない!」
固く握られたローランドの手から凄まじいエネルギーが流れ込み、リタの体を熱くする。
「な、な、な、何するんですか!?」
「強制的に君のヒールをカカシに……!」
「ダメですったらー!!!」
リタはカカシを避けてぐい、と己の手を引き上げた。
と、指の先から眩い光が飛びだした。
「おおおおお」
見ていたハンスや、それ以外のものも、動作を止めてその光を目で追った
眩い光がははるか遠くの山に向かっていく。
「ん?」
ハンスの眉が跳ね上がった瞬間、世界が白く染まった。
轟音が大地を揺るがし、衝撃波がグラウンドにまで伝わった。
バタバタとグラウンドにいたものたちを押し倒す。
目が見えるようになったとき、彼らの目の前には信じられない光景が広がっていた。
ほんの数秒前までそびえ立っていた山は、跡形もなく消え去っていた。
「うそだろ...」
ハンスの震える声が沈黙を破る。
全員の視線が、呆然と立ちすくむリタへと集中した。
黒髪をなびかせ、驚きに目を丸くしながら彼女は言った。
「大変です! 山が……なぜこんな事に!!!」
いや、お前のせいだろ、と、そこにいた全員が心の中で突っ込んだ。