目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第7話

 お騒がせ聖女リタが転校してきて、しばらくたったある日の早朝。

 雲一つない夏晴れの日に 全校生徒をあげての魔力測定会が開催された。


 運動場のあちこちに設けられた簡易測定ブースには、体操服姿の生徒たちが長蛇の列を作っていた。


「うーん……環境が変わっても、数字の変化はありませんね。奇跡を期待していましたが残念です」


 測定表を眺めながら、リタは小さな溜息をつく。


「のびるも何も、オール0じゃねーか! 治癒力、再生力、生成力全滅……お前、エリート特区で何してたの!?」


 表を覗き込んだハンスが叫ぶ。


「鍛錬に継ぐ鍛錬に継ぐ鍛錬です! 私、素振りが大好きなんですっ!」


 リタは空中で何度も手刀をきる。


「その割にちっとも結果に結びついてないよな」

「ええ……特区の7不思議と言われてました……」


 悲し気に呟くリタ。

 その結果、ふるさとを追放されかけたのだから、拾ってくれた王立魔法学校、特にローランド校長には頭があがらない。


「努力しても結果が出ない。それって才能がないってことじゃね?」

「ハンスさん! そんな考え方はよくないです! 私たちには無限の未来がひらかれているのに!」


 リタは険しい顔の後、ふわりと笑った。


「とはいえ安心してください。私、何を言われても挫けませんから」

「いや、むしろ挫けろ。挫けてくれ……それが俺の切なる願いだ」

「そう言うハンスさんはどうなんですか?」


 リタもハンスの成績表を覗き込む。


「35、65、45、50……めちゃくちゃ微妙な数字ですね」


 ハンスは頬を赤くする。


「オール0が言える立場か! っていうか、なんでさっきから俺の後ろにいるんだよ。もっと離れろ! 別なところに行け!」


 リタはぎくりと肩をすくめる。


「実はハンスさんの顔が悪すぎて、心配で……」

「はああああああ!? 俺をどうこう言える顔面かよ!?????」

「あ、顔じゃなくて顔色でした。何かストレスがあるのでは?」


 ハンスは大きく息を吸い叫んだ。


「ありまくりだ!!」


 ハンスは身震いしながら両手で自らの身体を抱きしめた。


「俺はな、お前に何度となく殺された。それがどれほどのストレスかわかるか!?」

「た、大変ですねっ……肩でもお揉みしましょうか」

「いらんわ! くっそーーーー! この元凶め。俺はな、お前を絶対に許さない!」


 ツン、と顔を背けるハンス。

 リタはしょんぼりと肩を落とす。


(ハンスさんは心を開いてくれません。私を聖女見習いどころか、死神だと思っていそうです……)


 そして、すぐに拳を握る。


(しかし、それも想定内!!)


 ハンスには大きな借りがある。

 何度も砂にしてしまい、心にトラウマを植え付けてしまった。

 人を救いたいリタにとって、痛恨の極みと行っていい出来事である。

 なんとか、己の力でハンスを救わねば。


(克服には慣れてもらうのが一番です。いかにも聖女的穏当な作戦……! もしかしたら私、天才かもしれません)


 満足げにほほ笑むリタの耳に、ひそひそ話が聞こえてきた。


「ほら、サイコパス聖女が、破壊魔法の列に並んでる」

「もしかして90越えが出るんじゃない?」


 周囲を見まわすと何故か幾人もの人と目があう。

 どれもこれも期待にキラキラと輝いていて、リタの背中に汗が流れた。


(買いかぶられている! そしてそれも想定内!)


 「次の人」


 測定係の教師がハンスに声をかけてきた。

 ハンスが測定器に手を置くと35という数字が浮かびあがった。


「うわああああ、かわいらしい数字ですねー」


 思わず本音を言ってしまったリタに、ハンスはいきり立つ。


「お前な。全ジャンル0衛門のくせに!」

「わわわ、おっしゃる通りですう」

「とっくと見てやるわ。お前の破壊力!」

「はい! 期待してください!」


 リタはうなずく。


(この測定で真実が明らかになれば、『サイコパス聖女』なんて間違った看板を下ろすことができるはず!!)


 全力で実力発揮(0)すればいい。

 リタの破壊は深すぎる慈愛がなせるもの。破壊力があるわけではないからだ。

 教師が声をかけてきた。


「リタ君。どうぞ」

「はい!」


 リタは片手をピシリとあげた。


(あれ、私、今名前を呼ばれましたね)


 ハンスの時までは「次の人」だった気がするのに。

 そして気が付くと、リタはギャラリーに囲まれていた。


「サイコパス聖女が測定するぞ」

「数値はどれくらいだ?」


 生徒と、それから先生もいる。


(ち、注目を浴びていますっ。私が崖っぷち聖女、つまり無害だという事を周知するには願ってもないチャンス!)

「行きます!」


 大声で気合を入れ、 測定器に手を置く。測定器がぐぐぐっと動いた。


「破壊魔法レベル……100!!!!!!」


 教師が声を張り上げる。


 うおおおお、とギャラリーたちが一気にどよめく。


「え?」


 リタも驚いている。

 己の破壊力は行き過ぎた慈悲のせいと言われていたので、破壊魔法が使えているとは全然思っていなかった。


「こんな数値、初めて見た」

「ヤバい」


 なんだか、想定していたのとは逆の結果が出てしまった。

 あわあわと対応に苦慮していたら、


「ふふっ。さすがだね。破壊令嬢リタ君。やはり1000人に1人の天才だ」


 みんなより頭一つ高い位置から、ローランドがそんな言葉を投げかけてくる。


「天才だって」

「すごいな」

「サインもらっとく?」


 さざ波のように広がっていく称賛の言葉たち。

 リタは真っ赤になってしまった。


(思念が伝播しましたかね。自分で自分を天才かもなどと持ち上げてしまいましたから!)


「くそおおおおお、死神のくせにいいいいい」


 何故だかハンスが唇をかんでいる。


(おおおおおっ。ハンスさんまで、その単語にたどり着いてしまいました!!! 思念の伝播恐ろしい!)


 リタはおろおろと周囲を見る。死神はともかくも、天才はダメだ。

 己の現実を赤裸々に伝えるのが責務だとリタは思った。


「皆さん! 違いますっ!」


 リタは叫んだ。


「私は破壊魔神でも天才でもありません。崖っぷち全方位ポンコツ聖女見習いです。だって、治癒魔法力をはじめとするほとんどの魔法は0測定。無能です。ただ、一つだけ言えるのは伸びしろのある無能。今後とも鍛錬に継ぐ鍛錬を繰り返し、立派な聖女になって見せます!!!!」

「リタ君はやる気満々だね。惚れ惚れするよ」


 ローランドが言う。


「私が勇者の地位を捨て、『王立魔法学校学校』の校長になったのは、落ち目と言われているこの学校を再建したかったからだ。ドラマでよくあるだろう? 熱血教師が学校と生徒たちを変えていく。涙と汗と友情にまみれた青春を再び味わいたくってね」

「その結果は?」

「一週間で飽きちゃった。だってみんな覇気がないんだもん。つまらない……」

「教師の方がやる気をなくしてしまったんですね」

「だがしかし!」


 キラキラと瞳をまたたかせ、ローランドはリタの肩を両手で挟み込む。


「君が来てくれて嬉しいよ。毎日何かしら事件が起きる。生徒たちもさぞかし刺激を受けていることだろう!」

「いや……」


 ギルがすかさず口を挟む。


「ほとんどの生徒が他人事です。珍獣を面白がっているか、迷惑がっているか……遠巻きにしているのが現実で『やる気』に注目しているのは校長くらいかと」


 ハンスは呟く。


「魔導士の未来なんて生まれ持った能力でほぼ決まってる。無駄な努力して失敗するよりそこそこやって、賢く生きた方がお得じゃん」


 賛同の声が聞こえてきた。


「エネルギーの節約だよねえ」

「ほら。このような感じです」


ギルは続ける。


「今は被害がハンス君に集中していますから、ある意味脅威とも認識してない生徒がほとんど。リタ君はモニター越しにみているハリケーンみたいなものですよ」

「ただの迫力ある天災……か。まさしく平和ボケだねえ。よろしくない。若者は熱くたぎってなくちゃ。余裕なんて、年老いてから持てばいい」


 ローランドは両手を口に当てて拡声モードで言った。


「生徒諸君! ちゅーもーく! 今から破壊魔法クラスの成績優秀者と破壊魔法レベル100のリタ君による、破壊魔法対決を開始するよ!」


 各地に散った生徒たちが、一斉にローランドに向かう。


「また、思いつきで適当な事を……」


 ギルが溜息をついたが、ローランドはウキウキした様子である。


「測定もそろそろ終わるころだしねえ。我ながらナイスアイデア」

「破壊魔法対決?! 無理です! 無理無理無理!」


 リタは頬を赤らめつつ言った。


「お言葉ですが私は一応聖女見習いでして、癒しの能力をのばしたいのですっ! それ以外の鍛錬にかまけるわけにはいきません!」

「破壊魔法を極めれば、癒しの能力が身につくと言ったら?」

「勿論やらせていただきます!」


 しゅた、と敬礼するリタ。

 ギルは痛ましそうな目で彼女を見ながらローランドに耳打ちする。


「そんな話聞いたことがありません」

「仮説だよ、仮説。君も知りたくないかい? リタ君のパワーを」

「私はローランド校長の気まぐれで、リタ君のうちなる何かを目覚めさせてしまう方が心配です」

「君って生徒の伸び代を断ち切るタイプだね」

「彼女に必要なのはアクセルではなくブレーキですよ」

「いいや。彼女はもっとアクセルを踏むべきだ。自分がどこまで行けるのか……試さなきゃ」


 ローランドがパチンと指を鳴らすと運動場の真ん中に、大きなサンドバッグが二体現れた。


「せいれーつ!」


 よく通る掛け声と共に、そこにいたものたちが一斉に、サンドバッグを取り囲むように移動する。


「リタ君に続く第二位は80レベルのザネリ君だね」

「はい」


 線の細い少年が一歩前に進みでる。


「今から君にリタ君と対決をしてもらうよ」

「ぼ、ぼ、僕がですか?」


 ザネリは気弱そうに尋ねてきた。


「別にとって食われるわけじゃなし。何を怯えてるの」

「そりゃ、サイコパス聖女と聞いてますから」

「倒せば素晴らしい栄誉だよ」

「正直、そんなの欲しくないです。食べられるわけではありませんし」

「ったく。どうしてこんなに覇気のない生徒ばかりなんだ。もう、リタ君に全てを託そう」


 ローランドは言った。


「あのサンドバッグには、私が特別な魔法をかけてある。どちらが速くダメージを与えられるか競争だよ!」

「質問があります!」


 リタはぴたっと手を上げる。


「なんだい? リタ君」

「破壊魔法の鍛錬を頑張れば、本当に治癒魔法が使えるようになるのですか?」

「多分ね」

「頑張ります!!!」


 リタの目の色が変わってきた。

 さっきレベル100を出した時には困惑しかなかったが、目標に近づく手段と思えば喜べる。

 鍛錬はとにかく好きなのだ。今まで何をやっても伸びなかった自分に破壊魔法という、一周回って新しい鍛錬が提示された。

 心が湧き立つ。


「サイコパス聖女って、人を砂にするんだろ?」

「サンドバッグなんて、即破壊だろうね」


 周囲のざわめきがリタの耳に届く。

 相変わらず買いかぶられている。


(だがしかし! 今度は全力を出します! 立派な聖女になるために!)


 ローランドが「かまえ! よーい、はじめ!」と合図をし、ザネリと並んだリタは、己の右手に全身の念をこめた。


 ぶしゅ!!!! と小気味のいい音がする。


 破壊魔法が一撃にサンドバッグを破壊した音だった。


「すごいね。やるじゃないか」


 ローランドが両目を見開く。


「い、いやあ」


 その視線の先で、ザネリが照れたように頭をかいていた。


 リタはパチパチと両手を叩く。


「すごいです!!!! さすがは破壊魔法クラス一番のお方!!」

「あ、僕一番じゃないです。すごい奴、お休みしてるから……」

「えっ。これよりもすごい人が?? 破壊魔法クラスって末恐ろしいですね!」


 ギルが現物メガネをくい、とあげる。


「そういうリタ君は……」

「破壊魔法の出し方すらわかりません……!」


 何十回となく右手をサンドバッグへ向けて念をこめていた。

 しかし、うんともすんとも言わない。

 手からは何も出てこないし、当然サンドバッグはびくともしない。


「え、これ、どういうこと?」

「見掛け倒し?」

「サイコパス聖女の能力ってハンス限定?」


 風向きが変わってきたのがリタにはわかる。

 期待が失望へと変わったのだ。


(皆様をガッカリさせたのは忍びない……罪悪感で胸の奥がチクチクします。しかし、これも想定内!)


「やっぱり私に破壊魔法の能力などありませんでした! 測定間違いでしたね。申し訳ありません」


 間違いは正しく訂正を。失敗はさっさとリカバリーを。

 それがリタのポリシーだ。


(私が天才などではなく、正しく崖っぷちポンコツだと、遅れて知らしめることができました。結果オーライです!)


「そうだそうだ。このゴミ女が天才なんてありえないだろ。カゴ背負ってゴミ拾いしてりゃいいんだよ」


 ハンスが満足そうに腕を組む。

 ギルは言った。


「数値に間違いはありません。ただ使えない魔法は確かに0と同じですかねえ」


 ローランドは残念そうだ。


「リタ君はやる気は凄まじくあるんだけど、達成への執念や負けん気は0みたいだね」

「いいじゃないですか。リタ君が勝ち気だったら余計に面倒なことになりますよ」

「いや、こんな結末はつまらない!」


 ローランドはパチンと指を鳴らす。

 と、サンドバッグが新しい的に変わった。

 なんと、カカシである。顔の綿が足りないのか、くしゃっとした惨めな表情を浮かべており、着ている服もボロくて、悲壮感漂う佇まい。


「リタ君。次のターゲットはこれだよ」

「こんなの、さっきよりよっぽど簡単でしょう。ただのカカシですし、って、うおっ?!」


 ギルはピン、と立ち上がったリタの髪の毛を見て愕然としている。


「せ、先生っ! 嫌ですっ! カカシさんを破壊するなんてっ!」

「ダメだ。やるんだ」

「無理ですっ! 無理無理無理!!!」


 さっきと違ってリタは頑なに拒否している。


「リタ君。動揺する必要はありません。これはカカシです。ただの人形ですよ」


 ギルは不思議そうに口添えをした。


「でもあの悲しそうな顔がっ! たえられません! むしろ綿を……詰めさせてください……!」

「ああ、リタ君の指先から炎のようなものが出ているね……!」


 ローランドは満足そうである。


「どういうことでしょう?」


 パニック寸前のリタを前に、ギルが首を傾げている。

 ローランドは解説した。


「彼女の破壊力は慈愛から発動するんだよ。サンドバッグではピクリともしないその慈愛が、くたびれたカカシを、さらに自分が破壊すると考えた瞬間、発動したんだ。今彼女はカカシにヒールを出したい気持ちと必死に戦っている。カカシがサンドバッグだと理解しているから、その先に破壊があると気づいてるんだね」

「はあ……さっぱりわからないですね」

「つまり、スイッチが入ったって事」


 ローランドはリタに声をかけた。 


「リタ君、さあ、思い切り破壊魔法を発動するんだ!」

「嫌ですっ! カカシさんが可哀想!」


 ハンスがムッとしている。


「何をためらう。俺には躊躇ないくせに」


 ローランドがそれを聞いて頷いた。


「その通り。躊躇なくヒールをかけなさい。カカシ君を元気にするために!」

「校長先生の嘘つきー! 嫌ですったら!」


 なんとか破壊させようとするローランドと全身で拒否するリタ。

 ザネリがおずおずと言った。


「あの、僕、もう下がってもいいですか……」

「どうぞ」


 ギルが頷く。

 ざわめきが広がる。


「俺たちは何を見せられてるんだ……」

「わからない……」

「校舎に戻りたいよね」

「こっそりふけちゃう?」


 ローランドが真顔になる。


「ただでさえ低い生徒諸君のテンションが最低レベルに……! これはいけない!」


 そしてリタの手を握った。


「無理強いは嫌ですが! 仕方ない!」


 固く握られたローランドの手から凄まじいエネルギーが流れ込み、リタの体を熱くする。


「な、な、な、何するんですか!?」

「強制的に君のヒールをカカシに……!」

「ダメですったらー!!!」 


 リタはカカシを避けてぐい、と己の手を引き上げた。

 と、指の先から眩い光が飛びだした。


「おおおおお」


 見ていたハンスや、それ以外のものも、動作を止めてその光を目で追った

 眩い光がははるか遠くの山に向かっていく。


「ん?」


 ハンスの眉が跳ね上がった瞬間、世界が白く染まった。

 轟音が大地を揺るがし、衝撃波がグラウンドにまで伝わった。

 バタバタとグラウンドにいたものたちを押し倒す。

 目が見えるようになったとき、彼らの目の前には信じられない光景が広がっていた。

 ほんの数秒前までそびえ立っていた山は、跡形もなく消え去っていた。


「うそだろ...」


 ハンスの震える声が沈黙を破る。

 全員の視線が、呆然と立ちすくむリタへと集中した。

 黒髪をなびかせ、驚きに目を丸くしながら彼女は言った。


「大変です! 山が……なぜこんな事に!!!」


 いや、お前のせいだろ、と、そこにいた全員が心の中で突っ込んだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?