昼休みになった途端、リタは、魔鎌を手に学校中を駆け回った。
この鎌は、リタが使用できる数少ない魔道具のひとつだ。
とても便利な代物で、生物を探す時のセンサーにもなる。
特区で飼っていた家畜やペットが脱走したときには、これが大活躍したものだ。
ポンコツ聖女見習いのリタにとっては、かなりのお助けグッズと言って良い。
「ハンスさーーーーん、どーこでーすかーーー!」
裏庭にたどり着いた時、鎌の先端がピピピ、と反応し、リタの手を離れてピューンと真っ直ぐに空を飛んだ。
そして掲示板横の柱にグサリと刺さる。
「ひいいいい」
その横にはハンスがいて、間近に刺さった鎌に、両目を白黒させている。
どうやら、透明魔法を使っていたらしい。黒いマントのフードから怯えきった目がのぞいている。
「わあっ! ハンスさん。見つけましたよっ」
リタはそばに駆け寄ると柱に刺さった鎌をぬきポケットにしまった。
「くそおおお。何なんだよ。お前。武器なんか使いやがって。今度は拷問でもするつもりか?!」
ハンスは怒りに顔を赤くしながら、じりじりと後ろへ後退する。
「あっ」
リタは両目を見開いた。
「なんだよ、その、図星です、みたいな顔は!」
「拷問……やってみましょうか!」
「ひええええええ」
ハンスの顔が青ざめる。
まるで、赤いりんごが剥いたりんごに変わったような変化である。
(なるほど。ハンスさんもマニアなんですね)
思わぬ共通点を発見し、リタは喜びを隠せない。
「では!」
リタはポケットから針を取り出して、10本全ての指に挟み披露する。
「この針で……ツボを一撃です!」
「うぎゃー!!」
ハンスはますます震えあがった。
「やめて! 痛いの嫌い。死んだほうがマシ」
壊れた人形のように同じ言葉を繰り返し始める。
「そうなんですか? 針治療、気持ちいいのに……特区では通称拷問でした。理由は見た目がグロいからです!」
リタは渋々、針をポケットに戻す。
そして、恐怖に泡を吹きそうになっているハンスに気がついた。
「大変、ハンスさんの心臓が」
条件反射でヒールを繰り出そうとしたリタの手を、ハンスは猛スピードでぎゅっと掴む。
「今ヒールをかけようとしただろ? なあ、そうだろ?!」
リタは、にいい、と作り笑いを浮かべる。
「……つい…………うっかり……」
「また殺ろうとしたよなあ。あぁん!?」
「い、いざとなればギル先生がいます!」
「だから殺すなっつってんの!!」
はあはあとハンスは息を荒くする。そして大きなため息をついた。
「……頼むから俺の前から消えてくれ……」
「いいえ、それは出来ません」
リタは厳かに首を左右に振る。
「なんでだよう……」
ハンスは半泣きになっていた。
リタは真正面からハンスに向き合う。
「それは、ハンスさんに謝りたいから。そして無害をアピールしたいからです」
「謝る……?」
「はい!」
一瞬きょとんとした後、ハンスは、ああ、と膝を打った。
「そうか。謝罪ね。恐怖が先立って忘れていたよ。けどまあ、それも当然だよな。僕を数回にわたって殺したんだから。そりゃ謝るべきだわ」
ハンスは金髪をそっと後ろになでつけた。
「わかった。謝罪を受け入れよう。言ってみろよ」
「はい。昨日、私、二度もあなたを殺ってしまいましたよね」
「ああ。忌まわしい出来事だった」
「気がついてますか? 2度目の蘇生の後、制服の袖が、少しだけ薄くなっていることを」
「はああああああ!?」
ハンスはいきり立つ。
「見てください。ほら」
リタはハンスの袖に自分のそれを近づける。
そして、
「本当にすみませんでした」
ふかぶかと頭を下げた。
顔を上げると、拳を握りしめブルブルと震えるハンスの姿が目に入る。
「言いたいことはそれだけか?」
くぐもった声でハンスは言う。
「はい」
「そんなの、どうでもいいんですけど……! って言うか、謝って済むなら警察はいらないんですけど!」
「あ、よろしければ私に新しい制服を購入させていただきたく……!」
「ひ、つ、よ、う、な、い」
鬼の形相でハンスは言う。
「そんなことより俺を砂にした事を謝れよ! ま、謝って許されるわけじゃないけどな!!」
プンプンしながら言うハンス。
「それはできません!」
はきはきとリタは言った。
「なんでだ!」
「本人に謝ると死ぬ呪いがかけられているんです」
「はああああああ!? お前、何様!?」
「冗談でも上から目線でもたとえ話でもありません! 本当なんです! 壊した人に謝ると、その人はもう一度破壊されてしまうんです……そして二度と蘇らない……」
リタは真剣な顔で言った。
「最悪すぎる! もう知らん!」
ハンスがプンプンしながら立ち去ろうとすると、その真横の木に再び飛んできた鎌がぐさりと刺さる。
「ひええええええ」
「お話はまだ終わっていません。もう少しお時間よろしいでしょうか?」
「さっきから、その答えは言ってるつもりだが!?」
「昨日、教室でハンスさんは最初から私に恐怖心を抱いていましたよね」
「ガン無視かよ!」
「あれはどうしてですか? この髪が原因? それとも目の色? それとも私の放つ雰囲気ですか? 教えていただかないと、私、6時間しか眠れません!」
「くそおおおお、十分だろ!!!」
興奮のためかハンスの肩は上がっている。
「ったく……わかった。教えてやるよ。お前の背後に凄まじい炎のようなものが見えるんだ。近づくと焼かれるような……!」
「炎……ですか?」
「ただの幻覚だよ。けど実際当たってただろ。お前は恐怖のサイコパス聖女だったからな!」
「正確に言いますと崖っぷち聖女見習い、です」
「似たようなもんだわ!」
ハンスは自らの体を両手で抱きしめた。
「俺は昨日、ひどい悪夢にうなされた。脂汗が止まらないのも電信柱が赤いのも何もかも全部お前のせい……今後俺はトラウマと共に生きるんだぞ。どうしてくれる……!」
「それは大変……! 荒療治で慣れましょう。つまり数回ヒールをかけて、恐怖心を取り除く作戦です! あれ? ハンスさん、どうしたんですか? ハンスさーーーーん」
恐怖に震えながら逃げていくハンスを、リタは慌てて追いかけた。
校長室から、ローランドとギルが、その様子を眺めていた。
「リタ君の背後に炎ねえ。なかなか面白い現象じゃないか。ハンス君……平凡な少年だと思っていたけど、何か特殊能力があるのかもしれない」
「……単純に危険感知能力かもしれません。非常に怖がりな性格らしいですし」
「なるほど。平和ボケしたほとんどの生徒たちとある意味対局にいるわけか。その能力が凶と出るか吉と出るか。今後のお楽しみ、ってところかな」