翌朝、普通のモーニングコールには比にならない程の大きな悲鳴で目を覚ました。
「誰か、誰か!! 死んでるわ!」
近くでそんな叫び声が聞こえたので、ドアを開けてみる。そこには、顔を真っ青にして怯える女性と、首に真っ赤な跡をつけた女性の死体が転がっていた。昨夜喧嘩していた女性2人組だ。もう目は光っておらず、体も少しひんやりしてきている。
「どうされたんですか…、?」
ホテルマンが駆けつけたが、その人は言葉も出なかった。彼は若いし、このホテルで人が死んだのは初めてだと伺える。無理もないだろう。
今この場には、死んでしまった彼女と来ていた女性、叫び声で起きたハンスさん、ホテルマンの男性、そして私が集まっていた。
「君は昨日、彼女と喧嘩していただろう! 君が殺したのではないか?」
怯えた様子で、フィッシャーさんが口を開く。
「そんなことないわ! 彼女とは喧嘩していたけれど、私は先に寝ていたもの。」
「そんなの、監視カメラがないここじゃあなんの証拠にもならない!」
「何も知らないアナタに言われたくは無いわよ!」
女性も頭に血が上ってしまっているし、そもそも友人が死んでしまっている。このままではこの二人まで喧嘩になりそうだ。ここでルーカスが口を開く。
「いえ、そちらの女性の可能性は低いのでは? 首を絞められていますが、抵抗していたようです。ほら、ここに彼女のつけ爪が。そして、彼女より貴方の方が小柄だ。」
「たしかに…」
ルーカスの言う通り、死体の横にはつけ爪も落ちており、抵抗したのだと伺える。
容疑をかけられていた女性はホッとしたような顔をして、ハンスは少し冷静になっていた。ホテルマン達も、納得していた。
「じゃあ一体誰が、?」
少しの沈黙を破ったのはホテルマンの彼。
「怪しい人は、いますよ。この中にね?」
この中にいる犯人の動揺を煽るように、少し笑いながらルーカスは誰かに問いかけた。
「私をあんなにも疑ってたアナタこそ、殺したんじゃないの?」
「えぇ、私もそう思いますよ。ハンスさん」
殺気が溢れ出していて今にも人を殺しそうな彼女は、怒りか、悲しみかで震えた声を出す。そして、そこにルーカスを便乗する。なぜ彼、ハンスを疑うのか?
「なんで私を疑うのだ!」
ハンスは顔を真っ赤にして怒鳴る。自分が疑われるのが嫌なのは分かるが、まるで本当に犯人のように見える。
「説明してあげましょう。
まず、アナタはトランクをブーツと仰っていたね?」
「あぁ、酔っ払っていたからな?」
「いくら酔っ払っていても、真夏にブーツが出てくるなんておかしいでしょう? 英国の方言が隠せていない。
次に、食べ方だ。昨夜のディナー、君はジャガイモも綺麗に切って食べていた。」
「それがなんの証拠になる?」
「ドイツから出たことのない君が、ジャガイモを切って食べていた。潰さずにね? まるで食べ方がイギリス人じゃないか。
そして最後、君は監視カメラの有無を知っていた。ホテルマンでもない君が、なぜしっかりと知っているのか。」
言い終わると、ハンスは顔を真っ青に変えていた。きっと、推理は的中していたのだろう。
「どうして、どうして彼女の命を奪ったの!!」
彼女の友人だった女性が叫ぶ。仲の良い友人を、知らない男に。そうされたら誰だってこうなってしまう。
「僕が殺したさ、認めるよ。
彼女に虐められてたんだ、イギリスに住んでいた頃に。
だから、復讐をしたんだ。いい気味だよ! 本当にね。」
一気に雰囲気が重くなる。
殺された彼女は、ハンスを虐めていた? ハンスは仕返しただけ? 仲の良かった女性は、ぐるぐると脳を回し、彼の言葉を飲み込もうとする。
外ではパトカーの音。いつの間にか誰かが呼んでくれていたようだ。
「ありがとうね、彼女を連れてきてくれて!」
警察に連行されるとき、ハンスは疲れたように笑ってそう言った。
女性は彼女を連れてきた後悔と、彼女が虐めていたという事実と、死んだ彼女への想いを涙にして、外に生み出していた。
そうして、誰も幸せになんてなれない、ハンスの復讐劇が幕を閉じた。