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95.得体が知れないわ

 俺はフィデル国で情報操作を行うと同時に、ミカヴェルの居所も確認したいと思ってた。

 それにはやっぱり、百獣王ブラジェイと刹那狩りのユーリアスを監視するのが一番だ。

 二人は相当な剣の使い手だし、勘付かれないように跡をつけるのも容易じゃない。かなり離れて追跡するしかなった。

 ブラジェイとユーリアスは大抵一緒にいたな。けどミカヴェルとの接触は確認できなかった。


 そこに現れたのが、ティナと呼ばれる女だ。


 ブラジェイとは幼馴染みのようで、二人とも二十四歳だな。

 ティナは二人に〝金策担当〟と呼ばれていた。文字通り、軍の資金を調達する者なんだろう。

 彼女の姿は、短いフード付きマントに迷彩柄のローグパンツを履いてた。

 ああ、ローグパンツっていうのは、腰回りから太ももにかけてゆったりとしてるんだけど、膝下から裾にかけて絞られた独特のシルエットを持つ服だよ。

 動きやすくて、足元の引き締まったデザインが俊敏な動きを助けるから、トレジャーハンターに人気なんだ。ロクロウも近いデザインのものを履いてたしね。

 俺はちょっと……ああいうのは苦手かな。

 別にロクロウに憧れてないから。勘違いしないでくれる。


 その〝金策担当〟が袋を持って現れたんだ。

 中身は確認できなかったけど、コムリコッツの遺産の感じを受けた。

 俺でもわかるくらいだから、相当ランクの高い武器か、珍しい書かなにかを発掘していたんだと思う。かなりの腕前のトレジャーハンターだよ。

 けど俺は、ティナという名前を今まで聞いたことがないから、おそらく普段はトレジャーハンター業を主体としてないんだろう。

 偽名でトレジャーハンターをしているとも考えられるけど、カールにも本名を明かしたくらいだ。わざわざ別の名前を使うような人物だとは考えにくい。

 本業じゃないのにA級、もしくはそれ以上のお宝を発掘できるのは、才能としか言いようがないよね。


 そう、つまりクロエ率いるカジナルシティの軍団には、金のなる木があると言っても過言じゃないんだ。

 軍事力は金がものを言うし、俺がいくら情報操作をしたところで、金に目が眩む部族もいるかもしれない。

 そう考えると、ティナは無視できない存在だよね。捕縛対象の第一候補といったところかな。

 うん、これだけなら厄介とは言ってもそこまでじゃない。

 そう、ティナは俺の存在に気付いたんだ。いや、俺というよりもこの短剣、エクリプス・シャードにと言うべきかな。いきなりぐるんと振り返ったかと思うと、俺の目の前にやってきた。

 やばいと思ったよね。変装してはいたけどさ。

 彼女は俺に言うんだ。


『なんかいいの持ってるよね!?』


 って、キラキラした目でね。

 後ろからブラジェイもユーリアスもやってくるもんだから、肝が冷えたよ。

 ユーリアスが『なにやってるんだ、ティナ』と嗜めて、ブラジェイが『悪ぃなぁ、こいつはお宝に目がなくってよ』と言ってティナの頭を拳でグリグリしてた。

 そしてブラジェイが言うんだ。


『よかったら、こいつの言うお宝を見せてやってくれねぇか。盗んだりはさせねぇからよ』


 その言葉に、ティナは『盗んだりしないよ、もうっ』って息巻いてた。

 俺は嫌だと断ることもできたけど、頑なになるのもおかしいかと思って承諾した。この短剣を出すと、ティナは目をよりキラキラさせるんだ。

 ユーリアスには『ヨダレ出てるぞ』、ブラジェイには『きったねーなぁ!』と言われたティナは『出てないよ!』と怒ってて……なんだか面白い三人組だったな。

 そして三人は、礼を言って去っていった。

 これ以上追いかけても、エクリプス・シャードを持っている以上、すぐにティナにバレてしまう。俺は仕方なく、その日の追尾は諦めた。

 そして翌日、短剣を貸金庫に預けたあとで、三人の追跡調査を開始したんだ。

 舐めてるつもりはなかったんだけど……甘かったな、俺も。またバレたよ、ティナに。


『昨日の人だよね? イメージ違うからわかんなかった。今日はエクリプス・シャードを持ってないんだね』


 ティナだけやってきて、そう言うんだ。

 俺は前日とは違う変装をしてたし、バレないと思ってた。

 けど別人だと言い張るのは危険だと感じたんだ。

 ティナは、確信を持って俺を同一人物だと断定している。下手に否定すればおかしく思われる、それだけは避けたかった。それにどうして変装した俺を見破ることができたのか、知ることの方が優先だと判断した。

 短剣は知り合いのもので返してきたと伝えて、イメージが違うのは昨日は仕事で今日は休日だからだと誤魔化した。


『俺の前にいたのか。まったく気づかなかったよ。よくわかったね』


 そう聞くと、ティナは言うんだ。


『昨日の人と同じ匂いがしたから』


 風呂は入ったんだけどって言うと、臭いわけじゃないよと笑った。

 俺は十分な距離を取ってたんだ。それも人混みの中にいたのに、彼女は正確に俺だと気付いてやってきた。

 なにかバレたのかとヒヤヒヤしていると、さらにティナは続ける。


『あ、今心拍数上がった』


 ……ちょっとゾッとしたよね。それ以上心拍数を上げないように、平静でいるのが精一杯だった。

 道の向こう側でブラジェイとユーリアスが、『なにやってんだ、早く来い』とティナを呼んでくれたから助かったんだけど。

 ティナにしてみれば、昨日はコムリコッツの短剣を持っていた男が、今日は持っていないことが不思議で話しかけただけだったみたいだ。

 ブラジェイとユーリアスに合流したティナは、町の中へと消えていった。俺はもう、それ以上の追跡をやめるしかなかった。

 ミカヴェルに関わる情報を得るには、ブラジェイとユーリアスの追跡が一番手っ取り早いと思ったんだけどね。正直、ティナがいる時の追跡は不可能だと思う。

 彼女と戦えば俺が勝つよ。それは間違いない。でもそういう強さではない脅威を、俺は感じた。街中で騒ぎは起こせないしね。

 俺がティナを厄介だって評するのは、そういうところなんだ。



 ***



 話を聞き終えたアンナとグレイは、むうっと唸った。


「少しどころか、かなり厄介じゃないか?」

「人混みの中で、ジャンの匂いだけを嗅ぎ分けたってこと? 普通じゃあり得ないわ」

「アンナも鼻がいいだろ。できないか?」


 グレイの問いに、アンナはまさかと首を振る。


「無理よ。いろんな匂いがある中、嗅ぎ分けるのは難しいわ。獣臭とか、特殊な匂いならわかるけれど……親しくしている人でも、ある程度近くに来なければわからないもの。一度会っただけの人の匂いを嗅ぎ分けるなんて、不可能よ」

「まぁ、そうだよな。さらに心拍の上昇まで感じ取れるとか、普通じゃない」


 二人の会話に、ジャンは頷く。


「生まれつきの特性を磨いたか、特殊な書を習得しているか、どっちかだと思う。ティナのいない時を狙ってブラジェイとユーリアスを尾行してみるけど……あの二人と一緒に行動することが多いとなると、また見つかる可能性があるから怖くはあるよね」

「本当に厄介な相手だな」


 ジャンがストレイア王国の諜報員だとバレて捕まると、かなりまずい状況になる。それだけは避けたい事態だ。


「ミカヴェルの情報を、他から探るしかないってことよね……」


 アンナの呟きに、アリシアは「そうなるわね」と続ける。


「まぁ仕方ないわ。そう一筋縄ではいかないわよ。危険な橋を渡るより、ジャンには地道に調査してもらうしかないわね」

「うん……頑張るよ」


 ジャンはアリシアへと首肯する。

 そんな二人の前で、グレイはやはり眉間を寄せた。


「それにしても、ミカヴェルがカールの家からいなくなって二年だろ。よく身を潜ませていられるよな」

「辛抱強い男よ。なにせ、カールの家で十一年も息を潜ませていたんだから。表舞台に出てくるのがいつかは、わからないわ。あなたたちも気を引き締めるのよ」


 筆頭大将としての言葉に、二人の隊長は真剣な瞳で首肯する。

 もしもまた、ミカヴェルが十年もの間息を潜ませたとしたら、確実にアンナたちの時代にやってくることとなる。


「怖い男ね……ミカヴェル・グランディオル。得体が知れないわ」

「まぁ、気持ち悪さはあるよな。とっ捕まえられればいいが」


 難しい顔をし始めた若者に、アリシアはパンッと手を叩いて空気を一掃させた。


「はい、仕事の話はここまでよ! 私たちはそろそろ帰るわ」


 すっくと立ち上がったアリシアとジャンを見て、アンナは目を丸める。


「え? もう帰るの? 去年は泊まっていったじゃない」

「あなたたちも働き始めたし、三日から仕事でしょう。私たちがいたんじゃゆっくりできないわよ。せっかくのお休みなんだから、のんびり過ごしなさいな」


 母親の気遣いを受けて、アンナは少し寂しさを覚える。しかし少ない休みを満喫できるのは有り難く、こくりと頷いた。


「わかったわ。来てくれてありがとう。ジャンも」

「うん。また職場で」

「じゃあね、アンナ、グレイ!」


 そうして二人は名残り惜しさも感じさせず、家を出ていった。

 アンナとグレイは、王宮とは逆方向へと歩く二人を見送る。


「買い物にでも行くのかしら」

「筆頭も今日は休みだし、やりたいことでもあるんだろ」

「それにしても、またジャンを巻き込んで。母さんに付き合ってたら、休みにならないじゃない。ねぇ」


 同意を求められたグレイは、わかってないなと思いながら「そうかもな」と言うに留まる。

 冷たい木枯らしがビュオォォオッと家に入り込んできて、二人は慌てて扉を閉めた。

 ディックが二階から降りてきて、暖炉前でくるりと丸まる。


「今日は家でゆっくりしましょうか」

「そうだな。ディックも寒くて散歩する気がないみたいだしな」


 グレイとアンナも暖炉前の絨毯へと直に座り。

 黒い猫をふわりと撫でながら、家族同然の二人と一匹で新年を過ごすのだった。



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