「いらっしゃい、カール! 久しぶりね!」
グレイが家の扉を開けると、アンナは皆を笑顔で迎えた。
久々に揃う四人だ。全員が安心感と喜色を顔に浮かべる。
靴を脱いでルームシューズに履き替えながら、カールが積もる話をいち早く口にした。
「アンナもグレイも、新聞見たぜ! ホワイトタイガーを一人で倒したって、マジかよ!」
「ふふ、本当よ」
「すっげぇな。そりゃ、叙勲で新聞にも載るぜ。グレイもアンナも、その勲章と騎士服がよく似合ってるしよ!」
ニシシッと笑いながらストレートに褒められて、アンナは「ありがとう」と笑い、あまり褒められ慣れないグレイは少し照れた。
「お前はよく、そうやってストレートにものを言えるな」
「けけっ、照れてんのかよ。お前もかわいいとこあるよな!」
「そうやって優位に立とうとするお子ちゃま具合は、変わってないがな」
「てめ、グレイ! 誰がお子ちゃまだ!」
二人のやりとりにアンナはふふっと笑い、トラヴァスは変わらぬ無表情でささっと席に着く。テーブルにはすでにアンナが用意した食事で満たされていて、今か今かと食べられるのを待っていた。
「早く座らねば、俺がすべてを食べてしまうが」
「あ、ずり! 俺も腹減ってんだ!」
「食う量なら負けんぞ」
「もう、そんなことで競わないの。いっぱい買ってきたのよ。ゆっくり食べましょう」
アンナはそう言ったが、男たちはすごい勢いで料理を平らげていく。ゆっくりなどとは程遠い。
一人優雅に食事を進めているアンナを見て、『やっぱりお嬢様だよな』と思う男たちであった。
四人はそうして食事を進めながら、色んな話をした。
カールがフローラとの惚気話をすると、グレイは相変わらず揶揄い。
アンナとトラヴァスは小隊長で、グレイが隊長だと告げると「お前らおかしいぜ」とカールは呆れるように息を吐き。
武器辞典のことや、次の剣術大会の意気込みや、相変わらず真面目なトラヴァスのことなど、小さなことにまで言及して、四人は大きな声で笑った。
そして食事がある程度終わると、今日の話へと移行していく。
「今日は母さんから聴取を受けてたのよね。どうだったの?」
アンナの問いに答える前に、カールは確認のためにグレイへと顔を向ける。
「グレイもトラヴァスから聞いたんだろ。俺の家庭教師のこと」
「ああ。お前から直接聞きたかったけどな」
「うっ……悪ぃ」
「ははっ、冗談だ。まぁ聞いてしまってから言うのもなんだが、俺が聞いて良かったのか?」
本当に今さらな質問をされて、カールは笑いながら答えた。
「おう。言いてぇ気持ちはあったんだ。けど、色々考えてたら言う機会も逃しちまったしよ」
「ならいいんだが。結局、アリシア筆頭の判断はどうなった?」
その問いには、カールより先にトラヴァスが口にする。
「結局この話は、軍事機密となった。ジャン殿がフィデル国で情報操作をしやすくするためだ。ここにいる四人と王族、それに隊長以上で話は共有されるがな」
「そうか。カールや家族にも、お咎めはなしか?」
アンナとグレイが一番気にしているところはそこである。
脅されていたから仕方がなかったとはいえ、しばらく話せずに黙っていたのだ。
場合によっては、敵国の参謀軍師に育てられたと受け取られて、騎士にすらなれないのではないかと心配になる。
カールのことを〝最高傑作〟だと言ったミカヴェルの言葉は秘密にしているのだから、大丈夫だろうとは思ってはいるのだが。しかしちゃんと確かめたくなるのは人のさがだ。
「ああ、大丈夫だ。俺は普通に過ごしても問題ねぇって判断された」
「そう……」
大丈夫だったのだとわかったアンナは、ほっと息を吐いて胸をなでおろす。
カールの努力が無駄にならないことがわかり、ようやく安堵できた。
「ありがとな。黙っててくれてよ。俺がミカの最高傑作で最終兵器だってこと、グレイも聞いてんだろ」
「ああ……聞いた」
赤い瞳を向けられたグレイは、隠す意味もないと頷く。
トラヴァスはそんな二人を見て、アリシアとカールのやりとりを思い出した。
アリシアに隠していることはないかと聞かれた時、まっすぐなカールはボロを出すのではないかと心配していたことを。
「カールもよくアリシア筆頭を騙し通せたな。お前は隠し事が苦手だから、すぐバレるのではないかと気を揉んでいたのだが」
「ああ、俺は騙してるつもりはねぇよ。ぜってぇに俺はこの国を裏切らねぇし、ストレイア王国のために生きる。それは間違いのねぇ話だかんな」
カールの強い信念と決意を知って、トラヴァスは、アンナは、グレイは、言葉を詰まらせた。
前日に仲間が誓ったのは、裏切られた時のカールへの粛清だ。
もしもカールが裏切った時には。自分たちの手で彼を処断すると決めている。
万一のことを考えているということは、信じていないと捉えられても仕方のない話であり、後ろ暗さが三人の心に影を落とす。
カールはそんなアンナたちの心の機微を、違和感として即座に受け取った。
「……そっか。お前らに信じてもらえてねぇんだな……きちぃぜ……」
っは、とカールが力無く笑うのを見て、アンナは罪悪感を重くしながら首を横に振る。
「ごめんなさい、でも違うわ! 私は、私たちは、あなたを信じてる! あなたがストレイア王国を裏切るわけないじゃない!」
「サンキュー、アンナ。わかってんだ。万が一を考えねぇといけねぇことくらいはよ」
「……」
どう言っていいのかわからず、アンナは口を噤むしかなかった。
カールもわかっているのだ。上に報告しないかわりに、万が一の時は粛清しなければならないと。逆の立場であれば、カールもそうしたことだろう。
しかし、自分のせいで大事な仲間たちにそんな決意をさせてしまったことが、カールはなにより苦しかった。
もちろん、カールに裏切るつもりなど毛頭ない。ミカヴェルにフィデル国に来いと言われたことも、もちろんない。
(それでも、俺とミカが十一年も一緒に暮らしていたことは、ストレイア王国にとって不穏因子にしか成り得ねぇ。アンナたちの考えは……正しい)
一度目を瞑ると、カールは決意を新たに赤い眼をギラリと見開いた。
「俺はこの国を、お前らを裏切らねぇ。けど、万が一裏切ることがあったなら……容赦なく、俺を斬って止めてくれ」
「……ああ、わかってる」
グレイが返答し、続いてアンナとトラヴァスも首肯した。
仲間だからこそ、任されているのだと。やらねばいけないことなのだと、それぞれが理解を示すように。
「ありがとな! でもぜってぇ裏切ったりしねぇからよ! 安心してくれ!」
「ああ、わかっている。お前はそんな奴じゃないと、信じているからな」
嘘偽りのない、トラヴァスの言葉。カールはようやくシシシッと笑った。
「前に言ったろ。俺はこの国のために命を懸けて戦うってな」
「……言ったか?」
小首を傾げるトラヴァスに、言ったっつの! と言おうとして、カールは思い留まった。
「あー、あん時にトラヴァスはいなかったか」
オルト軍学校にいた時、グレイが紺鉄の騎士隊入りを辞退した後の帰りの話だ。トラヴァスはその場にいなかったことを思い出し、カールはポリポリと頭を掻く。
「その誓いを聞いたのは、俺とアンナだな」
「みんなで一歩ずつ進んでいきましょうって約束したのよね」
「それそれ!」
盛り上がる三人とは裏腹に、トラヴァスは無表情のままだ。いつものことではあったが、トラヴァスの顔を見てカールは苦笑いする。
「珍しいな。拗ねちまったか、トラヴァス」
「拗ねてなどいないが」
「ふふ。でも寂しそうな顔してるわよ?」
「意外にお子様だよな、トラヴァスは。仕方ない、一度みんなで誓い直すぞ」
グレイにお子様扱いされたトラヴァスは、表情を変えずに「別にそういうことにしておいてもいいが」と少し呆れ。
席を立ったグレイに釣られるように、全員が立ち上がった。
「これからするのは、正式な〝騎士の誓い〟だ。生涯貫かなければならない、重いものだぞ。誓いを破れば、騎士の尊厳を損なうことになる。それでもやるか?」
「おうよ!」
「無論だ」
「当然、やるわ!」
三人分の肯定が家に響き渡った。
四人は剣を持つと、テーブルから離れた場所で円を描くように立つ。
グレイはニヤリと笑い。
トラヴァスは相変わらず無表情で。
カールはわくわくし。
アンナはドキドキしていた。
そして誓いを提案したグレイが、真剣な顔で声を上げる。
「我ら四名、剣を掲げ騎士の誓いを立てる。誓いを違えぬ限り、互いを疑わず、背を預け合う信の置ける仲となるだろう」
「もう信頼してっけどな」
「こら、茶々いれないの!」
「っふ」
グレイの言葉にカールが反応し、アンナが嗜めてトラヴァスは笑う。
自分たちらしい儀式の始まりに、緊張は少しほぐれた。
次にグレイは剣を抜き、中央に高く掲げる。
「俺の誓いは、守ることだ。この刃は仲間を生かすためにこそ抜かれるべきもの。俺の剣は友のため、民のため、仲間のために捧げよう。守るべき者を、命を賭して守り抜くことを、俺はここに誓う!」
グレイの誓いの後、向かいに立つカールが自分の番だと言わんばかりに剣を上げた。シャランとグレイの剣とカールの剣が交差される。
「俺はストレイア王国のために、命を懸けて戦う! 俺はこの国が好きだ! この国のために生き、この国ために死ぬ!! 絶対に、俺はこの言葉を違えねぇ!!」
赤い眼をギラギラさせて熱い言葉を放つカール。
次は落ち着けと言わんばかりにトラヴァスが冷たいアイスブルーの瞳で剣を掲げ、シャランと金属音を鳴らした。
「我が剣は、友のために振るうもの。多くは語らずとも、この刃で示そう。個々が誓いを違えぬ限り、俺はこの手を汚してでも道を拓く者となる。闇に沈むことがあろうとも、誓いが揺らぐことはない」
トラヴァスの誓いが終わると、最後にアンナが剣を掲げた。
「私はこの剣に誓う。いかなる戦場であろうと、仲間を置いて逃げることはしない。力ある限り剣を振るい、仲間の背は盾で守ろう。たとえ剣が折れようと、盾が砕けようと、心は決して挫けない! 絶望に負けたりはしないと、私はここに誓う!」
力強いアンナの誓いに、男たちはニッと笑って。
四人はさらに高く剣を掲げる。
「「「「この誓い、命尽きるまで違えぬことを!!」」」」
言い終えると同時に剣を振り下ろす。
シャララッという剣の擦れる音が響き、騎士の誓いは完成となった。
誓いの言葉を聞き、そして自分も誓うことで、どこか頭がクリアになったような爽快感と強い責任感が、それぞれの心に宿る。
しばし黙したまま、剥き身の剣が鞘へと納められていく。
「なんか……スッキリしたな」
最初に沈黙を破ったのはカールで、アンナたちも同意した。
「本当ね。騎士の誓いってもっと重苦しいっていうか……重圧になるかと思ってたわ」
「ほどよいプレッシャーといった感じだな。自分の目指すものが明確になったってのがいいんだろうな」
グレイも手応えのようなものを感じ、満足顔で頷いた。
「っつか俺、まだ騎士じゃねーんだけどな!」
「すぐ騎士になれる。待っているぞ」
一人だけ群青色の騎士服でないカールだったが、トラヴァスの言葉に笑って、特に気にすることもなかった。
「色んな誓いがあったが、根っこはみんな同じだろう」
グレイの言葉に、三人は大きく首肯する。
「ええ。私たちは、ストレイア王国に住まう人々が、幸せに暮らせるように」
「抗争なんか起きねぇ、怯える必要のねぇ国に!」
「不当な暴力で苦しめられることのない、皆が笑い合える国に」
「俺たちは故郷を守り、平和に導くぞ!」
男たちの拳がガツンと中央で当たり。
それを見ていただけのアンナへと、皆の視線が注がれる。
「おら、アンナも!」
隣でカールが促し、グレイとトラヴァスが首肯する。
アンナはそっと拳を作ると、ごつんっと皆の拳へと当てた。
「ふふ、嬉しいわ。こういうの、ちょっと憧れてたの」
「んだよ。こんくらい言ってくれりゃー、いくらでもやってやったのによ」
「ちょっと恥ずかしさもあったのよ」
ふふっと幸せ顔で笑うアンナを見て、男たちも口の端を上げる。
理想で虚構と言われる平和に、少しでも近づくために。
アンナたちは、四人の誓いを固めるのだった。