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83.それよか、腹減ったぜ

 カールが話し終えると、アリシアはふむと腕と脚を組んだ。


「特に目新しい情報があるわけではないけれど、詳しく聞いてはいたのね。普通の学校では、フィデル国のことをここまで詳しく習ったりはしないわ」

「だね。俺たちは調査してるからわかってるけど、興味のない者はわざわざ集落トライブの人数まで気にしたりはしない」


 ジャンも肯定したが、アリシアは逆に疑問が浮かんだ。


「けど、どうしてミカヴェルはそんなに詳しくカールにフィデル国のことを伝えたのかしら。なにか思い当たることはある? カール」

「いや……わかりません」


 首を振るカールを、アリシアはじっと見つめる。

 ミカヴェルが自国であるフィデル国のことを、詳細にカールに告げた意味。

 それは、カールをフィデル側に引き込むためではないかと考えて。

 カール本人は思想など植え付けられていないと言ってはいるが、それを鵜呑みにするほど危険なことはない。


「カール、トラヴァス。あなたたち、なにか大事なことを隠してはいないでしょうね」


 きつい視線を二人に投げつけるアリシア。

 平静を装いながらも、トラヴァスはまずいと感じていた。

 トラヴァスは平然を嘘をつくことができるが、まっすぐなカールはそうもいかないとわかっていたからだ。


「なにも隠してなどおりません。私はすべての情報を筆頭に報告しております」


 しかし下手にカールをかばえばおかしく思われると、トラヴァスは自分のことを言うだけに留まる。

 アリシアの視線はカールへと向けられ、トラヴァスは内心冷や汗をかいた。


「カール、あなたは」


 いつも明るいアリシアの、冷ややかな声。そんなアリシアに、カールはぐいっと意思のある顔を上げる。


「なんも隠してねぇ! いや、隠してません! 騎士になるのだって、俺自身が選んだことだ! ミカを庇うつもりなんてこれっぽっちねぇし、思い出せることは全部話しました!」


 グッと拳に力を入れて訴えるカール。

 その真剣な顔を見て、アリシアは少なくともカールにやましいことはないと判断する。


「わかったわ、カール。もし今後ミカヴェルが接触してきたり、なにか重要なことを思い出した時には報告しなさい」

「っは! もちろんです!」


 ハキハキとしたカールの返事に、アリシアは首肯した。


「さて、しかしどうしたものかしらね。ルーシエ、ざっとまとめて」

「はい」


 アリシアの命を受けて、副官のルーシはすらりすらりと現状をまとめ始める。


「カールさんの家に訪れた三人の兵士のうちの二人は、百獣王ブラジェイと刹那狩りのユーリアスと判明。ミカヴェル・グランディオルは彼らに連れられてフィデル国へと戻り、参謀軍師としての手腕を発揮していくと思われます。

 現在は五聖執務官の一人、クロエと手を組み、全種族をひとつにまとめ上げる模索をしていると考えられるでしょう。

 十一年間ミカヴェルと暮らしていたカールさんからは、これと言ったミカヴェルの弱点は見られませんでした。しかしなぜミカヴェルがすぐにフィデル国へと帰らず、ストレイア王国で十一年も過ごしていたのかは気になるところではあります。

 カールさんがミカヴェルに洗脳されている形跡は見受けられず、今まで通り過ごしていただいて問題はありません。

 今後の方針といたしましては、ミカヴェルの所在の確認と動向に留意すること。そしてクロエの政策を進展させないことが、重要となってくるでしょう。

 まとめといたしましては、このようになります」


 全容をまとめ上げたルーシエの話を聞いて、今度はジャンが口を開く。


「筆頭。クロエの政策を遅らせるなら、俺がやるよ」


 諜報員のジャンの発言に、アリシアは目を向けた。


「ええ、あなたに頼むことになるでしょうけど。どうするつもり?」

「噂を流して情報操作する。〝フィデル軍に協力すると、先鋒を命じられて死に役にさせられる〟とか、〝他種族が邪魔になったから入軍させて殺すつもりだ〟とかね。要は人間に加担したくないと思わせればいいんだろ。やりようはある」

「あまり派手にやると、あなたの命が危ないわよ」

「大丈夫、うまくやるよ」


 どちらにしろジャンに頼むことになるので、アリシアは彼を信じて任せた。


「じゃあミカヴェル・グランディオルが生きてフィデル国にいることは、このまま機密にする方がよさそうね」

「あ? なんでですか?」


 当然、カールはこの話が全隊員だけでなく、公表して新聞にも載ると思っていた。トラヴァスもそう思っていたからこそ、どうせ知られることになるとグレイに話したのである。

 しかしアリシアたちの方針を聞くうちに、その理由はトラヴァスにも理解できた。


「カール。ジャン殿がフィデル国に行き情報操作をするのならば、事情が変わってくる。我々ストレイアはミカヴェルの存在を知らないことにしていた方が、警戒されずに動きやすくなる、ということだ」

「なるほどな……」


 トラヴァスの説明に、アリシアは首肯した。


「そういうことよ。ミカヴェルがフィデル国にいるという事実は、すでに知っているあなたたちと、各軍の隊長以上で共有するわ。それにシウリス様とフリッツ様にもお知らせしておく。わかっているでしょうけど、これは軍事機密よ。私がいいと判断するまでは、誰にも漏らさないでちょうだい」

「「っは」!」



 二人の気持ちのいい返事を聞き、聴取をすべて終えたアリシアはようやくにっこりと微笑んだ。


「長い時間拘束してしまって悪かったわね。トラヴァス、カールに食事と宿泊場所を用意してあげて。掛かった費用は後で申告してちょうだい」

「承知しました」


 聞き取りは長時間に及び、時刻は午後七時をまわっていた。

 日の長い夏と言えども暗くなり始めていて、トラヴァスとカールは筆頭大将の執務室を出た。


「大丈夫か、カール。疲れただろう」

「それよか、腹減ったぜ。なんでもいいから腹に入れてぇ」


 緊張の様子も見せなかったカールは、大した疲れも感じていないようだとわかり、トラヴァスはほっとしながら王宮の出口へと向かった。

 するとそこにはグレイが立っていて、トラヴァスとカールに向かってニヤリと笑う。


「お、グレイじゃねぇか! 久しぶりだな!」

「カールが来るって筆頭に聞いてたからな。そろそろ終わる頃かと思って待ってたんだ」


 グレイとカールが会うのは隊卒して以来なので、四ヶ月ぶりだ。シシシッと笑うカールを見ると、グレイもトラヴァスも顔を緩ませた。


「食事まだだろ? アンナが今用意してるから、食べに来ないか? と言っても、作る暇なんてなかったから買ってきたもんだけどな」

「おう、行く行く! な、トラヴァス!」

「私は頻繁に邪魔している気もするが、いいのか?」

「当たり前だ。アンナはみんなで会えるのを楽しみにしてるんだからな。来てくれなきゃ困る」

「っふ。では遠慮なく行かせてもらおう」


 トラヴァスの言葉に誰よりもカールが喜び、男三人は揚々とアンナの待つ家へと向かったのだった。


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