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80.私の目の黒いうちは

 ジャンと二人っきりの執務室で笑顔を見せたアリシアは、しかしすぐに厳しい筆頭大将の顔へと戻る。


「さて……どうだったかしら、フィデル国の動向は」


 ジャンはこの半月、フィデル国に潜入して調査をおこなっていた。

 軍事情報はもちろん、政治家の動向や人々の暮らしの水準、食料自給率や噂話、魔物の出現率に至るまで、調査は多岐に渡る。


「細かいことは後で報告書にまとめるよ。大まかなことだけ先に報告するけど」

「ええ、それでいいわ。なにか動きがあったのね」


 アリシアの言葉に、ジャンは首肯した。


「フィデル国内では今、各種族をまとめる動きが強まってる」

「……種族を?」


 フィデル国はストレイア王国とは違い、色々な種族が住んでいる。

 エルフ族、ドワーフ族、獣人族等だ。獣人族はさらに色んな種族に細分化される。人数にすると多くはないが、それでも全部を足すとフィデル国の一割ほどは人間以外の種族で構成されていた。

 ストレイア王国とフィデル国との戦争や小競り合いで、他種族が参戦したことはほとんどない。個人的な参戦はあっても、部族として積極的に関与する種族はなかったのだ。

 それが各種族をまとめ、全勢力でやってくるとなると、均衡を保っている現状がどうなるかわからなくなる。

 弓や魔法に長けたエルフ族、破壊力の高い武器を持つドワーフ族、超人的な力を持つ獣人族は、少数と言えども脅威である。

 人口や兵士の数では上回っているストレイア王国ではあるが、フィデル国にはロック鳥を飼育している白翼の騎士団や、ユノーアという中型竜を従えたレイノル竜騎士団もいるのだから。

 しかし他種族である彼らは人間同士の抗争に興味を示さず、それぞれが勝手気ままに暮らしている、はずである。少なくとも、ストレイア王国ではそういう認識であった。


「現状、どうなの? 本当に他種族の参戦はありそう?」

「まだまだ、と言ったところだから、しばらくは心配ないよ。人間に力を貸す種族は今のところいないようだけど、今後の動きでどうなるかはわからない」


 ジャンの報告を聞いて、アリシアはむうっと唸る。


「けれどフィデル国は、今まで他種族の力を借りようとはしていなかったでしょう。一体、誰の扇動?」


 フィデル国のトップに立つのは、王ではない。王という存在がそもそもおらず、執務官が統治する執務国だ。

 五聖執務官と呼ばれる五人の代表によって、国の方針が決められている。

 トップが五人いる状況により、ストレイア王国のように迅速な対応ができないという欠点があった。

 そしてその五人の執務官は、全員が人族であり、他種族を受け入れながらも程よい距離を保っている。もしも強制的に他種族を駆り出せば、部族間での摩擦が起こり、自国での抗争、つまり内乱が起こってしまう可能性がある。そのため、今まで戦争や小競り合いに他種族が参戦することはなかったのだ。

 そんな他種族をまとめようとする扇動者の名前を、ジャンは口にした。


「五聖執務官の一人、カジナルシティのクロエという女傑だよ。言い出したのはね」

「クロエ……彼女は、抗争反対派だったんじゃなかったかしら?」

「うん。まぁ……裏で誰かが噛んでいてもおかしくはない」

「誰か?」


 眉を寄せるアリシアに、ジャンはじっとその瞳を見た。


「最近、グランディオルが力をつけてきているんだ」

「グラン……ディオル……!?」


 聞き覚えのあるその名前に、アリシアは片目を歪ませる。


「一番厄介な勢力ね……グランディオル一族の、一体誰が力をつけているの?」

「それがわからない。周辺の政治家はグランディオルの名を口にするのに、まるで姿を現さないし、個人名が出てこないんだ。だけど、クロエが他種族の統一政策を打ち出し、兵を生み出そうとしているのは、グランディオルが関係しているんじゃないかと思う」

「普通ではあり得ないクロエの政策と、グランディオルが力をつけているという事実を鑑みれば、そこが組んでいる可能性はあるわね……」


 アリシアは痛くなりそうな頭を、わしわしと掻いた。

 抗争反対派であったクロエが積極的に兵を……それも他種族の兵を集め始めれば、一気に戦争の火種が大きくなってしまう可能性がある。

 しかも裏には、あのグランディオルが控えているとなれば、尚さらだ。


「グランディオルは、あのミカヴェルが消えてから大人しくなったと思っていたけれど……」

「時を待っていたのかもね」

「十年以上も沈黙しておく意味って、なにかしら」


 そう言いながらアリシアは、過去にあった抗争を思い出した。

 ミカヴェル・グランディオル率いる軍との抗争のことを。


「ジャン……ミカヴェルを覚えてる?」

「うん。俺が軍に入ったばかりの年だったしね。今から十二年前になるな」


 当時、参謀軍師だったミカヴェルが、金鉱の出る鉱山があるヤウト村に仕掛けてきたのが発端だった。それはミカヴェルによる情報収集のための撤退戦だったと、後のジャンの調査で判明している。

 アリシアの第一軍団とフィデル国の軍隊の一部が衝突した際、ミカヴェルは戦況を見てすぐ引いたのだ。

 しかしアリシアは驚異的な強さで次々と敵を沈めた。撤退戦の予定だったミカヴェルの予想を、遥かに上回った結果だと言える。

 アリシアはヤウト村を防衛し、ミカヴェルの捕縛に成功した。

 だが王都へと連れ帰る途中、上空から一匹の竜と竜騎士がやってきて、ミカヴェルの縄を切ったのだ。

 竜と竜騎士は退治したが、その間にミカヴェルは逃走。追いかけたが川へと身を投げ、行方不明となった。

 その後、下流を捜索したが遺体は見つからず、痕跡は辿れなくなっていた。

 戦闘時に怪我を負っていたため、そのまま死んだという見方もあったが、近隣に一応の手配書は出した。

 しかしミカヴェルの情報は上がってくることもなく、フィデル国を調査しても戻ったという話は出てこなかった。

 そしてそのまま、十二年の月日が流れたのである。


「あれからずっと、グランディオルが参謀軍師として表に出ることはなかったわ」

「……確かにね。グランディオルの家系は途絶えていないのに、この十二年、動きがないっていうのはおかしい。単に落ちぶれただけかと思ってたけど」

「まるで、ミカヴェルが生きていたのを知っていて、彼を待っていたようじゃないの」


 アリシアの発言に、二人は目をじっと見合わせる。


「どう思う? ジャン」


 ジャンは手で顔を隠すようにして思考を巡らせた。


「……なくはないね。もしグランディオル家がミカヴェルの生存を知っていたとしたら、家督の継承権は彼にある。他のグランディオルは表舞台に立つことを控えるはずだ」

「状況的には合うわけね。本当に生きていれば、だけど」


 怪我をした状態で川に飛び込み、無事でいられるわけはなかった。

 死体は上がっていないが、魔物や獣に喰われた線も十分にある。


「決め手になる情報が欲しいわね」

「今度はグランディオル周辺を徹底的に調査してくるよ」

「ええ、そうしてちょうだい」

「あともう一つあるんだ。クロエ管轄の軍のトップが入れ替わってる」

「入れ替わりは珍しくないけれど……誰になったの?」


 ジャンはひとつ息を吸うと、その名前を声にした。


「一人は〝百獣王〟ブラジェイ。もう一人は〝刹那狩り〟のユーリアスだよ」

「百獣王……聞いたことはあるわね」


 トップになったばかりの百獣王の異名を、アリシアもどこかで聞いたことがあった。まだストレイア王国では浸透していないが、フィデル国では相当の実力を持った者だということがわかる。


「正式に軍には所属してなかった、地方の兵士だ。ブラジェイの方はそれこそただの自警団員だったけど、その強さで成り上がってきた」

「ふぅん……ただの一兵卒が軍のトップとは、やるわね。いつか手合わせ願いたいわ。で、二人はどんな風貌をしているの?」

「百獣王ブラジェイは二十三歳。背が高くてかなりゴツい両手剣の使い手だ。ダークワインレッドの短髪を逆立ててる。逆に刹那狩りは細身の片手剣使いで、女の子が一瞬で恋に落ちそうなほどの、甘いマスクをした美形だったな。こっちは二十一歳で、かなり若いよ」


 二人の容姿を聞いたアリシアは、脳内でその二人の姿を想像した。


「百獣王ブラジェイと、刹那狩りのユーリアスね。覚えておくわ」

「ユーリアスは金髪で、耳には三日月のピアスをしてた。一部では〝三日月の剣士〟とも呼ばれているみたいだ。会えばすぐにわかると思う」

「そんな年若さで二つも異名を持っているだなんて、末恐ろしいわね」

「実際強いよ、二人は。戦争になれば、確実にストレイア軍の脅威となる人物だ」

「平気よ。こっちも育ってきているわ。そうでしょう?」


 アリシアは半眼でふふんと笑い、その自信にジャンも首肯する。


「うん。頼もしい人材がいるし、なによりストレイア王国ここにはあなたがいる」

「んっふふふ。そうね。私の目の黒いうちは、フィデル国に勝手はさせないから、安心してちょうだい!」

「頼もしいよ……本当に」


 ジャンはそんな信頼のおける筆頭大将を見て、くすりと笑うのだった。

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