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79.どうして母さんが自慢げなのよ

 アンナの父親である雷神が、武器辞典にコムリコッツ遺産の伝説に関する情報提供をしていた。

 それを知った翌日、アリシアに知らせるため、アンナとグレイは仕事終わりに筆頭大将の執務室へ行く。

 途中の廊下でジャンと会い、三人は一緒に執務室へと向かうことになった。


「ジャンは仕事を終えたところ?」

「今、フィデルから帰ってきたんだ。これから筆頭に報告だよ」

「大変ね、お疲れ様」


 ジャンはアンナの手に抱えられている本に目がつくと、すぐさまグレイの方へと顔を向ける。


「武器辞典、買ったのか。その剣の名前は調べたんだろ」

「ああ、フェルナイトノヴァだった」

「フェルナイトか。ノヴァ系だとは思ったけど。まぁまぁかな」

「いや、使い勝手がめちゃくちゃいい。今さらだけど、金を払わなくてもよかったのか?」

「別に構わないよ。俺にはこれがあるし」


 右脚に装備された短剣に手を置いて、なんでもないことのようにジャンは言った。

 ジャン自身、雷神に高ランク武器をもらっておきながら、それよりもランクの下がる物をあげるのに、お金を取ろうとは思っていない。

 そんなジャンの脚を見たアンナは、短剣探しをした時には年季の入っていたベルトが、新しくなっているのに気がついた。


「あら、ベルトを新調したのね」

「……まぁね」


 そんな話をしながら歩いていると、筆頭大将の執務室に着く。

 ジャンがノックをし、「筆頭、俺」と簡潔に声を掛けた。


「グレイとアンナも一緒だけど、入っていい」

「ええ、いいわよ」


 中から元気な声が聞こえてきて、ジャンは扉を開けると「どうぞ」と先にグレイとアンナを促した。

 自分の報告は後回しにするという意図を理解した二人は、ジャンの気遣いをありがたく受け入れて中へと入る。


「二人ともどうしたの? グレイはさっき、仕事を終えたところよね?」

「プライベートな話になるので、仕事終わりにと思ったんですが、筆頭はまだお仕事中ですか?」


 グレイに聞かれたアリシアは、ぺんっと持っていた書類を机に置いた。


「ルーシエ、今日の仕事は終わりよ!」

「……かしこまりました」


 胃の上に手を載せたルーシエは、ささっと自分の机を片付けて頭を下げる。


「それではアリシア様、お先に失礼致します」

「ええ、ご苦労様」


 ルーシエが出ていくと、アンナは自分の母親に目を向けた。


「よかったの? 母さん……じゃなくて、筆頭」

「明日がんばればいいのよ。退勤の時間はとっくに過ぎてるし、ここからはプライベートだからいつもの呼び方で構わないわよ。私の部屋にでも行って、ゆっくり話す?」


 アリシアの提案に、アンナは後ろで控えているジャンを気にした。

 彼はフィデル国から帰ってきたばかりで、筆頭大将への報告がまだ済んでいない。


「いえ、いいわ。すぐに用は済むから」

「なにかしら。まぁそこに座ってちょうだいな」


 促されたアンナとグレイは、応接セットのソファーに腰掛けようと移動する。

 アリシアも自分の席を立つと、アンナたちの後ろにいたジャンへと目を向けた。


「ご苦労だったわね、ジャン。疲れたでしょう」

「平気だから。報告は後でするよ。アンナたちと話してる間は外そうか」

「どうかしら。アンナ、ジャンが聞いていちゃダメな話?」


 アリシアに問われたアンナは、首を振る。


「ええ。むしろ、一緒に聞いてもらいたい話よ」

「だそうよ。ジャンも座って」


 アンナはグレイと手前に座り、ジャンとアリシアが奥のソファへと腰掛ける。

 そしてアンナは、手に持っていた大きな武器辞典を、テーブルに真ん中へと置いた。


「母さんは、この新装改訂版の武器辞典を見た?」

「武器辞典なら、はるか昔に買ったものが部屋に置いてあるけど。これは見たことはないわね」

「最後のページを、捲ってみてほしいの」

「最後のページを?」


 アリシアは娘に言われた通りに、本を手前まで持ってくると背表紙を開いた。

 書籍情報や発行記録が書かれてあるそのページを見たアリシアは、上から順に読んでいき、視線を止める。


「……ロクロウ……?」


 筆頭大将に喉から漏れ出た言葉に、今度はジャンが隣からその箇所を覗いた。


「遺跡の伝説の協力元は、ロクロウか……まぁ、不思議じゃないよね。それだけの知識を持ってる人は、そう多くないし」


 ジャンはそう言いながら、目線だけでアリシアを確かめる。

 アリシアは息を詰まらせ、しかしジャンやアンナの視線に気づいてハッとし、にっこりと笑った。


「さすが、ロクロウよね! ほら、あなたの父さんはすごい人なのよ、アンナ!」

「ずっと遺跡巡りをしてるんだから、当然じゃない。それよりどうするの? 母さん」

「どうするって?」


 きょとんとして目を瞬かせるアリシアに、アンナは眉を顰めた。


「版元に確かめてみる? 父さんと連絡を取れるかもしれないわよ」

「ああ、それでわざわざ来てくれたのね」


 雷神の文字に触れたアリシアは、ほんの少し表情を柔らかくした後、すぐにいつもの太陽の笑みに戻った。


「父さんはね、武器の伝説が書かれたノートを提供したに過ぎないわよ。本に携わる時間があれば、新たな古代遺跡に向かってるわ。版元だってもう、父さんがどこにいるかはわからないわね」

「まぁ、そうよね……」


 一応した提案は、やはりアンナと同じ答えを出したアリシアである。

 一箇所にずっといるような人ではないと、会ったこともないアンナですらも思うのだから、アリシアがそう思わないわけがなかった。


「でもいいわ! こうしてロクロウが元気にしている証を見せてもらえたんだもの。きっと今も、どこかの遺跡に夢中になってるわね!」


 そう言ってアリシアは本を閉じ、アンナに差し出すように本を返した。


「アンナ、面白かった? 父さんの調べ上げた伝説は」


 いつになく真剣な眼差しのアリシアに、アンナは素直に認める。


「ええ……面白かったわ。まだ少ししか読めていないけれど、わくわくしちゃった」


 アンナの返答にアリシアはパッと顔を明るくして、してやったり顔でニマァと笑った。


「ふふ、そうでしょうそうでしょう!」

「どうして母さんが自慢げなのよ……」

「当然よ! ロクロウが娘に認められたんだから!」

「もう、母さんったらまた勝手に決めて」


 アンナは呆れるも、『私はまだ、出て行った父さんを許してないわ』とは言えなかった。母親であるアリシアを、悲しませたいわけではないのだ。

 ジャンはアリシアの隣で、アンナの手元へと返された辞典を目の端に入れた。


「武器の伝説辞典みたいなものでもあるのか。俺も買うかな……」


 顎に手を当てて悩むジャンに、アリシアはふふっと目を細める。


「本当にジャンはロクロウが好きねぇ!」

「違うから。どんな伝説があるのか、知りたいだけだから」


 嬉しそうなアリシアと、迷惑そうなジャンである。


「値は張ったけど、買って損のないものだと思うわ。王立図書館にも置いてあるでしょうけど」

「そうだな。ちょっと読んでみて、欲しくなった時には買うよ。読んでしまうと、自分で調べ上げた時の感動が減ってしまいそうだし」


 休みの日には、たまに遺跡に行っているというジャンだ。自分で調べることも楽しみのひとつなのだろうと気づいたアンナは、もうそれ以上は勧めなかった。


「私たちはこれだけ伝えに来ただけなのよ。母さんが喜ぶかと思って」

「ええ、もちろん! 教えてくれてありがとう、二人とも!」

「いいえ、筆頭が喜んでくれたならよかったです」


 そう言うとアンナとグレイは立ち上がり、満足した顔のままアリシアの執務室を出て行った。

 アリシアはほうっと息を吐きながら立ち上がり、雷神に想いを馳せる。

 そんな彼女を横目で見ながら、ジャンもまた立ち上がった。そしてアリシアが筆頭大将の顔に戻るまで、しばし彼は待った。


「さて!」


 すっと切り替えたアリシアは、ジャンの方へと顔を向ける。


「お帰りなさい、ジャン」

「ただいま、筆頭」


 諜報活動から半月ぶりに戻ってきたジャンに、アリシアは太陽の笑みを見せた。

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