新人騎士を激励したホールは現在、閑散としていた。
それぞれの軍務室へ向かっていき、残ったのは第一軍団……つまりアリシアの隊に配属された者である。
アリシアは目の前に立っているグレイをじっと見つめた。隣には副官のルーシエ、それにマックスが控えている。
「グレイ」
「っは!」
なにを言われるのかと、グレイは警戒した。
アリシアが突拍子もないことを言う人だいうことを、グレイは幼い頃から知っている。
そして、少しでも怯んだら負けだと思っていた。筆頭大将相手には、動じない強さが必要なのだと。
常にバキアと相対しているような気持ちで、グレイは自分より背の低い、大きな筆頭大将を見た。
「あなたは第一軍団の小隊長よ」
「っは!!」
すぐさま返事をすると、アリシアはにぃっと笑った。
「動じない、いい返事だわ」
(いや、本当はめちゃくちゃ動じてるんだが。いきなり小隊長……まじかよ)
一般騎士も班長もすっ飛ばしてのいきなりの就任に、動じないわけがない。
早く昇進したいグレイにとって、喜ばしい話ではある。しかしいきなり上の役職に就いて、周りに反発が起きないわけがないだろう。
紺鉄の騎士隊は少人数なので、隊長と言われても牛耳れる自信はあったが。第一軍団となると、規模が違う。
「あなたを小隊長に任命する理由はいくつかあるわ。まず、すでに受勲していること。そしてシウリス様に認められ、紺鉄の騎士隊の隊長に誘われていたこと」
アリシアの言葉に、グレイは頷く。
「シウリス様には、紺鉄の騎士隊入りをお断り差し上げているわ。軍隊に必要な逸材だと言ってね。だから、シウリス様が隊長に据えたいと考えていたあなたを、一般騎士から始めさせるわけにいかないの。これは前例のない話よ」
そりゃそうだろう、という言葉をグレイは飲み込む。
いきなり小隊長から始まるなど、聞いたこともない。
「覚悟しなさい。秋の改編までに、私が徹底的に仕込んであげるわ」
「秋まで、ですか」
「そうよ。秋になれば、私はあなたを第一軍団から追い出す。どこか別の軍団に欲しいと言わしめるまでになりなさい。でなければ、一般騎士からやり直しよ」
目が据わっているアリシアに、ゾクリと背筋を震わせる。
しかしグレイは同時に武者震いもして、笑いが滲んだ。
「望むところです。筆頭大将自らご指導いただけるとは、これほど光栄なことはありません」
「ふふ、久々に扱き甲斐がありそうな隊員が入って、私も嬉しいわ! じゃあまず、第一軍団について説明するわよ」
アリシアがちらりと隣を見るとルーシエが動き、一枚の紙をグレイに渡す。
そこには第一軍団の編成が書かれていた。
「まず、ストレイア王国の十二軍団だけれど。基本的に、将の自由に人数や編成を決めることができるわ。隊長が一人のところもいれば、五人いるところもいる。班員が五人のところもあれば、二十人のところもある。将の使い勝手のいいように、好きに変えられるのよ。あなたも自分が将になった時のために、今から色んなパターンを考えておくといいわ」
「っは!」
アリシアはグレイが将になる前提で話を進めていて、グレイの身は引き締まった。
「私の隊は、かなり変則的よ。見てちょうだい」
先ほど渡された紙に目を落とすと、頂点に書かれているのは筆頭大将アリシア。そこから二股に分かれて、隊長フラッシュ。もう一つの枝分かれした方には、ルーシエ、マックス、ジャンという三人の名前が書かれていて、そちらも隊長となっている。
そしてその四人はぐるりと大きな丸で囲まれていた。
「丸で囲まれた四人が、私の直属の部下よ。役職は全員隊長ね。副官、偵察、諜報、戦闘と、役割は違っているけれど。なにかあったときにすぐに班員を連れ出せるように、全員に隊長職を担ってもらっているのよ」
「なるほど……そういうこともできるのか」
フラッシュの下には線が引いてあり、そこにはグレイの名前と小隊長の役職が書かれているが、ルーシエ、マックス、ジャンの名前はそこで途切れていて何も書かれていない。
直属の上司ではないにしても、緊急時に班員を連れ出せる権限を三人に与えるために、隊長の役職を与えているのだ。
(隊員のいない隊長とは、面白い考えだな)
こんなやり方もあるのだと、グレイは素直に感心する。
「指揮系統が混乱するのを防ぐために、私はあまり上官を作らないのよ。これは将の好みによるわ。歴代の将が自軍の編成を書いたものをファイルしてあるから、いつでも私の執務室に見に来なさい。けど持ち出しは禁止よ。決められたことを守れなければ、即降格させるからそのつもりで」
「っは!」
グレイが将になった時のことを考えて行動しているのは、そうする方が飛躍的に成長するとアリシアはわかっているからだ。
グレイが将にならなければ、シウリスになにを言われるかわかったものではない、という気持ちもアリシアにはある。
紺鉄の騎士隊の隊長という栄誉を蹴ってまで、軍の方に入らせたのだ。将になる器だと豪語した手前、本当になってもらわなければ困る。
だがアリシアは、自分で将の座を掴まなければいけないことも、重々に承知していた。だから半年間だけ自軍で叩き込み、あとは放り出すのだ。自力で将になってもらうために。
「話が逸れたわね。編成の話に戻るわ。あなたの上が隊長のフラッシュよ。なにかあれば、まず彼を頼りなさい。それでもわからないことがあれば、ここにいるルーシエとマックスを頼るといいわ。いいアドバイスをくれるはずよ。ジャンは諜報活動で今ここにはいないけど、そっち方面で知りたいことがあれば、気が向けば教えてくれると思うわ」
「っは、ありがとうございます」
「さて、次にあなたの下を見てごらんなさいな」
言われた通りグレイの下に引かれている線を見る。六本の線が引かれてあり、そこには班長の名前と各班の役割が書かれていた。
「一班から五班は戦闘班よ。そして六班は衛生班になるわ。一班当たり、およそ二十五人。第一軍団の騎士は、あなたを含めて百三十人よ」
各軍団は押し並べて百人ほどで、全騎士を合わせると千二百人になる。
常にこの人数が常駐しているわけではなく、巡回や外部派遣、特殊任務や外交などで、王宮外に配置されている騎士も多くいる。
「大きな戦闘になると、城下の兵士や近隣の兵士がこれに加わるわ。兵士の管理も私たちの仕事よ。けれど基本は班行動になるから、あなたはその指示役となる。その人数を、しっかり束ねなさい。わかったわね」
「はい!」
大きな声で返事をしたはいいが、グレイは改めて編成の紙を見て、口元を引き攣らせた。
(おいおい……最初に小隊長と言われた時は、他にも小隊長がいるのかと思っていたが……俺だけじゃないか)
アリシア直属の三人の隊長には、直轄の部下がいない。なにかあれば、班を動かせる立場ではあるが、直接的な管理をする立場ではない。
一番上に筆頭大将アリシア。その下に隊長フラッシュ。その下に小隊長グレイ、と、枝分かれすることなくストーンと降りているのだ。
そしてグレイの下で六つに枝分かれしている。
(俺の下が百二十四人の騎士と、何千の兵ってことか)
つまり、この人数を認めさせる小隊長にならなければいけないということである。
役職は小隊長だが、二十名程度の紺鉄の騎士隊の隊長と比べると、あまりに責任が重い。
(上にフラッシュがいるとはいえ、実質隊長みたいなもんだろ、これ)
そんなグレイの真剣な顔を見て、アリシアは笑った。
「私の隊で小隊長をこなせれば、どこに行ってもどんな役職でも通用するわよ!」
「それはそうでしょうね……」
「やめる?」
半眼でふっと笑うアリシアに、挑発されているとわかってグレイは乗った。
「いえ! やらせてください!!」
「よし。がんばりなさいな!」
「っは!!」
気持ちのいい返事をするグレイに、今度はにっこりと太陽のようにアリシアは笑う。
「第一軍団の軍務室に案内するわ。うちの隊は、個性派揃いよ。侮られずに掌握しなさい!」
「はいっ!!」
入軍早々に小隊長となったグレイは、さながら敵地に向かう将のような顔をして、仲間を掌握しに行くのだった。