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67.母さんの下は嫌ね

 四月に入ると、アンナとグレイは入軍することになる。

 騎士として採用されたのは、アンナたちを含めて十七人だ。

 まっさらな群青色の騎士服に手を通した若者たちの顔は、皆凛々しかった。

 今期、最年少の十八歳で入軍したのは、アンナとグレイだけである。しかもその胸にはすでに勲章が光っており、周りの目を引いていた。


 入軍式に集まったのは、石造りの小規模なホールだ。

 新たに騎士となる十七人の他に、各将が前に並んでいる。隊長と小隊長も脇へと並んでいて、そこにはトラヴァスの姿もあった。

 アンナ含め新人の騎士は、期待を含んだ眼差しで胸を高揚させていた。


 中央にばばーんと立っているのは、もちろん筆頭大将アリシアである。

 全員が揃ったのを確認したアリシアは、大きな目で新人騎士に向かって口を開いた。


「まずは入軍おめでとう。あなたたちは今日より、ストレイア王国軍の騎士として歩むこととなるわ」


 溌剌とした弁舌に、新人騎士はまっすぐに筆頭大将を見つめる。

 そんな彼らにアリシアは一人一人しっかりと目を合わせていく。


「我らが剣は正義のために抜かれ、盾は民を守るために掲げられる。あなたたち一人ひとりがこの誓いを胸に刻み、ストレイア王国の名を汚すことのないよう務めなさい」

「「「っは!!」」」


 十七人分の声がホールに広がると、アリシアはにっこりと笑った。


「配属命令の前に、将の紹介と役割を簡単に説明するわ。ストレイア軍は全部で十二軍団あるの。まずは通常戦闘隊である、第一軍団から第六軍団までを紹介するわね」


 そう言ってアリシアは、手のひらを自分の胸に置き、ニッと強い笑みを見せた。


「まずは第一軍団の将であり、十二軍団の筆頭大将を兼任している私、アリシアよ。誰を忘れても、私だけは忘れないでちょうだい!」


 その物言いに、笑いを堪えている新人騎士がいたが、アンナは


(もう、母さんったら)


 と身内ならではの恥ずかしさで身の置き所がなくなっていた。


「順に紹介していくわね。第二軍団のゼオよ」

「ゼオだ。困ったことがあればなんでも言ってくれ」

「第三軍団のデゴラ」

「わしが最年長の将だ。お手柔らかにな」

「第四軍団は、フゼック」

「君たちの力を、期待している」

「第五軍団クロバースよ」

「クロバースだ! よろしくな!」

「第六軍団のスウェル」

「僕の隊には有能な者しかいらないよ」


 そこまで一気に紹介し終えたアリシアは、今度は逆方向に並ぶ将たちに目を向けた。


「ここからは、戦闘だけではない隊よ。まずは弓隊である第七軍団のイトリー」

「まぁ、頼りにしているよ」

「防衛に特化した第八軍団のウィール」

「…………おう」

「次は十二軍団中、魔法に特化した唯一の隊よ。第九軍団は、ユラント」

「よろしくぅ〜」

「オルト軍学校にも支援統括班はあったわね? 支援に特化した隊もあるわ。どの隊もお世話になることでしょう。第十軍団のテイドよ」

「言っておくが、うちには真面目なやつしかいらんのでな」

「そして、補給をメインに動く第十一軍団のソフィア」

「ソフィアよ。一緒に頑張りましょう」

「最後に、医療衛生に特化した第十二軍団の将で、医師のゾルダンよ」

「ま、頼むぞ」

「さて、優秀なあなたたちは一度で全員覚えたわね?」


 ニマァと笑うアリシアである。そんな顔はやめてと言いたいのを、アンナは必死で耐えた。


「ここには来ていないけれど、基本の十二軍団に加えて、王族を護衛する護衛騎士隊と、シウリス様率いる紺鉄の騎士隊があるわ。新人騎士がそちらに配属することはないけれど、今後そちらに異動になる人もいるかもしれないわね。まぁまずは、今紹介した軍団の配下へ入ってもらうわ。では配属先を発表します」


 ごくり、と新人騎士たちの嚥下する音が聞こえた。

 誰の配下に入るのか、アンナも胸をドキドキさせる。


(戦闘隊なら、どこでもいいんだけど……母さんの下は嫌ね。誰のところになるのかしら……デゴラ様か、フゼック様の隊なら嬉しいけれど……)


 隣では、主席卒隊のグレイも心臓をドクドクと鳴らせていた。


(アンナと一緒なら嬉しいが……多分、バラけさせられるだろうな。さて、どこに配属になるか……)


 そんな新人騎士の胸の内など気にもせず、アリシアは配属命令を口にし始めた。


「シモン、第四軍団フゼック隊! リタリー、第六軍団スウェル隊!」


 一人一人の名前を呼び、告げられる所属先。自分の名前はまだかと、アンナとグレイは胸を高鳴らせる。


「バートン、第八軍団ウィール隊! ジェフリー、第十一軍団ソフィア隊! トリスタン、第九軍団ユラント隊! ジェシカ、第十二軍団ゾルダン隊! サミエル、同じく第十二軍団ゾルダン隊!」


 そうして次々と名前と所属の隊が告げられる。アンナとグレイはまだ呼ばれず、第一軍団に所属する者もまだ出ていない。


「ダリア、第五軍団クロバース隊! ローランド、第三軍団デゴラ隊! ギャレス、第三軍団デゴラ隊! メラニー、第十軍団テイド隊! グレゴ、第七軍団イトリー隊! アンナ、第六軍団スウェル隊!」


 アンナの名前が呼ばれてドキリとする。

 スウェル隊への配属。紹介の時に『僕の隊には有能な者しかいらないよ』と言っていた、戦闘隊にしては小柄な男性だ。

 アンナの身は引き締まった。


「アルロス、第十一軍団ソフィア隊! カリーナ、第二軍団ゼオ隊! ダイバー、第八軍団ウィール隊!」


 そこまで一気に声を張り上げたアリシアは、最後に息を深く吸い。


「グレイ。第一軍団アリシア隊。以上よ」


 にぃい、とアリシアはグレイを見て笑う。


(……筆頭か)

(まさか、グレイが母さんの隊だなんて)


 他に第一軍団に入った者はいなかった。今期入軍した中では、グレイただ一人だ。


「所属先はわかったわね。この後は、配属先の将の指示に従って動いてもらうけれど、その前に覚えておいてほしいことがあるわ」


 配属が決まり、心が浮き立つ新人騎士に向かって、アリシアは筆頭大将の目を向ける。


「騎士の道は栄光だけではないわ。傷つき、挫け、己の限界を知る時も訪れるでしょう。けれどその時こそ、共に戦う仲間を信じ、ストレイアの誇り高き魂を持ち続けなさい! あなたたちは決して独りではないわ。共に進みましょう。名誉と忠誠のもとに!」

「「「っは!!」」」


 新人騎士がピシリと拳を肩口に当て、敬礼を決めた。アリシアはにっこりと笑ったあと、すぐに厳しい目つきに戻る。


「では各自、将の指示に従って移動しなさい」


 アリシアの言葉に、将は動き始めた。

 アンナは隣のグレイを一瞬見上げると、目だけで頷き合う。

 これからは別々の隊での勤務だ。アンナは自分に喝を入れるようにして、スウェルの方へと目を向けて歩いていく。

 男性にしては小柄なスウェルが、目の前に来た隊員を見て鋭い目をぶつけた。


「アンナとリタリーだな。ここは騒がしいのでまずは移動する。僕について来い」

「っは!」

「はい!」

「僕はうるさい返事は嫌いだ。大きな声でなくていい」


 スウェルは鬱陶しさを隠そうともしない顔で言って、さっさとホールの出口に向かっていく。

 アンナはリタリーと顔を見合わせ、しかしなにを言うでもなくスウェルの後を追った。

 廊下に出ると、後ろから四人の男もついてきた。両サイドに控えていた、隊長と小隊長だ。


「ここが僕の執務室だ。皆、入れ。」


 スウェルに促されて、その場にいた全員が執務室に入る。筆頭大将の執務室の半分にも満たなかったが、応接セットもあって十分な広さの部屋だった。


「軍務室に行って実際に仕事を覚える前に、僕の隊について先に話しておく。まず、第六軍団は十二軍団の中で一番人数が少ない。君たちを入れても騎士の数は七十五名だ。もちろんその下に、兵士はつくがな」


 そう言いながら移動し、机の上から紙を一枚取ってアンナたちに見せる。

 そこには第六軍団の階級別の編成が書かれてあった。

 紙の一番上に書かれてあるのが将スウェル。そこから二股に分かれて、隊長ガッド、もう一人の隊長エリルバイン。隊長の下にはさらに二股に分かれていて、小隊長が四人。そこからさらに三叉に派生し、班長が十二人だ。一班当たりの構成人数は四人から五人になっている。


「この編成は僕が決めたものだ。極端な話、隊長、小隊長、班長が最低一人いれば、軍の規定に沿っているから問題ない。編成は将に委ねられているから、自由に編成できて個性が出る。僕の編成は小回りが効くように、最小の編成だ。一班当たり五人か六人だからな。つまり、五人に一人は班長以上の職を持っているということになる」


 スウェルは持っていた紙をパシンと机に戻した。


「さて、リタリー」

「はい」

「君には、七班に入ってもらう。班長は後で紹介しよう。その上の小隊長がそこにいるライク。さらに上の隊長がこのエリルバインだ」

「ライク小隊長、エリルバイン隊長、よろしくお願いします」


 スウェルはそんな二人を見ると、今度はアンナへと顔を向けた。


(私は何班になるのかしら)


 そんな風に思っていると、スウェルはニヤと笑った。


「アンナ。君には、二班の班長をしてもらう」

「……!? はい!」

「返事は小さくていい」

「はい」


 唐突の言葉に、ドキンと胸が跳ね上がった。

 聞き違いでなければ、スウェルは今班長と言ったのだ。

 なにをするのかもわかっていない状態でいきなり班長を命じられるとは思っていなかった。


「入軍前に受勲するくらいなんだから、班長くらいやってのけろ。もちろん初めのうちはこの二人に聞けばいい。君の上司に当たる、小隊長のヨシュ、そして隊長のガッドだ」

「は。ガッド隊長、ヨシュ小隊長、よろしくお願いいたします」


 二人の上司は気さくに笑っていて、アンナは少しホッとした。

 スウェルは先ほど笑っていた口をへの字に戻している。


「僕は秋の改編を待たずに、ガンガン入れ替えていく。有能だと判断すれば昇進させるし、使い物にならなければ降格させるからな」

「っは」


 能力至上主義はアンナの望むところでもある。むしろありがたい話だ。

 最初にスウェル隊だと聞いた時は、冷酷そうな感じを受けていたので少し不安だったのだが。


(無愛想な感じがグレイで、冷たく見えるのがトラヴァスに似てるのよね。あの二人の扱いなら慣れてるわ。案外上手くやれそう)


 そう思うと、第六軍団に配属されたのはよかったと納得できた。リタリーと同じ軍団に所属されたのは意外だったが。


「では第六軍団の軍務室に案内する。初日だからと、僕は手を緩めるつもりはない。そのつもりでいろ」

「「はい」」


 スウェルはふんっと笑って執務室を出る。

 こうしてアンナは第六軍団の二班の班長として、スタートを切るのだった。


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