ストレイア王国には、年末にアシニアースという聖夜がある。
家族で楽しく過ごす行事のひとつとなっているのだが、この日は当然のことながらアリシアは仕事で、終わった時には夜が更けていた。
「筆頭、お先ーっす!!」
「アリシア様、お疲れ様でした」
「アリシア筆頭、お先に失礼します」
「ええ、みんな気をつけて帰りなさいな。いいアシニアースをね!」
部下三人が執務室から出て行き、残ったのはアリシアと、もう一人の部下のジャンである。
「ジャン、まだ時間はある?」
「あるよ。仕事、まだなんか残ってた」
「いいえ、違うのよ。私の部屋でちょっと待っててもらえるかしら?」
そう言って、アリシアは鍵をジャンに渡した。
「わかった。宿舎は寒いから、帰る前に筆頭の部屋で暖をとろうと思ってたとこ」
「こらこら、私の部屋を避寒地にするんじゃない!」
アリシアが笑いながら言うと、ジャンは薄い笑みを見せた後、執務室を出る。
そして王宮に与えられているアリシアの部屋でジャンが待っていると。
バンッと扉が開かれた。
「ばばーーん!! メリークリスマス!! ジャン!!」
そこにはなんと、真っ赤な服を着たアリシアの姿。
長い脚はギリギリまで剥き出しになっていて、それをまったく気にしていないアリシアが男らしすぎる。
「……ストップ」
「なにがかしら!?」
「つっこみどころがありすぎるよ、筆頭」
「じゃあ、ひとつずつ聞いてあげましょう!!」
ばばーんと大きな胸を張ったアリシアは、なぜか背中に背負っている大きな白い袋をばばーんとジャンの目の前に置く。疑問が増すジャンである。
「えーと、まず……今日は聖夜だから、『ハッピーアシニアース』だろ。『メリークリスマス』ってなに」
「異国では、アシニアースの日をクリスマスというらしいのよ。せっかくだから、今日はそっちにしてみたわ!」
「筆頭はいつもやることが唐突だよね……」
「楽しいことはなんでも取り入れなきゃ、損じゃないの」
「……あなたらしいよ」
ジャンはそんなアリシアにエロビームを送りながら笑い、次の疑問を言葉にする。
「で、その格好はなに」
「サンタクロースっていうらしいわ。赤い服を着て、煙突から入って子どもにプレゼントをあげるらしいの」
「それ、焼け死なない」
「あら、本当ね! きっとなにか特殊な書を習得してるのよ。じゃないと、プレゼントが燃えちゃうものね」
本当にサンタクロースはそんな短いスカートで現れるのかと甚だ疑問に思うジャンであったが、そこはもう面倒なので突っ込まないでおいた。
「で……ここに子どもはいないわけだけど、その袋はなに。まさか俺に、
「いやぁねぇ、そんなこと言わないわよ」
カラカラと笑うアリシアを、不審な目で見るジャンである。
この筆頭大将は、なにを言い出すかわからない恐怖があるから当然だ。
アリシアはそんなジャンの不安を打ち消すように、にっこりと太陽のような笑みを見せる。
「これはね、あなたへのプレゼントなのよ。ジャン」
「……俺に?」
予想外の答えに、喜びもあるがやはり疑問も溢れてくる。
「俺はもう、子どもじゃないけど」
「わかってるわ。これは、子どもだったジャンへのプレゼントなの」
「……どういう意味」
アリシアはニッコニコ笑いながら、大きな白い袋からプレゼントをひとつ出した。
「はい、これは五歳のジャンへのプレゼントよ!」
「……木彫りのおもちゃ……」
「これは六歳のジャンへ」
「スケッチブック……」
「これは七歳のジャンね」
「こんな小さい靴、履けないんだけど」
「次は八歳用よ!」
「帽子も被れないな」
「これは九歳にしようかしら」
「決まってないのか……絵の具はまぁ、何歳でも……」
「はい、十歳のジャンへ!」
「鍬なんて、畑仕事をしろってこと」
「今度は十一歳の……」
「ストップ。これ、いつまで続くの」
「もちろん、成人を迎える二十歳までよ!!」
アリシアは面倒になったのか、一気に袋から中身をがらがらと雑に出す。
そこにはキャンドルやら筆記用具やら図鑑やら藁人形やらが出てきて、そのほとんどが今のジャンには必要のないものばかりである。
嬉しそうな顔のアリシアに水を差したくはないが、その真意がわかりかねたジャンは、最後の質問をした。
「で、なんでいきなり、こんなことしようと思ったんだ……」
「ふふ、いらないものばかりだった?」
「あなたから貰える物なら、なんだって嬉しいけど」
アリシアは出したプレゼントを、袋に戻しながら答える。
「これ、別にあなたが使わなくてもいいのよ。孤児院に寄付してくれればいいの」
「じゃあ、なんで」
「わからないわ! ただ、子どもの頃のジャンが少しでも笑ってくれたらいいって、そう思っただけなのよ」
「……アリシア……筆頭」
五歳で親に捨てられた、ジャンの心を。
今さらながらでも、アリシアは癒そうとしていた。
「知ってる? サンタクロースは、良い子のところにしかやってこないのよ」
「良い子って……」
「ジャンは、とっても良い子だわ」
アリシアのその言葉に。
親に傷つけられ、苦しみ続けたジャンは、何かが込み上げそうになり。
心の中にいる子どもの頃のジャンは、プレゼントに囲まれて笑っているような気がした。
「ありがとう……筆頭」
「どういたしまして! あ、これは私から今のあなたへ、アシニアースプレゼントよ」
クリスマスプレゼントとは別の、この国でのプレゼントがアリシアの手から渡された。
短剣の鞘に装着するための黒いベルトだ。
「もうかなり朽ちてるでしょう? 気になってたのよ」
「変えようとは思ってたんだ。きっかけがなくて」
「じゃあ、今をきっかけにしちゃいなさいな!」
このベルトは、雷神が消える前にくれたものだった。
物がいいので二十年も使うことができたが、さすがに限界だと思っていたのだ。
ジャンはとうとう、その二十年もののベルトを外し、新しいものへと付け替えた。
「うん……いいね」
「よかったわ、似合ってるもの」
ジャンはふっと笑うと、元のベルトを大事にポケットの中へと仕舞う。
そしてそのポケットの中で、小さなプレゼント用の箱が指に触れた。
「さて、遅くなっちゃったわね。明日も仕事だし、少しあったまったら戻りなさい」
「ん……ミルクティー」
「ふふ、わかってるわよ」
少しどころか、ジャンの心はすでにポカポカと温まっていた。
そして大量に入れられたプレゼントの袋を見て、苦く笑う。
(筆頭はロクロウに指輪を貰ったことがないって言ってたから、アシニアースプレゼントに用意したけど。こんなすごいプレゼントのあとじゃ、俺のプレゼントなんて霞んでしまうな……)
そしてそのプレゼントは、ポケットに突っ込まれたまま、出されることはなかったのだった。
翌日、ジャンは昼から休みを取って、孤児院に行くことにした。アリシアからもらったプレゼントを渡しに行くためだ。しかしそれだけでは人数分に届かないため、行く途中でいくつものプレゼントを買い足した。
(何を買っていいのかわからないもんだな。だからロクロウは、事前に調査に来てたのか)
白い袋にはち切れんばかりのプレゼントを背負って、黒い服を着たサンタクロースは孤児院へと向かう。
子どもたちがわらわらと集まってきて、ジャンは「使って」と一言だけいうと、逃げるようにその場を去った。
遠く離れたところで振り返って見てみると、袋からプレゼントを取り出した子どもたちは皆笑顔になっている。
そんな姿を見て、ジャンも薄く口角を上げた。
(ロクロウがどうして子どもたちにプレゼントをあげてたのか……わかった気がする)
そうしてジャンは自分の手元を見た。
白い袋から取り出していたのは、アリシアがくれた藁人形だ。
これだけは、さすがにプレゼントの中に入れておくのは憚られた。
(これって確か、東方の呪いの人形だよな。ロクロウに聞いたことがある。なんで筆頭は俺にプレゼントしようとしたんだ)
そんなに人を呪いそうな顔をしてたのだろうかと、ジャンはさすがに少し凹んだ。
しかし、相手はあのアリシアだ。なにか勘違いしていた可能性もある。
そう思ったジャンは、アリシアの働く執務室へと戻ってきた。
「あら、ジャン。今日は昼から休むんじゃなかったの?」
「用は済んだから。やることもないし、働くよ」
「休める時は休むものよ?」
「いいんだよ」
ここにはあなたがいるから……という理由は告げずに、目から怪光線を出すに
そんなジャンの手元を見て、アリシアは首を傾げた。
「あら、それは子どもたちにあげなかったの?」
「さすがにこれはあげられないな」
「どうして? あ、ジャンもそれを気に入ったのね! かわいいわよね、藁の人形!」
「……違うから」
否定されたアリシアは、さらに大きく首を傾げる。
「気に入ったんじゃないの?」
「見せてください、ジャン」
執務室にいた副官のルーシエが手を出して、ジャンは彼に藁人形を渡す。
「ああ、これは東方の呪いの人形でしょうか。よくこの王都に売っていましたね」
「え、呪いの人形なの!? 路地裏で不思議なおばあさんが売ってたんだけど、そういえば変な雰囲気だったわね」
「どうして筆頭はそういうの見つけちゃうかな……」
コムリコッツの古代遺跡で、最深部に続くスイッチを見つけたことといい、なにかしら普通ではあり得ないことに遭遇するアリシアである。
「じゃ、その藁人形は処分しておいてちょうだい、ルーシエ」
「はい。かしこまりました」
「いいの、筆頭」
問いかけるジャンに、アリシアは少し呆れてジャンを見つめる。
「ジャンはこの人形を捨てられずにいたんでしょう?」
「うん、まぁそうだけど」
「こういうのは貰い物なんて気にせず、スパッと捨ててしまいなさいな。心に負荷が掛かるものを持っておくなんて、ばからしいわ」
当然のように言うアリシアに、ジャンはふっと息を吐く。
アリシアがカツカツと目の前にやってきて、ジャンの胸に手を置いた。
「筆頭?」
真剣な瞳に、ジャンはドクンと胸を鳴らす。
そんなジャンを見上げて、アリシアは大きな声を張り上げた。
「あなたの
そしてアリシアは太陽のようにニッコリと笑う。
真剣な表情と笑顔の振り幅に、ジャンは参ってしまった。
「……敵わないな……あなたには」
「さ、仕事がんばってちょうだい。たくさんあるわよ!」
アリシアのキラキラした光線を受けて、ジャンは笑い。
「わかった。どれから手をつければいい」
二人はこの日、夜遅くまで一緒に仕事をしたのだった。