目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

54.聞いてもらいてぇと思ってた

 カールとトラヴァスは、寝静まったリオネルとフィンの部屋へと入った。

 そうっと足音を忍ばせて息を止め、カールはフィンの、トラヴァスはリオネルの胸にある勲章を外す。

 ミッションを無事に終えた二人は、勲章を手に再び足音を忍ばせて出ると、今度は急いでトラヴァスの部屋へと移動した。そして扉を閉めると、止めていた息をプハァと吐き出す。


「うっへー、授与式より緊張したぜ。起こしちまったら、全部パァだもんな!」

「まったくだ。なんとかリオネルたちの夢は壊さず済んだか……」


 トラヴァスはほっと息を吐きながら、手の中の勲章を見る。


「カールにこの勲章を渡した時は、どうなることかと思ったが」

「さすがにこれはやれねぇかんな。けどトラヴァスが信じて渡してくれて、嬉しかったぜ!」


 シシシッとカールが笑うと、トラヴァスも少しだけ口の端を上げた。

 フィンにちょうだいと言われた時に、すぐさま『いいぜ』と簡単に承諾できるカールを、トラヴァスは素直に尊敬する。そして子どもたちの機嫌を損ねることなく回収する、その手腕にも。

 トラヴァスがそんなことを考えているなど露知らず、カールは初めて入るトラヴァスの部屋に目を向けた。


「ここがトラヴァスの部屋かー。ベッドが二つあんだな!」

「昔は兄と一緒に使っていたからな。祖父母が亡くなり、叔父たちが出ていってからは別の部屋になったが」

「なるほどな。いつかはトラヴァスも嫁さん貰ってここで暮らすんだろ?」

「さぁな。相手による」


 もうすっかり眠る準備をしている二人は、それぞれのベッドに腰掛けた。


「いんだろ? 付き合ってるやつ。お前、こういうことあんま言わねぇけどよ」

「……そうだな」

「うまくいってねぇのか」

「……」


 カールに言い当てられたトラヴァスは、答えられなかった。

 ローズとはあれからもずっと、付き合い続けてはいる。

 ただ、彼女を抱くたびに罪悪感が生まれ、同時にヒルデとのことを思い出してしまうのだ。

 そう・・ならないように頻度を意識的に減らしているうちに、ローズへの愛情は少しずつ薄まっていた。

 しかしローズからの好意は強く感じていて、別れを切り出すこともできずにいる。

 またトラヴァス自身、ヒルデのことを乗り越えられさえすれば、また彼女とやり直せる時が来るかもしれないという期待もあった。

 ローズのことを嫌いになったわけではないのだ。むしろ仲間として尊敬しているし、公私共に良いパートナーになれるのはローズだけだとも思っている。

 だからこそ、愛情だけが徐々に薄れている現状が、つらい。


「まぁ、言いたくねぇんなら言わなくていいけどよ。お前、抱え込んじまうとこあっからな。言えっ時には言えよ」

「そういうカールはどうなのだ」

「俺は今、彼女はいねーよ」


 いつもの快活な笑みではなく、少し寂しく笑うカールに、トラヴァスは鎌をかける。


「今日のアンナは綺麗だったな」

「おう、そうだな」

「初恋は叶いそうか?」

「い゛っ!?」


 カァッと音を立てそうなほどに一瞬にして真っ赤になっているカールを、トラヴァスは無表情のまま見つめる。

 もしかしたらとは思っていたのだが、確信はなかった。

 それが今確信へと変わり、しかしカールの恋路が絶対に叶わぬものだとわかったトラヴァスは、憐憫の情を向ける。


「おい、トラヴァス……言っとっけど、そんなじゃねぇかんな!?」

「ああ、わかっている。お前はグレイとアンナの邪魔はせん」

「ったりめぇだ。アンナを好きだったのも、過去の話だぜ。今は、本当にいい仲間なんだ。アンナも、グレイもな」

「……そうだな」


 トラヴァスは懸命にそう思おうとしているカールを不憫に思いながらも、もう触れることはしなかった。

 カールはすでに前を向いている。今後年を重ねていけば美しい思い出となり、いずれはアンナ以外の素敵な女性と出会うと、トラヴァスは思えたからだ。

 カールはこの会話を切るためにと立ち上がると、壁中に造り付けられている本棚を見る。


「しかしお前の部屋はやっぱ本が多いよな。伝記とか軍略に紛れて入ってんのって、小説かと思ったけど違ーんだよな。台本っつーの?」

「戯曲だ」

「ふーん。面白ぇ?」

「いいのがある。いくらでも貸すぞ」

「うへぇ、俺は字を読むのはもういいぜ」

「その割に、最近は新聞を読んでいるようだが?」


 ベッドに腰掛けているトラヴァスに、カールはゆっくり振り向いた。

 表情は、互いにない。


「ああ……新聞だけは読んでんだ」

「同室だった頃は、俺がどれだけ読めと言っても読まなかったのにか?」

「……」


 今度はカールが口を噤む番だった。目を沈ませるカールへと、トラヴァスは声を掛ける。


「聞こう。心配するな、誰にも言わん」

「……ああ。俺もトラヴァスには聞いてもらいてぇと思ってた」


 カールはトラヴァスの前に行くと、もう一度ベッドに腰を下ろした。

 向かい合うと、カールは今年の初めにあった出来事を思い出しながら順に話していく。


 年が明けてすぐのあの日、カールの家に三人のストレイアの兵士がやってきた。

 兵士はカールの家に住んでいる、家庭教師のミカを捕縛しにきたのだ。

 ミカの本当の名前はミカヴェル・グランディオルといい、フィデル国の参謀軍師だと告げられた。ミカヴェル自身もそれを認めている。


 ミカヴェルは、十一年前に起こったストレイア王国との抗争で敗走。その際に一度ストレイアが捕縛したが逃走している。

 そして彼はカールの住まう森で行き倒れになった。カールの父親がミカヴェルを助けて、それからはカールの家族とずっと一緒に暮らしていた。


 森で共に暮らし始めて十一年が経ち、兵士たちはミカヴェルの居場所を見つけ出した。ミカヴェルが連れ出された際、兵士たちから〝これは極秘任務だ〟〝誰かに言えば首が飛ぶぞ〟とカールは脅されている。

 ミカヴェルは抵抗することなく、自分の足で出て行った。

 不審に思ったカールは追いかけ、兵士たちの名を聞く。

 小柄な女はティナ、大柄な男はジェイ、三日月ピアスの男はアスと名乗った。

 本名なのか偽名なのかは、今のところ不明である。

 カールはアスという男とやりあうことになり、その間にミカヴェルとティナとジェイは去っていった。

 そしてアスには軽くあしらわれて、最後には風の魔法を使って逃げられたことを、カールは詳細にトラヴァスに話した。


「……ふむ」


 すべてを黙って聞いていたトラヴァスは、手を顎に当ててじっと考える。


「アンナには話す機会があって、ある程度は話してんだ。まぁアンナは、俺が裏切る可能性のことを全否定してくれたけどよ……」

「〝グランディオルは兵器を作り出している〟〝カールは最高傑作〟か……確かにそこを抽出すれば、カールのことを指していると言わざるを得んが……」

「……っ」


 ギッと唇を噛むカールに、トラヴァスは視線を送る。


「あまり気にするな。カールは自分の思う通りに動けばいい。気にしすぎれば、ミカヴェルの思う壺になるぞ」

「……ああ……わかった」


 少し言葉を詰まらせてから頷いたカールに、トラヴァスは整理し終えた情報を共有しようと声にする。


「カールの話で、いくつか気になる点がある」

「なんだ?」

「極秘任務で兵が関わることはまずない。基本は騎士の仕事だ。グランディオルというフィデル国の参謀軍師相手ならば、尚更にな」


 それはカールも思っていたことで、コクリと頷く。


「だよな。俺もおかしいと思ってたんだ」

「軍内でグランディオルの話は、少なくとも俺が知る限り出てはいない。極秘任務ならばアリシア筆頭が把握しているはずだから、聞ければ一番早いんだがな」

「本当に極秘だった場合がやべぇよな」

「ああ。カールはもちろん、聞いてしまった俺も、そしてカールの家族も機密を漏洩したとして処罰は免れんからな」


 カールが一番恐れているのがそこである。

 ただの脅しかもしれないと思いながらも、アンナとトラヴァス以外に言えないのはそのためだ。


「しかし、その兵たちの服が身に沿ってなかったというのは気になる。極秘任務を受けた騎士が兵士に変装した……という線もあるかもしれんが。騎士が動き回っていると目立つからな」

「そっか、そういう理由なら確かに納得もできっけど」

「騎士に、その三人の特徴が当てはまる者がいないか調べてみよう。まぁ俺はその三人を見ていないから、探せるかはわからんが」

「騎士の中にいれば、本当に極秘任務だったっつーことだよな」


トラヴァスは頷きながら他の可能性も考える。


「いなければ、服装通りの兵士だったか。もしくは騎士でも兵士でもない者が、なんらかの理由でミカヴェルを連れ出したのか」

「なんらかって、なんだよ」

「〝助け出す〟か〝利用する〟、この二つのうちのどちらかだろうな」

「助け出すなら、グランディオルに心酔してるやつ、利用するなら軍関係以外では賊ってことか?」

「そうなる。しかし、そもそもその三人がストレイア国民ではない可能性もあるかもしれん」


 トラヴァスの言葉に、カールはバッと顔を上げた。

 もしもあの兵士の素性がストレイア国民でないとすれば、可能性は一つだ。


「まさか、フィデル国の奴か!?」

「グランディオルは、フィデル国奴らが喉から手が出るほど欲しい人材のはずだ。ミカヴェル・グランディオルを取り返しにフィデル国の奴らが潜入した……そうも考えられる」

「そうか……だとしたらミカが抵抗せずにあっさりと出てったことも頷けるぜ。それだ!」

「まだ断定はできん。慎重にならねばな。しかしもしそれが事実だとすれば、上に報告せんわけにはいかん。その可能性が高くなった時にはアリシア筆頭に報告するが……いいか?」


 トラヴァスの確認に、カールは頷く。


「ああ、構わねぇ。けど俺や家族はどうなる?」

「フィデル国の者だった場合、漏洩問題はなくなるから、心配しなくてもいい。カールや家族に聞き取りは行われるだろうが、知らなかったのなら大事にはならん。大丈夫だ」

「そうか、ならいいんだけどよ」


むうっと言いながらも納得するカールに、トラヴァスは一つの懸念を示した。


「しかし、カールがミカヴェルの兵器であり最高傑作だということは、伏せておいた方がよかろう。警戒されて出世に響く」

「わかった。助かるぜ」

「お前には出世してもらわねば、俺も困るからな」

「おう、任せろ!」


 カールがようやく笑ったので、トラヴァスも胸を撫で下ろした。


「やっぱ、トラヴァスに相談してよかったぜ。スッキリした、ありがとな!」

「ああ。もう遅い、俺たちも寝るか」

「おう!」


 カールはほっとすると急に眠くなり、ベッドへと体を横たえた。

 数分もしないうちに寝息が漏れて、そのあまりの早さにトラヴァスは一人笑う。


「安心したのか……相変わらず子どものようなやつだな」

「むにゃ……」


 そんなカールの寝顔を見ながら、トラヴァスは和らいでいた表情をいつもの顔に戻す。


(ミカヴェル・グランディオル……)


 敵国の参謀軍師がカールと接触し、共に暮らしていたという事実。

 考えれば考えるほど、怒りが徐々に湧いてくる。


(カールになにをした……心理戦に長けた男が、カールになにもしなかったわけはないのだ……!)


 一番の友人を。

 共にストレイア王国を平和へと導くはずの騎士を。


(絶対に、グランディオルの思い通りになどさせん……カールをフィデルの兵器になど、させはしない!)


 そして隣のベッドで眠る赤髪の親友へと、トラヴァスはアイスブルーの瞳を送った。


(カールにはストレイア王国一の英雄となってもらう。俺の手でそうさせてやろう……必ず)


 カールをミカヴェルに利用させぬように。

 トラヴァスは、明確な目的に向かって走り始めた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?