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53.お前はよくこんなことが思いつくな

 アンナの家を出たカールは、トラヴァスと並んで歩いていた。

 王都は退勤の時間になるとさらに賑やかで、魔物の出る森とは大違いだなと思いながら、カールはきょろきょろと周りを見る。


「お前ら、こんなとこで育ったんだな。道とか全部覚えてんのか?」

「完璧ではないが、大体はな。騎士になると、最初に覚えるのは王都の地図だぞ。今から道の名前と主要な建物は暗記しておけ」

「うへぇ、マジかよ」

「カールの頭ならば、すぐに覚えられる」

「トラヴァス、俺を過大評価しすぎじゃね?」

「ただの事実だ」


 乗せられているだけのような気がしつつも、そう言われて悪い気はしないカールである。

 二人はあれこれ話しながら、三十分ほど歩き続けた。


「あそこだ。俺の家は」

「へぇ。結構でかい、いい家じゃねーか」

「気を使ってくれるな。アンナの家に比べたら、十数倍劣る」

「いや、アンナの家と比べたら、どの家も劣っちまうっつの」


 カールの言葉にふっと笑うも、すぐに無表情へと戻った。そしてトラヴァスはごく一般的な庶民の家の入り口へと手を伸ばし、扉を開けた瞬間。


「びえぇぇええええええん!! おにいちゃがなぐっちゃ〜〜!!」

「ぼくのおもちゃをとったんだもんっ!」

「こらーー、いい加減にしなさいっ」

「ほやぁ! ほやぁ! ほやぁ!」

「ほら、泣いているわよ! オムツじゃない!?」

「きゃあ、さっき替えたばかりなのにぃ〜〜!?」

「びえぇぇぇぇえええ!! びえぇぇぇえええええ!!」

「わぁああん、ぼくのおもちゃ、またとられたぁぁああ!!」

「ほやぁ! ほやぁ! ほやぁ! ほやぁ!」


 怒涛の声が聞こえてきて、トラヴァスは無表情のままパタンとしめた。

 そしてくるりとカールの方を見る。


「今日はいつも以上だ。うちはやめて、どこかホテルでも取るか?」

「ブッハ!!!!」


 眉をぴくりとも動かさないトラヴァスを見て、カールは吹き出した。


「すげーな! トラヴァスん家!! 面白ぇえ!!」

「耳が痛くなるぞ」


 ゲラゲラ笑うカールににも、トラヴァスは冷静だ。

 カールはヒーヒー言いながら涙を指で拭うと、少し落ち着いてニッと笑った。


「いや、構わねぇよ。俺ん家も弟や妹がチビだった時はあんなだったしな! 懐かしーぜ」

「ならいいが……では、入るぞ」

「おう!」


 再びトラヴァスが扉を開けると、またも地獄のような声が辺りに広がる。

 二人が中に入ると、トラヴァスの母親と義姉がげっそりとした様子でトラヴァスを見た。


「あら、トラヴァス……お帰りなさい」

「ぎゃあああ、それぼくのぉおおおお!!」

「そっちの赤毛の子は、お友達?」

「やーーだーー!! とんないでーー!! やーだー!!」

「ああ、今日一緒に受勲した、カールだ」

「ほやぁ!! ほやぁ!! ほやぁあぁああ!!」

「え、なに!?」 

「だから今日一緒に」

「うぎゃーーー!! ばかーー!!」

「この家に泊まらせ」

「きらーーーい!! あっちいけーーー!!」

「ほぎゃーー!! ほぎゃーー!! ほぎゃーー!!」

「……地獄か、ここは」

「ぶはははは!!」


 大笑いしたカールは、トラヴァスの義姉が抱いている赤子に目を向けた。明らかに疲れている彼女に、「ちょっと抱かせてくれねぇか」と許可を得て、生後十ヶ月に満たない赤子を抱き上げた。


「オムツは変えてもらったんだな、濡れてねぇ。よしよし、よかったなぁ。こりゃ、ただの寝グズだぜ。子どもら静かにさせたら、すぐ寝んだろ」


 そう言うとカールはすぐに赤子を返し、トラヴァスへと目を向ける。


「トラヴァス、カップみっつあるか? ガラスじゃなく、木のカップがいい」

「ああ、あるが……」

「ちょっと貸してくれ」


 トラヴァスが用意した木のカップを手に取ると、カールはテーブルの上に伏せて置いた。

 そして言い合いしている二人子どもたちのところへ向かったカールは、ぐっと足を曲げて視線を合わせる。


「これぼくのぉおおっ」

「ちがうのー!! ぼくのだもーん!!」


 おもちゃを引っ張り合っている二人に向かって、カールはニッと笑った。


「おう、楽しそうだな。おもちゃの取り合い!」

「ちゃのしくないーっ!」

「ないよーー!!」

「そっか、じゃあなんで楽しくねぇことしてんだ?」

「だって、にいちゃがー!」

「ちがうよ、ぼくのをとるからだろー!」

「よしよし、言い分はよーくわかったぜ」


 カールは二人の頭を強引にゴシゴシと撫でた。

 ひっくひっくとぐずぐずになっている子どもたちの顔を、カールは自分の袖で拭いてやる。


「俺はカールっつんだ。お前らの名前を教えてくれっか?」

「ぼくはリオネル……ひっく」

「フィン〜〜びえぇぇええっ」

「リオネルにフィンな! リオ、泣き止んで偉いぜ。フィンは元気だなー! すっげぇ体力! いい騎士になるぜ、お前は!」


 カールはカカカッと笑うと、ふわりとフィンを抱き上げた。おもちゃはフィンの手にあり、手放してしまったリオネルがまた泣きそうになっている。


「リオ、来い。いいもん見せてやるよ」

「う……ひっく……いいものぉ?」


 カールはフィンを抱っこしたまま椅子に座り、リオネルが傍へとやってきた。

 なにをするつもりかと、トラヴァスは少し離れてその様子を見つめる。


「ほれ。これ見てみろ」

「うわぁ……ピカピカのおほしさまー!」


 カールが取り出したのは、貰ったばかりの勲章である。

 それをリオネルは涙と鼻水でベトベトになった手で触っていて、トラヴァスは無表情のまま立ちくらみがして倒れそうになった。


「よし、リオ。それをこん中に入れてみろ」

「え? ここー?」


 伏せたカップのうちのひとつに、カールは勲章を入れさせた。

 膝の上に座っているフィンも、なにをするのかと見ているうちに、泣き声は止まってひっくひっくとしゃくり上げているだけだ。


「よし、今はこのカップに星が入ってっからな。よーーく見とけよ?」


 カールはそう言って、伏せられたみっつのカップをぐるぐると入れ替え始めた。

 ゆっくりと、誰にでもわかるスピードで。


「さぁ、どれに入ってっかわかるか!?」

「これー!」

「こっちー!!」

「お、さすがだなー! 正解だぜ!」

「ぼく、もっとはやくてもわかるよー!」

「ぼくだってー!!」

「よっしゃ、じゃあ次はもうちょっと速くすんぞ!」


 そうしてカールはリオネルとフィンを何度も遊ばせた。

 フィンは当たったり外れたりして、機嫌が悪くなりそうなところを、カールがヒントをあげたりして上手く機嫌をとる。

 十回目を数える頃には、二人はすっかりカールに慣れていた。


「リオ、フィン、ちょっと俺とトラヴァスと一緒に、晩飯買ってこようぜ。なんか食いたいもんあっか?」

「ぼく、りんごー!」

「くっきーがいいー!」

「ははっ! りんごもクッキーもうめぇよな! 売ってっかなぁ」


 そう言ってカールは、ポカンと見ているトラヴァスの義姉と母親に目を向ける。


「まだ晩飯の支度してねぇなら、買ってきてもいいか? 子どもらに食わせたくねぇもんとかあったら、買ってこねぇから」

「え、ええ、晩ご飯の用意まで手が回ってなくてまだだけれど……」

「特に食べさせたくないものもないわ」

「よっしゃ! じゃあ俺たちが出てる間、その子寝かしつけてゆっくりしててくれ。みんなの分買ってくっからよ! 行こうぜ、トラヴァス」

「は? あ、ああ……」


 カールはフィンを左手で抱っこして立ち上がると扉を開け、リオネルの手を繋いで外へと出た。

 トラヴァスは呆気に取られながらも、カールを追いかける。


「手ぇ離すなよ、リオ」

「うん!」

「歩きたくなったら言うんだぜ、フィン」

「わかったー!」


 さっきまでは大喧嘩して泣いていた子どもたちがにこにこ笑っていて、トラヴァスはほうっと息を吐いた。


「カールにこんな特技があったとはな」

「特技ってもんでもねーよ。子どもはなにやってもダメな時はダメだかんな。俺は普段いねぇ人間だから、物珍しかっただけだろ。それよか、なんか食いもん買えるとこあっか?」

「ああ、それならこっちの通りだ」


 少し歩くとすぐにいい香りが漂ってきて、子どもたちもカールも引き寄せられていく。


「かーる、ぼくおりる!」

「おう。なんか食いたいのあったか?」

「そーせーじー!」

「よっしゃ、買おうぜ!」


 フィンを下ろすとリオネルと手を繋いで、お店へと走っていった。

 子どもたちがはしゃぎ、ついでにカールもはしゃいで、あれこれと家族の好みのものを子どもたちに聞き取りながら次々に買い物をしていく。

 トラヴァスは全部出すと言ったが、カールは自分から言い出したのだからと譲らず、結局半分ずつ出すことになった。

 空は綺麗な夕焼けで、影が長く伸びている。


「悪かったな、カール。客をこきつかってしまって」

「お前な、トラヴァス。あんな小せぇ子が家にいたら、大変に決まってんだろ。ちょっとは気遣ってやれよ。いきなり客なんて連れて来られたら、困るだろ?」

「そうか。今後は気をつけよう」

「ったく」


 そう言いながら、カールは笑っていた。できる男のくせに、こういうところには無頓着なトラヴァスがおかしくて。


(ま、トラヴァスはすぐに学習するやつだからな。一回こういう経験があれば、すぐにそれ以上のことをやってくんだろ)


 カールが対処できるのは、昔から弟妹がいて慣れているからだ。末っ子のトラヴァスは、そういう環境になかった。

 甥が生まれた頃には軍学校の寮に入っていたし、子ども相手の大変さもそこまで理解が及んでいない。


「かーるー! くっきー、くっきーあるー!」

「よっしゃ、それも買って帰ろうぜ!」


 カールたちは調理済みの食事を購入し、歩き疲れたフィンを背負った。

 左手には多くの荷物を抱えて、トラヴァスの家へと戻ってくる。

 そこには先ほどはいなかったお腹の大きな女性と、三人の男性も増えていた。


「お客様なのに、迷惑をかけちゃってごめんなさいね! お料理、いくらだった?」

「あー、いいっていいって! 俺が勝手にやったことだし、トラヴァスも出してくれたからな。それよか、このテーブルに並べていいか?」


 カールの言葉で皆は皿やフォークを準備し、買ってきた食べ物を並べ始めた。

 ハーブのローストチキン、グリル野菜の盛り合わせ、スパイスライスにミートポケットパイ、ソーセージ。

 さらにトラヴァスが持っていた陶器の容器を出すと、キノコのクリームスープの湯気が立ち上がった。

 それにリオネルおすすめの焼きリンゴとキャラメルソースの包みに、フィンリクエストのスマイルフェイスクッキーだ。

 リオネルとフィンが並べるたびに、僕が買った、僕が選んだ、これはお父さんが好きだからと嬉しそうに語っている。

 すべてをテーブルに並べると壮観で、温かいうちに食べようと食事が始まった。

 大人数が食事を囲んでいるので、争奪戦のようになっている。


「カールくんだったわね。いつもトラヴァスから話は聞いているのよ。いい仲間がいるって」

「母さん、それは言わなくていいです」


 隣でトラヴァスが無表情で答えている。家族に丁寧な言葉を使うあたり、トラヴァスだよなと思いながら、カールは口を開いた。


「トラヴァス、みんなを紹介してくれよ。人数多くてわけわかんねぇ」

「ああ、そうだな」


 そう言って、トラヴァスは順番に目を向けながら家族を紹介する。


「父のアルド、母のシルヴィア」

「初めまして、よく来てくれたね、カール」

「改めて、よろしくね」


 トラヴァスは自分の両親から、すぐさま次の二人へと視線を移した。


「兄のローディに、その奥方のナリス。リオネルとまだ赤子のケイラスは、二人の子どもだ」

「トラヴァスと仲良くしてやってくれて、ありがとうなカール!」

「さっきはありがとう、カールくん」


 ローディは快活に笑っていて、トラヴァスとは似ても似つかない男だ。

 さらにトラヴァスは、もう一組の夫婦へと顔を向けた。


「姉のレイナと、夫のアーサー。フィンは二人の子どもで、もうすぐ二人目も生まれる予定だ」

「さっきはフィンがお世話になったみたいでありがとう。ちょっとお腹が張って寝てたのよー」

「子どもたちをすぐ泣き止ませたんだって? すごいなぁ!」


 感嘆の声を上げるアーサーに、カールはへへッと笑って見せる。


「俺を含めて、今のところ家族は十人だ。そのうち十一人になるな」

「すげー大家族だな! みんなここに住んでんのか?」

「ああ、王都は家賃が高くてな。大きめの家を借りて皆で住む方が、安上がりなのだ」

「なるほどなぁ」


 カールはスパイスライスをかき込みながら納得した。

 トラヴァスの両親や兄姉を、知的で物静かな人たちだと勝手に想像していたが、まったく違っていて笑ってしまいそうになる。


「そう言えば今日、トラヴァスくんは勲章の授与式だったんだろう?」


 トラヴァスの義兄に当たるアーサーが問いかけ、周りはあまり興味なさそうに「へぇー」と呟いている。関心があるのはアーサーだけだ。


「すごいことじゃないか。おめでとう!」

「ありがとうございます、アーサー義兄さん」

「ってことは、カールくんも貰ったの?」

「おう、貰ったぜ」

「まぁ〜、若いのにすごいのねぇ」


 褒められたカールはへへッと鼻を擦った。

 わいわいとしながら食べ終えると、カールは積極的に片付けを手伝う。

 一区切りつくと、もう一度カップで勲章を当てる遊びをリオネルとフィンにせがまれた。カールは笑顔で承諾し、カップへと無造作に勲章を放り込む。

 何度やっても飽きない子どもたちに、カールもまた何度でも付き合った。


「すげぇな、フィン! 速くしても当たるようになってきてるぜ!」

「へへへ〜!」


 嬉しそうなフィンに、しかしレイラが大きなお腹で腰に手を当て口を開く。


「フィン、リオネルもそろそろ寝る時間よ。カールお兄ちゃんにお礼を言って、寝室に行きなさい」

「えー!」

「まだあそぶー!」

「もう、迷惑でしょう!」

「俺はいいけどよ、寝る時間は守んねぇとな」


 カールが二人の頭をわしわしと撫でると、フィンは悲しそうに顔を上げた。


「かーる、あしたかえるのー?」

「おう。朝イチにここを出る予定だ」

「うー……じゃあ、これちょうだい!」


 そう言って指差したのは、カールの星型の勲章である。カールは笑うと、大きく頷いた。


「ああ、いいぜ」


 あっさりと許可するカールに、周りの大人はぎょっと目を剥いている。

 さすがのトラヴァスも、口をぽかんと開けた。


「そのかわりこれからは、いとこ兄弟仲良くするんだぜ!」

「うん!!」

「よっしゃ、じゃあつけてやる」


 カールは勲章をフィンの胸につけてやった。フィンの目はキラキラと輝いていて、カールはニッと笑う。

 しかしその隣で、リオネルが泣きそうな目をカールに向けた。


「ぼくも……それ、欲しかったぁ……」

「ああ、もう一個あっからよ、大丈夫だ。おい、トラヴァス!」


 名前を呼ばれたトラヴァスは、冗談だろうと声を上げたいのを我慢してひとつ息を吐くと、胸から勲章を外してカールに渡す。「サンキュー」と軽いカールである。

 本当にやるつもりじゃないだろうなという不安が、トラヴァスにないわけではない。


「リオは今日めっちゃ頑張ったもんな! これでよしと」


 カールに勲章をつけられたリオネルの顔が、フィンと同じようにキラキラと輝き始めた。


「わぁ、ありがと!」

「わぁい!!」

「ただな、リオ、フィン」


喜ぶ二人を前に、しかしカールは今までにない真剣な顔を見せた。

それを見て驚いた二人が、どうしたことかと目を向ける。


「このお星様は今晩、空に戻らなきゃいけねぇんだ」

「……そうなの?」

「おう。昨日の夜、こいつらはうっかり落ちてきちまったんだよ。空にはいっぱいこいつらの家族がいる。リオもフィンも、家族と離れ離れになったら寂しいだろ?」


リオネルとフィンは、同時に目を合わせると頷いた。


「うん、やだー!」

「さみしいー!」

「じゃあお前らで、このお星様を空に帰してやってくんねーか」

「どうすればいいの?」


乗ってきたリオネルたちに、カールは目を細めた。


「簡単だ。これをつけたお前らが、いっぱい寝んだよ。寝ると力が溜まるからな。そうすれば星は自力で空に昇っていける。だからこいつらのために、今からいっぱい寝てやってくれ。そうすりゃ、今晩中に空に帰れるはずだ。できるな?」

「うん、できるよ!!」

「おほしさま、おそらにかえすー!!」


 そう言うとリオネルとフィンは、我先にと寝室へ向かっていった。

 へへッと笑って腰を上げたカールに、大人たちは「お見事」と笑っている。

 トラヴァスも同様に、年下のカールへと尊敬の目を向けた。


「お前はよくこんなことが思いつくな」

「そっか? 別に普通だろ。それよか、新聞ねぇか?」

「新聞ならとっているが……今日は特にこれと言った記事はなかったぞ。授与式が載るのも明日だろう」

「ああ、いんだ。ただ読みてぇだけだからよ」


 話を聞いていたローディが新聞を持ってきて、カールに渡す。

 礼を言ってソファーに座ったカールは、新聞を広げると片っ端から読み始めた。

 その新聞を読むカールの姿がやたらと様になっているので、トラヴァスは少し眉を顰めていた。

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