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51.これからも精進して参ります

 勲章の授与式が始まった。

 王権の大広間は、重厚な柱と煌びやかな装飾が威厳を放っている。

 筆頭大将アリシアをはじめ、軍のトップや貴族たちも参列していた。

 息を呑むような静けさ。

 アンナ、グレイ、トラヴァス、カールは中央へと並び、その時を待った。


 カツンと音がして、ストレイア国王であるシウリスが、右前方の扉から中へと入ってくる。その後ろには、王弟であるフリッツもいた。シウリスの一歩一歩が広間に響き渡る。

 シウリスが受章者の方へと向いた瞬間、アンナたちは右足を引いて跪き、すっと頭を垂れた。

 フリッツは後ろに控えたまま、シウリスだけが四人の前へとやってくる。


 どきん、どきんとアンナの心臓は揺れた。


 服はオルト軍学校の兵服ではなく、群青色の騎士服を身に纏っている。

 通常は騎士にしか許されない服ではあるが、受勲の際にはこちらが正式だと用意されていたのだ。

 髪も結い上げられて、アンナはルーシエに化粧をしてもらっている。普段の自分ではない感じが、さらにアンナの胸をどきどきとさせていた。

 隣にいるグレイもジャンに髪を撫でつけられて、いつもある前髪は後ろへと流されている。

 普段見せない額が可愛く、慣れない髪型に仏頂面するグレイをさらに愛おしく感じるのも、胸を高鳴らせるのに拍車をかけていた。

 トラヴァスも髪を後ろに流されていて、カールはセンター分けにされている。

 それぞれの見慣れない姿を確認し合った時は皆、無表情やら無愛想やら笑い転げるやら、ドキドキするやらだった。


(今日は、さすがにお言葉をくださるかしら……)


 またなにも言われないことも覚悟しなければいけないが、公式の場であるだけに期待してしまう。

 そんなアンナの緊張をよそに、威厳のある声が広間に響いた。


「面を上げよ。そして立つがよい」


 国王の言葉に、アンナたちは言われるがままキビキビと立ち上がる。

 目の前には式典の煌びやかな衣裳を身に纏い、赤いマントを揺らすシウリスの姿。

 シウリスは四人の姿を確認すると、ゆっくりと口を開く。


「此度のバキア討伐、見事であった。竜という災厄に立ち向かい討ち果たしたその勇気と力、そしてストレイアの民を守り抜いた行いに、心からの感謝を捧げる。お前たちの働きがあったからこそ、民という未来の宝は守られた。ここに、その功績を讃え、我がシウリスの名において勲章を授ける」


 すらすらと慣れた様子で言葉を紡ぐと、アリシアが四つの勲章を載せた台座を持って現れ、その一つをシウリスに渡している。

 メダルの部分は銀色の星型。布地は深い紺色に金糸で縁取られていて、小さくシンプルながらも目を引いた。

 その勲章を持ち、シウリスはトラヴァスの前へと移動する。


「ストレイア王国第三軍団、小隊長トラヴァス」

「は」


 名を呼ばれたトラヴァスは、いつも通りの無表情で返事をした。


「氷徹の異名通りの冷徹な判断力と、見事な氷魔法であった。その冷静さと鍛錬を讃え、この勲章を授ける」


 差し出された勲章を受けとったトラヴァスは、淡々とした声を出す。


「この勲章に恥じぬよう、さらなる研鑽を積み、王国の繁栄に寄与いたします」


 シウリスはふんっと笑うと、カールの方へと体を向けて次の勲章を手に取る。


「オルト軍学校第四期生カール」

「ッハ!」

「お前の察知する能力は、多くの仲間を助ける力となるだろう。その俊敏性には目を見張るものがあった。この国を照らす光となるよう、弛まぬ努力を続けてゆけ」


 その言葉と共にシウリスから勲章を手渡されたカールは、ニッと不敵に笑う。


「ストレイア王国とこの国に生きる民のために、剣を振るい続けることを誓います!」

「っふ。良き心がけだ」


 シウリスもニィッと笑うとカツンカツンと移動して、次はグレイの方へと体を向けた。


「オルト軍学校第三期生グレイ」

「っは」

「鋭く力強いお前の剣は、仲間のみならず、民に勇気を与える存在になるであろう。その力と腕を誇れ。我が右腕になることを期待している」


 勲章を授与されたグレイは、若干の訝しみを含ませながらも声を上げる。


「ストレイア王国のためにこの力を尽くし、守るべき者を守り抜く覚悟です」

「守り抜く……その言葉を忘れるなよ、グレイ」

「……っは」


 シウリスの念を押すような言葉。グレイはその意味を詳しく聞きたかったが、問いただせる場でも相手でもなかった。

 最後にシウリスは、アンナの方へと体を向ける。


「オルト軍学校第四期生アンナ」

「っは!」


 とうとう来た、とアンナは幼馴染みに顔を向けた。

 化粧をしている姿は初めてのため、変に思われていないだろうかと気にかかる。


「………………」


 シウリスはアンナの前で喉を詰まらせていた。

 いつまで待っても言葉が紡がれず、奇妙な沈黙が場を支配する。


(やっぱり、私に掛ける言葉なんてないんだわ……)


 胸がぎゅっと痛んで、泣くまいとアンナは奥歯を噛み締めた。


「シウリス様。アンナにもお言葉を」


 隣から小声でアリシアが促すことで、シウリスはようやくその息を吸い込む。


「よく、やった。あの戦いを照らす女神のようであったぞ。仲間を守り抜いたその勇気と力を讃える」


 シウリスの手から渡されたその星型の勲章を。

 アンナは震えそうになる手に力を入れて、そっと受け取った。


「そのお言葉を胸に、これからも精進して参ります……!」


 アンナが絞り出すように伝えると、シウリスは数歩戻った。そしてアリシアへと声を掛ける。


「勲章を胸につけてやれ」

「っは」


 今度はアリシアが直属の部下へと目配せした。

 ジャン、マックス、フラッシュ、ルーシエが素早くアンナたちの前へとやって来て、渡された勲章を胸へとつける。

 全員の胸に星型の勲章が光ると、ジャンたちはすぐに下がっていった。

 それを確認したシウリスが、威厳に満ちた表情で声を上げる。


「我がストレイア王国の民を救いし四人の英雄よ。この勲章はお前たちの努力の証であり、誇りである。今後もその力と誓いを、この国と民のために捧げよ」

「「「「っは!」」」」


 最後にシウリスはふっと笑って。


「さらなる成長を期待している」


 そう言うと、赤いマントを翻し、王権の大広間から去っていった。

 まだ王族の一人であるフリッツが退室していないため、アンナたちはそのまま動かずにアリシアの指示を待つ。


「僕も少しいいかい?」


 するとフリッツがアリシアにそう問いかけ、アリシアは「ぜひ」と頷きを見せた。

 跪こうとするアンナたちに、「そのままで」とフリッツは素早く遮る。


「僕もあの場にいたからよくわかる。君たちの勇気と強さが」


 亜麻色の髪と銀灰色の瞳は、穏やかだった。まだ十四歳だからということもあるが、迫力のあるシウリスとは正反対だ。


「素晴らしい、見事な戦いだった。僕を含め、あの場にいた全員が君たちに助けられたんだ。君たちのような騎士がいることを、王族として、また一人の人間として、心より感謝する」


 十四歳の少年王族に敬意を払い、四人は敬礼をする。

 それを見てにこりと笑ったフリッツに癒されるように、皆の頬は緩んだ。


「じゃあ、あとは頼んだよ、アリシア」

「はっ、承知致しました」


 アリシアも敬礼して見せると、フリッツは優雅に大広間を出ていった。

 王族がいなくなると、参列者は緊張を解いて自由に動き始める。

 アンナたちは貴族や軍の上層部らに、おめでとう、よくやった、素晴らしいと話しかけられた。竜の話や戦闘の内容を聞きたがる者もいて、説明が面倒になってきたところで、アリシアが「その辺で」とスパッと切り上げる。

 拍手と称賛の言葉を浴びて後ろの扉から退室し、アリシアの執務室へと戻ってきた。


「さ、みんなご苦労様だったわね! 初めての受勲にしては、上出来だったわよ」


 胸にたくさんの勲章がつけられている筆頭大将からの褒め言葉に、皆はほっと息を漏らす。


「おー、割と緊張したよな!」

「本当? 全然そんな風に見えなかったわよ、カールは」

「アンナは緊張しまくってたかんなー」

「やだ、私、そんなに緊張してるように見えた?」


 カールの言葉に驚いたアンナは、グレイとトラヴァスに問いかける。


「確かにアンナは緊張していたな」

「ああ、めちゃくちゃしてたぞ」


 無表情と無愛想が同時に肯定し、アンナはむうっと頬を膨らませた。


「だって……国王陛下を前に、緊張するなって方が無理よ。参列者も大物ばかりだったし」

「確かにな。気にするな、アンナ。私も少し緊張していた」

「俺はそんなにだな。周りがどういう大物か、よくわかっていなかったのが幸いしたのかもしれないが」

「家に帰ったら貴族年鑑を見せてあげるわよ、グレイ」

「……お勉強か……」


 グレイは少しゾッとして溜め息を吐きそうになったが、アリシアがじっと見ていたのに気づいて、慌てて飲み込んだ。


「あなたたち、オルト軍学校へは明日馬車を出してあげるわ。今から帰ると夜中になっちゃうから、今日は王都に泊まっていきなさい。希望のホテルがあれば、そこを取ってあげるわよ」


 そう言われて、アンナとグレイは顔を見合わせると頷いた。


「私とグレイはいらないわ」

「あら。家に行くの?」

「はい。風を通しておきたいですし」

「家なら、貴族年鑑も見せられるものね」

「……勉強会は、また今度でよくないか……?」


 少し眉を寄せるグレイに、アンナは口角を上げて笑みを見せただけだ。

 次にアリシアは、トラヴァスへと顔を向ける。


「あなたは? トラヴァス」

「私はいつも通り宿舎に戻るので不要です」

「こんな時くらい、ホテルに泊っちゃいなさいな」

「国民の血税を、宿舎があるのに使う必要はありませんから」

「まぁそうね。カール、あなたはどこにする?」

「あ? うーーん」


 アリシアに問われて、カールは眉根を寄せた。


「っつっても俺、王都にどんなホテルがあっかなんて、知らねぇしな……血税っつわれると、無駄に使えねぇし。雨風しのげりゃあどこでもいいんだけどな」

「ではカール、私の実家に泊まるか? 少し歩くが、私も受勲を知らせなければと思っていたし、ちょうどいい」


 トラヴァスの提案を受けて、一人でホテルに泊まらなければいけないと思っていたカールの顔は輝いた。


「お、マジか! でもいいのか? いきなり見も知らねぇ俺が押し掛けちまっても」

「別に構わない。カールのことは家族にも話したことがあるし、歓迎してくれるだろう。少々うるさい家だが、カールがそれでもいいならな」

「いいって! 一人ホテルで勲章眺めてるよか、よっぽどいいかんな!!」


 カールの言い草にトラヴァスは頬を緩める。

 二人の決定に、行方を見守っていたアリシアは大きく頷いた。


「じゃあ、それで決まりね! トラヴァス以外は騎士服を返してちょうだい。勲章は失くさないように、各自きちんと保管すること」

「わかったわ」

「うへぇ、失くしそうだぜ」

「こんな大事なものを失くすと、出世に響くんじゃないか?」

「常に身につけておけばよかろう」


 四人はお互いの胸で光る、小さな星型が施された勲章を見て。

 誇らしさに胸を張り、微笑み合うのだった。


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