勲章の授与式が始まった。
王権の大広間は、重厚な柱と煌びやかな装飾が威厳を放っている。
筆頭大将アリシアをはじめ、軍のトップや貴族たちも参列していた。
息を呑むような静けさ。
アンナ、グレイ、トラヴァス、カールは中央へと並び、その時を待った。
カツンと音がして、ストレイア国王であるシウリスが、右前方の扉から中へと入ってくる。その後ろには、王弟であるフリッツもいた。シウリスの一歩一歩が広間に響き渡る。
シウリスが受章者の方へと向いた瞬間、アンナたちは右足を引いて跪き、すっと頭を垂れた。
フリッツは後ろに控えたまま、シウリスだけが四人の前へとやってくる。
どきん、どきんとアンナの心臓は揺れた。
服はオルト軍学校の兵服ではなく、群青色の騎士服を身に纏っている。
通常は騎士にしか許されない服ではあるが、受勲の際にはこちらが正式だと用意されていたのだ。
髪も結い上げられて、アンナはルーシエに化粧をしてもらっている。普段の自分ではない感じが、さらにアンナの胸をどきどきとさせていた。
隣にいるグレイもジャンに髪を撫でつけられて、いつもある前髪は後ろへと流されている。
普段見せない額が可愛く、慣れない髪型に仏頂面するグレイをさらに愛おしく感じるのも、胸を高鳴らせるのに拍車をかけていた。
トラヴァスも髪を後ろに流されていて、カールはセンター分けにされている。
それぞれの見慣れない姿を確認し合った時は皆、無表情やら無愛想やら笑い転げるやら、ドキドキするやらだった。
(今日は、さすがにお言葉をくださるかしら……)
またなにも言われないことも覚悟しなければいけないが、公式の場であるだけに期待してしまう。
そんなアンナの緊張をよそに、威厳のある声が広間に響いた。
「面を上げよ。そして立つがよい」
国王の言葉に、アンナたちは言われるがままキビキビと立ち上がる。
目の前には式典の煌びやかな衣裳を身に纏い、赤いマントを揺らすシウリスの姿。
シウリスは四人の姿を確認すると、ゆっくりと口を開く。
「此度のバキア討伐、見事であった。竜という災厄に立ち向かい討ち果たしたその勇気と力、そしてストレイアの民を守り抜いた行いに、心からの感謝を捧げる。お前たちの働きがあったからこそ、民という未来の宝は守られた。ここに、その功績を讃え、我がシウリスの名において勲章を授ける」
すらすらと慣れた様子で言葉を紡ぐと、アリシアが四つの勲章を載せた台座を持って現れ、その一つをシウリスに渡している。
メダルの部分は銀色の星型。布地は深い紺色に金糸で縁取られていて、小さくシンプルながらも目を引いた。
その勲章を持ち、シウリスはトラヴァスの前へと移動する。
「ストレイア王国第三軍団、小隊長トラヴァス」
「は」
名を呼ばれたトラヴァスは、いつも通りの無表情で返事をした。
「氷徹の異名通りの冷徹な判断力と、見事な氷魔法であった。その冷静さと鍛錬を讃え、この勲章を授ける」
差し出された勲章を受けとったトラヴァスは、淡々とした声を出す。
「この勲章に恥じぬよう、さらなる研鑽を積み、王国の繁栄に寄与いたします」
シウリスはふんっと笑うと、カールの方へと体を向けて次の勲章を手に取る。
「オルト軍学校第四期生カール」
「ッハ!」
「お前の察知する能力は、多くの仲間を助ける力となるだろう。その俊敏性には目を見張るものがあった。この国を照らす光となるよう、弛まぬ努力を続けてゆけ」
その言葉と共にシウリスから勲章を手渡されたカールは、ニッと不敵に笑う。
「ストレイア王国とこの国に生きる民のために、剣を振るい続けることを誓います!」
「っふ。良き心がけだ」
シウリスもニィッと笑うとカツンカツンと移動して、次はグレイの方へと体を向けた。
「オルト軍学校第三期生グレイ」
「っは」
「鋭く力強いお前の剣は、仲間のみならず、民に勇気を与える存在になるであろう。その力と腕を誇れ。我が右腕になることを期待している」
勲章を授与されたグレイは、若干の訝しみを含ませながらも声を上げる。
「ストレイア王国のためにこの力を尽くし、守るべき者を守り抜く覚悟です」
「守り抜く……その言葉を忘れるなよ、グレイ」
「……っは」
シウリスの念を押すような言葉。グレイはその意味を詳しく聞きたかったが、問いただせる場でも相手でもなかった。
最後にシウリスは、アンナの方へと体を向ける。
「オルト軍学校第四期生アンナ」
「っは!」
とうとう来た、とアンナは幼馴染みに顔を向けた。
化粧をしている姿は初めてのため、変に思われていないだろうかと気にかかる。
「………………」
シウリスはアンナの前で喉を詰まらせていた。
いつまで待っても言葉が紡がれず、奇妙な沈黙が場を支配する。
(やっぱり、私に掛ける言葉なんてないんだわ……)
胸がぎゅっと痛んで、泣くまいとアンナは奥歯を噛み締めた。
「シウリス様。アンナにもお言葉を」
隣から小声でアリシアが促すことで、シウリスはようやくその息を吸い込む。
「よく、やった。あの戦いを照らす女神のようであったぞ。仲間を守り抜いたその勇気と力を讃える」
シウリスの手から渡されたその星型の勲章を。
アンナは震えそうになる手に力を入れて、そっと受け取った。
「そのお言葉を胸に、これからも精進して参ります……!」
アンナが絞り出すように伝えると、シウリスは数歩戻った。そしてアリシアへと声を掛ける。
「勲章を胸につけてやれ」
「っは」
今度はアリシアが直属の部下へと目配せした。
ジャン、マックス、フラッシュ、ルーシエが素早くアンナたちの前へとやって来て、渡された勲章を胸へとつける。
全員の胸に星型の勲章が光ると、ジャンたちはすぐに下がっていった。
それを確認したシウリスが、威厳に満ちた表情で声を上げる。
「我がストレイア王国の民を救いし四人の英雄よ。この勲章はお前たちの努力の証であり、誇りである。今後もその力と誓いを、この国と民のために捧げよ」
「「「「っは!」」」」
最後にシウリスはふっと笑って。
「さらなる成長を期待している」
そう言うと、赤いマントを翻し、王権の大広間から去っていった。
まだ王族の一人であるフリッツが退室していないため、アンナたちはそのまま動かずにアリシアの指示を待つ。
「僕も少しいいかい?」
するとフリッツがアリシアにそう問いかけ、アリシアは「ぜひ」と頷きを見せた。
跪こうとするアンナたちに、「そのままで」とフリッツは素早く遮る。
「僕もあの場にいたからよくわかる。君たちの勇気と強さが」
亜麻色の髪と銀灰色の瞳は、穏やかだった。まだ十四歳だからということもあるが、迫力のあるシウリスとは正反対だ。
「素晴らしい、見事な戦いだった。僕を含め、あの場にいた全員が君たちに助けられたんだ。君たちのような騎士がいることを、王族として、また一人の人間として、心より感謝する」
十四歳の少年王族に敬意を払い、四人は敬礼をする。
それを見てにこりと笑ったフリッツに癒されるように、皆の頬は緩んだ。
「じゃあ、あとは頼んだよ、アリシア」
「はっ、承知致しました」
アリシアも敬礼して見せると、フリッツは優雅に大広間を出ていった。
王族がいなくなると、参列者は緊張を解いて自由に動き始める。
アンナたちは貴族や軍の上層部らに、おめでとう、よくやった、素晴らしいと話しかけられた。竜の話や戦闘の内容を聞きたがる者もいて、説明が面倒になってきたところで、アリシアが「その辺で」とスパッと切り上げる。
拍手と称賛の言葉を浴びて後ろの扉から退室し、アリシアの執務室へと戻ってきた。
「さ、みんなご苦労様だったわね! 初めての受勲にしては、上出来だったわよ」
胸にたくさんの勲章がつけられている筆頭大将からの褒め言葉に、皆はほっと息を漏らす。
「おー、割と緊張したよな!」
「本当? 全然そんな風に見えなかったわよ、カールは」
「アンナは緊張しまくってたかんなー」
「やだ、私、そんなに緊張してるように見えた?」
カールの言葉に驚いたアンナは、グレイとトラヴァスに問いかける。
「確かにアンナは緊張していたな」
「ああ、めちゃくちゃしてたぞ」
無表情と無愛想が同時に肯定し、アンナはむうっと頬を膨らませた。
「だって……国王陛下を前に、緊張するなって方が無理よ。参列者も大物ばかりだったし」
「確かにな。気にするな、アンナ。私も少し緊張していた」
「俺はそんなにだな。周りがどういう大物か、よくわかっていなかったのが幸いしたのかもしれないが」
「家に帰ったら貴族年鑑を見せてあげるわよ、グレイ」
「……お勉強か……」
グレイは少しゾッとして溜め息を吐きそうになったが、アリシアがじっと見ていたのに気づいて、慌てて飲み込んだ。
「あなたたち、オルト軍学校へは明日馬車を出してあげるわ。今から帰ると夜中になっちゃうから、今日は王都に泊まっていきなさい。希望のホテルがあれば、そこを取ってあげるわよ」
そう言われて、アンナとグレイは顔を見合わせると頷いた。
「私とグレイはいらないわ」
「あら。家に行くの?」
「はい。風を通しておきたいですし」
「家なら、貴族年鑑も見せられるものね」
「……勉強会は、また今度でよくないか……?」
少し眉を寄せるグレイに、アンナは口角を上げて笑みを見せただけだ。
次にアリシアは、トラヴァスへと顔を向ける。
「あなたは? トラヴァス」
「私はいつも通り宿舎に戻るので不要です」
「こんな時くらい、ホテルに泊っちゃいなさいな」
「国民の血税を、宿舎があるのに使う必要はありませんから」
「まぁそうね。カール、あなたはどこにする?」
「あ? うーーん」
アリシアに問われて、カールは眉根を寄せた。
「っつっても俺、王都にどんなホテルがあっかなんて、知らねぇしな……血税っつわれると、無駄に使えねぇし。雨風しのげりゃあどこでもいいんだけどな」
「ではカール、私の実家に泊まるか? 少し歩くが、私も受勲を知らせなければと思っていたし、ちょうどいい」
トラヴァスの提案を受けて、一人でホテルに泊まらなければいけないと思っていたカールの顔は輝いた。
「お、マジか! でもいいのか? いきなり見も知らねぇ俺が押し掛けちまっても」
「別に構わない。カールのことは家族にも話したことがあるし、歓迎してくれるだろう。少々うるさい家だが、カールがそれでもいいならな」
「いいって! 一人ホテルで勲章眺めてるよか、よっぽどいいかんな!!」
カールの言い草にトラヴァスは頬を緩める。
二人の決定に、行方を見守っていたアリシアは大きく頷いた。
「じゃあ、それで決まりね! トラヴァス以外は騎士服を返してちょうだい。勲章は失くさないように、各自きちんと保管すること」
「わかったわ」
「うへぇ、失くしそうだぜ」
「こんな大事なものを失くすと、出世に響くんじゃないか?」
「常に身につけておけばよかろう」
四人はお互いの胸で光る、小さな星型が施された勲章を見て。
誇らしさに胸を張り、微笑み合うのだった。