バキアの討伐から数日が経った。
活躍したアンナら四人には、勲章が授与される運びとなり、王都から迎えが来ていた。アンナとグレイとカールは専用の馬車に乗り、王都ラルシアルへと向かう。
秋の風は少し肌寒くなっていたが、空は青く清々しい。
「まさか、オルト軍学校在籍中に勲章がもらえるなんてな!」
ニシシッとカールが笑い、グレイは胸を張って頷く。
「オルト軍学校始まって以来の快挙らしいぞ」
「私までもらっちゃっていいのかしら……」
「当然だろ。アンナがいなけりゃ、俺たちの勝利はなかったんだ」
グレイが隣に座るアンナを気にかける。その優しさに、アンナはようやく笑みを見せた。
「ありがとう。勲章をもらえるのは、すっごく嬉しいわ」
「俺たちのチームワークで得た栄光だぜ! 胸張って受け取れよ、アンナ!」
「ええ、カール。そうするわ!」
元気になったアンナを見てカールはカカカと笑い、グレイは目を細める。
馬車は授与式のある王宮へと、景色を走らせていった。
王都ラルシアルに入り、王宮を目の前にしたカールは、顔をぐうっと上へ向けて背中を逸らした。
「うお……これが王宮かよ……」
荘厳な王宮は、白大理石の壁と黄金の装飾が輝いている。基本の構造は三階建てではあるが、天井が高いためにかなり高く感じさせるものだ。
「カールは王宮に来るのは初めてだった?」
「王都に来んのも初めてだぜ。すげーな、人の数」
「俺も王宮に入るのは初めてだからな。間近で見ると、迫力が違う」
はぁーっと感嘆の息を漏らす二人に、アンナは余裕の笑みを向けていると、金色の髪を揺らしながら一人の女性が中から歩いてきた。
「来たのね! 三人とも、よくやったわ。私も鼻が高いわよ!!」
ばばーんとやってきたのは筆頭大将アリシアである。
その表情は顔から口がはみ出しそうなほどの、満面の笑みだ。
「母さ……アリシア、筆頭!?」
「わざわざ筆頭大将がお出迎えに来てくれたんですか。痛み入ります」
「いやぁねぇ、アンナもグレイもかしこまっちゃって!」
「いや……普通かしこまるだろう……」
グレイの呟きを気にもせず、アリシアは娘とその恋人の肩をバシバシと叩いた。
「アリシア筆頭、お久しぶりです!」
ビシッと肩口に拳を当てる敬礼をしながら、カールも笑みで挨拶をする。
「久しぶりね、カール。ホワイトタイガーの件以来かしら? あなたもバキア相手に活躍したと聞いているわ。よくやったわね!」
「ありがとうございます! やりました!」
「あっははは!! うんうん、若者はそうでなくっちゃ! グレイとアンナはちょっと、年寄りくさいのよ」
「……母さんに言われたくないわ……」
自分こそ年相応になれ、という意味の含んだアンナのぼやきを、アリシアは気にも留めず王宮に向かって足を踏み出す。
「ついて来なさい。授与式までまだ時間があるから、王宮内を少しだけ案内してあげるわ」
颯爽と歩き始めたアリシアの後ろを、アンナたちは追いかけるようについていった。
王宮の中は高窓から光が差し込み、神聖な空間を照らしている。群青色の制服を着た騎士や使用人が行き交う広間では、重厚な絨毯と細やかな彫刻の柱が並び、王の威光を感じさせた。
騎士たちはアリシアを見ると敬礼し、アリシアは時折「今日は頼むわよ」「この間の件、よろしくね!」などと声を掛けている。
そんな母親の姿を見るとアンナの胸は大きく膨らみ、気分が高揚した。
アリシアは騎士の詰め所や、王宮礼拝堂、フロリアの彩庭と呼ばれる美しい中庭、舞踏会場を案内し、その都度アンナたちはほうっと息を吐いた。
どこを見ても広々としているだけでなく、荘厳で輝き、受け継がれて来た歴史を感じさせる趣きのあるものばかりだ。
「やっぱり王宮はとんでもないな。住む世界が違う」
「なに言ってるの! あなたたちはここで働くことになるのよ。今から慣れておきなさいな。さて、今から行くところは、第三軍団の軍務室よ。そろそろトラヴァスを呼んでおきましょ」
さっさと決めると、アリシアはその第三軍団の軍務室へとノックをしてから入る。
将であるデゴラと話したあと、トラヴァスが呼ばれて出てきた。
「アリシア筆頭。時間より早いようですが」
「まぁいいじゃないの! 折角四人がそろったんだもの。少しは一緒にいたいでしょう?」
バチッとアリシアのウインクを受けたトラヴァスは無表情で「ありがとうございます」と礼を言う。そしてニコニコニヤニヤしている仲間の方へと、顔を向けた。
「来たのだな。皆、疲れてはいないか」
無表情の中に、トラヴァスの嬉しそうな感情を捉えた三人は、さらに顔に笑みを載せた。
「ええ、問題ないわ」
「馬車移動くらいで疲れるような鍛え方はしてないぞ」
「すっげーな、トラヴァス! 王都も王宮もよ! こんなとこで働いてんだな!」
カールの言葉に皆は笑い、空気は和やかになった。
四人揃ったところで移動し始めたアリシアは、筆頭大将の執務室へと入っていく。
「アリシア様。お帰りなさいませ」
「任せて悪いわね、ルーシエ」
「このくらい、なんてことはありません」
銀髪で長髪の綺麗な男性が、ふんわりと笑みを見せる。
中には他に、三人の男たちがいた。
「あ、筆頭、アンナちゃんたちを連れて来たんですね」
「マックス! 久しぶりね」
「アンナちゃん、久しぶり。大きくなったなぁ」
アンナが十歳の頃、ハナイの森別荘に行く際、いつも連れていってくれたのがマックスである。彼は中性的な笑顔で、眩しそうにアンナを見た。
二人の間を遮るように、騎士服の袖を勝手に切り落としている男が顔を出した。
「アンナ、いつぶりだ!? バキア相手に立ち向かうなんて、さすが筆頭の娘だよなぁ!」
「フラッシュも久しぶり! 私一人じゃ、バキア相手になんて立ち向かえなかったわ。仲間がいたおかげよ」
「わかるわかる。仲間がいるってのは、心強いよな!」
うんうんと頷く筋肉男フラッシュに、アンナは笑顔を向ける。
一人だけ黒服を着たもう一人の男ジャンは、後方で妖しい笑みを見せながら、書類に目を落としていた。
「ここが筆頭大将である私の執務室よ。重要書類があるから、これ以上は先に進まないでちょうだい」
アリシアの執務室には応接セットが置いてあり、その奥にはそれぞれ部下の机が四つ並べられている。さらに一番奥にある大きく重厚な机は、この部屋の主である筆頭大将のものだ。
机の上にはこれでもかと書類が積まれていて、ちゃんと仕事をしているのかしらと、アンナは不安になりながら自身の母を見つめた。
もちろんアリシアはそんな娘の視線など気にもせず、ニマッとした笑みを見せる。
「ふふ、あなたたちに私の優秀な直属の部下を、ちゃんと紹介したいと思っていたのよね!」
ふふんっと得意満面のアリシアである。
そんな母親に、しょうがないわねとアンナは苦笑いした。
「アンナとトラヴァスは知っているでしょうけど、改めて紹介するわ。まずは私の副官の、ルーシエよ」
「初めまして。アリシア様の副官のルーシエと申します」
銀色の長い髪を揺らしながら、ルーシエは柔和な笑顔でグレイたちに挨拶をする。
「そこのバンダナ男が、フラッシュね!」
「ひっとーう。俺の扱い、雑じゃないっすかぁ?」
「そんなことないわよ。フラッシュはね、戦闘関連は本当に頼りになる存在よ!」
「わはは! そうっすよね!!」
プラチナブロンドに赤いメッシュを前髪に入れたフラッシュが、一気に元気を取り戻して胸を張った。
「で、彼がマックスよ。馬の早駆けが得意で、斥候の役目も担えるわ。なんでも器用にこなせるから、困った時はみんなマックスを頼りにしてるのよ」
「いえ、あんまり頼られても困るんですが……」
「そこは『俺に任せとけ』くらい言いなさいな!」
「っは!」
バシッとアリシアに言われたマックスは、頼りなさげな表情を一変させて、ビシッと敬礼している。
(マックスったら、母さんに乗せられちゃってるわ)
と思うアンナである。
「奥にいる黒服がジャンよ。彼はみんな知ってるわよね」
ホワイトタイガーの事件の時に、カールはジャンに連れられて本隊へと合流したので、顔と名前だけは知っていた。
「ジャンは諜報員として活動してもらってるわ。月の半分は王宮にいないのよね。正確な情報は軍の
ジャンは妖しい目をするだけで、特に挨拶をするでもなかった。
見ていた書類をファイルに挟み、部屋の両サイドに作り付けられてある本棚へとファイルを入れる。
アリシアは四人の部下を紹介し終えると、改めて若者たちへと顔を向けた。
「あなたたちに私の部下を紹介した意味、わかるかしら?」
「ただの自慢じゃないの?」
「あっはっは! そうね、自慢したいわ! だって、自慢の部下だもの!」
娘の言葉に、大きな声で笑うアリシア。
自慢の部下と呼ばれた四人は、どこか嬉しそうに頬を緩ませている。
「それもあるけれどね。あなたたちはきっと、部下を扱う立場になると思っているのよ」
声のトーンを変えて真剣な顔つきになったアリシアを、アンナたちもまた、真剣な表情で見つめる。
「優秀なだけではない、信頼できる部下を得なさい。多くなくてもいいわ。一人でも信頼しあえる部下がいることで、あなたたちの活躍の幅はぐんと広がりを見せる。それはつまり、この国のためになるのよ」
アリシアは、軍のトップである筆頭大将の顔をして、そう告げた。
若人四人のために言ったことは間違いない。
だが特に、大事な一人娘のために告げた言葉でもあった。
アンナは、ここにいるグレイ、カール、トラヴァスを信頼している。それは間違いのない話だ。
しかし彼らは将になる人材である。お互いの部下になることは望んでいない。全員が将を目指しているのだから。
つまり全員、この仲間と同等に近いくらいの信頼を得られる部下を、自力で得なければいけないということになる。それが一番難しいとアリシアが判断せざるを得なかったのは、残念ながら自分の娘であったのだ。
これ以上ないくらいに真剣な顔をしている若者たちに、アリシアは一転してにっこりと太陽の笑みを見せた。
「さぁ、そろそろ授与式の準備よ! 服装はもちろん、髪もしっかりセットしないとね!」
アリシアの言葉に、彼女の直属の部下たちは素早く動き始めるのだった。