闘技場に入ると、中は突然の王族訪問にざわめいていた。
シウリスとフリッツは、舞台を一望しやすい特別席へと案内されて座っている。護衛の騎士たちは立ったまま二人を囲んでいた。
グレイがその特別席に目を向ける。
「まさか、王族が視察に来るとはな」
「シウリス様は自分の部隊を作っちまったし、今から優秀な奴の目星をつけときたかったんじゃねぇか?」
「だとしても、事前連絡すらないだなんておかしいわ。それにどうしてフリッツ様まで来られたのかしら……」
二人は当然アンナの問いに答えられるわけもなく、疑問は疑問のままで終わった。
第二回戦の試合が開始されると、すぐにグレイの名前が呼ばれる。
王族が来て気合が入りすぎていた相手を、グレイは難なく討ち取って、あっという間に十ポイントを取って終わらせた。
カールとアンナも順当に勝ち進んでいく。
そしてAブロックの勝者はグレイ、Bブロックの勝者はカール、Cブロックはシモン、Dブロックがアンナとなった。
ここからは特別席の前にある中央の舞台で、一試合ずつ行われていく。
まずは先に試合が終わっていた、CブロックのシモンとDブロックのアンナの対戦となった。
「最初に観戦した奴だな。大丈夫だ、アンナなら問題なく勝てる」
「いつも通りいけよ、アンナ!」
「ええ。行ってくるわ」
真剣と五角盾を舞台の下に置き、模擬剣と革の盾を手にして舞台へと上がる。
武器は両手剣、片手剣、短剣ならどれでも使用可だ。二刀流や盾の使用も許されている。どれも模擬剣、革の盾であることは必須だが。
シモンは片手剣一本だ。一般的なストレイア王国騎士の、見本のような立ち姿である。
「準決勝戦、アンナ対シモン! 試合開始!!」
コールと同時にアンナは切り掛かった。
シモンが剣で受けた瞬間、アンナは盾で懐へと潜り込む。
と同時に盾をドンッと
「うぐっ!」
剣以外の攻撃が入っても、ポイントにはならない。
シールドバッシュを食らい体勢を崩したシモンへと、アンナは即座に剣を胴へと振り落ろす。
「六ポイント、アンナ!! 中央へ!!」
審判のコールに、会場はわぁぁああっと沸く。
グレイとカールは当然という顔で、戦の女神のようなアンナを見る。
アンナとシモンは素早く中央へと戻り、再び構えた。
「アンナ、六ポイント! シモン、ポイントなし! 試合再開!」
仕切り直し直後は、シモンが先に仕掛けた。
横薙ぎの剣をアンナが
しかしそれで終わらせず、すぐさま盾でシモンの足を引っ掛けた。
「えっ!?」
シモンの理解不能という声が出ると同時に、彼は仰向けに倒れる。
瞬間、アンナは胴へと剣を叩き入れた。
あまりの早さに会場は一瞬シンとしたが、すぐにどよめきと歓声で会場内は盛り上がりを見せる。
「勝負有り!! 両者中央へ!!」
コールを受けたアンナは、シモンへと手を差し出した。
「ごめんなさい、やりすぎたかしら。大丈夫?」
「ああ、すまない、大丈夫だ。やっぱり強いな。まったく敵わなかった」
「ふふ、ありがとう」
アンナに引っ張り起こされたシモンは立ち上がり、共に中央へと向かう。
「時間、四十秒! 四肢、二ポイント! 胴、十二ポイント! 計十四ポイント! 勝者アンナ! 決勝進出!!」
アンナの名前がコールされると、さらに会場は沸いた。
数年前までは生意気だのなんだのと言われていたが、そんな言葉は一切なく、多くの賞賛がアンナへと向けられている。
チラリと特別席へと視線を移すと、拍手するフリッツの横で、シウリスがアンナを見ていた。
少しむっつりしている顔が『当然だ』と言いたげで、アンナは微笑みを讃えて舞台を降りる。
「やったな、アンナ!」
「シールドバッシュもシールドフックも綺麗に決まったな。よかったぞ」
「ありがとう。次はあなたたちね。がんばって!」
アンナの言葉に、グレイとカールは顔を見合わせてニッと笑い合う。
「遠慮はいらんぞ、カール。思いっきりこい」
「んーなの、わかってんだよ。油断こいてっと、すぐに決めっちまうからな!!」
「楽しみだ」
「準決勝二戦目! Aブロックグレイ、Bブロックカールは前へ!」
名前を呼ばれて、グレイは剣を一本、カールは剣を
中央に出揃った二人は、すらりと模擬剣を引き抜く。しかしカールは一本だけ。これまでの試合では、二本目を腰につけてさえいなかった。
「その腰の剣は飾りか? 先に抜いておく方がいいんじゃないのか」
「っへ、とっておきは簡単に見せたりしねぇんだ」
「見せる前にやられないようにしろよ」
「うっせ。見てろよ。その余裕、ぶった斬ってやるからよ」
ギラリとカールの赤い目が野獣のように光り、グレイはそれ以上なにも言わずに構えた。
二人とも片手剣用だが、両手持ちをしている。時によって使い分けられるのが、この剣のいいところだ。
一瞬で二人を取り巻く空気が変わり、会場は静まる。
気迫を間近で感じ取ったアンナは、ごくりと息を呑んだ。
「準決勝戦、グレイ対カール! 試合開始!!」
開始と同時に二人は激突する。
ドガッという音を立てて剣は交差し、切り結ぶ前に二人は飛び退くように距離を取る。
そしてそのまま地を蹴ったのはカールだ。
低い姿勢で飛ぶようにグレイに切りかかった。
「っく!」
グレイがカールの剣を横に弾く。と同時にカールは力に逆らわず飛び下がり、また猛進していく。
(相変わらずっ! 速いっ!)
野生動物のようにしなやかで速い脚力を持つカールの剣を、グレイは捌きながら徐々に闘志を燃やしていく。
バックステップの速さにグレイの剣は追いつけず、四肢の二ポイントを狙っても届かない。
逆にカールも、どれだけ速い攻撃を繰り出しても、すべてを正確に弾かれているのだ。こちらも中々グレイへと剣が到達しない。
(にゃろうっ! 俺の最速の技を難なく捌きやがって!! 相変わらずかわいくねえ!!)
(よし、速さに目が慣れてきた!)
獣のような突進をグレイは見極め、突きの剣を己の剣で滑らせて鍔迫り合う。
そのまま力で押さえつけるように上から押しつければ、カールが引いた瞬間肩へと剣が入り、六ポイント取れる算段だ。
しかしもちろん、カールもそんなことは承知である。
「ぐぎぎっ」
「さぁどうする、カール」
ニッと笑うグレイに、カールは苛立ちの顔を向けた。
「余裕こいてんじゃ……ねぇよ!!」
「!?」
カールは切先を左方に下げてグレイの剣を滑らせる。
グレイの剣が空を斬った瞬間。
「おらぁあ!!」
カールはもう一つの剣を鞘から抜くと同時に、グレイの足を掠めた。
「二ポイント!! カール!」
審判のコールに、会場はどよめいた。
去年の優勝者であるグレイから、先に二ポイントを取ったのだ。
グレイはここまで一ポイントも取られずに上がって来ているので、初失点だった。
「っく! 足しか狙えなかったぜ……しかも浅ぇ!」
グレイが一瞬早く気づき、咄嗟に下がったため、かすり傷程度にしか入らなかった。
カールは納得いかずに顔を歪めたが、浅くとも二ポイントは二ポイントである。
(ショートソード、しかも逆手持ちか。確かにこれは厄介だ)
これまでの試合で、カールは一度もこの模擬剣を使っていない。
対グレイやアンナの時のための切り札だ。
しかしカールはその切り札を、すぐに鞘へと戻す。
(普段は片手剣を両手持ちのいつものスタイルだが……油断すると横から二刀目が飛んでくるぞ。迂闊に鍔迫り合いはできんな)
赤い髪をゆらめかせるカール。赤い目がギラギラとグレイを狙う。
(浅かったが、やれねぇことはねぇ!! 俺の二刀は、グレイに通用する!! ぜってぇ勝つ!!!!)
「まるで赤い獣だな」
グレイはふっと笑ってそう言うと、猛獣相手に威圧を放った。
しかしカールはグレイの圧力をものともせず、それ以上の気迫でもって剣を振りかざす。
「っらぁぁああああああ!!!!」
「っは!!」
カールの攻める刃を、グレイは弾き返す。
グレイが攻撃に転じる前に、カールの方が先に攻撃を仕掛ける。
切り結んでも、グレイはカールの二刀目を気にしてすぐ押し返すことしかできない。
その間にもカールはぐんぐん成長し、剣のキレはどんどん上がっていく。
「フーッ! フーッ! フーッ!!」
興奮するカールを前に、グレイはギリッと眉尻を上げた。
(こいつ……本当に獣かよ!!)
ガンガンッと何度も交差する剣を受けながら、グレイもどんどん研ぎ澄まされていく。
肩で息をしながらも、グレイは次のカールの剣を見定めた。
赤い獣が地を蹴り出した瞬間。
会場の誰の声も聞こえないくらいに集中したグレイは、姿勢をグンと下げながら自らも走り出す。
「オラァ!!」
「はっ!!」
カールの打ち下ろした剣を頭上で受けながら、グレイは足を滑り込ませた。
ザシュウッと体が地面を擦りながらスライドし、カールの足を思いっきり蹴り込む。
「ッッが!!」
カールの体が一瞬浮いた。
グレイは立ち上がると同時に剣を振り下ろす。
バシンと左腕に剣が入り、カールはギリッと歯を見せる。
「二ポイント! グレイ!」
「クソッ!!」
悔しい思いを口にしながらも、カールは猫のように素早く体勢を戻した。
追撃を入れようとしたグレイだったが、その戻りの速さに二撃目は諦めざるを得ない。
そもそも一撃目も胴を狙ったというのに、あの体勢からカールは体を捻って回避したのだ。
「フーッ、フーッ!!」
「ハァッ! ハァ!!」
グレイとカールの研ぎ澄まされた状態を見て、アンナは手が震えた。
(二人とも、すごい集中力だわ。強い……!!)
アンナはもちろんグレイが勝つと思っていたが、これはどう転んでもおかしくない試合になっている。
カールの集中力と成長速度、そして身体能力は理解していたつもりでいたが、想像以上だった。
時間はすでに三分を経過している。あまりのんびりしている時間はない。
今度は先にグレイが仕掛けた。
カールはその剣を受けずにギリギリで避け、すぐさまサイドに飛び退いて攻撃に転じる。
後の先すら取るカールにグレイが追い詰められているように見えて、会場はざわめき始めた。
「カールってあんな強かったか!?」
「いいぞ、いけーー!! カール!!」
「グレイの連覇を阻止しろーー!!」
元々人気者のカールへの声援が、一気にヒートアップした。
そんな言葉など聞こえないくらいに、二人は集中しているが。
カールの攻撃に、グレイは先ほどのように足を狙って滑り込む。
しかしカールはすぐさま察知して自ら飛び上がると、グレイの攻撃を躱した。
グレイの体勢が整う前にカールは懐へと入り込み、胴を狙う。なんとか剣を受けたグレイはしかし、繰り出される二本目の剣に対応する術がなかった。
胴を目指して飛んでくる、鞘から出されたカールのショートソード。
剣は間に合わず、グレイは咄嗟に右腕を犠牲にして胴を守る。
「っぐ!!」
「二ポイント!! カール!!」
「フーーッ!! フーーッ!!」
コール後も赤い獣はグレイへの攻撃を止めることなく剣を繰り出した。
グレイの体もどんどん熱くなってくる。時間も一分を切った。
現在グレイ二ポイント、カールは四ポイントだ。
グレイの集中はこれ以上なく研ぎ澄まされていく。
逆袈裟懸けに振り上げられる剣を、グレイは初めて受け止めずにギリギリで躱した。
空を斬ったカールの剣筋は、すぐさま攻撃に転じて横薙ぎに変化する。
グレイはそんなカールの、柄を狙って。
「フンッッ」
ドカッと蹴り上げた。
一瞬止まったカールの腕に、グレイは
「二ポイント!! グレイ!!」
どよめきながらも大いに盛り上がる会場。
これで四ポイントずつ、時間もない。
会場ではどっちが勝つか、金を賭ける者まで現れ始める始末だ。
「五分経過! 中央へ!!」
とうとう制限時間の五分が経過する。
審判に言われ、二人はギラギラとお互いを睨みながら中央へと戻る。
「グレイ四ポイント、カール四ポイント、同点により試合延長! これよりポイント先取制となる!! 試合、再開!!」
再開のコールと同時に二人は攻撃に出る。鍔迫り合いには持って行かずに、互いに押し弾いた。
「フーッッ!! フーッッ!!」
「ハァーッ!! ハァーッ!!」
二人とも獣のような形相で、一歩も引かずに剣を交わし続ける。
グレイは左手一本の片手持ち、カールは両手持ちでショートソードは鞘に収めている。
二人の攻防は決着がつかずに一分、そして二分が過ぎた。
ゼェゼェと肩で息をしながらも、足を止めることなく二人はぶつかり合う。
ガガンッと激しくレザーソードの剣戟が響き、鍔迫り合いになるかと思われた直後、グレイは剣を手放した。
力を伝える場所を奪われたカールは、一瞬だけ前のめりになる。
グレイはその瞬間を逃さず剣を躱し、懐に入り込んだ。
「あ゛ッ!?」
「ガァァアアアッッ」
気づいた時には、カールの世界はぐるりと周っていた。
空が見えた瞬間、ドシンと音が響き背中に痛みが走る。
「ぐがっ!!」
カールを力技で、しかも
そしてその剣をカールの心臓へと突き立てようとし、先の数センチが胸の上でぐにゃりと歪んだところで手を止める。
「六ポイント!! グレイ!! 両者、中央へ!」
大きくコールされる、審判の声。
グレイは唸り声を上げる狼のような顔をしたまま、カールのショートソードから手を放した。先ほど投げ捨てた自分の模擬剣を拾い、中央へと向かう。
長剣を鞘に戻したカールは、歯を食い縛ってショートソードを手にし、荒い息のまま教官の言われた通りに中央へと向かった。
「時間、八分二十秒! 四肢、四ポイント! 胴、六ポイント! 計十ポイント! 勝者グレイ! 決勝進出!!」
この宣言に、わぁあっと会場が盛り上がる。
しかしグレイは飢えた狼のような顔をしたまま、闘争心を剥き出しにしていた。カールもまた燃えるような目のままで、自分への怒りが爆発する。
「ちっくしょおおおおおおおっっっっ!!!!」
バギンッッと音が鳴ったかと思うと、カールの自作のショートソードは真っ二つに折れた。
カールはこの一戦に賭けていたのだ。
今まで見たことのない怒りの顔をしていて、舞台から降りてくるカールにアンナは声を掛けることができなかった。
「では十分の休憩後、次の試合を──」
「いや、いい……今だ」
教官の言葉に、グレイはグルルと威嚇の声を出しそうな顔のまま、アンナへと目を向けた。
ゾクリ、とアンナは体を震わせる。
カールとの戦闘で闘争本能の塊となったグレイは、今の状態を維持するために休憩を拒否した。
(……いきなり全開のグレイとやらなきゃいけないなんて)
グレイがフーフーと口で息を吐きながら、クイクイッと四本の指でアンナを壇上へと誘う。
ここで拒否すれば、戦う前から負けたことを認めることになる。
アンナは恐怖を振り払い、模擬剣と革の盾を手に、舞台へと上がるのだった。