目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

41.いや、いい……今だ

 闘技場に入ると、中は突然の王族訪問にざわめいていた。

 シウリスとフリッツは、舞台を一望しやすい特別席へと案内されて座っている。護衛の騎士たちは立ったまま二人を囲んでいた。

 グレイがその特別席に目を向ける。


「まさか、王族が視察に来るとはな」

「シウリス様は自分の部隊を作っちまったし、今から優秀な奴の目星をつけときたかったんじゃねぇか?」

「だとしても、事前連絡すらないだなんておかしいわ。それにどうしてフリッツ様まで来られたのかしら……」


 二人は当然アンナの問いに答えられるわけもなく、疑問は疑問のままで終わった。

 第二回戦の試合が開始されると、すぐにグレイの名前が呼ばれる。

 王族が来て気合が入りすぎていた相手を、グレイは難なく討ち取って、あっという間に十ポイントを取って終わらせた。

 カールとアンナも順当に勝ち進んでいく。


 そしてAブロックの勝者はグレイ、Bブロックの勝者はカール、Cブロックはシモン、Dブロックがアンナとなった。


 ここからは特別席の前にある中央の舞台で、一試合ずつ行われていく。

 まずは先に試合が終わっていた、CブロックのシモンとDブロックのアンナの対戦となった。


「最初に観戦した奴だな。大丈夫だ、アンナなら問題なく勝てる」

「いつも通りいけよ、アンナ!」

「ええ。行ってくるわ」


 真剣と五角盾を舞台の下に置き、模擬剣と革の盾を手にして舞台へと上がる。

 武器は両手剣、片手剣、短剣ならどれでも使用可だ。二刀流や盾の使用も許されている。どれも模擬剣、革の盾であることは必須だが。

 シモンは片手剣一本だ。一般的なストレイア王国騎士の、見本のような立ち姿である。


「準決勝戦、アンナ対シモン! 試合開始!!」


 コールと同時にアンナは切り掛かった。

 シモンが剣で受けた瞬間、アンナは盾で懐へと潜り込む。

 と同時に盾をドンッとバッシュ押し出した。


「うぐっ!」


 剣以外の攻撃が入っても、ポイントにはならない。

 シールドバッシュを食らい体勢を崩したシモンへと、アンナは即座に剣を胴へと振り落ろす。


「六ポイント、アンナ!! 中央へ!!」


 審判のコールに、会場はわぁぁああっと沸く。

 グレイとカールは当然という顔で、戦の女神のようなアンナを見る。

 アンナとシモンは素早く中央へと戻り、再び構えた。


「アンナ、六ポイント! シモン、ポイントなし! 試合再開!」


 仕切り直し直後は、シモンが先に仕掛けた。

 横薙ぎの剣をアンナが盾で受け止めて弾くシールドパリィすると、相手の浮いた腕に剣で一撃を入れる。

 しかしそれで終わらせず、すぐさま盾でシモンの足を引っ掛けた。


「えっ!?」


 シモンの理解不能という声が出ると同時に、彼は仰向けに倒れる。

 瞬間、アンナは胴へと剣を叩き入れた。


 あまりの早さに会場は一瞬シンとしたが、すぐにどよめきと歓声で会場内は盛り上がりを見せる。


「勝負有り!! 両者中央へ!!」


 コールを受けたアンナは、シモンへと手を差し出した。


「ごめんなさい、やりすぎたかしら。大丈夫?」

「ああ、すまない、大丈夫だ。やっぱり強いな。まったく敵わなかった」

「ふふ、ありがとう」


 アンナに引っ張り起こされたシモンは立ち上がり、共に中央へと向かう。


「時間、四十秒! 四肢、二ポイント! 胴、十二ポイント! 計十四ポイント! 勝者アンナ! 決勝進出!!」


 アンナの名前がコールされると、さらに会場は沸いた。

 数年前までは生意気だのなんだのと言われていたが、そんな言葉は一切なく、多くの賞賛がアンナへと向けられている。

 チラリと特別席へと視線を移すと、拍手するフリッツの横で、シウリスがアンナを見ていた。

 少しむっつりしている顔が『当然だ』と言いたげで、アンナは微笑みを讃えて舞台を降りる。


「やったな、アンナ!」

「シールドバッシュもシールドフックも綺麗に決まったな。よかったぞ」

「ありがとう。次はあなたたちね。がんばって!」


 アンナの言葉に、グレイとカールは顔を見合わせてニッと笑い合う。


「遠慮はいらんぞ、カール。思いっきりこい」

「んーなの、わかってんだよ。油断こいてっと、すぐに決めっちまうからな!!」

「楽しみだ」

「準決勝二戦目! Aブロックグレイ、Bブロックカールは前へ!」


 名前を呼ばれて、グレイは剣を一本、カールは剣を二本・・装備すると、二人は舞台へと上がった。

 中央に出揃った二人は、すらりと模擬剣を引き抜く。しかしカールは一本だけ。これまでの試合では、二本目を腰につけてさえいなかった。


「その腰の剣は飾りか? 先に抜いておく方がいいんじゃないのか」

「っへ、とっておきは簡単に見せたりしねぇんだ」

「見せる前にやられないようにしろよ」

「うっせ。見てろよ。その余裕、ぶった斬ってやるからよ」


 ギラリとカールの赤い目が野獣のように光り、グレイはそれ以上なにも言わずに構えた。

 二人とも片手剣用だが、両手持ちをしている。時によって使い分けられるのが、この剣のいいところだ。

 一瞬で二人を取り巻く空気が変わり、会場は静まる。

 気迫を間近で感じ取ったアンナは、ごくりと息を呑んだ。


「準決勝戦、グレイ対カール! 試合開始!!」


 開始と同時に二人は激突する。

 ドガッという音を立てて剣は交差し、切り結ぶ前に二人は飛び退くように距離を取る。

 そしてそのまま地を蹴ったのはカールだ。

 低い姿勢で飛ぶようにグレイに切りかかった。


「っく!」


 グレイがカールの剣を横に弾く。と同時にカールは力に逆らわず飛び下がり、また猛進していく。


(相変わらずっ! 速いっ!)


 野生動物のようにしなやかで速い脚力を持つカールの剣を、グレイは捌きながら徐々に闘志を燃やしていく。

 バックステップの速さにグレイの剣は追いつけず、四肢の二ポイントを狙っても届かない。

 逆にカールも、どれだけ速い攻撃を繰り出しても、すべてを正確に弾かれているのだ。こちらも中々グレイへと剣が到達しない。


(にゃろうっ! 俺の最速の技を難なく捌きやがって!! 相変わらずかわいくねえ!!)

(よし、速さに目が慣れてきた!)


 獣のような突進をグレイは見極め、突きの剣を己の剣で滑らせて鍔迫り合う。

 そのまま力で押さえつけるように上から押しつければ、カールが引いた瞬間肩へと剣が入り、六ポイント取れる算段だ。

 しかしもちろん、カールもそんなことは承知である。


「ぐぎぎっ」

「さぁどうする、カール」


 ニッと笑うグレイに、カールは苛立ちの顔を向けた。


「余裕こいてんじゃ……ねぇよ!!」

「!?」


 カールは切先を左方に下げてグレイの剣を滑らせる。

 グレイの剣が空を斬った瞬間。


「おらぁあ!!」


 カールはもう一つの剣を鞘から抜くと同時に、グレイの足を掠めた。


「二ポイント!! カール!」


 審判のコールに、会場はどよめいた。

 去年の優勝者であるグレイから、先に二ポイントを取ったのだ。

 グレイはここまで一ポイントも取られずに上がって来ているので、初失点だった。


「っく! 足しか狙えなかったぜ……しかも浅ぇ!」


 グレイが一瞬早く気づき、咄嗟に下がったため、かすり傷程度にしか入らなかった。

 カールは納得いかずに顔を歪めたが、浅くとも二ポイントは二ポイントである。


(ショートソード、しかも逆手持ちか。確かにこれは厄介だ)


 これまでの試合で、カールは一度もこの模擬剣を使っていない。

 対グレイやアンナの時のための切り札だ。

 しかしカールはその切り札を、すぐに鞘へと戻す。


(普段は片手剣を両手持ちのいつものスタイルだが……油断すると横から二刀目が飛んでくるぞ。迂闊に鍔迫り合いはできんな)


 赤い髪をゆらめかせるカール。赤い目がギラギラとグレイを狙う。


(浅かったが、やれねぇことはねぇ!! 俺の二刀は、グレイに通用する!! ぜってぇ勝つ!!!!)


「まるで赤い獣だな」


 グレイはふっと笑ってそう言うと、猛獣相手に威圧を放った。

 しかしカールはグレイの圧力をものともせず、それ以上の気迫でもって剣を振りかざす。


「っらぁぁああああああ!!!!」

「っは!!」


 カールの攻める刃を、グレイは弾き返す。

 グレイが攻撃に転じる前に、カールの方が先に攻撃を仕掛ける。

 切り結んでも、グレイはカールの二刀目を気にしてすぐ押し返すことしかできない。

 その間にもカールはぐんぐん成長し、剣のキレはどんどん上がっていく。


「フーッ! フーッ! フーッ!!」


 興奮するカールを前に、グレイはギリッと眉尻を上げた。


(こいつ……本当に獣かよ!!)


 ガンガンッと何度も交差する剣を受けながら、グレイもどんどん研ぎ澄まされていく。

 肩で息をしながらも、グレイは次のカールの剣を見定めた。

 赤い獣が地を蹴り出した瞬間。

 会場の誰の声も聞こえないくらいに集中したグレイは、姿勢をグンと下げながら自らも走り出す。


「オラァ!!」

「はっ!!」


 カールの打ち下ろした剣を頭上で受けながら、グレイは足を滑り込ませた。

 ザシュウッと体が地面を擦りながらスライドし、カールの足を思いっきり蹴り込む。


「ッッが!!」


 カールの体が一瞬浮いた。

 グレイは立ち上がると同時に剣を振り下ろす。

 バシンと左腕に剣が入り、カールはギリッと歯を見せる。


「二ポイント! グレイ!」

「クソッ!!」


 悔しい思いを口にしながらも、カールは猫のように素早く体勢を戻した。

 追撃を入れようとしたグレイだったが、その戻りの速さに二撃目は諦めざるを得ない。

 そもそも一撃目も胴を狙ったというのに、あの体勢からカールは体を捻って回避したのだ。


「フーッ、フーッ!!」

「ハァッ! ハァ!!」


 グレイとカールの研ぎ澄まされた状態を見て、アンナは手が震えた。


(二人とも、すごい集中力だわ。強い……!!)


 アンナはもちろんグレイが勝つと思っていたが、これはどう転んでもおかしくない試合になっている。

 カールの集中力と成長速度、そして身体能力は理解していたつもりでいたが、想像以上だった。

 時間はすでに三分を経過している。あまりのんびりしている時間はない。

 今度は先にグレイが仕掛けた。

 カールはその剣を受けずにギリギリで避け、すぐさまサイドに飛び退いて攻撃に転じる。

 後の先すら取るカールにグレイが追い詰められているように見えて、会場はざわめき始めた。


「カールってあんな強かったか!?」

「いいぞ、いけーー!! カール!!」

「グレイの連覇を阻止しろーー!!」


 元々人気者のカールへの声援が、一気にヒートアップした。

 そんな言葉など聞こえないくらいに、二人は集中しているが。


 カールの攻撃に、グレイは先ほどのように足を狙って滑り込む。

 しかしカールはすぐさま察知して自ら飛び上がると、グレイの攻撃を躱した。

 グレイの体勢が整う前にカールは懐へと入り込み、胴を狙う。なんとか剣を受けたグレイはしかし、繰り出される二本目の剣に対応する術がなかった。

 胴を目指して飛んでくる、鞘から出されたカールのショートソード。

 剣は間に合わず、グレイは咄嗟に右腕を犠牲にして胴を守る。


「っぐ!!」

「二ポイント!! カール!!」

「フーーッ!! フーーッ!!」


 コール後も赤い獣はグレイへの攻撃を止めることなく剣を繰り出した。

 グレイの体もどんどん熱くなってくる。時間も一分を切った。

 現在グレイ二ポイント、カールは四ポイントだ。

 グレイの集中はこれ以上なく研ぎ澄まされていく。

 逆袈裟懸けに振り上げられる剣を、グレイは初めて受け止めずにギリギリで躱した。

 空を斬ったカールの剣筋は、すぐさま攻撃に転じて横薙ぎに変化する。

 グレイはそんなカールの、柄を狙って。


「フンッッ」


 ドカッと蹴り上げた。

 一瞬止まったカールの腕に、グレイは左手・・に持った剣をバシンと吸い込ませていく。


「二ポイント!! グレイ!!」


 どよめきながらも大いに盛り上がる会場。

 これで四ポイントずつ、時間もない。

 会場ではどっちが勝つか、金を賭ける者まで現れ始める始末だ。


「五分経過! 中央へ!!」


 とうとう制限時間の五分が経過する。

 審判に言われ、二人はギラギラとお互いを睨みながら中央へと戻る。


「グレイ四ポイント、カール四ポイント、同点により試合延長! これよりポイント先取制となる!! 試合、再開!!」


 再開のコールと同時に二人は攻撃に出る。鍔迫り合いには持って行かずに、互いに押し弾いた。


「フーッッ!! フーッッ!!」

「ハァーッ!! ハァーッ!!」


 二人とも獣のような形相で、一歩も引かずに剣を交わし続ける。

 グレイは左手一本の片手持ち、カールは両手持ちでショートソードは鞘に収めている。

 二人の攻防は決着がつかずに一分、そして二分が過ぎた。

 ゼェゼェと肩で息をしながらも、足を止めることなく二人はぶつかり合う。

 ガガンッと激しくレザーソードの剣戟が響き、鍔迫り合いになるかと思われた直後、グレイは剣を手放した。

 力を伝える場所を奪われたカールは、一瞬だけ前のめりになる。

 グレイはその瞬間を逃さず剣を躱し、懐に入り込んだ。


「あ゛ッ!?」

「ガァァアアアッッ」


 気づいた時には、カールの世界はぐるりと周っていた。

 空が見えた瞬間、ドシンと音が響き背中に痛みが走る。


「ぐがっ!!」


 カールを力技で、しかも左手一本で・・・・・無理やり背負い投げたグレイは、カールのショートソードを奪い取った。

 そしてその剣をカールの心臓へと突き立てようとし、先の数センチが胸の上でぐにゃりと歪んだところで手を止める。


「六ポイント!! グレイ!! 両者、中央へ!」


 大きくコールされる、審判の声。

 グレイは唸り声を上げる狼のような顔をしたまま、カールのショートソードから手を放した。先ほど投げ捨てた自分の模擬剣を拾い、中央へと向かう。

 長剣を鞘に戻したカールは、歯を食い縛ってショートソードを手にし、荒い息のまま教官の言われた通りに中央へと向かった。


「時間、八分二十秒! 四肢、四ポイント! 胴、六ポイント! 計十ポイント! 勝者グレイ! 決勝進出!!」


 この宣言に、わぁあっと会場が盛り上がる。

 しかしグレイは飢えた狼のような顔をしたまま、闘争心を剥き出しにしていた。カールもまた燃えるような目のままで、自分への怒りが爆発する。


「ちっくしょおおおおおおおっっっっ!!!!」


 バギンッッと音が鳴ったかと思うと、カールの自作のショートソードは真っ二つに折れた。

 カールはこの一戦に賭けていたのだ。

 今まで見たことのない怒りの顔をしていて、舞台から降りてくるカールにアンナは声を掛けることができなかった。


「では十分の休憩後、次の試合を──」

「いや、いい……今だ」


 教官の言葉に、グレイはグルルと威嚇の声を出しそうな顔のまま、アンナへと目を向けた。

 ゾクリ、とアンナは体を震わせる。

 カールとの戦闘で闘争本能の塊となったグレイは、今の状態を維持するために休憩を拒否した。


(……いきなり全開のグレイとやらなきゃいけないなんて)


 グレイがフーフーと口で息を吐きながら、クイクイッと四本の指でアンナを壇上へと誘う。

 ここで拒否すれば、戦う前から負けたことを認めることになる。

 アンナは恐怖を振り払い、模擬剣と革の盾を手に、舞台へと上がるのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?