目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

40.いつもすごい自信なんだから

 オルト軍学校恒例の、秋季剣術大会の日がやってきた。

 アンナとカールは四回目、グレイは三回目の大会である。


 オルト軍学校の闘技場は、舞台だけでなく観覧席も立派なものだ。

 我が子の成長を見ようと親が来たり、娯楽のひとつとして楽しみにされていることもあり、近隣の村や町から多くの人がやって来て席は埋め尽くされていた。

 アリシアは忙しく、アンナの勇姿を観に来たことはなかったが。


 アンナはこれが最後の大会ということもあり、グレイの連覇を阻止して一位になるつもりだ。グレイは当然、三度目の優勝を狙っている。

 カールもまた、アンナやグレイのいる大会はこれが最後のため、二人に勝つ最後のチャンスだと意気込んでいた。


 トーナメント表が張り出されると、出場者は自分の名前を確認していく。

 ざわざわと騒がしい中に分け入って、アンナたちも表を見上げる。いち早く全員の名前を確認したカールが、へっと口の端を上げた。


「前回一位だったグレイはAブロックだな。二位のアンナはD、三位だった俺はBブロックか」


 カールは誰が相手でもやってやる、という気合たっぷりである。


「私たちはシードだから、試合はまだまだ先ね」

「第一試合がいっちゃん待ち時間が長ぇから、それがねぇのはありがてぇな」

「そう言えばカールは、シード権を得るのは初めてだったか」

「おう。お前らはいっつも二時間も楽してたんだからな。ずりぃぜ」


 カールは口を尖らせていて、グレイは笑った。


「それも実力だろ」

「わかってんだよ。俺はここからお前らを抜いていくかんな」

「途中でやられるんじゃないぞ」

「そっちがな」


 男二人がニヤリと笑って拳をガツッと交わす姿を見て、アンナにも気合が入る。

 これが最後の大会だと思うと、さらに身は引き締まった。


 雲ひとつない秋晴れの空の下、剣術大会は始まった。

 まだ出番のないアンナたち三人は、観覧席へと座る。

 普段は平地の闘技場に、舞台が六つ作られてある。舞台はかなり広く、一辺が十二メートルの正方形だ。舞台と舞台の間隔も大きく取られているので、出場選手は出番が近くなると、自分が戦う舞台の周りを囲んで観ることができる。

 今年の剣術大会の出場者は一八〇人。そのうちの四人がシード権を持っていた。

 六試合が同時進行され、試合時間は五分間のポイント制だ。時間は止められることがないので、長引くことはほぼない。

 試合が始まると、三人は目の前の舞台の選手に目を向けた。二人の隊員は模擬剣を手に、必死になって戦っている。


「どう、グレイ」

「まぁ、いいんじゃないか。お綺麗な剣術の手本みたいなもんだ」

「お前はなんでも有りだかんな……」

「実際、ルールが許してるんだから問題はないだろう」

「そうだけどよ」

「悔しかったらカールもやればいいだけだ」


 オルト軍学校の剣術大会は、実戦で役立つことを重視しているので、ルールはあれど割となんでも自由アリだ。


 禁止されているのは魔法や異能の使用、急所への攻撃である。

 頭部への攻撃は寸止めのみ可で、当てなくとも一ポイントになる。危険を考慮して、頭部の攻撃ポイントは低めだ。

 胴への攻撃は六ポイント、四肢への攻撃は二ポイント、場外も二ポイントで、累計十ポイントを先取した者の勝ちとなる。


「シモン、六ポイント! 中央へ!」


 観ていた試合の審判がそうコールする。胴に攻撃が決まった時と、頭部への寸止め、そして場外は、中央からの仕切り直しとなるのだ。

 時間を稼ぐようにゆっくりと戻っていたら相手に二ポイントが与えられるため、胴に攻撃を食らった隊員は痛みに堪えながらもすぐに中央の位置についた。


「シモン、八ポイント! ベルント、二ポイント! 試合再開!」


 教官である審判のコール後、すぐにシモンという男が仕掛けていく。ベルントは防戦一方で、最終的には場外へと落とされた。

 場外も二ポイントがつくので、これで決まりだ。


「時間、四分十二秒! 四肢二ポイント、胴六ポイント、場外二ポイント、計十ポイント! 勝者シモン!」


 勝者コールがなされて、会場は盛り上がる。

 こうして五分以内に決着がつけばいいが、つかない場合はポイントが多かった者の勝ちだ。もし時間が来てもポイントが同じならば、そのまま続けて先に点を取った方の勝ちとなる。

 一時間ほど試合を見ていた三人だったが、カールがすっと席を立った。


「十一時だ。食堂が開く時間だぜ。時間に余裕のあるうちに食っとくだろ?」

「そうね。第二試合が終わってからは、食べる時間に余裕がなくなるし」


 勝ち進む者は先に食べておくのが鉄則だ。

 カールもアンナも勝つ気満々だなと、グレイはニヤリと笑いながら立ち上がった。


「お前ら、まだ模擬剣じゃねぇんだな」


 カールは食堂へと向かいながら、腰に挿している剣とアンナの大きな互角盾を見る。


「ええ。なにがあるかわからないから、本物の剣は常に持っているわ。もちろん本番では外すわよ」

「そういうカールもまだ真剣じゃないか。そんなに俺に模擬剣を見られたくないか?」

「へへっ、まぁな」

「仕込み武器は反則だぞ」

「仕込まねぇよ!! 普通にレザーソードだっつの!!」


 オルト軍学校で使う模擬剣は、レザーソードが基本だ。

 レザーソードと言っても、ファングシェイドという、人の背丈ほどもある牙の生えた、狐のような夜の魔物の皮で作られた剣である。

 ファングシェイドの皮はなめし革にすると銀色に光り、柔らかく加工に最適な素材となる。牙も一度粉にして水を混ぜることで、粘土のような性質となり、加工しやすく、乾かせば硬度は上がる。

 オルト軍学校模擬剣は、この牙を細長く固めたものを芯として、その芯にファングシェイドレザーをつけて作ったものだ。

 見た目は刃を潰した剣に見えるが、この剣は革が柔軟なために、少し当たったくらいでは怪我はしない。突いても、先の方までは芯を入れていないので怪我はしないのだ。

 それでもまったく怪我をしないわけではないし、痛みがなくなるわけでもないのだが、模擬剣の中でも一番の安全仕様である。

 素人でも加工が容易のため、剣術大会のために自作する隊員も多かった。


「カールは模擬剣を新しく作ったの?」

「おう。秘密だ!」


(秘密って……今『おう』って答えてるのに)


 アンナはクスッと笑って、しかしそこには突っ込まなかった。


「お前らは作ってねぇのか?」

「私は去年、盾を作ったので懲りたわ。こういう製作って、私には向いてないみたい。盾は去年作った物で、模擬剣は学校の物を使うわ」

「俺もここにある模擬剣で十分だ。どの剣を持っても、結局は俺が勝つしな」

「っけ!」


 カールは悪態をつくと、さっさと食堂へ向かった。

 アンナが少し呆れながら見上げると、グレイは自信たっぷりに笑っている。アンナはそんな自信満々のグレイも好きだが、自分が勝った時のグレイの顔も見てみたくなり、フフッと笑った。


「グレイの足は、私がすくってあげるわ」

「いいぞ。やれるものならな」

「もう、いつもすごい自信なんだから」

「そういうところがいいんだろ?」

「ええ、まぁね」

「お前ら、イチャつくなら他所よそでやれよな……」


 カールが振り向いて嫌そうな顔を見せるので、グレイとアンナは声を合わせて笑った。

 三人でゆっくり食事をとった後は、腹ごなしに少し動いておこうという話になり、それぞれが模擬剣を準備する。

 闘技場の前にある広場で、剣の型を使いながら軽く手合わせた。剣の動きに目と体を慣らす、準備運動のようなものだ。

 そろそろすべての第一試合が終わる頃だろうと、三人は模擬剣を腰に、真剣と盾は手に持って闘技場に入ろうとした。その時。


「陛下だ! シウリス様が視察に来られた!」


 周りが一気に騒がしくなり、アンナたちは足を止めて振り返った。

 紺鉄色の服に赤いマント、金色の髪を靡かせながら歩いている、威厳に満ちたその姿。


(シウリス様……!!)


 アンナの心臓がドクンと鳴り、一瞬にして幼き日の淡い恋心と、切り捨てられた悲しみが胸を突き抜ける。

 グレイとカールがすぐさま道を避けたのを見て、アンナも慌てて王族の通る道を作り、肩口に拳を当てる敬礼をする。


 シウリスはズンズンと近づき、なにか声を掛けられるかもしれないと思ったアンナは、これ以上ないくらいに胸を高鳴らせた。

 しかしシウリスは一瞬だけアンナを横目に見ただけで、なにも言うことなく闘技場へと入っていく。護衛の紺鉄の騎士を、一人だけ引き連れて。


(……なに期待してるのよ、ばか……シウリス様は今や国王様なのよ。ただの隊員にお言葉をくださるわけないじゃないの……)


 わかっていたことだというのに、アンナはひどく落ち込んでしまった。

 敬礼を解こうとしたアンナは、グレイやカールがそのまま敬礼している姿に気づく。

 ハッとして後ろを見ると、また王族がやってきていた。


(あれは……フリッツ様?)


 亜麻色の髪に銀灰色の瞳。アンナが最後に見た姿はまだ子どもだったが、面影は確かにある。シウリスが王となってからはしばらく話を聞かなかったが、数ヶ月前には公務を再開したと新聞に載っていた。

 シウリスとは少し距離を空けての来訪。その意味をアンナは深く考えることなく、敬礼を続ける。


「トラヴァスだ」


 隣でカールが呟く。フリッツの隣には、群青色の騎士服を着たトラヴァスがいた。他にも五人、フリッツの周りを取り囲むように護衛騎士がいる。

 彼らが前を通る時、トラヴァスは一瞬だけアンナたち見て、すぐに前を向いた。そしてそのままフリッツと護衛騎士も闘技場の中へと入っていく。

 王族の姿が完璧に見えなくなったところで、敬礼を解いていく周りの隊員たち。目の前を王族が通り過ぎ、興奮を隠せぬ様子で口を大きく開いた。


「シウリス様、でかかったな!」

「かっけぇ!!」

「フリッツ様の美しいお顔、見た!?」

「隣にいたのって〝氷徹ひょうてつ〟のトラヴァスだったわよね!」


 初めて王族を見る者も多く、王族や憧れの騎士を見て皆騒いでいる。


「トラヴァスの野郎、すました顔しやがって……!」


 そう言いながら、カールは笑みを隠せず歯を見せた。周りの騒ぎように、アンナは目を瞬かせる。


「トラヴァスって、〝氷徹〟って呼ばれてるの?」

「おう! 氷の書を習得してるしよ、氷みてぇに冷徹だからそう呼ばれてるらしいぜ!」

「トラヴァスにぴったりの二つ名ね」

「しかし王弟殿下の護衛とは、相当出世しているようだな」

「本当ね」


 トラヴァスは王宮に勤め始めて、まだ一年半である。普通はまだ下っ端のはずだが、トラヴァスの優秀さを考えると十分にあり得る話だと納得できた。


「それにしてもシウリス様はデケェよなぁ! オーラもヤバすぎるぜ」


 アンナもグレイも、それには完全に同意して頷いた。

 シウリスは昔から大きい方だったが、アンナと同い年で一九〇センチを超える程の身長になっていて、近くで見ると迫力が違う。

 そんな国王に護衛が一人しかついていなかったことが気になったグレイは、疑問を口にした。


「それにしても、王であるシウリス様より、王弟のフリッツ様の護衛の方が多いとはな」

「ホントだな。それだけ後ろにいた護衛が優秀っつーことか?」


 首を傾げるカールに、アンナは首を振ってみせる。


「違うわ。必要ないのよ、護衛なんか……シウリス様はとんでもなく強い……って、母さんが言ってたもの」


 アンナの言葉にグレイは眉を寄せ、渋い顔を見せた。


「まぁ、あの体躯と歩き方ひとつ見ても、強さは伝わってくるよな……」


 呟くように声にするグレイ。

 アンナはグレイがどうしてそんな顔をしているのかわからず、ひっそりと首を傾げる。


「まぁ行こうぜ。そろそろ二回戦始まるだろ。一分でも遅れたら、不戦敗になっちまうからな」

「ああ、そうだな」


 次の瞬間には、グレイはいつもの無愛想に戻っていて。もうアンナは気にすることなく、闘技場へと入っていったのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?