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38.よく似ていたと思います

 シウリスがストレイア王となった。

 十七歳という若さでの即位だ。


 国民は王族の相次ぐ不祥事と突然のレイナルドの逝去に嘆き悲しみ、しかしシウリスが王座についたことに新たな希望も見出していた。


 あれからトラヴァスは、幽閉所を行き来するようになった。仕事終わりには必ず顔を出し、話をしている。

 トラヴァスが部屋に入った時は、南京錠を持ち込んで内側から掛けることで外からの侵入を防いだ。

 食事に関しては毎日メイドが運んでいるが、顔が見えるわけでもなく、会話のやりとりはない。よってフリッツは、トラヴァスと話す以外はずっと幽閉所で一人過ごしているのである。


 シウリスは王となったためか、すでにフリッツへの興味は失っている。しかし鉢合わせた場合どうなるかわからず、アリシアからの許可もまだ出ていないため、王宮内を自由に歩かせるわけにもいかなかった。

 そんな自由のないフリッツに、トラヴァスはこの日、ひとつの提案をする。


「もしフリッツ様がご希望されるのであればですが……ロメオに会われますか」

「……ロメオに」


 ロメオとは、フリッツの実の父親に当たる人物である。ザーラの話で王都にいることはわかっていたが、会うという選択肢をフリッツは持っていなかった。


「どうして、急に?」

「フリッツ様はいずれ王となられる方。ここを出られた時には、誰とも関わらない状況になることはまずありません。だからこそ、今ならば父親に会いに行っても誰にも見咎められることもない。チャンスはこの幽閉所にいる間だけなのです」


 現在のフリッツの管理を任されているのは、トラヴァスだ。外に出れば報告義務は発生するが、なんとでも書き換えられる。それができるのは、今この時しかない。

 トラヴァスの提案にフリッツは少し考えた後、頷いた。


「そうだね……会えるならば会ってみたい。僕の本当の父親がどんな人なのか、一目でもいい」

「わかりました。三日後、シウリス様は公務で帰って来られません。その日を狙って会いに行きましょう」


 フリッツの気持ちを確認したトラヴァスは、ロメオの働くレストランを調べた。

 三日後、予定通りシウリスが王都から出ていくと、変装したフリッツと共に店へ行く。

 ロメオの働く『ヴィオランタ』というレストランは、大衆向けで多くの民衆が集う店だった。

 夕暮れ時。普段来ることのない場所に足を踏み入れたフリッツは、その騒がしさにぱちくりと銀灰色の瞳を瞬かせる。


「予約をしていたトラヴァスだが」

「トラヴァス様ですね、お待ちしておりました。こちらへどうぞ!」


 元気で愛想のいい女性が席へと案内してくれた。

 そこで二人は注文を取り、ゆっくりと料理を味わう。

 トラヴァスは店の者が通るたびに、「この料理を作ったのはどなたですか?」と問いかけた。三度目に問いかけた時に「こちらはロメオの担当です」と答えが返ってくると、すぐさまトラヴァスは声をあげる。


「彩りも綺麗で味も素晴らしい。忙しいところ申し訳ないが、こちらを作ったシェフを呼んでもらいたいのだが」


 そう言うと、店の女性はパッと顔を輝かせた。


「本当ですか!? 主人も喜びます! すぐ呼んできますね!」


 主人という言葉に、トラヴァスとフリッツは顔を見合わせる。今の明るい女性がロメオの妻だとわかり、ザーラを思い出して複雑な気分になった。

 フリッツは緊張の面持ちで、裏へ続く廊下を気にする。数分もしないうちにスラリとした優しい面持ちの男が現れて、トラヴァスたちのテーブルの前へとやってきた。


「お呼びいただきありがとうございます。シェフのロメオです。本日は僕の料理を楽しんでいただけたとのこと、大変嬉しく思います」


 優しく、しかしどこか儚げな感じがフリッツに似ていた。そしてなにより、その瞳は銀灰色だった。

 フリッツは彼を一瞬見上げたが、すぐに俯いて声も出さずにジッと料理を見つめる。代わりにトラヴァスが料理の感想を伝えた。


「この兎肉の焼き加減は完璧だった。ソースもコクがあり重すぎず、フルーティな香りが口の中に広がる。素晴らしいバランスで合わされていて、作り手の丁寧な仕事が伝わってくる」

「ありがとうございます。ソースは手間暇かけて作っているので、そう言っていただけると報われます」

「これは舌を楽しませてくれた礼のチップだ。もう少しだけ、付き合っていただけるだろうか」

「ありがとうございます……しかし付き合う、とは?」


 首を傾げるロメオ。トラヴァスはフリッツに目を向ける。


「なにか、伝えたいことがありますれば、今のうちに」

「……うん」


 フリッツは顔を上げて、その銀灰色の目をロメオに向けた。

 ロメオは自分と同じ色の瞳を見て、言葉を失うように息を呑み、ジッとフリッツを見ている。


「……美味しかったよ、ロメオ。ありがとう」

「あ……いえ。こちらこそ、ありがとう……ございます」


 その時、後ろを通ったロメオの妻が、にっこりと笑ってロメオに話しかけた。


「よかったわねぇ、ロメオ! こんな風に呼んでもらえるなんて、うちのような大衆向けの店では初めてです! ありがとうございます!」

「ヴィオラ……」


 ロメオが彼女の名前を呼び、トラヴァスはこの店の名前を思い浮かべる。


「あなたがこの〝ヴィオランタ〟のオーナーですか」

「父のお店を継いだだけの、名ばかりの店主です。私が生まれた時に開業したんでこんな名前に……恥ずかしいんですけどね!」


 ヴィオラは少し顔を赤くしながらも、快活に笑っている。


「ヴィオラ、僕は少しこのお客様とお話ししたいから……」

「ええ、わかったわ!」


 ヴィオラは「ごゆっくりどうぞ!」と笑い、仕事に戻っていく。

 後に残されたロメオがもう一度フリッツへ視線を送るも、お互いになにを言うでもなく、黙って互いの目を覗き合った。

 そんなロメオに向かって、トラヴァスは持ち前の演劇オタクを発揮する。


「ロメオとヴィオラとは……演目で有名な、『ロメオとヴィオレッタ』のようだ」

「はい、よく言われます。あれは悲劇なので、僕たちとは似ても似つかない内容ですが」

「そうだな。あなたは幸せを掴んだように見える」


 今の生活に満足するように、ロメオは穏やかに微笑んで頷いた。


「ええ……ヴィオラのおかげです」

「しかし『ロメオとヴィオレッタ』のような悲劇にすまいと、身を賭してあなたの幸せを願った女性が、この世にはいたかもしれないが」

「……」


 トラヴァスの発言にロメオは言葉を失い、悲しく眉を垂れ下げる。


彼女・・には……申し訳ないことをしました……」


 アリシアの部下から何度も聞き取りされたこともあり、ロメオもうっすらとだが状況を推測していた。

 名を隠しても、元恋人であるザーラの死のことだと認識できるくらいには。

 苦しそうに顔を歪めるロメオに、フリッツは真っ直ぐに目を向ける。


「彼女は、あなたの幸せを心から願っていた。そしてそれは、僕も同じです。今日、あなたに会えてよかった」


 フリッツ息子の言葉に、ロメオ父親は優しく目を細ませる。


「……僕も、お会いできて光栄でした」

「もう会うこともないでしょうが、これからも美味しい料理を作って人々を喜ばせてください」

「はい……ありがとう、ございます……っ」


 ロメオは振り切るようにテーブルを離れ、裏に戻っていくのかと思いきや、そのまま外へと出ていってしまった。

 彼の妻のヴィオラが「ロメオ、どうしたの!?」と言いながらもお店の切り盛りがあるので追いかけず、首を傾げながらも業務に戻っている。


「正体がバレちゃったかな」

「構いません。バレたところで、彼は人には言えませんから」

「僕と……似てた?」

「そうですね。雰囲気と目の色が、よく似ていたと思います」

「そっか……」


 フリッツはふわりと笑い、料理を残さず味わって食べた。

 父親の作った料理の味を、忘れないようにと。


 すべて食べ終え、「またぜひいらしてください」というヴィオラに、フリッツは悲しい目だけを向けて店を出る。

 数メートル歩いたところで誰かが走ってくるのを察知したトラヴァスは、フリッツを庇うように立ち、剣の柄に手を置いた。


「はぁ、はぁ……待ってください……!」

「ロメオ?」


 その声にフリッツは目を見張った。トラヴァスは緊張を緩めて剣から手を放す。

 ロメオは息を切らしながら、フリッツの前へとやってきた。


「すみません……家にまで取りに戻っていたものですから……」


 そう言うと、ロメオは一冊の本を見せた。

 独特な模様が描かれていて、それはコムリコッツ族の遺産である〝書〟であるとわかる。


「これは……?」

「僕が魔術騎士だった頃に習得していた、〝雷の書〟です。騎士職を諦めるために取り出したのですが……未練があり、捨てることも売ることもできませんでした」


 ロメオは手の中の雷の書を、フリッツへと差し出す。


「もしよければ、この書を貰っていただけませんか。あなたならばきっと、使いこなせる……そんな気がするのです」


 フリッツは、優しく微笑む父親ロメオを見上げた。

 彼もわかっているのだ。レオナルド王の子として生まれているフリッツとは、もう会う機会などないのだと。だからこそ、なにか残せるものをあげたかったのだと。

 目の前の雷の書を、フリッツはしっかりと手に取った。


「ありがとう、いただくよ。必ず、習得する。あなたの大切な物を僕にくれたこと、感謝します」

「こちらこそ……受け取ってくれて、ありがとうございました。あなたの幸せを、心からお祈り申し上げます」


 そうして父と子は銀灰色の目を見て微笑み合うと。

 互いに進むべき道へと、すれ違い歩み始めた。


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