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36.この流れはまずいっ

 ルナリア殺害の実行犯は、ザーラ以外に二名いた。ラウ派の忠臣とも言える、騎士が二名だ。この二名がルナリアと護衛騎士を抑えつけている間に、ザーラが毒を直接注射で体内に流したのである。


「こいつらが……ルナリアを……ッ!!」


 シウリスの怒りがビリビリと空気を震わせていき、トラヴァスはその威圧に耐えた。

 今にも剣を抜きそうなシウリスに、アリシアは慌てて声を上げる。


「この者たちへの処罰はまだ決まっておりません! 彼らは、そしてザーラは実行犯ではありますが、ルナリア様殺害の命令を受けていたのです!」


 シウリスの怒りの波動は、一瞬にして闇に変わる。そして光の消えた目を、アリシアへと突き刺すように送った。


「言え。黒幕を」

「っは。殺害を指示したのは……」


 アリシアは一呼吸おき、シウリス向かって真っ直ぐにその名を告げる。


「ヒルデ王妃殿下です」


 ヒルデの名前に、またも全員の視線がその人物へと注がれる。

 当のヒルデは顔を引き攣らせながら誤魔化すような笑みを見せていて、そんな王妃をトラヴァスは変わらぬ冷ややかな目を向けた。


「な、なにを適当なことを! どこに証拠が!」

「証拠ならここに。ザーラの日記に、ヒルデ様の指示だったことが詳細に書かれています」

「そんなの、どうとでも捏造できるじゃないの!」

「ここに証人もおりますので」


 視線で二人の実行犯を指すアリシア。項垂れていた男たちは、縋るようにヒルデを見つめ、ヒルデは眉を吊り上げる。


「こんな男ども、知らないわ! わたくしはルナリア殺しに関与していなくってよ! この王族殺しどもはさっさと処刑してしまいなさい!」

「そんな、王妃様!」

「我らはヒルデ様に忠誠を誓い、ルナリア様を手にかけたというのに!!」

「うるさい! お前たちなんか知らないのよ! 勝手に死になさい!!」


 ヒルデが言い放った瞬間、アリシアの顔がハッとし、引き攣りを見せた。


「シウリス様ッ!! いけません!!」


 アリシアの叫び声とほぼ同時。

 シウリスが瞬時に間合いを詰めたかと思うと、男たちの心臓はあっという間に貫かれていく。


 二人を捕縛していたジャンとフラッシュですら、身動きが取れていない。

 それほどまでに素早く、正確な剣技だった。


(な──っ)


 トラヴァスも目で追うのがやっとの速さ。

 気づいた時には、二人の罪人は胸から血を噴き出していた。


「うぐっ」

「がはぁ……っ」


 ずどん、と二人はうつ伏せに倒れ、絶命する。

 抜かれたシウリスの剣からは血が滴り落ち、絨毯に血が染み込んでいった。


「シウリス! お前はなんということを!!」


 唐突のことに憤慨するレイナルドに、シウリスはわけがわからないとでも言うようにゆっくりと振り返る。


「なにを怒っている? 王族の殺害など、死罪だ。今殺そうと後で処刑しようと同じこと。こいつらは、ルナリアを殺したのだからな!!」


 すでに骸と化した男をシウリスは蹴り上げる。

 怒りだけではなく、悲しみを宿した顔で。


「シウリ──」


 その行為を止めようとするジャンを、アリシアは手で合図して止めた。

 トラヴァスの顔は、さすがに強張りを見せる。


(強すぎる……そして危うすぎるぞ、このお方は……人智を超えている……!)


 かねてから強いという噂を聞いてはいたが、これほどまでの身体能力とは思っていなかったのだ。

 それにしてもいきなり刺し殺すなど、異常としか言いようがない。いくら愛する妹が殺されていたとしても、だ。

 遺体となった犯罪者をもう一度蹴り上げるシウリス。そのまま頭から蒸気でも出そうな顔で、ヒルデを振り返った。

 ヒルデは小さく「ひっ」と声を上げ、シウリスを見上げる。


「なぜ、ルナリアを殺した!!」

「わたくしは殺してなどいないわ!!」

「貴様の指示だとわかっているんだ!! 答えろ!!」


 ずっと否定し続けていたヒルデは、観念したのか、それともしてやったと思ったのか。唐突に勝ち誇ったような表情へと変貌する。


「お前たち……リーンの一族が目障りだったのよ! 王になるのは、わたくしのルトガーが誰より相応しい!!」

「ルナリアに王位継承権はない。俺が邪魔だったのなら、俺を狙えばよかっただろう!!」

「あの娘は、わたくしのかわいいフリッツを誘惑した!! 死んで償うのは当然のことよ!!」

「誘惑したのはそっちの方だっ! よくも、よくもルナリアを……!! ルナリア……」


 シウリスとヒルデのやりとりに、まずいなとトラヴァスは眉根に力を入れる。


(シウリス様は、フリッツ様がルナリア様を誑かしたのだと思っている。フリッツ様に危害が及ばないようにせねば……)


 しかしトラヴァスは、入室の際に剣を外されていた。帯剣しているのは、アリシアとその部下、それにルトガーとシウリスだ。

 剣を持っていたところで、シウリスに敵うとは思えなかったが。

 しかしトラヴァスの緊張とは裏腹に、シウリスは急速に力をなくすように悲しみの瞳を見せた。殺気もいつの間にか消えている。

 そんなシウリスを見て安心したアリシアが、罪状を告げるためヒルデへと一歩踏み出した。


「ヒルデ様。ルナリア様の殺害命令を下した罪、そしてザーラに呪いの魔法を使わせ、マーディア様の精神を破壊した容疑で拘束を──」

「呪いの魔法、だと!?」


 シウリスがカッと目を見開いて、アリシアを責めるように問う。


「はい。ザーラの死後、彼女の体から呪いの書が出てきました。ハナイでマーディア王妃があのような凶行に及んだのは、そのせいかと思われます」

「呪いの異能……精神……破壊……ッッ!!」


 シウリスは大きく口で呼吸を始め、苦しむように頭を押さえている。


「優しかった母上を……ッ! 貴様のせいで、俺は、この手で──ッ!!」


 ルナリアを救うため、直接母親に手を下したシウリス。

 救ったはずのルナリアは、ヒルデの策略により殺されているのだ。

 苦悩に満ちた表情をするシウリスを見て、ヒルデは大きく高笑いを始めた。


「ほほほっ! お前も壊れてしまえ!! そうすれば、王になるのは私の息子ルトガーよ!!」

「ヒルデ、貴様ぁああああッッ!!!!」


 またも殺気が室内を駆け巡る。アリシアが反応するも、剣を抜いた時にはもう遅かった。


「ぎゃああああああっ!!」


 ヒルデの断末魔。顔が縦に割れ、血の噴水は上がっていた。


「お前、シウリス!! よくも母上を──!!」


 ヒルデの隣にいたルトガーが剣を抜く。


「いけません、ルトガー様!! 逃げて!!」

「母上の仇!!」

「貴様なんぞに王位はくれてやらん!!」


 シウリスはいとも簡単にルトガーの剣を叩き落とし、己の剣をその首に吸い込ませた。

 喉をやられたルトガーは、なんの声も出さずにその場に倒れていく。

 抜かれた剣から、血飛沫が部屋中に散った。


(この流れはまずいっ)


 トラヴァスがその体を動かそうとした瞬間。


「マックス! トラヴァス!! フリッツ様を保護!!」

「っは!!」

「承知しました」


 アリシアの指示が出て、トラヴァスはすぐさまフリッツの元へと向かう。

 シウリスとフリッツの直線上に入ったアリシアは、シウリスの剣を受け止めた。

 ガキィイインッという剣の交差する音が部屋に響く。


「っく!!」

「邪魔するな、アリシア。あいつを殺す!!」


 アリシアとシウリスがやり合っている間に、トラヴァスはフリッツを抱きかかえるように引き寄せる。


「フリッツ様、こちらへ」

「トラヴァスッ」


 マックスが背中を守りながら、三人で扉へと急ぐ。

 その間も、アリシアとシウリスの言い合いが聞こえてきた。


「なぜ、フリッツ様まで!!」

「あいつはルナリアを穢した!!」

「いいえ、穢されてなどおりません!! 私が命をかけて断言しましょう!」


 扉を開け、すぐさま閉めるともう中の声は聞こえなくなった。

 急いで評議の間を脱出したフリッツとトラヴァスは、マックスに言われるがまま、王宮の塔の幽閉所へと急ぐのだった。

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