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35.くだらない芝居だ

 翌日、ザーラはアリシアの部下によって拘束された。

 王宮の地下には一時的に罪人を収容するための牢獄があり、そこに入れられて数時間後のこと。


 ザーラは、その牢獄で服毒自殺した。


 死亡したザーラの体から、習得した呪いの書が出てくることで事態は大きく進展する。

 ザーラの家宅捜索がされ、鍵のついた引き出しからザーラの日記が出てきたのだ。

 そこにはヒルデの指示で呪いの異能を使ったこと、ルナリアを手に掛けたこと、そしてヒルデが不貞していたことが書かれていた。もちろん、相手の名前は出さずに。


 数日後、仕事中のトラヴァスのもとへと、アリシアの部下であるマックスがやってきた。


「今から評議の間で、シウリス様が特権を行使される。トラヴァスは目の前での特権行使を希望していたということなので、同席してもらいたい」


 とうとう来た、とトラヴァスは高揚する心を抑えて頷いた。


「ただその際、いくつか事情を聞かれることもあるかもしれない……それは、覚悟しておいてほしい。けど、人数は最小限に抑えているから」


 そう言うということは、マックスもすでに事情を知らされているのだろうとトラヴァスは悟る。


(ここまで来たのだ。特権さえ行使してもらえるなら、数人に知られるくらいはかまわん)


 トラヴァスは承諾し、マックスと評議の間の前にやってきた。

 マックスは「呼ばれるまで待ってくれ」と二人で扉の前で待機する。

 機密が扱われることの多い部屋なので、扉も壁も分厚く、中の様子はまったく聞こえてこない。


 しばらくして、ルーシエという銀色長髪のアリシアの部下が、扉を開けた。

 中へと促され、マックスと共に評議の間へと入る。トラヴァスは失礼にならないよう、ちらりと目だけで中の様子を確認した。


 評議の間は広々とした石造りの部屋で、高い天井には華やかなシャンデリアが吊るされている。

 床にはアイボリーホワイトの絨毯、中央には長テーブルと椅子。しかしそこには誰も座ってはいなかった。

 部屋にはストレイア王であるレイナルド、第二王妃ヒルデ、第一王子ルトガー、第二王子シウリス、第三王子フリッツの王族五名と。

 筆頭大将アリシア、筆頭大将の元へと戻るルーシエ、そしてトラヴァスの隣にはマックスがいる。


(八人か。想定よりずっと少ない。ありがたい配慮だ)


 トラヴァスを見た瞬間、ヒルデは一瞬訝しい顔をしたが、すぐに平静を取り繕っている。

 役者が揃ったのを確認したアリシアは、第二王子であるシウリスに顔を向けた。


「シウリス様、お約束通り特権の行使をお願いいたします。彼トラヴァス、それにこの場にはいませんが、ロメオとルードンという元騎士の命の保障を」

「……なんですって」


 三人の名前を聞いたヒルデが顔を歪めてボソリとつぶやく。


「どうした? 顔色が悪いようだが?」

「……なんでもないわ」


 クックと笑うシウリスに、確かに少し顔色を悪くしたヒルデがツンと澄ます。

 アリシアが誓約書を取り出し、シウリスに渡した。シウリスは一読した後、サラサラとサインを入れる。


「いいだろう。その三名の者は、この俺の特権により命を保障する」

「ありがとうございます、シウリス様」


 その紙はアリシアへと戻り、ルーシエに渡された。

 ルーシエは長い銀髪を揺らしながらトラヴァスの前までやってきて、誓約書を見せる。

 それには、トラヴァス、ロメオ、ルードンの命の保障がされるだけでなく、この件に関して不当に地位を剥奪されることのないようにとの条項が加えられていた。


(助かる……これで俺は、ようやくヒルデ様から解放される……!)


 シウリスのサインも確認して、トラヴァスはルーシエに頷きを見せた。

 一連の動きを見ていたシウリスが、アリシアへと目を向ける。


「では聞かせろ。なぜ俺にこいつらの命の保障をさせた」


 シウリスは冷徹な瞳を向けながらも、どこか期待した様子で問いかけた。

 アリシアがちらりとヒルデを確認する。さすがに察したヒルデは、青白くさせた。


「恐れながら申し上げます。ヒルデ様は王妃という権力を笠に着て、三名の男性騎士と不貞行為を繰り返しておりました」

「っ!!」


 ヒルデがひゅっと息を吸い込み、唇を噛んだ。

 非難の色が含まれた全員の視線が、ヒルデへと注がれる。もちろん、トラヴァスも。


「わ、わたくしはなにもしていないわ! わたくしの色香に狂った男たちが、わたくしを強姦したのよ! 早くその男を捕まえて斬首にしなさい!!」


 トラヴァスを指差すヒルデ。しかしもう特権で護られているトラヴァスに、怖いものはない。


(くだらない芝居だ)


 トラヴァスはアイスブルーの瞳で、何度も抱く羽目になった王妃の転落を見る。

 ヒルデの言い訳に、アリシアは眉間を寄せて蔑みと怒りの目を向けた。


「では強姦された時、なぜ知らせてくださらなかったのですか?」

「それは……っ! 犯されたなど、言えるわけがないわ! 普通そうでしょう!」


 確かに強姦は他の犯罪と違い、人に知られたくないという心理が働いてしまうものだろう。泣き寝入りする者が最も多い犯罪とも言える。

 だが加害者であるにも関わらず、被害者ぶるのは許せなかった。トラヴァスはヒルデを強姦したことなど、一度もないのだから。


「……トラヴァス。ヒルデ様はこう言ってらっしゃるけれど、真実を伝えてくれるかしら。無理にとは言わないけれど」

「構いません。私は事実を語るのみです」


 思い出すと吐き気が込み上げてきたが、トラヴァスはいつもの無表情を貫いた。一度崩してしまえば、人前で、それも王族の前で無様な姿を晒してしまいかねない。

 だからトラヴァスは平然を装って、淡々と語った。


「私は王妃様に関係を迫られました。無論最初は断ったものの、今後も騎士として働きたいのであれば、言うことを聞けと脅されたのです。一度関係を持ってしまうと、バレれば私の首が飛ぶ。それからは逆らえない日々が続きました。頻度は週に一度、多ければ三日も呼びつけられました」


 筆頭大将アリシアから、同情の瞳が寄せられた。シウリスからは侮蔑の瞳が。フリッツからは、よく言ったと言わんばかりの敬意の瞳が。

 王であるレイナルドと第一王子のルトガーは、驚きの顔をヒルデへと向けている。


「させられた内容を詳しく話しましょうか」

「いえ……結構よ」


 トラヴァスの提案をアリシアは断った。ヒルデはぷるぷると腕を振るわせ、レイナルドは頭を抱えて首を振っている。

 フリッツはこれから始まる暴露を思い顔を俯け、ルトガーはわなわなと母親を見つめていた。


「色情魔が。穢らわしい」


 シウリスが侮蔑の視線をトラヴァスからヒルデへと移し、吐き捨てる。


「ヒルデよ。そなたはわしを裏切って……」

「違いますわ、あなた! わたくしはそのようなことなど! この者たちに騙されてはなりません!」

「恐れながら申し上げます!」


 トラヴァスの隣で大きな声が上がった。トラヴァスを連れてきたマックスがヒルデの言葉を遮ったのだ。マックスへと注目が集まり、肩口に手を当てる彼は敬礼の姿勢をとって大きく口を開ける。


「ヒルデ王妃様はトラヴァスの他に、ロメオとルードンという二人の元騎士とも関係を持っておいででした。二人の悲痛な証言も得られております。王妃様の不貞は確定です」


 マックスの言葉は、王を激怒させるのに十分な威力を持っていた。


「ヒルデ。よもや三人の男と関係を持つなど……!」

「わたくしは被害者ですのよ! こんな下賤の者をわたくしが欲するなど、あり得な……」

「黙れ、淫婦が!!」


 空気を震わすほどの、シウリスの怒声。

 評議の間に響き渡った振動が、ビリビリと全員の肌を刺激する。

 怒りを隠そうともしないシウリスは、刺すような目を筆頭大将へと投げつけた。


「アリシア!」

「っは!」

「貴様、まさかこんなくだらんことしか調べられなかったのではあるまいな」

「いえ」

「俺の要求・・はこんなものではない。首を飛ばされたくなければさっさと本題に入れ!」


 トラヴァスが望み、ようやく手に入れたものをくだらんとシウリスは一蹴した。

 今にも腰の剣に手が伸びそうなシウリスに、アリシアは張り詰めた空気に緩やかな振動を与える。


「ではこの件はレイナルド様のご判断にお任せいたします。次に、ルナリア様の殺害の件で進展がありましたので、ご報告します」


 シウリスの顔が今以上にきつくなり、空気は凍りつき始めた。

 ルーシエはアリシアの視線を受けて、またも扉を開ける。ジャンとフラッシュというアリシアの直属の部下たちが、縄で腕を拘束した男二人を連れて入ってきた。


「なんだ、こいつらは」


 シウリスの問いに、アリシアは冷ややかな目で答える。


「この二人と、牢獄で自殺したザーラが、ルナリア様殺害の実行犯です」


 そう告げた瞬間。

 シウリスの殺気が室内中に渦巻く。

 背筋が凍るなどという生やさしい言葉では表現できぬほどの、底冷えする威圧感が吹き荒れ、そこにいた全員が息を呑んでいた。

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