フリッツとルナリアの関係がレイナルド王の耳に入り、二人は一ヶ月の謹慎処分をを受けた。
もちろんその間、接触は禁止である。
フリッツとルナリアのことは、王家とごく一部の者しか知らされていない。このようなスキャンダルは王家の恥であると、隠蔽したのだ。
公表はされなかったため、将来王になる者の経歴に傷がつかずに済んだと、トラヴァスは安堵していた。
トラヴァスはフリッツとルナリアが接触しないように、目付役として彼と共に過ごしていた。
仕向けたのは、もちろんトラヴァスである。
第二王妃ヒルデとの情事の際に、自分がフリッツを護りたいと懇願したのだ。その気持ちにひとつも嘘はなかったが。
ヒルデは喜んで、トラヴァスをフリッツの目付け役にした。トラヴァスにしてもこれだけ奉仕しているのだから、融通を利かせてもらわないと割に合わない。
ヒルデからすると、隣の部屋にいるトラヴァスをいつでも呼び出せるようになるので、喜んでいただけだったのだが。
つまり、結局は謹慎の一ヶ月でヒルデと交わる頻度は上がってしまっていた。
八割がた成功すると思っていたシウリスによる犯罪者保護の特権は、未だ使われる様子はない。アリシアなら、シウリスに特権を使わせることが可能だと踏んでいたのだが、そう簡単にはいかないのだろう。
トラヴァスはとにかく、解放される時を待つしかなかった。
そして年が明けた現在、謹慎の一ヶ月も終わっている。
目付け役からは離れていつもの騎士としての職務をこなしていても、当然ヒルデからの呼び出しは掛かる。
この日もトラヴァスは心を殺し、ヒルデを悦ばせるだけの機械となっていた。
だが、いつもは二人だけの空間である部屋に、一人の女性が入ってきたのである。
事後とはいえ、まだ服もまともに着ていない状態での入室に、トラヴァスは冷や汗が流れた。
「ヒルデ様、彼女は」
「心配する必要はないわ。わたくしの言いなり人形よ。ねぇ、ザーラ」
「はい。ヒルデ様」
情事後の暗い室内に入ってきた女を、ヒルデは言いなり人形と呼んで笑っている。
暗くて顔はよく見えなかったが、トラヴァスはザーラを知っていた。
(高位医療班の女医だ。俺が紅茶を飲んで気分が悪くなった時に、駆け込んだ医務室にいたのは……ザーラ、だった……っ)
あの紅茶に入れられていた薬も、医務室に駆け込んだのになぜかヒルデと交わっていたことも。すべてザーラの仕業だったのだ。
トラヴァスは頭の血管が切れそうになりながらも、冷徹なアイスブルーの瞳と無表情は変えなかった。
「ヒルデ様、避妊薬を」
「ええ」
ザーラがベッドにまでやってきて、薬と水をヒルデに渡す。
ヒルデは避妊薬を飲んでいると聞いていたトラヴァスだったが、実際にはザーラに入手させていたのだと納得する。
世継ぎは多ければ多いほど良いとされている王家だ。王妃が避妊薬を所望すれば騒ぎになるはずである。だがヒルデは王宮の女医を抱きかかえることで、問題なく入手していた。
避妊薬をごくりと飲み、ヒルデはベッドの上からザーラを見上げる。
「で……例の物はどうなっているの?」
「はい。手はずは整えております。いつでも実行可能ですが、私一人では……」
「そうねぇ……」
ザーラはトラヴァスに負けず劣らずの無表情だ。
ヒルデはザーラの言葉に考える仕草をしながら、ぐいっとトラヴァスの顎を掴んで自分に引き寄せた。
じっと目を見られて、それでもトラヴァスは動かなかった。
「トラヴァス。わたくしがこうしたらキスをしなさいと言ったでしょう」
「ザーラ医師が見ておりますが」
「関係ないわ。しなさい」
ようやく終わったのにと息を吐きそうになったトラヴァスは、無表情で飲み込んだ。ヒルデの要求通りに、仕方なく唇を重ね合わせる。
「ふふ、良い子ね……わたくしの従順な犬よ、あなたは」
「……は」
ヒルデはトラヴァスの頭を抱き寄せ、ザーラに見せつけるようにもう一度深いキスをした。それからようやく先ほどのザーラの言葉に答えを出す。
「ザーラ。わたくしの忠実な
「……ありがとうございます、ヒルデ様。彼がそのうちの一人でしょうか?」
トラヴァスの首に手を回して離そうとしないヒルデを見て、ザーラは無表情の男をチラリと確認した。
ヒルデは一瞬のうちに機嫌を悪くさせ、彼女を睨みつける。
「これはわたくしの犬よ。横取りしようというの? 女医風情が」
「いいえ、そのようなつもりは……
「いいから下がりなさい、邪魔よ。詳しい話はまた今度してあげるわ」
自分から呼び出したザーラを、ヒルデは自分勝手に下がらせる。
ザーラが寝所から出ていくと、甘えたような仕草でヒルデはまたトラヴァスにしなだれかかった。
むっとする香水の匂いに辟易しながらも、トラヴァスは冷めた瞳のままでヒルデを見下ろす。
「ヒルデ様。計画というのは」
「そうね……ふふ、教えてあげないこともないけれど……わたくしの忠実な僕になるのならばね」
「私はすでに、あなた様の忠実な僕ですが」
「嘘おっしゃい!!!!」
ヒルデは一瞬にして悪魔のような形相に変わり、トラヴァスの顔をパンッと力一杯叩く。耳に手が当たり、キーンという音がトラヴァスの脳に響いた。
「ふんっ、その無表情、痛みを感じないの? 言ったでしょう、お前は
トラヴァスは苛立ちと吐き気を抑えながら、ヒルデの要望通りに動き始める。心を殺せと頭の中で何度も念じながら。
(忠実な僕というのは、ラウ派の中でも忠臣だろう。ザーラは言いなり人形……忠誠を誓っている様子はない。なにか弱みでも握られているのか。そして俺は……犬か)
トラヴァスは今の自分の状況を客観的に考え、死にそうになった。
オルト軍学校で仲間と過ごした日々が、懐かしく感じる。
(皆、なにをしているだろうか……まさか、俺がこんなことをしているなどとは、夢にも思っているまい……)
誰に知られたとしても、あの三人にだけは知られたくない。
仲間の笑顔が蔑みに変わるのを想像したトラヴァスは、心の中でだけ涙を流し。
聞きたくもないヒルデの声を聞きながら、行為を早めていった。