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21.違うから

 俺が入っていた孤児院に、ある日突然ロクロウがやってきた。

 俺は六歳、ロクロウは当時二十二歳だったと思う。

 その日、ロクロウはなにもせず、ただじっと子どもたちを観察しているだけだった。

 まぁ怪しい奴だとしか思わなかったな。

 黒目黒髪に、切れ長の鋭い眼。

 子どもたちは人攫いじゃないのか、奴隷商人じゃないのかと警戒しながら過ごした。

 けど翌日には、たくさんのプレゼントを持って現れたんだ。

 ミダという少女には絵の具セットを。シュゼットには人形を。みんなが喜ぶ物はなにかと、観察してたんだよ。

 ロクロウがするプレゼントは的確で、みんなに人気だった。あっという間に子どもたちはロクロウに懐いていったんだ。本人は嫌そうな顔をしてたけどね。


 俺にはなにをくれたかって?


 俺は、なにを差し出されても、受け取らなかったよ。

 色々くれようとはしてたな。本や、ペンや、服、靴、菓子……すべてを拒否した。


 どうして受け取らなかったのか、か……


 なんでだろうな。

 もしかしたら、俺を気にしてくれる人がいるというのが、嬉しかったのかもしれない。

 そんな風に断っていたある日、ロクロウは短剣をくれたんだ。

 ああ、さっきみんなで宝探しに使った短剣を。


 実は俺は、ロクロウの持っていた短剣に目を奪われていた。

 雷神やマネーメイカーっていう、多くの異名を持つロクロウの短剣だ。子どもの俺が見ても、不思議なオーラを漂わせてたよ。


 そうだな、アンナの言う通り、それを感じたのは俺だけだったのかもしれない。

 誰もロクロウの剣を見たがったりはしていなかった。


 俺は……その短剣が気になってはいたものの、素直に見せてほしいと言えない子どもだった。

 今も、か。まぁね、これでもマシになったつもりだけど。


 そんな俺の気持ちに、ロクロウは気づいてた。

 そして次に来た時には、この剣をくれたんだ。


『俺の短剣を見ていただろう。俺のはやれないが、これもそれなりのもんだ』


 そう言って、ロクロウは斬りかかってこいと促してきた。

 俺にとって短剣は、生まれて初めて与えられたおもちゃだったんだ。迷いなくロクロウを斬りつけにいった。

 ひとつも傷はつけられなかったけどね。


 俺の体力が切れる頃、ロクロウは『その短剣を俺以外には向けるなよ』と意外にもまともなことを言ってたな。

 それから俺は、ロクロウが現れるのを心待ちにしていたんだ。


 好きとか、やめてくれる。違うから。

 短剣の相手をしてくれる人が、ロクロウしかいなかっただけだから。


 ロクロウは見た目が怖いし暗いし、まぁ人に好かれるようなタイプではなかったよね。

 けど、なんていうのかな……。近寄るなオーラを出してるくせして、人を引き寄せるフェロモンのようなものも持ってたんだ。

 だから、本当にロクロウを嫌っている人なんていなかった。むしろ、こっそり好きだった奴もいるんじゃない。


 だから、俺は違うから。


 ロクロウは博識だったよ。本人は学校もろくに行ってないから、学がないと言ってたし、真剣にそう思ってたみたいだけど。

 ああ、ロクロウも孤児みたいだ。

 十二歳の時にハーフエルフに出会って、そこからトレジャーハンターの道に進んだらしい。

 十四歳でトレジャーハンターとして独り立ちしたんだと言ってた。あの遺跡を十四歳で、しかも単独で入って出てこられるとか、もう天性のものだとしか言いようがないよね。そりゃ、努力もしたんだろうけど。

 コムリコッツの遺跡や秘術に関しての知識は、右に出るものはいないんじゃない。

 ロクロウは、古代文明や秘術を自分の手で解き明かすことにこだわってた。そこはもう、トレジャーハンターというより考古学者だったな。

 ロクロウにとってトレジャーハントは、ついでのようなものだったんだと思う。だからお金への執着がなくて、すぐに手放すんだ。ついででやっててマネーメイカーと言われるくらい稼ぐんだから、えげつないよ。

 それにロクロウは、尋常じゃないくらい強かった。

 〝神足の書〟っていう異能の書を習得してるのは知ってるだろうけど。これは足の速さが倍速になるんだ。最初から遅い人はあまり変わらないようだから、ロクロウは元から足が速かったんだろうな。

 その速さに対応できるだけの頭脳と手数が半端じゃない。

 異能を封印しても強いのに、あんなのされたらもう反則みたいなものだった。

 雷神っていう異名が納得の、異常な速さだったよ。


 うーん、ロクロウと筆頭、どっちが強いのか、か……

 どうだろうな。筆頭は大剣使いだし、ロクロウには剣が当たらない気がする。

 でも筆頭の強さも異常だし、閃きというか戦闘の勘は天才的だからな。

 ロクロウが筆頭の動きを読めなかった時には、筆頭が一撃で勝つと思うよ。

 逆に筆頭の動きが読まれた時は、ロクロウが手数で勝つよね。

 どちらが勝つかを明言するのはむずかしいかな。この二人が戦うことは絶対に有り得ないから。

 夫婦喧嘩なら、筆頭の圧勝だろうけどね。ロクロウは争うようなことはしないし。


 ああ、ロクロウからは遺跡の話をたくさん聞いた。

 どんな話と言われても、多すぎて時間がいくらあっても足りないな。

 古代の歴史なんかも話してくれて、面白かったよ。

 そうだな、印象に残ってるのは……


 遺跡は全部コムリコッツ族のものと思われているけど、本当は二種類あるんだ。コムリコッツの遺跡と、コツルコッツの遺跡。

 コムリとコツルは兄弟なんだ。王権争いでコムリが勝ったらしい。だから古代遺跡はコムリの方で一緒くたにされているだけなんだ。

 確かに、兄弟で王権争いとか……今の時代も変わってないな。


 あとは、現代に水の書を習得できる人間が、極端に少ない理由とかね。

 そう、水の書は、発掘される数に比べて圧倒的に習得できる人数が少ない。相性のいい者は、十万人に一人とも言われてる。水魔法は回復に特化しているから、需要があるにも関わらず、だ。

 ロクロウの話によると、コムリコッツがいた時代には、アクアリオスっていう水の民がいたんだ。だけどアクアリオスは、コムリではなく、コツルの味方をした。

 それに腹を立てたコムリは、アクアリオスの民をほぼ絶滅にまで追いやったんだ。

 アクアリオスは姿を見せなくなって、それ以降、水の書を習得できる者が激減したと言われている。

 アクアリオスの呪いなのか、元々アクアリオスの持つ力が失われた結果なのか。

 ロクロウは、水の民がいなくなって、血が薄まったからじゃないかって言ってたけどね。これからはますます、水の書を習得できる者が少なくなっていくっていうのが、ロクロウの持論だ。興味深いだろ。

 こんな話をたくさんしてくれたよ。楽しかったな。


 けど、ロクロウが自分のことを話してくれたのは、二十歳くらいの頃までだった。

 ああ、それまでのことは色々教えてくれたよ。

 ロクロウはずっと一人で遺跡を巡ってたけど、そのうちの二年を、ゼレツという少年と一緒に過ごしたと言ってた。

 わずか四歳の少年に、東方の剣である〝脇差〟という刀を与えて剣術を教えてたみたいだ。

 その子も孤児だったらしい。なんだかんだと、ロクロウはそういう子どもを放っておかないんだよな。

 四歳の子に剣を持たせるとか、本当にイカレてるとしか言いようがないけど。

 その頃の話は、割と楽しそうにしてたな。

 でもさっき言った通り、ロクロウが二十歳になった辺りからはなにも教えてくれなかった。

 まぁ見当はつくよ。子どもに言えないようなことをしてたんだろ。

 元々根暗なロクロウが、さらに暗い顔してたから。なにをやったかは具体的にはわからないけど、後悔してたことだけは間違いないよ。


 多分、このストレイアに来た時が一番ひどかったんじゃない。

 筆頭には、『腐った魚のような目をしてる』って言われたらしいし。

 けど、楽しそうにしている時間が少しずつ増えていたように俺には感じた。

 底抜けに明るい、筆頭のおかげだと思うよ。


 でもまた、死んだ目に戻っていったんだ。

 ロクロウがこの王都ラルシアルに来て、五年が経った頃だな。

 その頃にはほぼ毎日孤児院に顔を出していたから、暇になったんだと察しはついた。きっと、遺跡に行く必要がなくなったんだろうと。

 当然だ、通常は一年から二年で拠点を変更すると言ってたのに、五年もここにいたんだ。近辺の遺跡は、とっくに踏破し尽くしてただろう。


 ロクロウがここに五年もいた理由……

 当然、筆頭だと思う。

 筆頭は両親を火事で亡くしたばかりだったし、放っておけなかったのもあったと思うけど。

 単純に、ロクロウが筆頭から離れたくなかったんじゃない。

 なんだかんだとロクロウは……筆頭を愛してた。少なくとも、俺にはそう見えたよ。


 だから、あの日の朝は驚いた。

 俺に『アリシアを頼む』と言って、急に街を出て行った時は。

 いや、驚きはしたけど、納得もしてたんだ。

 ロクロウなら、いつかそういう選択をするに違いないって。

 誰が見ても、利己的に映る行動には違いない。

 けど俺には、そんなロクロウの姿がすごく自然に見えた。


 だから俺は、『わかった』と言って送り出した。

 ロクロウには、夢を叶えてほしかったから──


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