スヴェンという少年を助けた週末の休みに、アンナは男子寮に呼び出されていた。
男子が女子寮に入るのは厳禁だが、逆は不思議と緩い。
恋人たちの逢瀬に使われることもある、と聞いたことはあっても、アンナは当然男子寮に赴くのは初めてだった。
呼び出したのはカールで、「トラヴァスとグレイもいるから安心しろよ!」といつもの底抜けに明るい笑顔を見せていたので、心配はしていない。
(カールがそう言うなら大丈夫だわ。嘘がつけない性格だもの)
カールが騙すなんてことは絶対にあり得ないし、グレイとトラヴァスのことも信用している。なにかあったとしても守ってくれるに違いないし、アンナ自身も多勢でない限り自分の身は守れる。
しかし初めて足を踏み入れる場所だ。敷地内に入るのに躊躇していると、寮から出てきた人物に声をかけられた。
「急に悪かったな。こっちだ」
迎えに来てくれたグレイの姿を見たアンナは、ほっと息を吐き出す。
「ありがとう。どうしようかと思っていたのよ」
「飢えた奴らもいるからな。一人で来させられるか」
「呼び出したのはそっちじゃない」
「俺じゃない、カールだ」
「そのカールはどうしたのよ」
「トラヴァスと俺の部屋で待機してる。お姫様の迎えは、俺の役目だからな」
「じゃあグレイは王子様ってわけ?」
「そうなるか」
「ふふっ」
「おかしいか?」
「おかしいわ」
「ま、王子って柄じゃないのは確かだな」
軽口を言い合える距離感に、アンナはクスクスと声を漏らした。
グレイも無愛想な顔を、ほんのりと口の端を上げて、寮の中へと入っていく。
中は当然、男だらけだ。廊下で人とすれ違うたびにアンナは緊張した。グレイがアンナに気づかれないよう睨みを利かせていたので、誰も近づくこともなかったのだが。
たくさんあるうちの扉の一つの前まで来ると、グレイはそのドアノブに手をかけた。
「待たせたな。連れてきたぞ、俺たちの女王様を」
扉を開けると、部屋の中にはカールとトラヴァス、それにグレイと同室であるコナーがいた。
「じゃあ、僕は出るよ」
「悪いな、コナー」
「貸しだから。アンナちゃん、どうぞごゆっくり」
「ありがとう」
コナーが出ていくと、アンナは遠慮がちに中へと入る。廊下とは違った香りに多少困惑しつつも、部屋にいる二人に目を向けた。
トラヴァスは安定の無表情で、カールはニヤニヤしている。
「どうしたの、今日は。急に呼び出したりして」
勧められた椅子に座って首を傾げると、カールはさらに笑った。
「アンナ、今日が何の日か忘れてんだろ」
「今日? え? 臨時の軍事演習もなかったわよね?」
慌ててスケジュール帳を確認しようとするアンナに、トラヴァスが「そんなものはないから心配するな」と淡々と口にする。
「じゃあ、一体……」
アンナが眉を寄せると、トラヴァスとカールが何語かわからない言葉を口にし始めた。
(え! 魔法!?)
魔法の詠唱だと気づいたアンナは、思わず椅子からガタンと立ち上がる。
「トラヴァス、カール! なにを……っ」
トラヴァスの周囲にたくさんの氷の塊が出現した。カールの手の上には、小さな火種が浮き上がっている。
なにをするつもりかと、アンナはの額に冷や汗が流れる。
「やれ、カール」
「いくぜ、アンナ」
「ちょっと、やめ──」
その瞬間、火種は氷の元へと飛散し、ピシッと音が鳴ったかと思うと。
パンパンパーン!!
派手な音を立てて氷は粉々に砕け散る。
氷は細かなダイヤモンドダストのようにキラキラと舞い、部屋の中を輝かせていた。
「……え?」
「アンナ、誕生日おめでとう!!」
カールの嬉しそうな声と顔が、アンナの耳と視界に飛び込んだ。
ふと見ると、
「アンナ、おめでとう」
「女王様も十六歳か」
「……忘れてたわ。びっくりした」
見事に驚かされたアンナは、自身の誕生日だったことをようやく思い出した。
まだキラキラと落ちてくる氷の美しさに魅せられ、手のひらをそっと上に向ける。
「綺麗……」
ほうっと息を吐くと、魔法を使った二人組は満足気に笑った。
「へへっ、さんざ練習したからな!」
「いつの間に魔法を習得してたの? トラヴァスが相性のいい魔法を探してたのは知ってたけど、まさかカールまで」
「ああ、俺はなー。野宿ん時の火起こしが楽になればと思ってよ。ちょうど火魔法と相性よかったから習得したんだ。〝火の書〟は一番安いしな」
この世界には、古代文明が残した、古代コムリコッツ人の遺産と言われる本が多数ある。
〝書〟と呼ばれるそれは、魔法の書と異能の書の二種類があり、相性がよければ習得することができた。
火の書は一番数が多く出回っているので、安価である。
本を読んで覚えるという地道な習得方法と、習得師による半強制的な習得方法があり、習得すると本は体の中へと吸い込まれるように消えていくのだ。
「習得師に頼んだの?」
「ああ。相性がいいかどうかもすぐわかるから、手っ取り早いしな。それよりどうだ、俺とトラヴァスの魔法は! びっくりしただろ!」
「ええ、本当に。魔法はもちろんだけど、まさか私の誕生日を祝ってくれるなんて思ってなかったから……」
カールはしてやったり顔で、「へっへーん!」と鼻をこすっている。
その隣でトラヴァスが紙袋を取り出した。
「まぁ、ケーキもないが。これは俺からのプレゼントだ」
「ありがとう、トラヴァス。本?」
どさりと渡されたその重さに驚きながら、アンナは中から本を取り出した。
「ストレイア歴史書大全、六?」
「第六巻はこれまでに活躍した過去の将たちの伝記集だ。アンナも読んでおくといいだろう。勉強になるぞ」
「トラヴァスらしいわね。大切に読ませてもらうわ。ありがとう」
分厚い辞書のような本を、アンナは抱きしめるようにして御礼を言った。
いつもは無表情のトラヴァスの顔が、どこか優しいオーラを放っている。
「次は俺だ! 開けてみてくれ!」
今度はカールが小さな箱をアンナに突きつけた。
なんだろうかと胸を高鳴らせながら、ゆっくりと箱を開ける。
「わぁ……!」
それを見た瞬間、アンナは思わず感嘆の言葉が漏れた。上品な髪飾りが顔を見せていたのだ。
クリスタルガラスの宝石が散りばめられ、白に近い青から薄紫のグラデーションになっているコーム。
そのデザインの素晴らしさに、うっとりとアンナは目を細めた。
「素敵……」
「ぜってーアンナに似合うと思ったんだ。つけてくれよ!」
「でもこれ、高かったんじゃない?」
「気にすんなって! 俺が買いたくて買っただけだからよ!」
カールの気持ちが嬉しくて、アンナはその髪飾りに手を伸ばす。
わくわくとしているカールの期待の眼差しに応えようと、アンナはそのコームを髪に寄せた。
「こうかしら……」
苦戦しながらもなんとかつけ終えると、カールの目は輝き、グレイとトラヴァスは「ほう」と目を見広げている。
「ど、どう?」
「いいよ、すっげー似合ってる! めちゃくちゃ綺麗だぜ、アンナ」
ストレート過ぎるカールの発言に、アンナの頬はカッと熱くなった。
嬉しさはあるが、それ以上に気恥ずかしい。
臆面もなく言えるカールに、男二人はどこか呆れながらも頷いている。
「確かに、アンナによく似合っている」
トラヴァスはまじまじとアンナを見つめて言い、
「カールはほんとセンスあるよな」
グレイも感心の声を上げている。
「あ、でも髪が落ちてきちゃうわ。これをつけるには、まだ短いみたい」
「伸ばせよ。こんな綺麗な髪してんのに、伸ばさないのはもったいねぇって」
カールがアンナの髪に触れようとし、ハッとして手を戻した。
そんな風に言われてはアンナも頷かざるを得ず、それでも悩みながらコームを外す。
「長過ぎると手入れに時間がかかるから、いつもは肩より長くなると切っちゃうんだけど……伸ばそうかしら」
「おう、そうしてくれ! お前らもその方がいいと思うだろ!?」
「まぁな」
「確かに、アンナは長い髪の方が似合うだろう」
グレイとトラヴァスの同意を得たカールは、得意満面で口の端を上げる。
「決まりだな!」
「もう、勝手に決めるんだから。わかったわ、伸ばしてみる」
「よっしゃ、やった!」
カールの歓喜の声にアンナは思わず微笑み、手の中の髪飾りを見つめた。
(この髪飾りを使える日が来るのが、今から楽しみだわ)
ふふっと笑みを漏らすと、カールもにししと歯を見せて笑っている。
グレイも言っていたが、カールは本当にセンスがいいのだ。着ている服も上等なものとは決して言えないのに、安価な服でも着こなしがうまい。
「俺が選ぶと、こうはいかんな」
トラヴァスが髪飾りに視線を寄越し、顎を擦りながらむうっと唸った。そんな彼にアンナはこくんと頷く。
「そうね。トラヴァスのその服、ダサいわよ」
その瞬間、空気がピシッと凍ってグレイとカールが固まった。誰も氷の魔法など使っていないにも関わらず。
「ちょ、おま、アンナ……ッ!」
「おいおい、たまにめちゃくちゃ抉ってくるぞ。俺たちの女王様は」
「むぅ」
普段はみんな隊服に身を包んでいるので気にならなかったが、こうして私服で集まるとトラヴァスだけがやけに浮いて見えて、アンナは気になってしまったのだ。
三者三様の反応に、アンナは首を捻らせる。
アンナとしては、トラヴァスには恋人がいるようなので、彼女に恥をかかせないためのアドバイスのつもりだったのだが。
「俺の服はダサいのか?」
「ええ。物はいいみたいだし、百年前ならモテるファッションでしょうけど。今じゃ、舞台俳優くらいしか着ないんじゃないかしら」
「……そうか、善処しよう」
トラヴァスは相変わらずの無表情だったが、後ろでグレイとカールがこそこそと言葉を交わしている。
「すっげー。アンナのやつ、さらっと言ってのけたぜ」
「お前ですら言えなかったのにな、カール」
「だってトラヴァスのやつ、絶妙に突っ込みづれぇ格好してんだもんよ」
カールの言葉が聞こえたトラヴァスは、無表情のまま二人に視線を向けた。それに気づいたカールは、慌てて両手を振る。
「ま、まぁ気にすんなよ! 服の趣味なんて人それぞれだしな!」
「でももし私がトラヴァスの彼女で、その格好でデートに来られたら嫌だわ」
「アンナ、お前はもう黙ってろって!!」
なぜカールに怒られているのかわからないアンナは、少しむっとしながらも口を閉じた。
「それより、今日はアンナの誕生日だかんな! 次、グレイの番だぜ!」
カールが話を逸らしたので、アンナはグレイを見上げた。
トラヴァスは本、カールは髪飾り、グレイはなにをくれるのだろうかと期待が高まる。
しかしグレイは居心地悪そうに、無愛想な顔で口を開いた。
「あー……ない」
「え?」
一瞬聞き違えかと思い目を瞬かせるアンナに、グレイは少し眉を下げる。
「悪い。ちょっと……金欠でな」
そしてその言い訳にすぐ合点がいった。
グレイの身なりは、決して裕福とは言い難い服装だ。シャツとズボンだけという軽装で、清潔感はあるが高級感はない。
であるにも関わらず、先日彼はスヴェンにお金を渡していたのだ。プレゼントを買う余裕などなかったのだろうと、アンナは理解した。
「いいのよ、別に。期待してないもの」
「……抉るよな、このお嬢様は」
「ははっ、ダッセー! なんにも用意してなかったのかよ、グレイ!」
「カールは前から用意してたからいいかもしれんがな、誕生日パーティをやるつもりならもっと早く言え! 俺は誕生日も知らなかったんだぞ」
「いてて、ギブギブ!」
グレイがカールをヘッドロックし、カールは苦しそうにタップしていて、アンナは仲のいい二人の姿にくすっと笑う。
「グレイがアンナの誕生日を知らなかったのも無理はない。グレイが入隊してきたのは、今年に入ってからなのだからな」
トラヴァスの言葉に、アンナはその通りだと頷いた。グレイと知り合って、まだ一年も経っていないのだ。
「そう言えば三人は、同期入隊だったか?」
今年入隊したグレイは、アンナたちの入隊時期を知らない。今まで不思議と話題にも上がらなかったので、無理もない疑問だ。
「私とカールは、去年の春にね。トラヴァスは私たちより一年早く入隊してるわ」
「去年か。カールなんて十三歳じゃないか」
「まぁ俺は四月生まれだから、すぐ十四になったけどな!」
アンナは去年の十四歳で、カールは同じ時期の十三歳で入隊している。
カールはアンナよりひとつ年下だが、いわゆる同期の関係である。
オルト軍学校は、学校と名はつくが少し特殊な場所だ。
受け入れは十歳からで、上は三十歳まで入隊が可能である。
子どもは身寄りのない子の受け皿にもなっていると言い換えてもいい。
衣食住が保障されていて、少ないが給金も出るのだ。その代わり、出兵の可能性はあるのだが。
オルト軍学校は最低でも三年の訓練期間が必要で、卒隊できるのは十八歳以上の者に限られる。つまり、早く入隊しても早く卒隊できるわけではなかった。
だが、将来的な出世を望むならば、卒隊までに好成績を残しておくことは必要不可欠である。それだけでも人より早く入隊するメリットはあった。
そしてもうひとつ、出世するには、各学校の卒業資格を持っていた方が有利なのである。
「けど、十三歳って中途半端な年齢だよな。幼年学校は普通十二歳で卒業だろ。上級学校へは一年しか通わずに入隊したのか?」
「あー、俺、行ってねぇんだ。学校」
カールの言葉に、事情を知らないグレイだけが目を瞬かせた。
「そうなのか?」
「俺、森の奥で生まれ育ったからよ。家庭教師を雇って、そいつと寝食共にしながら勉強を教わってたんだよな。だから、学校は行ってねぇんだ」
「家庭教師と寝食共にって珍しいな」
「弟と妹もいるからな。みんなその家庭教師に勉強を教わったんだ。けどそいつがとんでもねぇ
カールが思い出し怒りを始めたので、アンナは苦笑いを浮かべた。なにも知らないグレイは、どういうことかと眉を寄せる。
「『町の学校に通ってる子どもは、これくらい簡単に解ける』とか散々ほざきやがって……俺、十三歳で上級学校の卒業資格が取れるくらい勉強させられてたんだぜ! 信じられるか!?」
「カール……お前、上級学校の卒業資格を持ってたのか……」
「おうよ、あの野郎に騙されたせいでな! ちくしょ!」
カールは悔しそうに歯軋りをしている。
一方のグレイは、純粋に驚いていた。
ここストレイア王国では、幼年学校が六歳から十二歳までの六年間、その後に上級学校が五年間、さらに上は大学府が四年間あるが、大学府にまで行く者は稀である。
「騙してもらえてよかったじゃない。そのおかげで上級学校の卒業資格を持って、わずか十三歳で入隊できたんだもの。すごいことだわ」
「まぁな……でも騙されたのは納得いかねー!!」
「その家庭教師はカールの性格を見抜いていたのだろう。本当のことを告げれば、勉強などしないとわかっていたのではないか?」
「ははっ、違いないな」
「っちぇ」
トラヴァスに図星を刺されたカールは不機嫌顔をし、皆はそんな最年少の優秀な少年を見て笑った。
次にグレイは、頭脳明晰と名高いトラヴァスに目を向ける。
「トラヴァスの入隊がカールたちより一年早いってことは、十五の時か。上級学校を二年早く卒業したってところか?」
その推理に、なぜか関係のないカールがドヤ顔をした。
「聞いたら驚くぜ、グレイ!」
「ん? 違うのか?」
トラヴァスはいつもの無表情でグレイの疑念に答える。
「俺は上級学校の卒業資格も、大学府の卒業資格も取ってから入隊したのだ」
「……なんだそれ」
「ぶはは! ホント、なんだそれだよなー!!」
「本当に、トラヴァスの頭の出来は違うわよね」
「効率よく勉強しているだけだ。誰だってできる」
「できねーよ!」
「できないわ」
「できないな」
三人の同時ツッコミに、トラヴァスはほんの少しだけ頬を緩めた。
「けどなんだかんだ言って、アンナも十四歳で上級学校の卒業資格を取って入隊してんだもんなぁ。バケモノ揃いだぜ」
「なに言ってるのよ、カール。あなたの方が私より一年も早く資格を取ってるのよ? そっちの方がよっぽどすごいじゃない」
尊敬の念を込めて言ったアンナだが、カールはちっちっちと舌を鳴らし、『わかってねぇな』とでも言いたげな顔で口を開いた。
「ちげーんだよ、アンナがすげぇのは、家庭教師もなく一人で勉強してんとこ! よくそれで資格取れたよなぁ」
「だって教科書はあるもの。基礎は学校で習うんだし。普通じゃない?」
「普通じゃねー!」
「確かに普通じゃないな」
「女王様もバケモノか……」
そうかしら? と首を傾げるアンナを見て、グレイは息を吐いた。
「ここにいる奴ら、バケモノが多すぎるだろ」
「お? どうした、俺らの経歴にビビッちまったか? グレイはどうなんだよ?」
「俺はまぁ……なんとか二年分を短縮できたくらいだ。オルト軍学校を十八で卒隊するためには、十五で入隊が必須条件だったからな。なるべく早く上級学校の資格を取ろうとしたけど、十四では無理だった。十三歳ならなおさら無理だ」
普通は十七歳で上級学校の卒業資格を取るところを、十五歳で取ったのだから、十分にすごいことではある。
しかしこのメンバーに囲まれると、どうしても霞んでしまっていた。
「へっへーん! 俺のすごさを思い知ったか!」
「その代わり、剣の腕ではグレイが一番じゃないの」
「まぁな」
「うっわ、お前かわいくねぇ!!」
「お前は割とかわいいやつだよな、カール」
「くそ、舐めやがって!! 来年は負かせてやっからな! 覚悟しとけよ!!」
「はははっ」
「ふふふっ」
グレイとアンナが笑う中、トラヴァスはやれやれと息を吐いていた。
いつも無表情で冷たいと言われる、トラヴァスのアイスブルーの瞳。それが今は優しさに満ちている気がして、アンナの気持ちは和らぐ。
アンナは、この空気感が好きだ。
カールがグレイに突っかかり、グレイはそれをいなしながら楽しみ、トラヴァスはエスカレートしそうになると止めてくれる。
その同じ空間にいられることがありがたく、嬉しい。
「まぁ、グレイはあれだな!
「お、カール。首の骨、逝っとくか? ん?」
「いででででで!! マジいで!!」
「そのくらいでやめておけ、グレイ」
トラヴァスに止められたグレイはパッと手を離し、カールはゲホゲホと咳いた。
「くっそ、ちょっとデカいと思ってよ……」
「まぁ、誕生日を聞いてなかったのは迂闊だった。聞こうとは思ってたんだが、タイミングがな」
「乙女かよ」
「カールほどじゃない」
「俺は乙女じゃねー!!」
二人のやりとりを見ているだけで楽しくて、アンナは笑った。
そのいつもより柔らかい表情に、男たちはハッと息を呑むようにしてアンナを見つめる。
「え? なに?」
「あ、いや……」
グレイは一瞬だけ言い濁したが、その綺麗な金髪を揺らした。
「いつか、ちゃんとしたのをプレゼントするからな。今回は悪かった」
「気にしなくていいのに。でもそう言うなら、楽しみにしてるわ」
ふふっと笑ってみせると、グレイの隣にいたカールがニヤニヤしている。
「おうおう、どうすんだよグレイ! 期待されちゃ、中途半端な物は贈れねぇよな!?」
「そうだな。まぁ一年あるし、来年がダメなら再来年もその次だってある。ゆっくり考えるさ」
「ちょっとは焦ろよ。かわいくねぇな」
「カールはそんなに俺にかわいくなってほしいのか」
「……いや、やっぱいいわ」
ガタイのよいグレイの女装した姿を思わず思い浮かべたカールは、ぶるりと震えた。
そんなカールに、グレイはニヤリと口の端を上げる。
「女装が似合うのは、断然カールだろ?」
「やめれ」
「勝ち気な赤毛の女か……ふむ、それも悪くはない」
「やめれ!」
「黙っていればきっと美人よ、カール!」
「口を開けばバカ丸出しだってか!? うっせーよ!?」
カールの怒り声に、みんなは声を上げて笑った。
いつも母が忙しく、一人で誕生日を過ごしてきたアンナにとって、誰かとこうして一日中笑い合って過ごしたのは、初めてのことであった。